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第37話

―――――― 「善岡くんは、やっぱり海外で働きたいの?」  昼食時の賑やかなカフェテリアで、まさか同年代の女子と食事をする日がくるなんて思いもしていなかった。  優奈と沙耶は、ふたりとも気を使ってか、こちらに当たり障りのない会話を振ってくれる。 「ま、まあ。もともと向こうのほうが好きだし、親戚もいるからいずれはアメリカに行きたいとは思ってるよ」  いつも通りのハンバーグプレートを食べながら答えると、二人ともいいなぁとため息を漏らす。 「うち、一人っ子だからね。多分海外には行けないなぁ」 「私は行きたいけどちょっと怖いとも思うのよね」  うちの学部は、以前言ったように国際学部で、主に国際経済や言語学を専攻する学科が多い。その中で毎年何人もの学生が海外での就職を希望している。  実際に卒業後の就職先として、海外企業もいくつかあるけれど、難易度的に国内の海外企業に就職して、その後海外へ移動となる人が多い。  いろんな問題があって、なかなか思うように働けないのは、残念だけど仕方ない。外国へ単身で行って、成功できる人なんて限られているだろうし、まして女の子にはやはりハードルが高いのだろう。  その点、俺はみんなより気軽に海外へ行ける。英語も問題ないし、いざとなったら頼れる親戚もいるから。 「ま、そんなこと言ってるけど、まだ特にやりたいこととかはないんだよね」 「そうね。まだ二年だしね」  それもそうだ、と俺も頷く。  なんせまだ大学生活は二年あるのだ。将来のことなんて、今からいくらでもどうにでもなる。  と、俺は楽観的に考えている。 「あれ、美夜?圭吾くん以外とご飯なんて、どうしたの?」  そこへ、いつものように美優がやってきた。美優はいらぬ気をまわし、飯田といる時にはわざとらしく声をかけてこないようにしていたので、大学で話したのは久しぶりだ。 「んげ、美優…いいだろ別に。四六時中飯田といなくたって」  美優はまだ俺と飯田が付き合っていると思っている。早急に事情を話したいが、美波こともあるからと、なかなか言い出す気になれない。 「それもそうだけど。美夜が女の子と一緒なんて珍しいね?」 「声かけてくれたから、たまにはと、思って……」  ニヤニヤしだす美優に、俺は居た堪れなくなってきた。姉にエッチな雑誌を見つかった時の気分にとても似てるなぁと思った。  ちなみに中学の頃、たまたま買った雑誌にそういったページがあって、長女に指摘されて恥ずかしかったことを思い出した。 「まあ、別になんでもいいけど。あたしも一緒していい?」  美優がお得意の人懐こい笑みを浮かべると、優奈と沙耶はコクコクと首振り人形のような動作をした。 「美優は今日は昼からだろ。来るの早くない?」 「なによ?別にあたしがいつ来たってあんたには関係ないでしょ」 「そうですねー」 「もうちょっと興味もちなさいよ!」 「えぇ?……なんで早く来たんですかぁ?」 「言い方!!美波とランチしてきたの。今日、ライブでしょ?だからリハの前に差し入れ持って行って、ついでにご飯食べてきた」  ライブのケータリングって美味しいよね、と美優はニコリと笑って言う。俺は食べたことないので、ふーんと返しておく。 「あ、これ、美夜と圭吾くんにって、美波がくれたんだけど」  と、美優がテーブルに置いたのは、本日開催の『いちごクラブ』のライブチケットだった。それも最前列2枚。  一体なんの嫌がらせなのか。 「行かないよ……飯田は喜ぶんじゃない?」  はぁ、とため息を吐き出して言うと、美優は困った顔をした。 「あんたたちホントどうしたのよ。実は先に圭吾くんに会ってね、チケット渡そうとしたんだけど美夜に渡してって言われちゃったのよね……ケンカでもし た?」  今度は飯田に、あの野郎と言ってやりたくなった。美優に話すチャンスなのだろうけど、優奈と沙耶がいる。 「また帰ったら話すよ」  と、今はそれだけ答えてはぐらかした。 「あの、善岡くんは、美優先輩とどんな関係?」  ここで、ずっと黙って俺たちの話を聞いていた優奈が口を開いた。沙耶も、興味深そうにこちらを伺っている。  しまった。ついつい家の感じが出てしまっていたが、さて、なんと言って誤魔化そうか。 「弟なの。