54 / 63
第54話
「美夜!ちょ、強いって」
飯田の手が俺の頭を抑える。でも本気で遠ざけようとしているんじゃないことは、力加減でなんとなくわかった。
それにやめろと言われてやめられるようなもんでもない。もう俺は飯田のちんこを舐めることしか考えられない。
「ふぁ…いいだ、おいひ…きもちい?俺の口きもちい?」
「っ、気持ちいい、よ…ぅ、あっ、美夜!」
飯田のちんこが、喉の奥でびくびくと震える。苦しさも愛おしいと思うなんて、すっかり俺はどうかしてしまったようだ。
「んぐ、ん……甘いの、たくさん嬉しい……」
やっと満たされた気がした。砂漠でオアシスを見つけたらこんな気分かもしれない。生き返る、なんて大袈裟と思われるかもしれないけど、俺にとってはまさにそんな気持ちになるのだ。
「美夜、挿れたい」
余韻に浸りながらちんこをぺろぺろと舐めていると、飯田が余裕のない顔をこちらに向けて言った。
まだガチガチに張り詰めた飯田のちんこが、俺の口元から離れていく。
ゆっくり伸びて来た飯田の逞しい腕が俺を押し倒した。
久しぶりに唇が重なる。ふぅふぅ息を吐きながら、興奮した飯田が俺の口内を隅々まで犯し、俺はそれを必死に追う。
そうして貪るようにキスをしながらも、飯田の手は俺のズボンも下着も剥ぎ取っていく。
器用にもいつのまにかローションを手にしていて、俺の尻に指が触れ、そのままズブリと指を入れてくる。
「んんっ、は、ぁ」
もはや痛みなんて感じない。それより、指なんかじゃなくて、もっと硬くて太いものを挿れてほしい。俺の尻は、強請るように飯田の指を絡めとるように収縮する。
「いいだ…も、ほしい。いれて」
「わかった」
指の圧迫感が消える。飯田が俺の体を引き寄せ、無理矢理折り畳むように膝を持ち上げた。
正直苦しい。でも、そんなことよりあてがわれた飯田のちんこに意識が集中して、心臓がどきどき高鳴った。
「ぅ、ああ…ふとぉい…いいだ、あっ、すご…ん、やああっ」
久しぶりに受け入れたからか、いつもより飯田のちんこの形がはっきりわかるような気がした。俺の奥まで、大きくて太いものが入り込んで、隙間なく埋め込まれる。まるで最初から、きっちり噛み合うように作られたみたいに。
「ああ、いいだっ!あ"ん、んん、きもちい!もっと!おくついて!!」
「ダメ。久しぶりだから、ゆっくり味わいたい」
「ひ、あああっ、や、ゴリゴリやめ、あアッ、ゆっくりなのきもちいいよぉ!!」
マーキングでもされているかのように、飯田が俺の中全部をゆっくりと擦っていく。一番太いところが尻の淵を限界まで広げたまま出入りすると、排泄に似た気持ちよさがずっと続いて、頭がバカになりそうだった。
「会いに来ちゃうくらい寂しかった?」
「ん、さみしかった…お腹すいて死にそうだったぁ」
「そうじゃなくて…って、言ってもムダか」
「いいだぁ、もうだしたい!だしたいから、はげしくしてぇ!」
「ダメ。今日は優しくしたい気分なんだって」
「っ、んアッ、は、はぁ、おねが、おねがい!イジワルしないで」
飯田のシャツを引っ掴んでしがみつく。いつもはガツガツ攻め立ててくるのに、今日はとてもゆっくりで、なかなかイかせてもらえない。
「美夜、腰浮いてる。押し付けてきて、可愛い」
また大きな手が頭を撫でる。めちゃくちゃに求められるのも悪くないと思えるほど飯田のことが好きだ。最初はビックリしたし怖かったが。でも、こうやって大事に大事にされるのも悪くない。愛されているんだと実感できる。もどかしいけれど。
さっきまで精液のことばかり考えていたが、少し満たされて余裕ができた。飯田が俺を見る欲情した顔や、優しいけどしっかり捕まえて離さない腕、俺に興奮して反応しているものを、つい意識してしまった。
「どうした?顔真っ赤だよ、美夜」
「ぁ、え?ウソ?」
「ウソじゃない。急には恥ずかしくなった?」
ゆるゆると腰を動かしながら、飯田は俺を見下ろして来た。柔く笑う顔がカッコいい。
「恥ずかしく、ぁっ…ない!」
「そう?自分が今、どんな格好で、お尻にちんこ挿れられて、中痙攣させてるか思い出して恥ずかしくなってんのかと思った」
「〜〜〜〜ッ、やめてよ!」
飯田の言う通りだ。思えば、恋人らしくお互いに繋がっていることを実感するようなセックスは初めてかもしれない。
いつもはわけもわからないままイかされて終わるのに。そうして、意識朦朧としている間に後始末も終わってるのに。
