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第58話
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美香の撮影が終わり、帰宅した次の日。
俺は久しぶりに大学に行った。
正直飯田とのことがあったから、行きたいとは思わなかったけれど、単位を取らなければならないのだから仕方ない。
大学では、来週に迫った学祭の準備が進められていて、各学部やサークル、部活動ごとに学生が忙しそうにしている。
講義室のいつもの席に座る。いつも通り誰も話しかけてこない。右隣の席は、講義が始まっても空いたままだ。
ダメだなぁ。もう終わったんだから、いつまでも気にしているわけにもいかない。でも本当に好きだったんだ。
簡単に終わってしまうような繋がりだったことが悲しい。
いや、まだ諦めたわけじゃない。いつか自分に自信がついたら、その時また飯田に好きだと言ってもいいだろうか?そんな時が来るなんて思えないけれど……いや待て、自分のこのマイナス思考が良くなかったのでは?
そのことに気付けただけで、今の俺としては大成長だ。俺は成長しているぞ!!もう俯いて歩くのはやめたのだ!!
これからは、俺だってちゃんと仕事して……
仕事、かぁ。
本当に俺でも美香のようになれるのだろうか?ふぁっしょんとかよくわからないし、流行りのものも知らない。面白い話ができるわけでもないし……あれ?俺の長所って何??
「美夜ちゃんが百面相してる」
「ホントだ」
「なんか悩み事か?」
「おれたちでよけりゃなんでも言ってみ?」
気が付けばお昼時。無意識にカフェテリアでいつものハンバーグプレートを突いていると、先輩四人が例の如く相席していた。
「せんぱぁい…俺の長所ってなんですか?」
泣きそうになりながら聞いてみる。自分でわからないものは、人に聞くのが一番だ。
「そりゃ、顔っしょ」
「錦木先輩に聞いてないです」
そういや以前、錦木からは失礼な回答を得ている。コイツは無視でいいだろう。
錦木が「おれにだけ冷たくね?」と呟いたが、赤川たちも聞き流した。
「それってさ、モデルやるのと関係ある話?」
大久保がスマホを見ながら言う。
あれ?俺ってモデルやるの?と、疑問が浮かんだ。
「なんです、それ?」
「?美夜ちゃんも美優ちゃんたちと同じ事務所所属になるんだよな?」
「えっ!?」
「えっ!?」
驚いて思わず声が漏れた。同じく驚いた先輩たち。
「なんで知ってるんですか?」
まだ正式に決まったわけじゃないし、なんなら今日この後、事務所に顔を出して話をする予定である。
「なんでって、そりゃ美香さんのSNS見てるヤツならわかるだろ……ほら」
大久保が差し出してきたスマホには、やっぱり美香の公式SNSが映っていた。ヨウキャの人たちが写真を投稿してマウントをとりあうアレだ。
そこには、一昨日あたりからの美香の投稿がズラリと並んでいる。あのお土産屋以降の、俺の写真が。
「な、なな、な!?」
「これってそういうことだろ?タイミング的に話題性バツグンだし、悪い噂が定着する前に売り込むのは良い案だと思う」
「お姉さんの知名度利用するのも効果的だよな。確実に注目を集めることができるから」
あからさまな売り込み方だなぁ、と先輩たちは納得しているようだ。
なんてこった。俺はまだ、心のどこかで迷っていた。姉の甘言のままに、芸能界という未知の世界へ飛び込んでもいいのだろうかと、命綱に捕まって上から穴を覗いているかのような気分でいた。
それがたった今、命綱をブチリとちょん切られた気分に陥った。
「俺、俺、本当に大丈夫ですかね!?まだ何をするのかきまってないんですけど!!」
「いや知らんけど」
「先輩冷たい」
呆れた顔の赤川先輩だ。ほかの三人も似たような顔をしている。
「まあ、モデルは…黙ってればいいから大丈夫なんじゃね?歌は、お前の聞いたことないしなんとも言えん。俳優は……ごめんちょっと笑えるわ」
「先輩ヒドい」
「まあでもひとつ言えるのは、今みたいにちゃんと顔上げておけば良いってことかな」
先輩たちが優しい笑顔を浮かべた。
「出会った頃を思うと、今の美夜ちゃんは変わったよ」
「それな。前は俯いてばっかだった」
「明るくなったなぁとは思うぜ」
「話すと実はいい子だしな。口は悪いけど」
「口が悪いのは余計です」
隣の赤川が、俺の肩をポンポンと叩く。それだけでなんだかとても安心した。ような気がする。
「まっ!大丈夫っしょ!いざって時は、ゲイ向けAVなんて手もあるぜ!美夜ちゃんなら売れっ子だ!」
「先輩のバカアアアアア!!」
アハハと笑って、先輩たちは去って行った。
嵐のような先輩たちだけれど、その横暴さや底抜けの明るさに、毎度のことながら助けられている。ほんと、よくわからない変な先輩たちだ。
SNSといえば、学祭のミスコン参加者も毎日投稿しているそうだが。
飯田は何を投稿しているのだろうか?
……いや、見ないでおこう。その方がいい。例え画面の向こうでも、あの爽やかな笑顔を浮かべているだろう飯田の姿をみる元気は、まだ持ち合わせていない。
もし俺じゃない誰かと一緒に笑い合っている写真なんか、うっかり見てしまったとしたら。男とでも女とでも、そこにいるのが自分じゃないことが耐えられないだろう。
せっかく持ち直してきた気分も台無しになってしまう。
何かひとつ。ひとつでいい。
俺に何か成し遂げることができたら、飯田に話しかけてみよう。
今はただ、それだけを目標にして頑張るしかない。
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