ほら、顔似てるでしょ?」  美優が俺の頬に、自分の柔らかい頬をくっつけて答える。突然のことにハンバーグの刺さったフォークを落としそうになった。  そんでもって、姉は、なんかいい匂いがした。 「え"ぇ!?ほ、本当ですかっ!?」 「確かに似てる!!今まで全然気付かなかった……」  そりゃ髪を伸ばしっぱなしにしていたから、気付かれなかったのだろうけれど。 「美優…いいのかよ?隠してたんじゃねぇの?」  ご存知の通り、姉四人とも、弟の存在を各種マスメディアで言ったことはない。世間様は根暗でインキャの弟がいることなんて知らないわけで。 「別に隠してないよ。聞かれないから言ってないだけで」  あ?そうだったんだ。 「あとね、美夜はただでさえ注目されるの苦手だったでしょ。フロリダに行ったのも、あたしたちがこういう仕事してるせいかなとも思ってたから」  俺が六歳の頃、長女はすでに学生モデルとして注目され始めていた。その二年後、次女も読者モデルから雑誌専属になっている。なるほど、姉たちなりに気を遣っていたのだ。 「ってことは、モデルの美麗さんも美香さんも、アイドルの美波ちゃんもお姉さんってことだよね?」 「まあ、そうなる」  親族が芸能人です、と鼻高々にテレビに出られる人間ってすごいよな。俺は絶対に無理。すごいのは芸能界で活躍している本人で、それをそうなれるように育てた両親、または祖父母であって、親戚はもちろん兄弟姉妹なんてなんの関係もない。  ただ姉専用のお高いシャンプーをちょっと借りてキレられたり、私服コーデの撮影がなんたらと着せ替え人形にされた程度なのだ。  だから、姉のことは誇らしいけれど、俺が足を引っ張ってやしないだろうか?と気が気ではない、というのが本音なのだ。  劣等感の塊だ。姉たちが持ち合わせなかった劣等感を、まとめて貰ったのが俺という存在だ。影のないところに日は差さないとか、それと同じ。  そう、思っていたのだけれど。 「うわぁ、リアルでいるんだね!兄弟姉妹全員美男美女って!!」 「すごいなー!やっぱりお母さんが綺麗なの?それともお父さんがカッコいいの?」  優奈も沙耶も、俺の想像していたのとは違う反応をした。  てっきり、お姉さんたちはああなのに、弟は残念ね、と言われると思っていたのに。 「善岡くんのお姉さんみんな綺麗だけど、小さい頃からそうだったの?」 「え、えぇと、その」  身を乗り出す勢いで言われて、タジタジの俺をみかねた美優が代わりに答える。 「小さい頃から一番綺麗なのは美夜よ。この子、全然自覚ないけどね」 「そうなんですか!なんだかわかる気がする…って、失礼ですよね!?」 「大丈夫よ。美夜にはだれも勝てないって、わかってるから。それより美夜可愛いでしょ?髪切って正解よね?」 「はい!見違えました!!」  などと、俺を置いてけぼりにして会話が弾む。  恥ずかしい!!やめて!!  そう思いはしても、姦しい女の会話は今更止められない。  女子はどうしてこうもすぐ打ち解け会えるのだろうか。美優の愛嬌だけではなく、優奈も沙耶も明るい性格なのがよくわかった。  ノイローゼ気味に俯く俺を無視して、しばしの談笑後、美優がテーブルに置いたままのチケットを二人に譲り始めた。 「美夜も圭吾くんも行かないみたいだから、よかったらどうぞ」 「えっ、いいんですか!?」 「勿体無いもん。予定大丈夫ならもらって」  差し出されたチケットを、二人は嬉しそうに手にした。 「私、実は『いちごクラブ』好きなんです!」 「美波ちゃんのコーデいつもすごいなって見てます!」  本当に嬉しそうな二人には申し訳ないけれど、俺はひとり心の中でずっと考えていた。  美波はどういうつもりで、このチケットを俺と飯田に渡そうと思ったんだろう?  美波は飯田と俺の関係を知っているはずだ。知っていて、二人でライブを観に来いと?  なんて嫌なヤツなんだ。俺相手ならば余裕とでも思っているのか?  まあ、実際その通りなんだけど。  悔しい。正直めちゃくちゃ悔しかった。でも、腐っても姉なんだ。  俺なんかが勝てるわけないし、それで恨むわけでもない。  ただ、自分に魅力がないだけ。  飯田にはああ言ったけれど、この時初めて泣きそうになった。

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