「可愛いなぁもう」
「やめろよ!いい加減にしろっての!」
「なんでさ。オレずっと美夜の中にいたい……」
んむ、と唇を塞がれる。
「ん、んんっ、ぷはっ!!しつこいぞ!!」
「はいはい。じゃあそろそろイかせてあげるな」
「あ"ッ、や、やらぁ!そこきもちッ、あ、あああっ」
飯田が奥の弱いところを小刻みに打ちつけ、途端に頭が真っ白になった。これだ!と、淫魔の俺が興奮して、また恥ずかしいことをペラペラと勝手に口に出す。
「おくにだしてぇ!!いいだの、いっぱいちょうだいっ!んや、ぁ、ひッ、んんん!!!!」
ビクビクと腰が跳ねた。同時に飯田の熱が腹の奥に注がれる。中に全て出し切った飯田が、そのまま力尽きたように覆い被さってきた。
「……重い」
「美夜ぁ…好き」
「な、なんだよ、急に?」
「久しぶりに会えたから嬉しくて」
そこで、よせばいいのに、俺はつい余計なことを言った。
「二週間も無視しておいてよく言うよ。先輩たちがいてくれたからマシだったけど」
完全に当てつけだった。でも反省はしない。寂しかったことは事実だし、やましいこともない。
「……先輩たち?」
「そ。大学でちょっと色々あって。先輩たちが気を遣ってそばにいてくれるんだ」
プイっとそっぽを向いた。飯田は一瞬眉間にシワを寄せたけど、怒ったりはしなかった。
「ごめん。忙しくて、連絡も返せなかったんだ。でももう少しで上手くいきそうだから」
困ったような笑みに、俺は顔を逸らしたまま頬を膨らませた。
「ふぅん。連絡も返せないほど忙しいんだ……まあ、いいけど」
「美夜…ごめんな?」
「別に怒ってないから」
「いや怒ってんじゃん」
「なんで俺が怒るの?迷惑かけたのは俺の方じゃん。俺の家族が芸能人じゃなかったら、あんな写真撮られることもなかったのに」
「美夜!!」
俺は、本当は謝りたかったんだ。俺のせいで飯田にいらぬ迷惑をかけてしまった。もし俺の家族が芸能人じゃなかったら、なんて考えても仕方ないけれど、そのせいで飯田はきっと迷惑したハズなのだ。
「美夜…オレさ、美夜とずっと一緒にいたいんだ。それこそ、どんな噂をたてられたって、胸張ってお前の彼氏だって言えるように」
「……は?」
「綺麗で可愛くて、たまに男らしくて、愛しい恋人のそばにいつまでもいられるように、オレ、頑張るから。美夜のために頑張るから」
……飯田は、一体何を言ってるんだ?
頑張るって、何を?
今のままで、十分俺よりもすごい飯田が、俺のために頑張る?
むしろ俺の方が頑張らないといけないのに。常に考えている。俺は飯田に吊り合う人間なのか?と、常に考えているのに。
それに今俺が飯田に望んでいるのは、放置プレイじゃなくてそばにいてくれることだ。
恋人を二週間も放置していいことってなんだよ?
「それってそんなに大事なことなの?」
「もちろん。オレと美夜が一緒にいるために大事なことなんだ」
「俺、飯田にそんなこと頼んだ?」
「え?」
「俺のこと、大事にしてくれてるのはわかってる……でも、俺の望んでることを、飯田は知らないよね?」
飯田が戸惑った顔をした。そういう時、飯田はいつも眉毛をピクピクと動かすのだ。
「飯田、俺はこれ以上なにかして欲しいなんて思ってない。俺と一緒にいてくれるだけでいい。むしろさ、俺はいつも考えてるんだ……飯田に吊り合う人間になるには、どうしたらいいのかって」
どうしたって、飯田の隣に並ぶには、俺はクソみたいな人間なんだ。インキャで根暗で、それは髪型を多少変えた程度でどうにかなるものではない。
飯田はいつもキラキラしている。誰とでも仲良くできて、明るくて、みんなに好かれる。
こんな俺が飯田にひとつ望むことは、ただ、そばにいて欲しい。少し前を歩いていてもいい。背中を追っかけてもいい。でも、ただそばにいて欲しいのだ。
「オレは美夜と、誰の前でも恥ずかしくない関係を築いていきたいんだ。吊り合うってなんだよ?吊り合ってないのはオレの方だ」
「違う!飯田がこれ以上頑張っちゃったら、俺、どんどん置いてかれちゃうよ」
天秤が均等に吊り合うのは、二つの皿に乗ったものが等しく同じだからだ。
俺はいつも、飯田に偏った天秤を、どうやって均等にしようかと悩む。俺に思いが足りないから?なにか人生に深みがあればいいのか?体格で重みを増すことは、残念ながらもう望み薄だけど、じゃあどうすればこの天秤は均等に吊り合うの?
