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第53話
大学ではなんとかなっている生活も、一旦外に出ると困ったことがあった。
大学から家までの道に、どこぞのかもわからない、カメラを持った記者が待ち構えていたのだ。
最初、気付いてないフリして通り過ぎようとした。家から大学までは、なんとか走り続けられる距離だし、いざとなれば走れって逃げようと思っていた。
実際それで二度は逃げ切ったのだけど、三度目は追いつかれた。
善岡美夜さんですよね?から始まり、お姉さんとの関係はどうか、普段どんな生活してるのか、週刊誌の内容は見たか、どう思ったかなんてことを次から次に質問されて、目眩がしそうだった。
四人の姉にもこんな経験があるだろうか。よく耐えられるなぁ、なんて他人事のように思いつつあしらっていると、見覚えのある黒い車が近くに停まった。
その車は、つい最近飯田と芸能事務所まで連れて行かれた車に間違いなかった。窓という窓が黒塗りのワゴン車なんて、そうそこらにないから。
運転席から顔を出したのは、前と同じ男の人で、俺を見つけるなり乗ってくださいと叫ぶ。
これ幸いと車に乗り込んで、記者から逃げることに成功した。
「助かりました」
「いえ。それより、何か答えました?」
バックミラー越しに見えたその人の表情は柔らかかった。でも、それはきっと建前だ。この人は俺を助けたんじゃない。姉たちのことを守ったんだ。
そのことに気付いて、なんだかとても悲しくなった。
「何も答えてないので、心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうですか」
家までの数分間、会話という会話もなかった。車を降りる際に渡された名刺に、家永俊之という名前と、マネジャーということが書かれてあった。
「明日から送り迎えしますね」
「……はい。ありがとうございます」
家永さんは、ニッコリと微笑んでから去っていった。
そんなことがあってから、家永さんは毎日しっかり送迎してくれるようになり(どうしてか大学の時間割を把握されている)、俺は割と平和に毎日を過ごせていた。
とりあえず、二週間は。
――――――
週刊誌が発売されて二週間。
SNSは未だ善岡家のお家事情で盛り上がっていて、俺は先輩という壁に守られながらなんとか大学生活を送ることができていた。
ただ、どこでどんな写真を撮られるかわからかいので、休日は家でおとなしくしているしかない。
相変わらず飯田からの返事はなくて、当初沸き起こっていた怒りも萎んで消えてしまい、反対にただ寂しさだけが募っていた。
いや、寂しさだけと言うと嘘になる。
二週間も所謂お預けを食らっている俺は、徐々に体調を崩し始めた。
ある朝スマホのアラームで目が覚めると、どうしても体が怠くて、なかなかベッドから出られないということがあった。
「美夜ちゃん、今日一限からよね?」
なかなか起きないことを不審に思ったマミィが、わざわざ部屋までやって来て顔を覗かせる。
「ん…」
「どうしたの?体調悪い?」
「いや、大丈夫」
この歳になって親に起こされるなんて恥ずかしい。
なんとか重い体を起こし、ベッドから出て着替えを済ませ、マミィの作った朝食を食べた。
「無理しないで休んだら?ほら、まだ色々大変でしょ?」
「本当に大丈夫だよ」
ニコリと笑って誤魔化して、いつも通り家を出た。
しかし、やっぱり体調は悪化する一方で、昼休みは先輩たちが美味しそうに見えた。目の前のハンバーグプレートなんて比べ物にならないくらい、ちんこが欲しい。
蕩けるように甘くて美味しいのが欲しくて仕方なかった。
飯田と半年付き合って、すっかり精液を貰う=セックスになってしまった俺は、不本意だねどお尻が疼いて仕方ない。
久しく感じていなかった飢えの厳しさに、気を抜けば誰でも良いやと考える淫魔の自分に負けそうだ。
でも、もう飯田を裏切ることは出来ない。悲しませることもしたくない。
先輩たちは、誘えば喜んで乗ってくれるだろう。また四人で前も後ろもめちゃくちゃにして、ドロドロになるくらい付き合ってくれるだろう。
思い出すと勃ちそう。
ダメ、ダメだ俺!
