31 / 63
第31話
――――――
飯田との大学での行動は、いつもルーティーンのように決まっている。
月曜日は午前中いっぱい講義があるので、朝校門で合流して、自販機で飲み物を買って、学部の講義室へ向かう。
飯田が、日曜日の夜俺が帰ってから寂しくて死にそうだったとか、俺のパジャマと寝たとか、朝食が喉を通らなかったとか言うのを聞き流し、必要な教材を机に揃える。
ちなみに、最初の頃は日曜の夜も泊まっていたのだが、月曜の朝、飯田がどうしても自分の服を俺に着せたがるので辞めた。
ぶかぶかのシャツやデニムで、一日中過ごさなければならないなんて耐えられなかった。
お昼はカフェテリアでハンバーグプレートを食べ、空きコマの三限は図書室で課題をやる。
自習室でやってもいいのだけど、飯田が終始絡んでくるので、ウザくて私語厳禁の図書室に変更した。
四限と五限を眠気を堪えながら受けて、帰宅するというのがいつもの月曜日だ。
昼食後、いつもなら図書室に移動するところ、飯田がふと行き先を変更した。
図書室から程近い空き教室に入り、内側から鍵をかけてくるりと振り返ると、まるでご主人様に久しぶりに会った犬の如く、ガバリと抱きついてくる。
「うわ、飯田?なに?」
「いつになったら一緒に住める?部屋に美夜のものが増えるのは嬉しいけど、美夜がいないのは寂しい」
今にも溢れ出しそうな涙を堪える様子に、例えば俺が女の子で、結婚前提にお付き合いをしているのなら今すぐにでも!と答えただろう。
だけど俺は男で、飯田も男で、もちろん結婚なんて考えてないしできないし、それに……
そもそも付き合っていると思っているのは飯田だけなのだ。
「だから!一緒には住まないって!」
「なんでさ?」
もごもごと口籠る。上手い言い訳を考えるが、いざとなればなかなか出てこない。
それになんでか飯田には嘘がつけない。この均整の取れた非の打ちどころのない顔面に見立てられると、だんだん何も考えられなくなってくる。
「だ、大学には実家からの方が近いしっ!」
などと、これ見よがしに言ってみる。
「じゃあ引っ越す。大学も、美夜の実家も近いところに引っ越す。一緒に部屋探そう?」
「〜〜〜っ、そういう問題じゃない!!」
飯田が険しい顔でジリジリと詰め寄ってくるので、俺もその分後ろに逃げた。でもすぐにドアにぶつかって逃げ場を失う。
「美夜は、オレと一緒にいるのがいやなの?」
「イヤ、じゃない、けど」
「けど?」
正直、飯田のことは嫌いじゃない。それがどんな感情からなのかは別として、飯田の隣は居心地良くて、人付き合いの苦手な俺でも苦にならない。
しかし、である。
飯田は、美味しいのだ。
美味しすぎるのだ。
そばにいると、常に飢えているような気分になる。
こうしてふいに熱っぽい瞳で迫られるだけで、飯田の味を思い出して、涎が出そうになる。
普段はなんとか気を逸らせていられても、二人きりになるとダメだ。ムッとするような甘い匂いに、頭がぼーっとして何も考えられなくなってくる。
「美夜」
「はひっ!んっ、ふ…ぅ」
ガシッと顎を掴まれ、いきなり深く唇を合わせてくる飯田に、俺はもう逆らえない。
すっかり慣れてしまった激しいキスは、さらに俺の思考を奪っていく。
飯田の熱い舌も、ねっとり絡む唾液も、全部甘く感じて、なんで飯田はどこもかしこも美味しいんだろう?なんて、頭の片隅で思った。
「ん、んんッ、ぁ、あう……」
顎を伝う唾液を舐め取った飯田が、ふいに口角を上げた。
「キスだけでトロトロになるクセに、オレと同棲するの嫌なんだ?」
「イヤ、だ…あっ、飯田!触らないで!」
さっきまでの甘いマスクはどこへやら。飯田はニンマリと笑って、俺のズボンの中へと手を滑らせる。
「ここはずっと一緒にいたいって言ってるのに?」
「言ってない!」
半分硬くなったそこを、乱暴に鷲掴みにされて腰が引ける。でも、こうなった飯田は止まらない。
「や、ぁ、強いっ、いたっ、ああ、んあ、あっ」
「ちょっと激しくするだけでドロドロじゃん。美夜はオレがいないとダメなクセに、オレの欲しい言葉はくれないよな」
欲しい言葉?なんだそれ?
