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第39話 守りたい
もうそれ以上遊園地で遊ぶ気になんてなれなくて、俺と剣は車に戻って来た。
剣はすぐに車をスタートさせた。
まるで一分一秒でも早くコトミさんから離れたいとでも言うように。
走る車の中、二人ともしばらく口をきかなかった。
重くのしかかる沈黙に耐えられなくなったのは俺の方だった。
「……剣、あのコトミさんっていう人、まだ剣のこと好きみたいだね」
遠慮がちに問いかけると、剣は端整な顔を歪ませた。
「もしそうなら、すごく迷惑なんだけど……いや、迷惑どころの話じゃないか。恐怖に近いかな……。結婚するっていうから安堵してたっていうのに」
コトミさんは一見清楚な美女だ。なのに剣に『恐怖』とまで言わしめるなんて一体どういう女性なんだ?
俺はなんだか不安になった。
「剣……」
名前を呼ぶと、剣がこちらを見つめて来た。
「俺が一番怖いのは、あいつが信一に害を加えてきたらどうしようってことだ」
「俺に?」
「ああ。きっとコトミは俺たちの関係に気づいただろう。俺は何よりもおまえを大切にに思ってる。コトミはそれを許さない」
剣は重い溜息をついてから言葉を続ける。
「結婚をやめたって言うなら、また昔の悪夢が始まってしまうかもしれない」
「一体どういうこと? コトミさんって何者なんだ? 昔何があったの?」
「……一言で言うとストーカー」
「ストーカー……」
「そう。俺とコトミは大学時代に半年くらい付き合ったんだけど、そのときから俺に対する執着がすごくて。俺が少しでも他の誰かと……女でも男でもね……話すと烈火のごとく怒って手がつけられないし、浮気を疑ってスマホを勝手に見たり、とにかくありとあらゆる面で俺をがんじがらめにした」
「なんか怖い」
「うん。俺は耐え切れなくなって別れを切り出したんだけど、別れるまでが大変だったし、別れてからも待ち伏せされたりとか……まあ他にもいろいろされて、結局警察沙汰になった。……接見禁止って知ってる?」
「なんか聞いたことある」
「まあ早い話がコトミは俺に近づけないってことになったんだ。それに加えて俺は引っ越しをして、スマホも変えた。それからはさすがにコトミは俺の前に姿を現すことはなくなって、何年間かが過ぎた」
剣は再び溜息をついた。
「……ある日ね、街で偶然コトミを見かけた。彼女は男性と一緒にいて、とても幸せそうに笑ってた。それとほぼ同時に友人からコトミが結婚するらしいって聞かされて。俺は心底安堵したよ。それからしばらく経って今度はコトミとばったり出くわした。彼女の薬指には指輪があったし、もう俺に対して執着もなくなっているように思えた」
「もしかして、俺が見た剣とコトミさんのツーショットって……」
「ああ。そのときの俺たちと思う。コトミは俺に昔のことを謝り、幸せになるからって言った。だから俺も祝福したんだけど……なんでまたこんなことに……」
言葉を振り絞る剣の横顔は真っ青で、当時の出来事が壮絶だったことが察せられる。
俺はどうにか剣を元気づけたくて、彼の頭をそっと撫でてあげた。
「大丈夫、剣。剣のこと俺が守ってやるから……」
俺はまだ高校生で、大したことはできないけど、剣が俺を大切に思ってくれてるように俺も剣が大切だから。
「信一……」
赤信号で車がとまる。
剣は俺のことを強く強く抱きしめた。
「ありがとう……俺も信一のこと絶対に守るから」
耳元の囁きに、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。
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