そもそも、俺がこんなに飢えるまで会いに来ない飯田が悪いのだ。
そう結論付け、俺は耐えた。ひたすらに、帰りの時間が来るまで耐えた。
「家永さん、ちょっと寄って欲しいところがあるんですけど」
帰り道、いつものように迎えに来てくれた家永さんに言った。家永さんはバックミラー越しに俺の顔を見て、ああ、と呟いた。
「飯田くんのところですか?」
「うん。ダメ?」
「いいですよ」
そう答え、行き先を変更してくれた。大学から二駅離れた飯田のマンションへは、車だと30分もかからない。
いつ見ても気後れしてしまうような、瀟洒な五階建てのマンションへ来たのは久しぶりだ。
「会うのは結構ですが、くれぐれも気を付けてください」
「はい」
答えて車を降りる。いそいそとマンションエントランスへ入ると、家永さんの車は静かに走り去っていった。
エレベーターに乗り込み、五階のボタンを押したところで、いよいよ体調も限界に達した。
妙に体が熱い。エレベーターの中がまるでサウナにでもなったかのように、体全部が熱くて堪らない。ついでに訳の分からない頭痛も、苦しいくらいの動悸も、はやく何とかしてほしいと、それだけが思考を支配していく。
飯田は、部屋に居るだろうか。
連絡も返してくれないのに、急に会いに来ては迷惑だろうか。
常に対等でありたいと思っているけれど、こうしてどうしようもない衝動を抑えられない俺は、飯田に縋るしかない。
また、考えても仕方ないことが頭を過った。
果たして俺は、飯田のことが好きなのか、飯田の精液が好きなのか。『運命の相手』だと、今は確信しているけれど、『運命の相手』が恋人でなくてはならない理由はないのだ。
それに飯田は、二週間も俺を放置して平気なのだ。こんなことになって、会い難いことは理解している。だからってこれじゃあ酷いじゃないか。
飯田の部屋の鍵は、幸いなことに持たされているので、俺はそれを使って部屋に押し入った。何気に使ったのは初めてだった。
部屋の中はしーんとしていて、飯田は居ないようだ。
夕日が鮮やかな色彩を放ち、部屋を淡く照らしている。このマンションの周りには、ほかに高い建物がないから、俺の家と違って空がよく見えた。
飯田の爽やかな柑橘系の香水の匂いが部屋を満たしていて、それでさらに体が熱く火照ってくる。
俺は荷物をソファに放り出して寝室に向かい、勢いよくベッドにダイブした。フワリと立ち上る飯田の匂いに、全身包まれているような気分になる。
はぁはぁと吐く息が荒く熱い。
「飯田ぁ、どこいっちゃったんだよ……」
寂しい、と思う。この気持ちはきっと、俺の本当の気持ちだ。でもその寂しさを上塗りするような怒りは、欲しいものが手に入らないことに苛立っている淫魔の俺が感じているものだ。
下腹部の深いところで、マグマのような熱が燻っている。
モゾモゾと飯田の枕に顔を埋めた時だ。
ガチャリと玄関が開く音がした。飯田の匂いが濃くなる。普段はわからないのに、淫魔の俺は飯田に敏感に反応するようだ。
「美夜…?いるの?」
いつもの、優しい声が俺を呼ぶ。
飯田が開けっ放しの寝室を覗いた。
「ごめんな。ずっと連絡できなくて」
飯田は、ベッドに突っ伏したままの俺の隣に腰掛けた。もう何度、俺が不貞腐れるたびにこうして、優しく声をかけてくれただろうか。
どうして一人にしたの?と。
なんで連絡くれなかったの?と、問い詰めてやりたい気分だった。でも、そんなことより久しぶりに感じた飯田の気配とか匂いとかで、胸がいっぱいになった。
顔を上げて飯田を見た。
飯田はなんでかスーツを着ていた。濃色の品の良いスーツで、飯田の爽やかさを強調するようなデザイン性の高いネクタイをしている。
「飯田……」
「ん?」
どうしたの?と、飯田が手を差し伸べてくる。
指先が頬に触れ、小首を傾げて微笑を浮かべる飯田。
「俺……もう我慢できない!」
「え"っ!?」
うわぁ、と飯田が情けない声を上げた。
俺が飯田の手を掴んでベッドに引き倒したからだ。すかさず馬乗りになって動きを封じる。
「美夜!?」
「ハァ、ハァ…いいだぁ、食べていい?食べていいよね?だって飯田美味しそうな匂いするもん。興奮してる?ねぇ、俺と会えて興奮してるんでしょ?」
こんなの俺じゃない、と思いつつ、でも体は言うことを聞いてくれないくらい飢えていた。
早急に飯田のズボンを脱がし、下着越しにも大きさのわかるちんこを手のひらで撫でる。
「今日ずっと我慢してたんだ……お腹すいてお腹すいて、気が狂いそうだった」
飯田は俺の手がそこに触れるたびに、ぴくりと体を震わせる。それがまた、何とも言えず可愛い。
「っ、美夜」
名前を呼ばれるとさらに気持ちが昂った。飯田が俺の下で、顔を真っ赤にしているのが堪らない。
俺は、ニヤリとひとつ笑みをこぼして、飯田の下着を下げた。もうそこしか目に入らなかった。
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