必死に考えようとするが、飯田がそれを許してはくれなくて、ただ乱暴に与えられる刺激に頭が真っ白になっていく。
「で、でちゃ、ア、ぅ、ンンッ!」
ビクビク震えが来て、たまらず飯田の手に吐き出した。脱力感に膝が折れる。飯田は俺の出したものをぺろりとひと舐めして顔を顰めた。
「こんなのが美味しいなんて、美夜は変態だな」
じゃあ舐めなければいいのに、と若干モヤの晴れた頭で思う。そんでもって、俺は変態じゃなくて淫魔だから仕方ないんだよ!と脳内で反論しておく。
口に出すともっと酷いことをされるから。
「美夜、後ろ向いて」
「ん…え?」
思いの外優しい声音だったから、体が勝手にいうことを聞いてしまい、だけどふと気付いて首を傾げた。
「飯田?もしかして挿れようとしてる?」
「もちろん」
「ここで?人が来るか、っあ、んん…」
言い終わる前に、飯田の指が尻から侵入して、敏感な内壁を撫でる。
「ひと、きたらまずい、って!」
「今更かよ?トイレでも部室でもヤってたろ」
そうだけど!
「大丈夫だって。そのために鍵かけたんだから」
なるほど。
じゃなくて!
そのドアに手をついているのだ、流石に廊下に人がいたら聞こえてしまう!!
「こえ、こえでちゃうからっ!」
「我慢しろ」
「んん、ふ、いいだ!や、ぁあっ」
飯田の指が抜かれ、いくらも間を置かずに、今度はもっと硬くて質量のあるものが入ってくる。飯田が俺の腰を力一杯つかみ、そりかえったそれが背骨に沿うように奥へと突き入れられ、俺は息を詰まらせた。
「は、ぁ…ッ」
必死で息を吸うように口を開け、でも声が我慢できなくてすぐに閉じる。
「ん"、ぁ、ふぅ、う"、んぅ」
飯田が奥へ突き入れる度、まるでリズムを取るようにくぐもった吐息が漏れた。ドアについていた手を離して口を抑える。が、飯田はフッと小さく笑い、イジワルするように両手首を掴んで後ろへ引く。
「ッ、ぃ、ああっ、おく、ふか、ぁ、ああ、あっ」
「声ダダ漏れだけどいいのかよ?」
「ムリ!もっ、がまんできな、あ"ぁ!?すご、いいだの、すごいとこまでとどいでるよぉ!!」
「美夜がオレに合わせてケツ押し付けてくるからだろ。奥大好きな淫乱ちゃんだもんな?」
「あ、すき、おくすきっ!んひ、あっ、アァ、ないぞうでちゃうっ」
自分の甲高い喘ぎにまで感じてしまって、こうなった俺はもう誰にも止められない。
飯田とはいつも、欲求抜きにしてもこうして深く繋がりたいと思ってしまう。
だから必要以上に一緒にいるわけにはいかないのだ。
「そろそろ出そう。どこに出して欲しい?」
ニヤニヤしているだろう飯田の顔が鮮明に思い浮かぶ。
「く、くちに出して!おねが、あぁ、いぐ、いっちゃ、ああ"ああ!!」
勢いよく精液を吐き出す。飯田はさらに数回中を抉ってから俺の中から出て行く。
すかさず飯田の足元に跪き、舌を出して待てをすると、飯田は嬉しそうに俺の口に大量の精液をぶちまけた。
「ぁ、はぁ…おいひ」
過酷なセックスも、これのためならなんてことはない。いつも直後はそう思う。
あくまで、直後は、である。
「美夜、可愛いなぁもう!」
よしよしと頭を撫でる飯田の手は優しくて、さっきまで無茶苦茶やってたやつと同一人物とは思えない。そんでもって、俺はこの手が嫌いじゃない。
「美味しい?」
「ん、おいひい」
最後の一滴まで残すまいと舌を這わせていると、飯田がまた余計なことを言う。
「じゃあオレと一緒に住む?」
「いやだ」
「もっと欲しいだろ?」
「ん」
「じゃあ、」
「しつこいな!!いやだっつってんの!!」
徐々に正常に戻りつつある思考で、はたと思い至った。
「もしかして、セックスの後の頭がバカになってる時になら同意するかもとか思ってる?」
ムッと頬を膨らませて飯田を睨みつけた。下からだから、あんまり迫力はないが。
……飯田は、にへらっとバツの悪い笑顔を浮かべて頬をかいた。
「バカになってる自覚はあるんだなぁ」
「最低だ!」
見損なったぞ飯田!
「イヤなものはイヤなんだよ!」
「ごめんって。な?今日、帰りに美味しいラーメン奢るから」
「やったぁ!……じゃなくて!!」
俺の悪いクセだ。すぐ「美味しいもの」と、「奢るよ」に流されてしまうのだ。
話しながら身嗜みを整える。飯田がいつもの優しい笑顔と手つきで、俺をまるで子どもにするみたいに抱き寄せる。
「ごめん。仲直りしよ」
「……ん」
チュッと額に落ちてきたキスが、唇にもやって来る。それに応えると、飯田がニコリと笑う。
「さて、講義室行こっか」
「うわ、もうこんな時間かよ。課題できなかったじゃん」
「慌てなくても美夜はオレより成績いいだろ」
「やるべきことは先にしておきたい主義なの!」
などと言いつつ教室を出る。
飯田はなんで、そんなに一緒に住むことに拘るんだろう?
俺は今でも、十分なのになぁ。
ともだちにシェアしよう!