58 / 63

第58話

――――――  美香の撮影が終わり、帰宅した次の日。  俺は久しぶりに大学に行った。  正直飯田とのことがあったから、行きたいとは思わなかったけれど、単位を取らなければならないのだから仕方ない。  大学では、来週に迫った学祭の準備が進められていて、各学部やサークル、部活動ごとに学生が忙しそうにしている。  講義室のいつもの席に座る。いつも通り誰も話しかけてこない。右隣の席は、講義が始まっても空いたままだ。  ダメだなぁ。もう終わったんだから、いつまでも気にしているわけにもいかない。でも本当に好きだったんだ。  簡単に終わってしまうような繋がりだったことが悲しい。  いや、まだ諦めたわけじゃない。いつか自分に自信がついたら、その時また飯田に好きだと言ってもいいだろうか?そんな時が来るなんて思えないけれど……いや待て、自分のこのマイナス思考が良くなかったのでは?  そのことに気付けただけで、今の俺としては大成長だ。俺は成長しているぞ!!もう俯いて歩くのはやめたのだ!!  これからは、俺だってちゃんと仕事して……  仕事、かぁ。  本当に俺でも美香のようになれるのだろうか?ふぁっしょんとかよくわからないし、流行りのものも知らない。面白い話ができるわけでもないし……あれ?俺の長所って何?? 「美夜ちゃんが百面相してる」 「ホントだ」 「なんか悩み事か?」 「おれたちでよけりゃなんでも言ってみ?」  気が付けばお昼時。無意識にカフェテリアでいつものハンバーグプレートを突いていると、先輩四人が例の如く相席していた。 「せんぱぁい…俺の長所ってなんですか?」  泣きそうになりながら聞いてみる。自分でわからないものは、人に聞くのが一番だ。 「そりゃ、顔っしょ」 「錦木先輩に聞いてないです」  そういや以前、錦木からは失礼な回答を得ている。コイツは無視でいいだろう。  錦木が「おれにだけ冷たくね?」と呟いたが、赤川たちも聞き流した。 「それってさ、モデルやるのと関係ある話?」  大久保がスマホを見ながら言う。  あれ?俺ってモデルやるの?と、疑問が浮かんだ。 「なんです、それ?」 「?美夜ちゃんも美優ちゃんたちと同じ事務所所属になるんだよな?」 「えっ!?」 「えっ!?」  驚いて思わず声が漏れた。同じく驚いた先輩たち。 「なんで知ってるんですか?」  まだ正式に決まったわけじゃないし、なんなら今日この後、事務所に顔を出して話をする予定である。 「なんでって、そりゃ美香さんのSNS見てるヤツならわかるだろ……ほら」  大久保が差し出してきたスマホには、やっぱり美香の公式SNSが映っていた。ヨウキャの人たちが写真を投稿してマウントをとりあうアレだ。  そこには、一昨日あたりからの美香の投稿がズラリと並んでいる。あのお土産屋以降の、俺の写真が。 「な、なな、な!?」 「これってそういうことだろ?タイミング的に話題性バツグンだし、悪い噂が定着する前に売り込むのは良い案だと思う」 「お姉さんの知名度利用するのも効果的だよな。確実に注目を集めることができるから」  あからさまな売り込み方だなぁ、と先輩たちは納得しているようだ。  なんてこった。俺はまだ、心のどこかで迷っていた。姉の甘言のままに、芸能界という未知の世界へ飛び込んでもいいのだろうかと、命綱に捕まって上から穴を覗いているかのような気分でいた。  それがたった今、命綱をブチリとちょん切られた気分に陥った。 「俺、俺、本当に大丈夫ですかね!?まだ何をするのかきまってないんですけど!!」 「いや知らんけど」 「先輩冷たい」  呆れた顔の赤川先輩だ。ほかの三人も似たような顔をしている。 「まあ、モデルは…黙ってればいいから大丈夫なんじゃね?歌は、お前の聞いたことないしなんとも言えん。俳優は……ごめんちょっと笑えるわ」 「先輩ヒドい」 「まあでもひとつ言えるのは、今みたいにちゃんと顔上げておけば良いってことかな」  先輩たちが優しい笑顔を浮かべた。 「出会った頃を思うと、今の美夜ちゃんは変わったよ」 「それな。前は俯いてばっかだった」 「明るくなったなぁとは思うぜ」 「話すと実はいい子だしな。口は悪いけど」 「口が悪いのは余計です」  隣の赤川が、俺の肩をポンポンと叩く。それだけでなんだかとても安心した。ような気がする。 「まっ!大丈夫っしょ!いざって時は、ゲイ向けAVなんて手もあるぜ!美夜ちゃんなら売れっ子だ!」 「先輩のバカアアアアア!!」  アハハと笑って、先輩たちは去って行った。  嵐のような先輩たちだけれど、その横暴さや底抜けの明るさに、毎度のことながら助けられている。ほんと、よくわからない変な先輩たちだ。  SNSといえば、学祭のミスコン参加者も毎日投稿しているそうだが。  飯田は何を投稿しているのだろうか?  ……いや、見ないでおこう。その方がいい。例え画面の向こうでも、あの爽やかな笑顔を浮かべているだろう飯田の姿をみる元気は、まだ持ち合わせていない。  もし俺じゃない誰かと一緒に笑い合っている写真なんか、うっかり見てしまったとしたら。男とでも女とでも、そこにいるのが自分じゃないことが耐えられないだろう。  せっかく持ち直してきた気分も台無しになってしまう。  何かひとつ。ひとつでいい。  俺に何か成し遂げることができたら、飯田に話しかけてみよう。  今はただ、それだけを目標にして頑張るしかない。

ともだちにシェアしよう!