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第25話
部室棟へ向かって、先輩と並んで歩く。
建物の側まで来ると、その隣の自販機コーナーにいる飯田の声が聞こえて来た。
「じゃあ先輩、彼女いないんですかぁ!?」
「まあね。大学の間は遊んでる方が楽だから」
「そんなこと言って、社会人になったらなかなかチャンスないですよ」
あはは、と飯田の愛想笑いが聞こえた。俺は思わず立ち止まって聞き耳を立てた。
あきらかに女子は飯田を狙っている。女の子との経験もなければ、付き合ったこともない俺でもわかるくらいのアピールだ。
飯田はそれを、まったく真剣にとりあうことなく、のらりくらりと躱している。
「美夜ちゃん、さっきからあいつらのこと見てるよな?気になる子でもいる?」
錦木先輩が思わぬ図星をついてきた。立ち止まって飯田たちの方を凝視する先輩。
「おれはあのポニーテールの子が可愛いと思う」
うーんと唸りながら先輩は言う。今から俺に抜いてもらおうというヤツが、何を言ってるんだ?と一応疑問には思った。
「あー、でもアレはダメだな。飯田しか眼中にないな」
「先輩って飯田と知り合いなんですよね?」
そういえば、飯田が先輩たちのことを話していたのを思い出した。イベントやらで見かけるとかなんとか。
「知り合いってか、よく飲みサーイベに来てたりするから、鉢合わせることはあるな。そういう日はたいてい、ほとんど飯田にいいところ持ってかれてつまんねぇけど」
「ふぅん」
それを聞いて、飯田だって遊んでるじゃん、となんだかちょっとムッとした。俺には先輩たちとのこと指摘するくせに、自分はどうなんだよと。
「まさか美夜ちゃんの気になるのって飯田?」
「そうですけど」
「あー、美夜ちゃんまでアイツがいいのかよ。顔良くて金持ってるヤツは入れ食いで羨ましいぜ」
金持ってる、は初めて聞いた。確かに飯田の部屋はデカかった。
「まあでも、美夜ちゃんならチャンスあんじゃね?それに飯田にははやく誰かとくっついてもらわないと、イベントも楽しくねぇし」
先輩は他学部だからか、俺が飯田に告白されたことを知らないようだ。
「先輩、俺にチャンスがあるって、どうして思うんですか」
俺にはなんにもないのに、飯田はどうして必死に話そうとしてくれていたのだろう。告白も断ったのに、どうしてそばにいてくれようとしたのだろう。
先輩なら何か意見を言ってくれるような気がした。
「圧倒的に……顔が良いから。あとフェラが上手い」
「今すぐちんこ爆発して死んでください」
俺はクルッと体を反転させ、部室棟から本館の方へ足を向けた。そのままスタスタと早歩きする。
後ろで先輩が、「美夜ちゃーんっ!」とか言ってたけど知らね。
――――――
それからまた二日経った。
その日は、朝から体調が悪かった。なんだか頭が痛くて、思考もフワフワしていた。熱を測ってみると微熱程度だったから、何事もない顔で家を出たのは良かった、のだが。
「美夜、大丈夫?」
大学の前まで来たところで、美優が心配そうな顔で言った。
「大丈夫だよ。ちょっと寝不足かも」
実際ここ最近、飯田のことばかり考えていたせいで眠りが浅かった。バカみたいな話だけど、これは多分知恵熱だ。そういうことにしておこう。
「ならいいんだけど。あんまり辛いなら帰りなよ?」
「ん、そうする」
「あたし、今日はゼミの集まりがあるから、お昼はひとりで食べてね」
「うん」
心配だなぁ、と言いつつ、美優は自分の講義へと向かっていった。俺も講義室へと向かい、いつもの席に座った。
飯田がもともとのグループへ戻っていったお陰で、俺は窓際の一番後ろの席に戻ることができた。薄っすら差し込む太陽の光に照らされて、講義中の居眠りが捗る。
熱のせいでボーッとした頭では、アメリカ人の講師の英語は耳馴染みが良すぎて眠い。
小さい頃はよくアメリカの祖父母のところへ遊びに行った。祖父母のことや、向こうの空気感が好きで、実は小学校は向こうで通った。
あの頃はまさか、自分がこんな体質を抱え、男とセックスするなんて思ってもいなかったなぁ。というか、あの祖母もまた淫魔だったのか、と思い至り、複雑な気分になる。
外国人の皆さんは、歳をとってもイチャイチャするのが当たり前だと思っていた。それが、淫魔だからだったのか、はたまた本当にお互いを好きでそうなのか。
俺には判断ができない。
この先、例えば俺が誰かを好きになったとして、それは顔が好みなのか、性格が好みなのか、もしくは精液が美味しいからか。
逆に好きになった相手の精液が絶望的に不味かったら?過去の相手の方が美味しかったな、と考えながら誰かと付き合うなんてできるのか?
