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第30話
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「あの子とうまくいってるみたいで、お姉ちゃんは嬉しいぞ」
日曜日の夜、飯田の家から帰宅すると、美優が玄関で待ち構えていた。
「毎週二日もお泊まりしちゃって、美夜も大人になったのねぇ」
コノコノ、と人差し指で肩を小突かれる。俺は脱いだ靴を端に揃え、スタスタと廊下を歩く。美優はなおもついてきて、しつこく絡んできた。
「あたしはね、最初からあの飯田くんだっけ?良いなぁと思ってたんだよー。優しそうだし、イケメンだし、良い匂いがするからねー」
ちょっと待て、と思った。
姉よ……その、良いなぁと思っていた飯田くんに、唐辛子スプレーを容赦なく吹き掛けたのは誰だったっけ?
そのせいで飯田は、ペペロンチーノの鷹の爪で青褪めるようになってしまったんだぞ!!
「まあでも、おねぇちゃん的には?美夜ならもっとレベルの高い男子ねらえるんじゃかいかなぁと思うんだけどぉ。そこんとこ、どうなのよ?ラブラブなの?お泊まりして何してるの?エッチの相性は?食事は割り勘?キスは上手い?あ、もしかして、まさかの美夜がリードする感じ?」
「うるさあああああいっ!!」
美優が黙るタイミングを見定めて叫ぶ。でも美優は、ニヤニヤと笑って人差し指を自分の唇に押し当てた。
「顔赤いよ?照れてるの?可愛いっ」
ダメだ。この姉は、デリカシーとかそういう人間らしいものを、弟には持ち合わせていないのだ。
「美優には関係ない!それに、俺は飯田とは付き合ってない!……飯田は付き合ってるつもりらしいけど」
「何それ?美夜ったら小悪魔なんだからっ」
「やめてっ!これ以上不名誉な称号増やさないでっ!」
淫魔で手一杯なのに!
うわあああと叫んで、逃げるようにリビングのドアを開ければ、そこには珍しく美波がいた。
美波はどうやら風呂上がりのようで、濡れた髪をタオルでまとめ、ソファに座って雑誌を捲っていた。
「久しぶりね、美夜」
テレビの中で見る美波はキャピキャピした印象があるのだが、家の中ではまるで真逆で、抑揚の少ない声をしている。
「それと美優、うるさい」
「ごめーん」
全く変わらぬトーンで話す美波に、俺も美優も途端に押し黙る。うちは基本的に年功序列なので、この場の主導権は三女である美波が握ることになる。
「美夜、彼氏できたって、本当なの?」
雑誌を捲る手を止めずに、美波は冷ややかな声で言った。
きっと美優が洗いざらい話したんだろうとおもって静かに睨むも、美優は素知らぬ顔で自分の爪なんか眺めている。
内心で舌打ちをこぼし、俺は素直に答えることにした。
「まあ…付き合ってると思ってんのは向こうだけだけど」
「そう」
沈黙。背筋につうっと冷や汗が流れる。
昔から、俺はこの美波のなんとも言えない空気感が苦手なのである。
美波は独特の間合いを持っていて、一度その間合いに踏み入ってしまうと、なかなか抜け出すことは難しい。
「どんな人?」
「え?」
「どんな人なのよ?写真ないの?」
はて?飯田とは土日も、大学でも、その帰り道も(途中までだけど)一緒にいる(俺に友達がいないから)けど、そういえば写真を撮ったことないな。
同じ歳の皆さんは、何かとスマホのカメラを使って、なんでも写真に納めているのは知っているけれど、俺はもともと撮られるが嫌いだから自分でも撮ったりしないし。
というか、そういえば飯田が撮った写真があるにはあるのだが、どれも真っ最中の俺の恥ずかしい写真ばかりで、まともなものはひとつもない。
セックスになると豹変する飯田が、これまたセックスになると豹変する俺に恥ずかしい格好をさせて写真や動画を撮っているのだ。それが趣味なんだと。世の中、変わったヤツは山ほどいるけれど、飯田ほど外見と中身のギャップが激しいヤツはそういないだろう。
その変態趣味に、この一ヶ月で慣れてしまった自分もどうかしているが、そこはほら、俺、淫魔だから。仕方ないよな?
「写真なんてないよ」
「なら、今度連れてきなさいよ」
「え、イヤだ」
「……どうして?」
「どうしても!」
キッと睨みつけてくる美波。そんな顔をされても、俺はできれば飯田を姉たちに会わせたくない。
だって取られちゃうかもしれないから。
飯田ははやく家族にご挨拶を、と言っているけれど、一ヶ月なあなあにして断ってきたのだ。その努力を無駄にしたくない。
「お姉ちゃんに逆らうの?」
「い、いつまでも言いなりになってると思うなよっ!」
「ふーん、そう。ならいいわ」
美波はぷいと顔を背けると、また雑誌をペラペラと捲り始める。もう話をする気はないようで正直ホッとした。
あんまりにもしつこく言い寄られると、俺が首を縦に振るまで終わらない。
バクバクと激しく打ち付ける心臓を宥めて、俺はそそくさと居心地の悪いリビングを出た。
うちの家は、2階へ上がる階段がリビングにあるので、必然的に家族みんながリビングで一度顔を合わせることになる。
昔はそれが家族円満の秘訣だなんて思っていたけれど、成長とともに煩わしく思うこともある。ダディやマミィなんかは、そんな子どもたちの心の成長になど、何一つ気を配ったりはしないけど。
とにかく、厄介な美波をとりあえずはかわせたが。
女というのは、どうにもしつこくて困るものだ。
俺は美波が、これで諦めてくれたとは全然思っていなかった。
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