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第40話 過去の亡霊

 元カノの突然の登場に、俺たちは予定よりずっと早く遊園地をあとにしたので、まだお昼ご飯も食べていなかった。  剣が目についたファミレスに車をとめながらすまなそうに言う。 「ごめんな、本当なら遊園地の洒落たオープンカフェで昼ご飯の予定だったんだけど」 「俺、ファミレスのご飯好きだよ。もう、お腹ぺこぺこだよー。ね、デザートにチョコレートパフェ食べてもいい?」  本当はまだ気持ちがざわざわしていて、空腹だったけど食欲はなかった。  でも、いつも強気の剣が弱弱しく笑うのが辛くて、俺はわざと明るく答えた。  車から降りようとする俺の腕を引き寄せると、剣はもう一度強く抱きしめてくれた。  ファミレスの中に入ると、俺はハンバーグセットを剣はステーキセットを頼んだ。  運ばれてきたハンバーグを食べても、なんだか喉の奥で詰まるみたいになり、なかなか胃に落ちて行かないような感覚がする。  剣も同じなのか食べるスピードがいつもよりかなり遅い。  剣の思い詰めたような顔をみているうちに、俺の中で嫉妬の感情が芽生え始める。  だって今、剣はコトミさんのことで頭がいっぱいだから。  それが例え負の感情だとしても剣の気持ちが俺以外に向かうことが腹が立つ。  ストーカーと化したとしてもコトミさんは剣の元カノで、いっときは愛し合っていたこともあるんだろうし。  俺は食べていたハンバーグのフォークとナイフをかちゃんと置いた。  剣が俺の顔を見る。 「信一? もう食べないのか?」 「食べたくない。だって今、剣、コトミさんのことばっか考えてるから、なんか腹が立ってきた」  頬を膨らませて拗ねる俺に、剣は困惑したような顔になった。 「何言ってるんだよ? 俺はおまえがコトミに危害を加えられるんじゃないかって、それだけが心配なんだ……あいつ、本当に執拗だから」 「そんなの、俺だって男なんだから簡単にやられたりしないよ。それよりそんなふうに剣の心にコトミさんの面影が蘇るのが嫌だ」 「信一……」 「ねえ、剣。本当なら遊園地のあとのデートの予定はどうなってたの?」  俺が問いかけると、剣はまだ困惑したような表情で答えた。 「……海でも見に行こうかなって思ってたんだけど」 「じゃ、海に連れてって。それから、俺、その、剣の部屋へ行きたい」 「え? 俺の?」 「うん……だって俺、剣の、その、……こ、こここ恋人だろ? だから部屋に行ってみたい」  自分の方から剣の部屋へ行きたいと言うのは勇気がいったけど、俺は今日のデートを本当に楽しみにしていたから。  剣の心にわずかな異色さえ混ざることが許せなかった。俺一色で染まっていて欲しかったんだ。  わがままなおねだりに、剣はしばし俺の目をじっと見つめていたが、やがて微笑んでくれた。 「おまえが来ること予想してなかったから、部屋散らかってるけど、いい?」 「そんなの構わない」  いや。むしろ飾っていない普段の剣の部屋が見たかった。  俺たちは慌ただしくファミリーレストランをあとにすると、車に乗り込み海へと向かった。  中途半端な時間だった所為か、それともそこが穴場だったのか、海には誰もいなくて、俺と剣は手を繋いで歩いた。  剣と見る海は鮮やかでとても綺麗で、俺はなんだか泣きそうになる。  必死でそれをこらえていると、剣が繋いでいた手を離し、俺の肩に手を回し、引き寄せて来た。 「……綺麗だな、海」 「うん」 「俺、海がこんなに鮮やかで綺麗だってこと、初めて知ったよ」 「剣……」  剣の瞳に、キラキラ光る海が映っていて、綺麗だ……なんて俺がそんなことを思っていると、剣がこちらを向いて微笑む。 「でも、信一の方が綺麗だけどな」 「……っ……」  俺だって今、同じように剣のこと考えてた。考えてはいだけれども……そんなべたなこと思っていてもなかなか口に出してなんか言えないものだというのに、剣はさらりと自然に言ってのける。  これが恋愛経験の違いというものだろうか?  俺は恥ずかしいのと腹が立つのとでやはりとっても複雑だ。 「どうかした? 信一」 「……なんでもない」  俺は剣の腕の中からするりと抜け出ると、さっさと車がとめられているところへと歩いて行った。

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