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第23話

――――――  土日明けの月曜日のことだ。 「はい、これ忘れ物」  赤川がカフェテリアにやってきて、唐辛子スプレーを手渡してくれた。  昼時のカフェテリアで、美優とハンバーグプレートを食べている時のことだ。 「ありがとうございます」  それを受け取ってポケットにしまう。赤川はそのま、四人がけテーブルの俺の隣に座った。もうひとり山口もいて、美優の隣に腰掛ける。なんの迷いもない動作に、遊び慣れてんなぁと思った。 「おれたちにお姉ちゃん紹介してくれないの?」  赤川のわざとらしいしょげた声に、若干のイラつきを覚える。 「姉です」  俺は姉を顎で示して言った。 「それだけ?」 「それ以外になんて言えばいいんですか」 「スリーサイズとか」 「公式プロフィールに載ってますよ」  ハンバーグに視線を戻して言うと、先輩二人はちぇっと舌打ちした。 「ごめんね、弟無愛想で。昔からこうなの」  美優が人当たりの良い可愛らしい笑顔で口を挟む。 「いいよ、慣れてるし」 「そんなとこが可愛げがあるんだよなぁ」 「でしょ!外ではこんなんだけど、家では結構甘えたで、でも男らしいところもあるの!」  やめて!甘えてないし!俺を捏造するな!  そうは思えど、姉には基本的に逆らえないので黙ってハンバーグを突く。せっかく固められたミンチ肉が、ジューシーな肉汁と共に形をなくしていく。 「それより、弟がいつもお世話になってます。迷惑じゃなければ、これからもよろしく」  美優が含みのある笑顔で言えば、赤川も山口も頬を引き攣らせた。伺うように俺の方を見てくる。 「うち、そういうの隠さないの。それに美夜はわかりやすいから」 「そう、なんだ」  これは美優なりの脅しなんだと俺は思う。うちの弟泣かせたらタダじゃおかねぇよ?と、笑顔の裏で表現しているのだ。 「ま、まあ、さ。それはさておいて。今度の金曜日ヒマ?」  気を取り直して、山口が言った。赤川も、ハッとしたように口を開く。 「そうそう、金曜日!知り合いのラウンジ貸切でパーティーすんだけど、美優ちゃんと美夜ちゃんも来ない?」 「パーティー?」  美優が小首を傾げると、赤川がニッと笑ってそのパーティーの説明を始めた。 「ここの卒業生で企業した先輩がいて、その人がたまに大勢集めて交流会みたいな感じでパーティー開いてんの。他の大学のヤツとか、時々駆け出しのモデルとかも呼んで、みんなで朝までもりあがるんだけど」 「美夜ちゃん誘うつもりだったんだけど、よかったら美優ちゃんも来ない?」  大人数の集まりに、興味がないわけじゃない。でも、俺のようなインキャが行ってもいいんだろうか。  そう考えるくらいには、行ってみたいな、なんて考えている俺である。  多分この先輩たちのことを、少なからず良い人たちだと思い始めていたからだ。 「行かない。美夜も、行っちゃダメだよ」 「え?ダメなの?」  だから美優が断ったことに少し残念だと思った。  まあ、美優は一応芸能人だし、そういうのに厳しいのかもしれない。なら俺だけでも、と言い出す前に、美優がさらに強く断りを入れる。 「うち、普段遊ぶのは自由だけど、大人数の集まりには行かないようにって親から言われてるの。ほら、あたしもだけど、上の姉も特殊な仕事だし、何があるかわからないから」  もっともな理由に、先輩ふたりも仕方なく納得しているようだった。 「そっか。残念だけど仕方ないな」 「んじゃあ、おれらもう行くわ」  明らかに肩を落とし、先輩たちがテーブルを離れていく。  しばらくして、俺は美優に聞いてみた。明らかに捏造したであろう理由について。 「なんで断ったんだよ?マミィもダディもそんなこと言ってないよな?」 「いい、美夜。ああいう集まりはね、行かない方がいいの」 「だからなんで?」  美優は深くため息を吐く。 「お酒、出るでしょ?」 「そりゃ大学生だし、お酒くらい飲むでしょ」 「そう、勧められたら断れないし、最悪無理矢理飲まされることもあるかもしれないよね?」 「まあ、そうなのかな」  恐ろしいこと言うな。美優はそんな経験があるから、断ったのだろうか? 「お酒、ダメなの」 「え?美優って飲めないの?弱い?」 「違う。そういうのじゃなくてね、あたしたち淫魔の血とアルコールって、最悪の組み合わせなのよ」  ……ほう?どういうこと? 「うち、ダディ以外飲まないでしょ?ダディも、ほんとたまにしか飲まない。それはね、淫魔のあたしたちがお酒を飲むと……その、なんかめちゃくちゃすごいらしいの」 「めちゃくちゃすごい?」  徐々に声を小さくする美優に、俺は身を乗り出す勢いで耳をそばだてていた。  なのに頭の片隅で、この話は知らない方がいいんじゃ?と疑問を投げかける声もする。 「簡単に言うと、いつもよりエロくなるの」  時が止まった。  と、思った。 「だからね、美夜もお酒は飲まない方がいいよ。記憶無くすくらい効いちゃうらしいから。憶えてない間に自分が誰かを誘惑して、ものすごい変態プレイとかしちゃったらイヤでしょ」  姉よ。  もう遅いんだよ。  ていうか、マミィもマミィだ。どうしてはやく教えておいてくれなかったんだ!! 「うう……」  突然呻いて顔を覆った俺を、美優が不思議そうな顔で見つめてくる。 「もしかして、もうヤっちゃった?」  答えないでいると、美優があちゃあとため息をこぼす。  気を遣ってか、詳細については聞いてこなかった。  だからといって俺の気分が良くなるわけでもない。  飯田は、きっとこのことを言いたかったんだ。俺が(憶えてないけど)ノリノリだったから、きっと期待してしまったんだ。  何度も伝えようとしてくれたのに、俺は酷いことを言って避け続けた。飯田のことを悪いヤツだと勝手に決めつけて、忘れたままなのをいいことに、そのままにしてしまった。  謝らなきゃ。そんで、あの夜の自分がどんなだったか聞いておかなきゃ。また同じことをしないためにも。  だけど、今更飯田は、俺の話を聞いてくれるだろうか。  憶えていないんだと伝えたら、どんな顔をするだろう。  もう何もかもが憂鬱だ。  でも、飯田は本当のことを知っても受け入れてくれた。今回だってきっと許してくれる。  だけどそんな淡い期待は、すぐに打ち砕かれてしまうことになる。

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