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第14話 親友の恋路

「全く何なんだよ、あいつは」  翌日、学校の昼休み。  俺は机にしがみついて呟いた。  昨日、これでもかってほど甘いムードを漂わせていた剣は、勉強が始まると一転、冷静で冷酷な『秘書』になった。  そのギャップに俺はついていけなかった。  だって、キ、キスまでしたくせに、『そんなこともご存じでいらっしゃらないのですか? 信一様』なんて、馬鹿丁寧な敬語バージョンで冷たい言葉を吐き捨てて……。 「あー、ほんとついていけない……」  重ねて呟いた俺に、前の席で雑誌をめくっていた義が顔を上げる。 「さっきから、何一人でブツブツ言ってんだ? 信一」 「なんでもない……」  力のない俺の答えに、義は、「ふーん」と興味なさそうに雑誌に顔を戻しかけ、ふと思いついたようにこちらを見た。 「なあ、信一」 「何ー?」 「ちょっと頼みがあるんだけど」  いつになく真面目な表情になった義に、俺は嫌な予感がした。 「な、何?」 「一昨日会ったおまえの将来の秘書の剣さん? とは毎日放課後二人で勉強してるんだよな?」 「……うん。日曜日以外はね」 「その勉強会に俺も参加させて欲しいんだ」 「えっ?」 「俺さー。やっぱあの人、超好みでさー。できれば付き合いたいなって思ってる」  嫌な予感的中? 心のどこかで予想していた展開だけど、俺は困惑してしまう。 「で、でも、全然楽しくないよ? ずーっと延々勉強ばかりだよ?」 「あの人の顔、見れるだけで幸せだし。それに俺成績良い方じゃないからそれもありがたいし」 「でも、会社経営の勉強とかもさせられるんだよ。あんなの眠たくなるだけだし」 「将来、サラリーマンになったときに役に立つかもしれないじゃん」 「でも……」  不意に義が訝し気に眉を顰める。 「何で、そんなに嫌がるんだ? 信一」 「え……?」  ……ほんとだ。何でだろ。  義が一緒に勉強してくれれば、剣も昨日のような訳の分からない言動に出ることはないだろうし、それに敬語バージョンにしろ素にしろあからさまな罵詈雑言を俺に浴びせかけることもなくなるかもしれなくて。  それに何より親友の恋に協力してあげることなのに。  どうして気持ちよくイエスと言ってあげられないのかな? 「もしかして、信一、おまえもあの人のこと好きなのか? ……お似合いだもんな、おまえと剣さん。美青年と美少年で……」 「違う! そんなんじゃない」 「だったら」 「分かった……剣に頼んでみる」  俺はどこかモヤる気持ちを抑え込んで、そう言った。  でも、剣がだめだと言えばそれで終わりだ……と俺は思いながら、家へ帰ると義の要望を話してみた。 「……社長に聞いてみませんと、私の一存では決められません」  剣は丁寧な敬語バージョンの言葉づかいでそんなふうに答える。 「社長にお聞きしてみましょうか?」 「……うん」  ずっとモヤモヤしているまま俺はうなずく。 「承知しました」  剣がスーツのポケットからスマホを出して電話をかける。  そして、二、三語言葉を交わすと通話を終える。 「……社長のお許しが出ました。明日からでもご友人を連れて来てください」  あっさりと剣は言った。  こうしてモヤモヤモヤの三人での勉強会が始まることになった。

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