なのに、飯田はまだ重みを増やそうとしている。
「どんなことだって分かち合ってくれると思ったから、だから吊り合ってなくたってそばにいさえすれば大丈夫だと思ってた」
本当は吊り合っていたい。だけど、今の俺にはまだ無理だから。
「そばにいてほしかった。せめて連絡くらいしてほしかった。二週間、俺がどんな思いで大学に行ったかわかる?飯田がいてくれるから、だから大丈夫だと思ってたのに……」
「……」
ああ、きっと俺は今、とてもイヤな言い方をした。
俺の為に頑張っているという飯田は、きっと本当にそうなのだろう。
「もういいよ。俺の為にそんな、大学来れなくなるほど頑張ることないよ」
「美夜、」
「飯田はそのままでいいんだ。これ以上なにも頑張らなくても、どうせ俺は追いつけはしないんだから」
そう言った途端。
飯田の目の冷たさに気付いた。
「本気で言ってる?」
抑揚のない声だ。飯田は、冷たい目を俺に向けている。
「美夜のお陰でオレはなんだって頑張れるのに、美夜はそんなふうに思ってんの?オレお前のことものすごく好きだけど、自己肯定感低すぎなところは嫌いだ……オレまで否定されてるような気分になる」
前後の言葉なんてどうでもよかった。ただ、飯田に嫌いと言われたのは初めてだった。
そんなつもりはない、言い方がわるかった、寂しかっただけなんだ。
すぐに言えたら、きっとこれもただのケンカで済んだんだろうけれど。
「何を頑張ってるのか知らないけど、俺は飯田にそんなこと頼んでない。飯田といていつも惨めな思いをしているのは俺の方だ」
「それって、美夜はオレと付き合ってることが辛いってこと?ならさ、もう終わりにしてもいいんだよ」
「そう…ならそうしよ。俺なんかのために無理してほしくないし」
そう言って、俺は飯田を押し退けてベッドからおりた。無心で衣服を整えて、飯田の方を見ないようにして寝室を出る。
「美夜!ごめん、今のは言い過ぎた!だから、」
「言い過ぎたってことは、ちょっとでも考えたんだろ?別れた方が楽だって。俺はもともとインキャだし根暗だし、淫魔だしでクソみたいな人間だから、お前みたいな眩しいヤツとは吊り合わないんだ」
「待って、美夜!」
夜の繁華街の、煌びやかなネオンも届かない路地裏で、見知らぬオッサンのちんこしゃぶってないと生きていけない俺が、太陽の下、向日葵みたいなヤツと上手くいくわけがなかった。
「じゃあな、飯田。次はお前のこと、ちゃんと肯定してくれるヤツと付き合えよ」
玄関のドアを開ける。飯田の慌てた足音が追いかけてくる前に、バタンと力を込めてドアを閉めた。
そのまま走ってエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押す。
一階につくと同時にまた走って、飯田のマンションから飛び出した。
走って、走って、もう無理だと立ち止まった時、自分が泣いていることに気付いた。
そこがどこかもわからないまま、その場にしゃがみ込んで膝に顔を埋める。
夜の街の人通りの多いそこで、俺はただ泣き続けた。
恋はきっと白昼夢のように、消えてしまって初めてその儚さを知るのだ。
同時に、みにくいアヒルの子は、どう足掻いてもみにくいアヒルの子のままで、シンデレラストーリーなんてものは存在しないことを知るのだ。
俺は汚ねぇアヒルで、王子様に出会うこともないパワハラを受ける家事手伝いで、快楽に弱くて淫乱な淫魔なのだ。
何考えてんだろ。アホらしい。
俺は、散々泣いて、涙も声も枯れた後。
考えることをやめた。
ともだちにシェアしよう!