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第36話
――――――
翌日ははやめに大学へ行って、昨日受けられなかった科目のレジェメを貰った。
途中学科の教授に捕まって、休みすぎだぞと怒られるなどの問題はあったけれど、一限開始の前に自販機に寄る時間はあった。
カフェテリアの入り口に3台自販機があり、通り道なのでそこへ向かう。一年の時に小銭をぶちまけた現場でもある。
お茶にしようか、水にしようか迷っていると、背後から大きな影が近付いてきて、恐る恐る振り返るとやっぱりというか飯田だった。
「おはよ、美夜」
「……おはよ」
飯田は今日も今日とてイケメンだけど、バツの悪そうな顔をこちらに向けてくる。
「昨日の話って…オレたちセフレになるってことだよな?」
ピピッ、ガコン
はぁ?と思った時には遅かった。間違ってお茶でもなく水でもなくミックスジュースのボタンを押してしまった。
「ちょ、ちょっと待って!セフレ?なにそれ?」
「セックスするフレンドだろ」
「違う!そう言うことじゃなくて!!」
俺、そんな話したっけ?
自分なりにお付き合いをやめて、健全な相手を探しましょうと、誠心誠意込めて話したつもりだったのだが……どういうこと?
飯田がムッとした顔をして、ぶっきらぼうに言う。
「精液が欲しいときは言うってことは、美夜はセックスだけしたいってことだろ?」
そんなこと言った、ような気がする。
俺と飯田に思い違いがあるとすれば、飯田は精液欲しい=セックスだと思い込んでいるところか。
「違うよ!セックスはしなくてもいい!!」
などと答えれば、飯田はさらにズーンと沈んだ顔をした。背景にドクロでも浮かびそうだ。
「オレはそれでも良かったのに…美夜のこと、簡単に諦められないよ」
いや、いやいやいやいや。
つまりはコイツ、平気で美波と俺を掛け持ちしようと思ってるってことか?
それも体の関係だけでもいいと?
なんてヤツだ。見損なったぞ飯田!
「俺、飯田のそういうところが嫌い。信じらんない。なんで平気でそういうことが言えるの?体だけでもいいなんて、飯田は結局俺のどこが好きだったの?」
顔だけか?それとも何度もそういうことをして、体の相性がいいから?
俺はこんな体質で、誰かれかまってられない時もあって、そんな自分がいうのも間違っているけれど。
こんなヤツ、美波にだって相応しくない。
「美夜、ごめん」
「謝らなくていい。それより、そんな態度続けるなら、俺も黙ってないからな!」
弟として、飯田が美波を困らせるなら許さない。俺だってやるときはやるんだ。具体的な対応策は検討中だけど。
「コレはあげる!コレ飲んで心を入れ替えて、ひとりの人を大事にするんだぞ!」
ミックスジュースを投げつけるように渡し、俺はまた飯田の前から逃げ出した。
「ひとりの人?なんの話、って、ちょっ、美夜!待って!」
飯田のけっこう大きな声がしたけれど、俺は振り返らなかった。
飯田なんか今後いっさい口聞いてあげませーん!!
――――――
ところで。
人は外見が変わると、それまでどんなに悪評名高く噂されていたとしても、一定数の人は考えを改めるようだということを、今日初めて知った。
一限の講義終了後の、10分休みの時だ。
「あ、あのね、善岡くん」
トントンと肩を小さく叩かれ、ビクッとしながらもそろりと振り返れば、後ろに女子が二人立っていた。
俺はいつも一番後ろの席に座るから、つまりこの女子二人はわざわざ席を立ってここまでやってきたことになる。
何の用だ?と警戒しながらも首を傾げると、女子ふたりが照れたように顔を赤くして言った。
「髪、短い方が似合ってるね!」
「善岡くんの顔、初めてちゃんと見た。そんな顔してたんだね」
どうせ女みたいだと言いたいんだろう?と、今までの俺ならツーンと無視しているところだが、俺は変わると決めたのだ。女顔?それがどうした?女っぽいのは顔だけだぞ!俺だって男らしいところのひとつや…ふたつ……
女みたく抱かれているな、そういえば。
じゃなくて!!
「あ、えっと…」
「私は優奈 。こっちは沙耶 。ごめんね、急に話しかけて」
優奈となのったのは、パンツスタイルがよく似合う痩身で、沙耶は背の小さなロングヘアーでワンピース姿だ。
俺の姉が芸能関係の仕事をしているからと言って、俺がファッションに精通しているなんてことはなく、その辺の男と同じ(もしくはそれ以下かも)ぐらいの知識しかない。よって、二人の姿をうまく言い表すことができない。
「いや、ちょっと驚いて」
しどろもどろの俺が小さな声で言うと、二人はクスリと可愛らしく笑う。
「ちょっとね、とっつきにくいイメージがあったんだけど、そんなことないね。見た目で判断しちゃダメだなって、すごく思った」
「ね!善岡くんってハーフかなにか?目の色がとてもキレイ!」
ホントだ!とふたりして俺の顔を覗き込んでくる。目を逸らすタイミングを失って、俺はどうしようと焦った。焦って、思わず飯田の姿を探して隣を見るが、もうそこに飯田が座ることはないだろうと思い出す。
「ハーフ…じゃ、なくて、クウォーターなん、です…」
「え?そうなんだ!どことどこの?」
「父が日本人で、母がアメリカと、ヨーロッパのどこかの国のハーフで…」
俺はちゃんと話せているのだろうか?誰か客観的に評価してアドバイスして欲しい。
飯田ああああ、と泣きつきたくなるのを我慢する。
あいつはクズだ。もう頼らないんだからな!
「すごぉい!だからこの学部にしたの?」
「え、まあ、はい」
「ていうか、ちょいちょい敬語なのウケる!普通に話してくれて大丈夫だよー?」
と言われても、インキャが出ちゃうんだよおおおお!
「もしかして、人と話すのニガテ?」
「あっ、だから人と目が合わないようにしてたのか。わかるわー!最初は怖いよね。それに、一年の時期逃しちゃうともう入り難いし」
ねー、と頷き合う二人。
そっか。人付き合いが苦手なのは俺だけじゃないんだ。当たり前のことだけれど、自分だけじゃないということに、なんだか少し安心する。
「良かったらさ、お昼一緒に食べない?いつもカフェテリアにいるよね?」
「私たちもいつもそこで食べてるんだ。だから、どう?」
この俺が人に誘われている!
俺、今日死ぬのか?などと思いながら、これまた小さく返事を返す。
「い、行く!」
「良かった!じゃあ、また後でね」
ニコリと笑顔を振りまいて、二人が元の席へと戻る。ちょうど二限の講義が始まり、俺は未だにバクバクと騒ぐ心臓を抑えながら前を向く。
飯田が、少し離れた席から、なんとも言えない複雑な表情でこっちを見ていた。
怒ってる?のかな。まあ、もう俺には関係ない。俺は飯田を見返してやるのだ。そして可愛い彼女をつくってみせる。
そんな感じで、昼食時のカフェテリアへと話は変わる。
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