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第57話
美香の撮影は滞りなく進み、今日は三日目。
明日の昼には旅館を出る予定だ。
「美夜くん、どうですか?やる気になりました?」
温泉街での撮影に同行した俺は、ぼーっとしたままみんなの後をついて回っていた。そんな俺に話しかけて来たのは、アシスタントの女性スタッフだ。
ずっと気を遣って話しかけてくれていた彼女の名前は田中さんだと、今日の朝知った。
「いや…どうでしょう……」
家永さんの誘いは、俺にとって天変地異というか、青天の霹靂というか、まあ、よくわからないけどそれくらいの驚きだった。
この俺が。
子どもの頃から自分に自信がなくて、人前に出るのが嫌で、他人の声を聞こえないふりして。そんなんだったから、自分の容姿とか格好に気を使ったこともなくて。
そんな俺が、芸能界なんてやっていけるとは思えない。
思えないのだが……
「みーや!!ちょっと来い!!」
美香が俺を呼ぶ。軽く手招きする。俺は弟として、美香に逆らえない。
田中さんにすみませんと謝って小走りで美香の元へ向かう。
美香は、撮影の合間の休憩時間に、家族へのお土産を選んでいた。
「なんだよ?」
「アンタお土産どれがいいと思う?」
温泉街にいくらでもあるような土産物屋のひとつで、これまたどこにでもありそうな菓子類を見つめる美香。
「どれって、どれでも良くない?」
「どれでもいいことないでしょ!アンタには拘りとかないの?」
人にあげるお土産に、俺の拘りが必要だとは思わないけれど。
「じゃあ…これとかどう?」
俺が適当に指さしたのは、何の変哲もない缶入りのクッキーだ。ここのご当地キャラなのか、変な生き物がプリントしてある。さしてどこでも味の変わらない無難なものだから、お土産にはちょうどいいだろう。
「はーっ!!アンタねぇ、そんなんだからフラれるのよ」
「ゥゲッ!今その話関係ないだろ!!」
「あのねぇ…面白みのない人を、人は好きにはならないのよ」
「はあ?」
「その点あんたは十分面白いわ。顔もスタイルも良い、ちょっとおバカで可愛げもあるし、ゲイで彼氏とラブラブじゃん。ネタの宝庫よ」
ネタの宝庫?
この姉は、実の弟をなんだと思ってんだ?
「俺、別にゲイじゃないもん。好きになった人が男の人だっただけだもん」
それにもう終わったことだし。ネタにしたって楽しくもなんともない。
「それ、大きな声で言ってやりなよ」
「ムリだよ…」
「あんたがあたしらと同じ世界で仕事するなら、堂々と世間に言えるよ?あんたのこと知らないで、好き勝手言ってる人を黙らせることもできるんだよ?」
などと言いながら、美香が売り物のご当地キャラが描いたTシャツをあてがってくる。こんなの誰が着るんだ?と言いたくなるキャラクターがデカデカとプリントされていて恥ずかしくなった。
と、そんなことより。
本当に美香の言う通りだろうか?俺のことをバカにする連中は沢山いるけれど、そういえば最近は、褒めてくれる人も結構いた。
先輩たちは出会いこそクソだったけれど、何かと可愛がってくれるし、同じ学年にも数人友達が出来た。
家族だって俺のことを大事にしてくれている。
何より飯田が一番に俺のことを認めてくれていた。
自分で自分に自信が持てないことで、周りの人を傷付けているのだとしたら、これは俺が変われるチャンスなのかもしれない。
そして変わることができたなら、飯田はもう一度、俺のことをみてくれるだろうか?
「姉ちゃん…俺やってみようかな」
もちろんうまくいくなんて思ってない。きっと嫌なことだって沢山ある。
でも、全てに否定的だった俺でも、できることがあるかもしれない。きっとこれは、自分が変われるチャンスだ。
「そうと決まれば善は急げね!」
姉がスマホを取り出してパシャリと一枚写真を撮った。もちろん、無防備な俺は変なTシャツを持ったままだ。
「ちょ、何撮ってんだよ!?」
「困り顔も可愛いよ!」
「いや、ちょっと、」
「あんたに足りない面白みってヤツを、あたしが教えてあげる。周りの顔色ばかり伺って、無難なものを選ぶ必要はないんだ」
ありがた迷惑だ。だけど、たしかに俺は今まで、無難な人生を歩んできた。人に好かれたいとも思っていなかった。これでは、余計に周りとの溝を深めるばかりだ。
「家永さーん、美夜の写真アップしていい?」
「ええ、どうぞ」
姉はニンマリ人の悪い笑みを浮かべ、自分のスマホを操作する。
「はい、これであんたもこっち側よ」
美香が突き出したスマホの画面には、姉の公式SNSが映っていた。土産物のTシャツを手に、困った顔をしている俺の写真と、『話題の弟と温泉デートなう』という、虚偽の文章とともに。
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