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第38話
その翌日。
大学へ行くと、久しぶりに先輩たちと出会した。この日は午後からだったが、課題に必要な本を借りるために早めに来たのだが、ちょうどお昼の休憩に入ったばかりの時刻に到着した。
先輩たちは部室棟の脇の自販機で屯っていた。
「あ!美夜ちゃん、久しぶり!」
俺に気付いた赤川が気さくに片手を上げて声をかけてくる。
ここ最近飯田と一緒にいたので、先輩たちとは関わらないようにしていたのだが、別に話すくらいいいよなと先輩に手を振り返す。というか、もう飯田のことは気にしなくてもいいんだ。だから先輩たちとどうしようが俺の勝手だ。
「先輩、お久しぶりです」
「今日はひとり?」
「そうですよ」
先輩たちはキョロキョロと辺りを見回して、飯田がいないか確認した。わかりやすく怯えているのが面白い。何か弱みでも握られているのだろうか。
錦木が自販機に金を入れて、微糖のコーヒーを買って手渡してくれる。俺の好みまで把握している先輩たちは、なんだかんだ良くしてくれているので、最初のレイプには目を瞑ることにしている。
あり得ないと言われるかもしれないけれど、俺、淫魔だから。先輩たちのも美味しくいただいてるし、いざとなったら貰おうとさえ考えている。
「美夜ちゃんさ、美優ちゃんがお姉ちゃんだって誰かに話した?」
ふと、山口が眉を顰めて言ったので、俺はん?と首を傾げた。
「…昨日、俺の学部の女子に美優が話しましたけど」
美優が優奈と沙耶に話して、美波のライブのチケットをあげた。俺が髪を切ったから、もう隠しようが無い(それくらいには似てる)と判断したからだろうと思って、特に気にしてはいなかった。
それに、あんな人の多いところで話していたのだ、他の人に聞かれていないとは言い切れない。
「あー、そう」
途端に四人ともホッと胸を撫で下ろした。俺はまたも首を傾げ、先輩たちの様子を伺う。
「いや、それがさ、今日ガッコ来てみたら、美夜ちゃんが美優ちゃんの弟だって広まっててさ」
「おれらがどっかで酔っ払って話しちまったんだじゃねぇかと思ってさ、気が気じゃなかったんだよ」
なるほど。先輩たち、だからうかない顔だったんだな。
最初の出会いはともかく、こういうところが憎めないというか、なんだか悪い人たちには思えない。すくなくとも、約束したことに関しては守ってくれるのだ。
「まあでも、髪型変わったらバレバレだな」
大久保が珍しいもので見るように、俺の顔を凝視してくる。
「そんなに見ないでくださいよ」
「照れんなよ。おれらにはとっくに見られてんだろ」
そうだった。見られてんのは顔どころの話じゃないや。
「ともかく、気をつけろよ」
「友達になるヤツは選ぶんだぞ」
じゃあな、と先輩たちは空き缶をゴミ箱に捨てて去って行った。
――――――
無事に図書室で本を借りて、講義室へと向かう道すがら。
「あ、ホントだ。そっくりだ」
と、どこからともなく噂をしている声が何度となく聞こえた。
コソコソ噂されることには慣れている。元々淫乱だ変態だと陰口されていたので、それより幾分かマシですらあった。
俺はもう逃げない。俯いてしまうくらいは許してほしいけれど、無様にトイレへ逃げ込むなんてもうしない。
せっかく変わろうと思えたのだ。昨日は初めて、美優や飯田以外の人と同じ席について食事もできた。
やっと少し成長できたのだから、このまま頑張りたいところだ。二十歳にもなって今更感は否めないが。
講義室に入って、いつもの席に座ると、優奈と沙耶がやって来た。広い教室の中、向けられる視線を気にしないように心がける。
「おはよ、善岡くん」
二人が気さくに挨拶をしてくれて、俺もそれに小声で答える。二人はニコニコと笑みを浮かべていた。
「昨日のライブよかったよ!」
「美波ちゃん可愛かった!」
「それはなによりで」
と答えると、二人は一方的に昨日のライブの感想を述べる。俺は実は、美波のライブには一度しか行ったことがない。デビュー直後の初ライブだった。それを、関係者席で縮こまって観た。
熱狂的な歓声や、鼓膜を容赦なく揺らす大音量に気押されて、ライブなんて二度と行くかと思ったものだ。
「やっぱり善岡くんも歌上手いの?」
「俺?」
「うん。何かの番組で美麗さんが歌ってるのも観たことあるけど、みんな上手なのかなぁと思って」
どうかな?確かに美麗と美波は上手いけれど。
「俺、誰かの前で歌ったことないしわかんない」
そう答えつつ、でも飯田の前では、確か鼻歌程度に披露したことはあったなぁと思い出す。
あれは確か、最初に飯田の家に遊びに行って、成り行きで夕飯を作った時だ。飯田は上手いとも下手だとも言わなかったから、実際のところわからない。
「カラオケとか行ったことないの?」
沙耶が不思議そうに首を傾げ、俺はおずおずと頷く。
「そっか、人付き合い苦手って言ってたもんね」
再度頷く。こういう時気の利いた受け答えができないから、まだまだ修行が足りない。
「今度行く?」
「……え?」
「週末ヒマなら行こうよ!」
う、うおおおおっ!!
この俺が!修学旅行のグループ分けで誰にも誘ってもらえなかった俺が、週末遊びに誘ってもらってる!!
奇跡だ。今すぐマミィに知らせたい。
いや、まて。喜ぶのはまだ早い。
誘ってもらっても、こんな俺が行ってもいいのだろうか?気の利いたことも言えないし、盛り上がりにかける性格なのは重々承知だ。
やっぱり断ろうか。せっかく誘ってくれたけれど、つまらない思いをさせてしまうのは目に見えている。
「そんなに思い詰めた顔しなくていいよ」
俺が口を開く前に、優奈がにっこり微笑んで言った。
「私も沙耶も、善岡くんの友達でしょ?気を遣わなくてもいいんだよ」
「そうだよー!せっかく仲良くなれたんだから、ね?大丈夫よ」
優しい。人に優しくされるなんて、それこそあまり経験したことがない。日本では尚更だ。
「い、行くよ」
昨日もお昼を一緒に食べて、今日も変わらず話しかけてもらえて、俺はすっかり浮かれてた。
つまるところ単純な性格で、人付き合いに本当に慣れていなかった。
好意にも善悪があることを、知らなかったのである。
「よかった!じゃあ土曜日の夕方、駅前で待ち合わせしよ」
「あ、連絡先も聞いといていい?」
え、うん、と生返事を返しているうちに、俺のスマホには新しくアドレスが二つ追加され、待ち合わせがどうとか、どこのカラオケに行くかなんてのが話し合われていく。
まあいい。ここは慣れた二人に任せよう。
そうして、あれよあれよいう間に、土曜日の予定が決まってしまったのであった。
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