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第27話

――――――  うちの家は、家族が多い分一人一人にかけられる金額は限られている。  ダディは意外と稼げるサラリーマンだが、五人の子どもたちと愛する妻を養うには心許ない。でも、みんな大学へ行かせてもらったし、他の家と比べて貧乏だなと思ったこともなかった。  長女と次女が有名になって、それなりの稼ぎが出てきた頃に引っ越しした。それまでの家とは倍ほども違う大きな家に越して、初めて自分の部屋をもらった。自分の机に、自分のベッド。  それがとても嬉しかったのを覚えている。  だから今寝ているマットレスが、自分の部屋のものじゃないとすぐにわかった。  クソッ、悔しいけどなんて寝心地のいいベッドなんだ…… 「んはっ!?!?」  慌てて飛び起きる。ここどこ?と部屋を見回す。空きっぱなしのウォークインクローゼットには、これでもかと服が詰め込まれ、部屋の隅にはお洒落な間接照明が置いてある。二回転出来そうな広いベッドの上の布団は軽くて暖かかった。  ズキズキと痛む頭に手を当てると、剥がれかけた熱冷ましのシートがぽろりと落ちた。  大学でどうにも体調が悪くて、それで同じクラスの奴らに襲われて、そこからの記憶が曖昧だった。  もういいや、とその場で寝ようとしていたのは覚えている。そこに誰か来て、それから…… 「あ、美夜!もう起きられるのか?」  ガチャ、とドアが開いて、聞き慣れた声がした。 「飯田…?」 「ん?どうした?」  ニコリと微笑んで、飯田は軽く首を傾げる。どうした?じゃなくて、だ。 「なんで?ここどこ?」  混乱ここに極まれりな俺に、飯田は途端に不機嫌な顔をした。唇を噛み締め、眉間には濃いシワが刻まれる。 「はぁ。昼休憩のあと、講義室に戻ったら零士たちが話してんのが聞こえてさ。慌てて美夜のこと探したんだ。そしたら空き教室で倒れてるし、呼んでも返事なくて……その、そんな状態で保健室に行くのもなぁと思って、タクシーで連れて帰ってきた」  そう言って俺の隣に座ると、ギュッと抱きしめてくる。ついでのように、額に額を当てて今にも泣きそうな潤んだ瞳で見つめてきた。 「ごめんな、勝手にオレの部屋に連れてきて。あと、熱下がったみたいでよかった」 「ぇ、ぁ、の、いいだ…?」  近い近い近い近い!!いや近いわ!! 「美夜……」  至近距離で見る飯田は、相変わらずカッコ良かった。久しぶりに目が合う。飯田が俺のこと見てる。コイツ、俺のことこんな目で見てたのかよ、と今更ながら思った。  どこか熱に浮かされたようなその瞳に、自然と俺も釘付けになる。吸い込まれそうだ、と思った。こうしてもう一度こっちを見て欲しくて、コーヒーぶっかけられても我慢したのだ。 「あ!!!!」 「え"っ!?」  そうだった!飯田に話があるんだった!!  俺の声に飯田は大袈裟なくらい驚いて体を離した。よし、正常な距離感だ。 「飯田!俺な、あの日のこと全く憶えてないんだよ!美優が言うには、淫魔が酒飲むと…その、エロくなるんだって……だからその、俺、自分が何したかとか全然知らなくて。明らかに事後だよなとしか思わなくてさ、傷だらけで痛いし、一体なにされたんだよって、怖くなって……それで…」  自分でも、何を言っているのか、はたまた何が言いたいのかよくわからなくなってきた。  ただ俺が勝手に飯田を避けてしまったことは、謝らないといけない。 「ごめんな、飯田!俺酷いことたくさん言ったよな。もう友達辞めてもいいよ。でも、たまに話くらいはしたい、な」  ハンバーグプレートの約束は、もうどうでもいい。残った金も惜しくはない。ただ、ほんと、たまにでいい。ちょこっと話さえできるのなら、もうそれでいい。  飯田はポカンと口を開け、マヌケな顔で俺の話を聞いていた。なんだよそのふざけた顔?と思ったけど黙っておく。 「そういうことだったのか……」  ようやく飯田が動いた。顎に長い指を添えて、なるほどと頷いている。 「実はさ、オレも謎だったんだ。あんなにノリノリだったのに、オレが起きたら部屋にいないし、大学では避けられるし、けっこう悲しかったんだけど。憶えてなかったんだ…」 「そう!だから、あの……あん時何があったんだ?」  今後のためにも、酔った自分の行動は把握しておくべきだろう。怖いけれど、知っている方がいいに違いない。  そう思って、恐る恐る尋ねる。俺は一体どんな感じだったの?と。 「見る?」 「見る?」  何を?と首を傾げると、飯田はポケットからスマホを取り出した。  徐に取り出したそれを、しばらく無言で操作して、俺の方へと寄越す。  それは動画だった。場所は今いるこの部屋で、それで、このベッドに素っ裸で寝そべる俺が映っている。 『美夜、ほんとにいい?』 『いいって言ってるだろ!ほら、はやく!ぁ、んふ……』  スマホを持つ飯田が、仰向けの俺にのしかかる。自分のものとは思えない鼻にかかった甘い吐息を漏らす俺。スマホの画面が暗くなって、しばらくすると元に戻る。すると、だ。  俺の手足に厳つい拘束具が取り付けられていた。手首と足首を繋げるタイプの拘束具で、俺はそれをつけられてめちゃくちゃ蕩けた顔で微笑んでいる!! 『美夜、可愛い。期待してる?』 『してる!だから、はやく触ってっ』  スマホの画面が、俺の体をアップで移す。