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第46話 番外編 飯田の話2
マンションへ帰りつき、キッチンで料理を始めた美夜の背中にくっついた。
「邪魔だ!どけよ!」
「えー、いいだろ別に」
「よくない!飯田はデカイから重い!ウザい!」
「ウザいは余計じゃね?」
「そういうところがウザいっての」
ぷんぷん怒る美夜だけど、振り払ったりはしない。オレは調子に乗って、美夜のデニムに手を突っ込んでムチムチで可愛い尻を鷲掴みにした。
「うわぁっ!?」
「イテッ!!」
ビックリした美夜の体が跳ねる。その勢いのまま、美夜の頭がオレの顎に直撃した。
「飯田ァアアッ!!キッチンから出て行け!二度と入ってくるな!!」
美夜がキレた。顔を真っ赤にして怒る美夜も可愛い。悪いけど全然迫力がない。
オレは痛む顎をさすりながら、渋々とキッチンから出る。
「ごめんって。つい、出来心で」
「次やったら飯田をトキトゥラの具材にしてやる」
「怖っ」
美夜が料理を再開し、オレはカウンター越しにその様子を眺めた。
真剣な眼差しで包丁を握る美夜の、丸くて大きな瞳と、集中するとちょっととんがる唇に目が吸い寄せられる。
白人の血が濃いのか、透き通る白い肌は驚くほどきめ細かくて触り心地がいいことを、オレは知っている。
本人は小柄なことを気にしているようだけど、それはオレにとって、いわゆるキスしやすい身長差で、だから美夜はオレのものになるために生まれてきてくれたんだとまで思っている。
それくらい、オレは美夜が好きだ。
大学に入った頃は、恋人なんていらない、面倒なだけだなんて思って、告白されても断ってきた。その時々で楽しむだけの相手は沢山いたけれど、いつのまにか連絡も取らなくなっていた。
この桜色の髪を追う事に必死で、ちゃんと顔を見てみたいと恋焦がれ。
きっかけは夜の繁華街でぶつかったことだった。いや、それも、本当のことはまだ美夜には言っていない。
多分言ったら怒るだろうな。でも、それくらい気になっていたんだとわかってもくれるだろう。
「ふぅ。できた」
物思いに耽っている間に、いつのまにか料理が完成していたようで、美夜は丁寧に盛り付けられた皿をカウンターへと置いた。
「飯田、運んで」
「ん」
それをダイニングテーブルに並べる。真っ赤なトマトのトキトゥラと、カラフルなサラダ、そのほかにちょっとした付け合わせがある。
ルーマニアの人は健康志向で、自然食を好むのだそうだ。だからこういった野菜メインの料理が多い。美夜の四人の姉がスタイル抜群なのは、幼い頃からこうして健康的なものを食べてきたからだろうか。
テーブルに向かい合い、揃っていただきますを言う。美夜はいつも、オレが箸をつけてからじゃないと食べない。いい嫁だ、とそれも嬉しくなる。
「今日も美夜のご飯は美味しい」
トキトゥラをスプーンで掬い、口に入れてそう言うと、美夜は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「フフ、よかった。飯田が美味しいって言ってくれるから嬉しい。教えてくれたマミィに感謝しないとな」
「オレからもお礼をしないと。外食ばっかじゃ飽きるし、美夜が作ってくれてありがたいよ」
「そういや飯田はいろんな店知ってるけど、なんで?」
その質問に、オレは苦笑いを浮かべた。美夜に好かれたい一心で、最初の頃は良いお店を選んで連れ歩いていた。
「あれは…ほら、付き合いでよく行くからさ。美夜も美味しいもの好きだろ?」
なんて誤魔化す。デートのようなことをして、気持ちよく夜を過ごすために沢山店を知っていた、なんて言えば、美夜はまた怒るだろうなぁ。
ようするに下心からだ。それに会社経営の父親と子どもの頃からそういった店に出入りしていたから慣れていたというのもある。
美夜はスプーンをもつ手を止めて、ジトっとした目を向けてきた。
「付き合いって、女の子だろ?どうせ」
「どうせって……まあ、あたりだけど」
どうやら美夜はお見通しのようだ。
「飯田が遊び人だってことくらい知ってる」
「誰だよ、そんなこと美夜に教えたヤツ」
「先輩たちだよ。飯田が飲み会に来ると、女の子取られるって言ってた」
フン、と鼻息荒く言う美夜。オレは内心でイラッとしていた。
その先輩たちというのが、どうしても気に入らない。どういう経緯で美夜と知り合ったのかは知らないし、聞きたくもないけれど、その四人の先輩たちは、美夜と何度かセックスしているのだ。しかも四人で美夜ひとり相手に。
それを思い出すたび、オレのなのにと嫉妬で頭がおかしくなりそうになる。
「最近先輩と会った?」
「え?何急に?」
「いや、なんでもない」
こんなこと聞くなんて、自分はどうしてしまったんだろう。格好悪いなぁと内心でため息を吐く。
