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第3話

 次の週末にどこぞの水族館に行って名物の何を食って帰るという短いが心の踊る旅程を決め終え、勝手知ったる自宅の便所で用を足しながら、そういえば、と紅蓮はふと思った。大学の頃から変わらず暮らしているこの部屋に、冬弥が遊びに来た回数は少なくない。でも、付き合いだしてからは初めてだ。だからなんなのだと言えばそうだし、何が変わるわけでもないが、なんだかこそばゆいような思いもする。  夜景を見にいくスポットは自宅から三十分程度で着く。それまではこの部屋でゆっくりするというデートプランだ。  この間クリアしたばかりのピクミン3に二人対戦モードがある。オンラインでは対戦できない仕様なので、自宅に招いた暁には二人で遊ぼうと決めていた。『ゲーム好き』は冬弥と紅蓮の数少ない共通項で、部屋に遊びに来れば決まって対戦ゲームに興じたものだ。ポケモン、スマブラ、マリオパーティ。ぷよぷよも地球防衛軍も盛り上がった。今日もうちに来ると決まった時点で、俺のピクミンテクでボコボコに負かしてやろうと内心息巻いていたが――手を洗いながら、ふと思う。  それではまったくもっていつも通りなのではないか。  プレイヤーにピクミンを投げつけて攻撃し、ピクミン同士を殺し合わせ、思い通りに動かないピクミンや互いの妨害プレイを罵りつつお宝を奪い合う姿の、どこにデート感があると言うのか。ムードのかけらも見当たらない。 「危ないところだったな……」  思わずひとりごちた。このままではせっかくの夜景ドライブデートにまで殺伐とした戦場の雰囲気を引きずってしまうところだった。  紅蓮には今までも恋人が何人かいたし、それを自室に招いたことも一度ならずある。手練れとまでは言わないが、おうちデートのなんたるかに想像も及ばない童貞ではないつもりだ。ハンドタオルで手を拭き拭き、恋人同士がおうちデートでする恋人っぽいことを思い浮かべて――  ――洗面台の鏡に映る自分の顔が、ぼっ、と爆発した。  いや、したかと思った。爆発しないまでも自然発火はしたかと思った。自分がいつも使っているベッドに、冬弥の細い肩を掴んで押し倒すところなんて、想像するのさえおこがましかった。  ひとたび思いついてしまえばもう妄想はとどまるところを知らない。モッズコートの中に着ている白いトレーナーの下に手を差し入れる。すべすべとしたあたたかな素肌に優しく手を這わせれば、冬弥は少し体をびくつかせ、不安げな顔をして小さな声で紅蓮の名を呼ぶ。当然だ彼は「恋人同士がおうちデートでする恋人っぽいこと」をするのは初めてなのだ。彼の潤んだ茶褐色の瞳の中に映る紅蓮はひどく大人びた顔をして、宥めるように彼の髪を梳き、その柔らかな唇に被さるようにキスをする。そしてトレーナーの下から抜かれた左手は、おもむろに彼の履くチノパンへ伸びて……  ああ!  だめだ!  ピクミンをしよう!!  紅蓮は洗面所で頭を抱えて悶絶した。このままでは本当に顔から火が出て放火魔になってしまいそうだ。そうなればもはやデートどころではない。自室全焼デートよりは相手の姑息な妨害プレイを罵り合う殺伐デートのほうがマシである。  決めた。ピクミンをしよう。紅蓮は固く誓った。誓わないと、ジーンズの下のパンツの下にあるモノが妄想だけでまるで童貞みたいに元気になりはじめそうだった。というか元気になりかけていた。深呼吸をし、冬弥の姑息プレイに自分のピクミンが虐殺されるところを念入りに想像し、自身が冷静になったことを確認する。もはや賢者モードより冷静だった。ピクミンの命を賭す戦場で、やらしいことなど考える隙はないのである。  意を決して居間に戻ると、冬弥がベッドの上で寝ていた。  冬弥が、ベッドの上で、寝ていた。 「……っ!」  紅蓮は下唇を噛み締めた。 「ねっ眠いのか!?」  努めて明るい声を出した。そうして下心がないことを自分自身に言い聞かせた。そうしないと頭がどうにかなりそうだった。眠いからと言って人のベッドの上で勝手に横になるような横柄さは慎ましい冬弥にはないはずだ、だけれど恋人になった冬弥は、紅蓮が朝ぐちゃぐちゃにしたままだったはずの掛け布団をわざわざきちんと敷き直して、その上にごろりと寝そべっている。 「ん……」  鼻にかかったような眠たげな声で、冬弥が返事をする。仰向けになっている。手足を無防備に放り出している。まるで据え膳と言わんばかりのその恋人が、こちらへ流し目を向けてくる。  端的に色っぽかった。  誘われているのかと錯覚しそうになる。 「眠い、かも」 「寝てもいいぞ。時間になったら起こしてやる」 「んー……」  眠気に抵抗するような声をあげ、布団に足を絡みつかせ、抱き込むようにして横を向き、紅蓮がいつも使っている枕へ頬を寄せ、すん、と冬弥は鼻を鳴らした。 「……君の匂いがする」  紅蓮は閉口のち猫のように瞠目した。  錯覚じゃないのか? 誘われているのか?  冬弥は目蓋を下ろし、更に続ける。 「寝心地いいな。ベッド広くて……」  広くて、なんだ?  二人で並んで寝れるってことか?  返事を待った。返事はなかった。  本当に、冬弥はそのまま眠ってしまった。  ……誘われていたのか? いや誘われていない。誘われていたら本当に眠ったりしない。すうすうと寝息を立てる冬弥に背を向けて座り込み、紅蓮は大きな背を丸めて膝を抱えた。やっぱりやめて、ちょっとだけ寝顔を拝み、あまりの無防備さに罪悪感が芽生えてきて、目を逸らし、クローゼットの奥からタオルケットを引っ張り出して腹の上に掛けてやり、もう一度背を向けて背を丸めて膝を抱えた。心頭滅却。悪霊退散。  穏やかな寝息が、頭の後ろから聞こえてくる。 「……ちんこいたい……」  小さく、小さく、呟いた。

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