それも、恥ずかしいところを重点的に撮るものだから、先端の小さな穴とか、そこから溢れるぬめりのある体液とかがバッチリ映っている。 『垂らしすぎだろ』 『ぁ、も、じらすなぁ!触れよ!』 『でも触ったら出ちゃうだろ。……あ、なら蓋すればいいか』  ガサガサ、ゴソゴソと音がして、飯田が何かを取り出した。それを見た俺が急に押し黙る。 『……何それ?』 『これ?使い方教えてやるから覚えろよ』 『や、ちょ、おい!ウソ、ウソ!イヤ!ヤメテ離せ、イタァっ、んぁ、ヒ、ぁぁあ"あっ』 『な?わかっただろ?これで勝手に出せないからさ、いっぱい楽しめるな』  またもアップになる俺のちんこ。ビクビク震えるそこには、アレだ、ブジーとかいうやつが突き刺さっている。  思わず玉がヒュンとした。飯田はやっぱり変態だったんだ。  だけど、俺も負けてなかった。 『い、いだ、ぁ、気持ちい、おしっこの穴気持ちいいよぅ!は、ぅあ、お、おくあててっ!おねが、うひ、ぁ!?』 『初めてでこんな感じてんのお前だけだよ。ホント淫乱クソビッチだな美夜は』 『い"きた、ぁっ!?イキタイッ!んぁああっ!でな、でないっ、あ、ああっ、も、ひぅっ』 『そりゃ出るわけねぇだろ。そのために栓してんの。おいケツ振っても入れてやんねぇぞ!ちゃんとおねだりしろよ』 『ん、んふ、ぁ、いいだの、でかちんこ、お、俺の尻に挿れてっ、くださ、あああああっ!?』 『ケツまでトロトロじゃん。痙攣して、また勝手にイった?どうしようもねぇなお前』  バシッと肌を叩く音。自分の端ない喘ぎ声。そんで、挙句に飯田の上に乗っかって、尿道に突き刺さった棒を自分で動かし、漏らしてイくところがしっかりカメラに収まっていた。  それも一回じゃない。自分のケツを自分で拡げて早く挿れて中に出してとか言ってるこれは、本当に俺か? 「な、なぁ、飯田はしっかり憶えてるんだよな?」 「もちろん。だって、美夜から誘ってきたから、オレ嬉しくて」 「マジかよ」 「それにオレの好きなプレイしていいって言うから、そりゃ何度かオカズにしたりもした」 「マジかよ」  だからって容赦なくない?そりゃ次の日身体中痛いわけだ。 「はあ…俺、もう絶対お酒は飲まない」 「そうして…いや、オレの前だけにして」 「それこそイヤだわ」  ともかく、これで俺の言いたいことは言えた。あとは、飯田がどうするかだ。  飯田は苦笑いを浮かべた後、急に小さな声で言った。 「美夜は、さ。オレじゃなくてもいいんだよな」  俺は飯田の言いたいことが分からなくて首を傾げる。 「あの先輩たちでも、いいんだよな?…あ、別に、美夜の体質のことわかってるから、責めたいわけじゃなくて……必要なことだもんな」  ますます訳がわからない。必要なことだとわかっているのなら、どうしてそんなことを聞いてくるだろうか。 「あのさ、その役目オレじゃダメ?こんなの、みっともないし、あんまり言いたくないけど、美夜が他の人とそういうことしてんの、イヤなんだよね……友達だし」  いつも自信に満ち溢れたような飯田の、こちらを伺うような弱々しい視線と声に、俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。  憶えていないからという理由で勝手に避けて、傷付けたのに、飯田は俺のこと心配してくれているのだろう。友達として。  そりゃいつまでも先輩たちと関係を続けるのはイヤだ。四人相手だと疲れるし、学部も学年も違う。今回みたく必要な時に呼び出せるわけでもない。  その点、飯田ならどうだ?  同じ学部だし、学年も同じで、確実に同じ時間を共有できるし、一緒にいたって不自然じゃない。それに飯田の精液はめちゃくちゃ美味しい。パートナーとして良い相手なんじゃなかろうか。  アブノーマルなプレイは少し怖いけれど、残念なことに、さっきの動画で反応してしまっている俺がいる。きっと体はイヤじゃないんだ。あとは気持ちの問題だ。  俺はひとつ頷いた。よし、決めよう。 「飯田、付き合って」 「……えぇ!?」 「だから、付き合ってくれると嬉しい。そしたらもう先輩たちや、他の人としない。必要な時は飯田に言うよ」  飯田さえよければ、俺は美味しい食事が確保できる。飯田にメリットはあるのかわからないけど、そもそも飯田が言い出したのだからそこはいいや。 「ダメか?」  なかなか返事が貰えなくて不安になる。そっと覗き込んだ飯田の顔はなんだか真っ赤で、俺の熱でもうつったんだろうかと心配なった。 「う、嬉しい。ありがと、美夜。オレを選んでくれて。幸せにするからな!!」  ガシッと急に抱きしめられ、俺はまたも混乱した。そんなに嬉しいことか?この先淫魔のエサになるんだぞ?  そう思う俺とは裏腹に、飯田は本当に嬉しそうに言ったのだ。 「で、いつ引っ越してくる?もう一部屋あるけど、ベッドはひとつでいいよな?」 「……ふへ?」 「美夜のご両親にも挨拶に行った方がいいよな?いつならいいかな?早い方がいいよな?なあ、美夜?聞いてる?」  飯田はとっても嬉しそうに、幸せそうに笑った。それからもう一度俺を強く抱きしめ、唇に啄むようなキスを落とした。  それはまるで、こ、こ、恋人が、愛しい人にするみたいに。  ……はて?  どういうことだ?

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