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第10話 ファザコン
次の日の月曜日、俺が高校から帰るといつものように剣がリビングで待っていた。
「おかえりなさいませ、信一様」
今日は丁寧な敬語バージョンの剣に、俺は顔を顰めて見せる。
「だから、その話し方はなんとなく馬鹿にされてる気がするからやめろって言ってるだろ」
すると剣は軽く肩を竦めて言葉を続けた。
「……すぐ部屋で勉強始めるから、とっととおやつ食えば?」
「言われなくても食う」
俺は洗面所へ行き、手を丁寧に洗ってからうがいをすると、ダイニングへと向かう。
今日のおやつはモンブラン。俺の大好物のケーキだ。
ダイニングテーブルの椅子に着くと、リビングから移動して来た剣がミルクティーを入れてくれる。
うちには家政婦さんがいて、料理や洗濯、掃除などの家事は全てやってくれているが、俺のおやつの用意をするのだけは剣の仕事の一環だった。
なんとなくこういうのって秘書の仕事っていうより、執事の仕事っていう感じだよなーとか思いながら俺は剣にもケーキを勧めるのだが。
「剣は食わないのか? ケーキ。剣の分もあるけど」
「うーん。俺は甘いものあまり得意じゃないから。おまえが食えよ」
「二個も食えないし」
「晩飯のあとのデザートにすればいいだろ。ミルクティのお代わりは? 信一」
「もういらない」
「じゃ、それ飲んだら部屋へ行って、今日の授業の復習と明日の予習と、会社経営の勉強な」
剣が小さなノートパソコンに何かを打ち込みながら言う。
「げー」
正直、学校の成績は剣に見てもらうようになってから、苦手な数学も克服でき、この前の小テストでは満点だったし、会社経営のノウハウだってもう充分すぎるくらい身に着けたと思う。
なのに、剣に言わせてみれば、「まだまだ学ぶことは山ほどある」らしい。
「今のうちに叩き込んでおいて損なことは一つもない。信一が高校を卒業して会社へ入ったとき、社長の御曹司として充分活躍できるようにすることが今の俺の仕事だし、おまえだって早く親父さんの片腕として働けるようになりたいだろ?」
「……別に」
親父の仕事なんか興味ない。
ただ今のところ特にしたいこともないし、こういう家に生まれついて、将来のレールも敷かれてしまっているから仕方なく従ってるだけだ。
「冷めたフリしてもバレバレだよ。信一は親父さんに認めてもらいたいんだよな、すごく」
俺はムッとした。
「誰が! 俺は好きで親父の会社なんか継ぐんじゃないから!!」
「はいはい。信一はファザコンだからな」
「なっ!? 誰がファザコンだ!」
「あれ? 自覚ないんだ」
ニヤッと意地悪く笑う、にくたらしいまでの綺麗な剣の顔。
「てめぇ……剣……!」
「さ、もうおやつ食い終えただろ。部屋へ行くぞ」
俺が凄んでも痛くもかゆくもないとばかりに剣はさっさとノートパソコンを閉じると立ち上がる。
俺は怒りが不完全燃焼のまま渋々剣のあとに続いた。
このまま晩ごはんまでみっちり勉強をさせられるのだ。色々ムカつくし、めんどくさい、ウザい。あーあ。
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