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第60話
学祭当日、大学構内は屋台やイベント事に精を出す学生や、それらを楽しむために訪れた人たちで大いに賑わっていた。
一年の頃の学祭は参加していなかったので、本当は結構楽しみだったりする。
楽しみだったりはするのだが。
俺にはこういう時に行動を共にできる友達がいない。コミュ障でぼっちなのを改めて実感する。
なのになんで参加しているのかと言われると、もちろん飯田に会えるかもしれないと考えたからだ。
もしあの時ケンカしなければ、今日この賑やかな構内を一人きりで歩くなんてことにならなかったかもしれない。そう考えるととても悔やまれる。
でも決めたのだ。
モデルでもなんでもやって、それが何かひとつでも認められるようになってから、もう一度飯田に気持ちを伝えると。
自分で自分を認められるようになれば、飯田はまたこっちを見てくれるかもしれない。
何年先になるのか想像もつかない。その頃には飯田は、別の誰かを好きになっているかもしれない。
それでも、何もしなかった今までよりは良いはずだ。
ともすれば暗く沈んでしまいそうな気分のまま、目的もなく人混みを歩いていた時だった。
「あの、美夜くんですよね?」
ふと背後から声をかけられた。誰だろうと振り向くと、高校生だろうか、女の子が二人スマホ片手にこちらを見ていた。
「えっと、はい?」
見知らぬ誰かに声をかけられることはままあった。例えば講義室では、変態やら淫乱野郎やら、まあそれはこんな体質の俺が悪いから仕方ないんだけれども。あと食事を調達する時なんかも、俺の容姿は姉たちが言うようにそれなりに役に立っていた。
週刊誌に載ってからも、コソコソ噂されていたから、不本意だけどまたか、と思ったのだけど。
「しゃ、写真撮ってもいいですか!?」
「え"っ!?」
「お姉さんの美波ちゃんのファンなんですけど!!その関連で美香さんのSNSもフォローしててっ!!それで、その、美夜くんのこと知って!!今日、この大学の学祭に来れば会えるかもって思って……」
必死に話す女子高生の勢いは、一時期俺を追いかけまわしていた記者なんかよりも余程凄かった。
ぶつけられたのが罵詈雑言じゃないだけマシだと思うのは性分だ。
なんだ、姉のファンか。まったく、どこでも人気があって、弟としては誇らしいぞ。そういえば昔はこういうのが嫌で嫌で仕方なかったけれど、俺もそういう仕事を始めたんだから、素直に凄いなあと思えた。俺も頑張ろう、と。
まあ、まだちゃんとデビューすらしてないんだけど。
「写真、くらいなら、まあ、いいですけど」
まずこのしどろもどろな話し方を変えなければな、と思った時だ。
「ありがとうございます!!」
「あっ!?」
女子高生二人が、パアッと明るい笑みを浮かべた。その笑顔のまま、俺の左右の腕を取って密着。良い匂いがした。
パシャリとインカメで写真を撮る。流れるような早技だ。なのに撮れたスリーショット写真はブレもボケもなかった。女子高生怖ぇ。
「あのあの!!応援してます!!」
「世間の人たちがなんて言おうと、わたしたちは味方ですので!!」
「彼氏さんと仲良くしてください!!」
「ありがとうございました!!」
じゃあ、と言って、女子高生二人は走り去っていった。
一体何が起こったのだ?
応援してます?姉のファンじゃなかったのか?
というか、彼氏さんと仲良くしてください、だと!!
訳がわからない。訳がわからなくて立ち尽くす俺だが、そこにまた数人の女子が話しかけてきた。
「わたしも写真いいですか?」
「握手してください!」
「ちょっと!こっちが先に声かけたんだけど!」
「割り込んできたのはそっちでしょ!!」
あっという間だった。気付いたら結構な人だかりができてしまっていた。まるで一匹の鯉に餌をやったら、次から次に集まってくるあの現象に似ていた。鯉が水を跳ねるように罵声が飛び交う。
逃げたい。でも、一度オッケーしてしまった手前、今更断るのも気が引ける。
どうやら美香のSNSと、週刊誌に載ったことが原因のようだが、それにしたってヒドイ。俺はまだ一般人のつもりなのに。
困ったことになった。学祭なんて、やっぱり来なければよかった。
オロオロとあたりを見回す。当然助けてくれそうな顔見知りなんていない。遠巻きに見ている奴らの中には、多分だけど同じ学部の奴もいたけれど、話したことも無ければ、なんなら避けられている。
本当にどうしよう?と思った。
でもその瞬間、たった一人だけ手を差し伸べてくれる人がいた。
「美夜!」
その人は慌てた様子で、でもちょっと怒った顔で人混みをかき分けて、迷わず俺の右手を取った。
「飯田……」
「なにやってんだよ?」
「なにって、俺もよくわかんない」
答えた瞬間、飯田はチッと軽く舌打ちした。呆れられているんだ、と俺はちょっと悲しくなった。
「みんなごめん、美夜のこと返してもらうな?コイツ人見知りでさ」
突然の飯田の乱入に、集まっていた女子たちが押し黙った。その隙に、飯田は俺の腕を掴んだまま歩き出す。
長い足で早歩きで、まるで締め付けるように握られた腕が痛かった。やっぱり怒ってるんだ。あんなケンカして、飯田の家を飛び出したのは俺の方なのに、結局また迷惑をかけているのだ。怒っていても仕方ない。
「ごめん、飯田。助かった」
人気の無い部活棟の横の自動販売機で立ち止まり、荒い呼吸を落ち着けながら言う。
飯田は俺に背を向けたままで、こっちを見てもくれない。
「美夜は自覚が足りない」
「なんのこと?」
背を向けたままだけど、でも話はしてくれるようで安心した。ただ、飯田が何を言いたいのかはわからない。
「オレはずっと、こういうことになると思って心配だった。美夜が変わろうとしていることが嬉しくもあったけど、でも美夜のことをちゃんと知っているのがオレだけならって思うこともやめられなかった」
飯田の大きな背中が、心なしか頼りなく震えているように見えた。
「だからオレは自分に自信をつけたかった。例え何があっても、美夜と堂々と同じ時間をすごせるようにしたかった。美夜が事務所と契約したことを聞いて、今めちゃくちゃ焦ってるんだ。やっと目標がひとつ叶えられたところなのに、美夜はもう人気者だし」
そんなことないぞ、と否定したかった。人気者だなんて絶対に有り得ないし、それにまだちゃんと仕事をしているわけじゃない。
だけど…こんな時にこんなことを言うのもなんだけど。
久しぶりの飯田は、とっても良い匂いがした。だって二週間ほど誰の精液も貰ったないんだもん。ああヤバい。飯田に触れたい。めちゃくちゃに抱いて欲しい。そんで、最高に興奮して甘くなった精液を食べたい……俺のチンコもお尻も正直だ。俺もそれくらい正直になるべきだ、うん。
ちょっとだけ舐めさせて貰って、一度落ち着こう、そうしよう。ほんのちょっとだけならいいよね?頑張ってからにしようとか思ってたけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけペロッとするだけ。お尻に入れなければノーカウントだよね?
「い、飯田、ちょっとだけ、」
もうなんでもいいからと、手を伸ばす。
が、飯田が急に振り返って俺を見た。至近距離で目が合う。驚いた。
「ミスコン!!」
「はひっ!?」
「ちゃんと見てて!!そんで、オレの気持ち聞いてて!!」
「え?」
約束だからな!と、飯田は踵を返して走り去った。
ひとり取り残された俺は、熱った体をどうしようかと悩んだ。
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