「毎日飯田といるのに、そんな暇が一体どこにあるんだよ?」
「おっしゃる通りで」
「大体、連絡先もしらないのに」
「え?」
驚いて美夜の顔をマジマジと見つめた。てっきり連絡を取り合っているのだと思っていた。
「だから、先輩たちとは会えば話すけど、そもそも電話番号もメールアドレスも、通話アプリのIDも知らないんだって」
「そう、なんだ……」
カラオケでのことがあったとき、オレに連絡をくれたのは赤川という先輩だ。四人の中で一番背が高くてチャラい。何度か飲みサーや夜のイベントなんかで顔を合わせたことがあり、その時に連絡先を交換していた事を、ついこの前まで忘れていた。
結果的にそれが役に立ったので、多少感謝しないこともないけれど、基本的に今でも嫌いなままだ。
ともかく美夜が先輩たちの連絡先を知らなくてホッとした。今まで知らなかったけれど、オレは案外心の狭い人間のようだ。
「疑ってるならスマホ見る?そもそも友達の少ない俺のスマホなんて、家族と飯田と、優奈と沙耶しか入ってないよ」
心底呆れた顔のまま、美夜がポケットからスマホを取り出してテーブルに置いた。恋人にこんな顔をさせるなんて、やっぱりオレはダメなヤツだ。
「いやいいよ。美夜のこと信じてるから」
「どうして?俺は飯田が信じられないのに」
「えっ!?」
思わず美夜の顔を凝視した。美夜はすっかり食事の手を止めて、所在なさげに俯いてしまった。
「だって、飯田は俺のどこが好きなの?沢山選び放題なのに、なんで俺なの?それこそ美波の方が美人だし、美優の方が可愛いのに」
出た。美夜のネガティブ思考。美夜は何かと四人のお姉さんと自分を比べるクセがあるようで、だから自分はダメなんだと卑屈になってしまっている。
確かに完璧な容姿と、何か秀でた特技を持つ姉が四人もいたら、自分なんてと思うこともわかる。オレにも兄がひとりいて、オレより遥かに頭も良くて顔もいい。でも、それはそれ、これはこれ、だ。
「美夜は美夜だから、オレは好きになったんだ。美波さんと会ってたこと隠してたのは悪かった。でも、それも美夜をもっと知りたかったからだし、それに……」
もう、言ってしまおうか。
きっとドン引きされるだろうけど、伝えた方が美夜はわかってくれるだろう。
「それに、な…実は、美夜のことは、一年の頃からずっと見てた」
「はぁ?見てたってどういうこと?」
やっぱりというか、美夜は眉間にシワを寄せて目を細めた。美人は澄ました顔も笑顔も良いけれど、だからこそ余計に、怒った顔や不審げな顔をされるとヒヤッとするほど迫力がある。
「一年の頃、カフェテリアの前の自販機で小銭ブチ撒けたろ?」
美夜はあっという顔をして頷く。
「その時の、美夜の横顔が忘れられなくて、もっとちゃんと正面から見てみたいって考えてた。そしたそこからずっと美夜のことが気になって、気付いたらずっと美夜の桜色の髪を追いかけてた」
「ウソ……」
「ただの興味だった。いつも下を向いて歩いているから、なかなか顔が見れなくて、隠されると余計に見たくなるじゃん。それにウリやってるとか色々噂が出て、余計に興味が湧いたんだ」
そして、オレはある時、たまたま夜の繁華街でフラフラと歩く美夜を見つけた。その頃は遊びに行っても、ずっと美夜のことを考えていたから全然楽しめなくて、早めに帰ろうかと歩き出したところ、美夜がサラリーマン風の男を路地に連れ込んだのを見た。
本当にウリやってるんだろうか。
気になってはみても、覗く勇気はなんでか待てなくて。
しばらく悩んでいると、案外早くに男が出てきた。オレはそこで、ある計画を思い付く。
「美夜にぶつかったのは、わざとだったんだ。メガネを壊す気はなかったんだけど、その時に偶然一万円札が落ちて、咄嗟に自分のポケットに入れた。次の月曜日、話しかける口実ができたと思った」
これが、オレの真実だ。初めてちゃんと美夜の顔を見た時、ああ、これは見てはいけなかったなと思った。
そう思ったすぐ後に、あんな大胆な告白をしてしまったのだ。だって本当にタイプだったから。こんなに綺麗で繊細な面持ちなのに、どこか強気で鋭い視線に射抜かれてしまったら、心臓が勝手に高鳴って、推敲する前に言葉を吐き出してしまっていた。
「飯田……」
美夜は驚きに目を見開いたまま小さく呟いた。きっとキモいと思われたに違いない。
多少嫌われても、もう美夜を手放すなんてできないが。
「ごめんな。今まで黙ってて。どこが好きかなんて、答えられないんだ。気付いたら目が離せなくなっていたから。あ、でも今は沢山言えるよ。料理が上手いとか、最高にエロいとか、エッチの相性が運命的に良いとか、さ」
なんとも言えない空気を払拭しようと、多少ふざけて言う。
でも美夜は、「運命?」と言って固まった。
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