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第38話 元カノ
「コトミ?」
剣が女性の名前を呼ぶ。
そう、一回街で見かけたことのある女性。
随分長い間剣の彼女だと思って嫉妬に苦しんでいた相手。剣の元カノ。
前に見かけたときは清楚なイメージだったけど、今前に立つコトミさんはなんだかとにかく怖い。
コトミさんはしばらく俺たちを睨んでいたが、やがて剣の方を見て……剣だけを見て、にっこり笑う。
……なんかやな感じ。
基本的に心の狭い俺がそんなふうに思っていると、コトミさんが剣に話しかけた。
「久しぶり、剣」
「あ、ああ。久しぶり」
少したじろいだように剣が応答する。
俺の手を握っている剣の手に力が込められる。
……剣?
なんだか剣の様子が変だった。
あんまり物事に動じない剣が動揺している。
俺は彼女がいたことないから分からないけど、元カノと会うのってこんなに動揺するものなのだろうか?
まあ、気まずいのは分かるけど、剣の様子はそんな感じではなくて。
俺が剣とコトミさんを交互に見ていると、彼女が俺の方を見て、目と目が合った。一瞬コトミさんが鋭い目で俺を睨む。
すぐににこやかな笑みになったが、目は笑っていない。
「剣、そちらの坊やはだあれ?」
コトミさんが聞いて来ると、剣は繋いでいた手を離して、俺の肩を抱いた。
「……俺の上司」
……上司、か。
なんかショックを受けている俺がいた。
確かに俺が剣の『上司』なのは違いないけど、もうコトミさんには俺たちが手を繋いでいるところも見られてる。
はっきり『恋人』とか『付き合ってる人』とか言って欲しかったな。それってわがままかな?
「上司って剣、どう見てもその子、高校生くらいでしょ?」
首を傾げる元カノ。
計算されたような可愛い仕草に、俺は嫌悪感を覚える。
「だってそれが事実だから。……それよりコトミの方は結婚生活うまく行ってんのか?」
剣が元カノに訊ねる。
その声は俺の知らない声音で、俺はなんだか急に不安になり剣のパーカーの裾を強くつかんだ。
それに気づいた剣が俺に優しく微笑みかけてくれる。
その笑みに俺の不安は少し和らいだのだけど。
剣の問いかけにコトミさんは華やいだような笑顔で答える。
「あー、結婚はやめたの」
「は!?」
剣が素っ頓狂な声を上げ、
「なんで!?」
明らかな狼狽を見せる。
コトミさんは恥じらったような表情になり(こういう表情って大抵の男が見たら可愛いって思うんだろうな……俺は断じて思わないけど)言葉を重ねる。
「んー、なんていうか運命の人じゃなかったからっていう感じ?」
そして潤んだ瞳で剣のことをジッと見つめた。
……この女、もしかしてまだ剣のことが好きなのか?
「おまえ、ふざけてんじゃねーぞ」
剣がぞっとするくらい冷たい声でコトミさんに応じた。
「ふざけてなんかないわ。婚約破棄の慰謝料もきっちり払ったしね」
「……とにかく、おまえと俺とはもう無関係だから」
剣は冷たく言うと踵を返し、俺の肩を抱いて歩き出す。
その背中に追いかけて来る元カノの声。
「あたしは絶対に運命の人を手に入れて見せるから。絶対絶対あきらめないから」
どこか狂気を感じさせる声音に、俺の全身が粟立った。
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