……何考えてんだ?俺はまだ女の子と付き合うことを諦めたわけじゃないぞ!!
いやでも、飯田のは特別美味しかったなぁ。先輩たちのと比べても、やっぱり飯田のが一番だった。おっきくて、太くて、その分出る量も多くて。
これがマヌカハニーです、と言われたら、もうほかのはちみつじゃ物足りない。そんな感じだった。
なんて考えていたせいで、お昼の時間を迎えるころには、完全に欲求不満状態だった。
お腹すいた。誰か捕まえて補給しないとヤバい。そういやもう十日ほど補給してない。いままで一週間以上空けたことがなかった。もしかしたらそのせいで体調が悪かったのかもしれない。
「よ、善岡くん…大丈夫?体調悪そうだけど」
と、ひとつ空けて隣に座っていた女子が声をかけてきた。その子に悪気はないんだろうけど、そっと肩に手を触れられて、思わずビクッと体が震える。
「ン、ぁ…だ、大丈夫っ!何でもないよ」
「そっ、そう?よかった」
ドン引きされた。まあいいや、どうせ名前も知らない子だし。
その子が講義室を出て行くのをなんとなく眺めてから、そろりと席を立つ。リュックを肩にかけて、気付いた。
下半身が熱いと思っていたら、立派にテントを張っているではないですか。
連日の行為にのせいで、すっかり性的に感じるようになってしまった。ただ精液が欲しかっただけなのに、それだけじゃ満足できなくなっている。
やっぱり帰ろうか。いやでも、このままでは帰れないな。先輩、どこかにいるだろうか。連絡先交換しておくべきだった。
「ぅ、う……」
泣きたい。なんでこんなことになっちゃったんだよぅ。飯田に襲われてから、俺の体はすっかりおかしくなってしまった。
いつまでも講義室にいるわけにもいかないので、仕方なくトボトボ歩いて部屋を出る。すれ違う学生が不審な顔をする。今の俺ははぁはぁ熱い吐息を吐きながら歩く変態だ。
そうだ、とりあえずトイレに逃げよう。いつもみたいに、この波をやり過ごそう。
と、あと少しでトイレというところで、不運なことに学生にぶつかった。
「ヒぁ、ぅ」
俯いていたせいもあって、誰にぶつかったかはわからなかったが、情けない声を上げて転んだ俺に、相手はあっ!と声を上げた。
「善岡じゃん。つか、お前なんか顔赤いけどどうした?」
「うわ、熱でもあんじゃね?」
「ぶつかったんだから助けてやれよ、零士」
はっとして顔をあげる。俺を見下ろす三人組は、飯田の友達で間違いなかった。
「イヤだっての。変態がうつる」
「小学生かよ!」
と、ゲラゲラ笑う三人を他所に、俺はなんとか重い体を動かして立ち上がる。ぶつかってびっくりして、ちょっと出ちゃった……悲しい。
「つか、善岡さぁ、なんかエロい顔して、どうした?食堂はそっちじゃねぇぞ」
「ぇ、と、あの、トイレに…」
「トイレ?」
「あれ?もしかして勃ってる?」
これが墓穴というやつか!
「コイツ講義聞きながら興奮してやんの」
「キモッ、やっぱ変態じゃん」
「つかさ、圭吾コイツのことガチで狙ってたっぽいじゃん?」
「ああ、謎だよな、それ」
「確かめてやろうぜ」
雲行きが怪しくなってきた。そう気付いてはいたが、下半身が疼いて足がなかなか動かない。それに加え、俺の淫魔としての本能が、目の前に美味しそうなのが三つもあるぞと語りかけてくる。
「男で勃つか、試してみようぜ」
抵抗らしい抵抗はできなかった。なんせ、俺は最高に飢えている。さらには、体格でもはなから勝てそうにない。
「イヤだっ、離せ!!」
まともに動いていたのは口だけだ。
俺は、宇宙人を連行するみたいに抱えられ、近くの空き教室へと連れ込まれてしまったのでした。
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