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第3話
14:00 アラームの音でいつもの様に起きて、いつもの様にシャワーを浴びる。
歯を磨いて、見慣れぬ黒髪に鏡から目が離さなくなる。
これから出かける先は渋谷…行きなれない場所だ。
17:00 昨日準備した湊くんコーデ、黒いハイネックに白いパンツ、上に大きめのジャケットを身にまとい、黒いリュックを背負う。髪を軽くセットして目元をメイクする。
赤いシャドウを入れるとまんま彼になった。
清純そうで、大人しそうで…なんだか色気のある雰囲気。
家を出てオレは電車で渋谷に向かう。
電車の中、ぼんやり昨日のことを思い出した。
髪の毛を黒くしたら支配人は可愛くなったと言った。
お客もいつもより反応が良かった気がする。
黒髪ってすごいんだな…。
でもオレは赤が好きだけど…
18:00 現地に着いた。
オレは渋谷のホテルのロビーへ入った。
何故だろう…胸がドキドキしてくる。
こんな気持ちになるのはいつ以来か…
しばらく歩き回る。ロビーの奥…金持ちがいそうなエリア…この間の初老のイケメンを発見した。意外と高身長でがっしりした体型。座っている時とは違う印象で、目立つ人だ…そして絶対モテる…そう思った。
相手はオレを見ると目を見開いて驚いた様子を見せた。
自分でも引くぐらいの湊くんコピーだから、まぁ驚いたんだろうな…
「シロくん…?」
すっかり湊くんになり切っていたオレは、いきなり本名を呼ばれて驚いて振り返った。
どうやら初老のイケメンが電話で話していた部下の人の様だ。
オレよりも身長が高くて180以上はあるんだろうな。
体格よろしくこれまた塩顔のイケメンだった。
イケメンの近くにはイケメンが集まるのかな…顔面偏差値の高さに驚いた。
「これから私と一緒に食事をしてもらうんだけど、設定はこんな感じで…大丈夫かな?」
ゲイカップル…
あんたも仕事とはいえ大変だな…
オレは軽く頷くとその人にエスコートされてレストランへ入った。腰に当たる手つきに慣れを感じこの人がゲイがバイセクシャルだと確信した。
豪華なシャンデリアがぶら下がって間接照明が効いた店内。
立ってるボーイまで高級に見えるから笑えてくる。
案内された席は奥の窓側で外は暗くなりかけのアンニュイな夜景が見える。
どうぞ、と部下の人がオレの席を引いて座らせる。
オレ相手でもエスコートが完璧だな。
「今日は何て呼べば良いですか?」
向かいに座る男性に尋ねた。
「じゃあ…向かいに座ってるから向井で。私はシロくんって呼びますね。」
向かいに座るから向井さん…か、この人変な人だな…おかげでオレは少し気が緩み肩の力が抜けた気がした。
「実はシロくんがお店で踊ってるの、見た事があるんだよ。」
向井さんはテーブルに肘をついて手を前で組みながら話した。
「そうなんだ。向井さんってゲイなの?」
オレが唐突に聞いても、姿勢変えることなくにっこり笑ってどう思う?と聞いてくる。
変な人。
多分ゴリゴリのゲイでバイセクシャルだと思った。
「すごく体しなやかだよね?初めて見た時驚いたんだよ…こんなかわいい子がいるなんて…って」
口説くような台詞を言いながらオレの手を握ってくる向井さんの目は、演技なのか本気なのか分からなかった。
向井さんの携帯がなる。
「そろそろ来るよ…」
携帯に目を落としそう言うと、向井さんは急ぐように携帯をしまってまたオレの手を握り直した。
「オレたちはラブラブのカップルなの?付き合ってどのくらいなの?」
演技のための設定を聞く。
「付き合って間もないラブラブのカップルだよ。」
そう言って向井さんはオレの手をニギニギしたりスリスリと摩って目を細めた。
「上目遣いする?しない?」
「んー、シロくんのままで良い。シロくんが1番可愛いから。」
そうなんだ…
オレは演技しなくても良いと知って安心した。
入り口の方から団体の客が入ってきた。
あの中に依冬くんも居るんだ…
「ねぇ、なに食べたい?」
入ってくる人物に視線がいってしまっているオレに向井さんが話しかける。
我に帰って視線を戻すとにっこり笑ってオレの頬を撫でる。
メニューに視線を落とすけど、英語で書いてあってよく分からなかった…
「何か…お肉のやつが食べたい…」
そう言うと向井さんがボーイを呼んで注文してくれた。ワインは…飲めないね、と言われオレにはノンアルコールの飲み物が注文された。
「まだ未成年だからね」
「そういうの気にするんだね、オレは店で気にせず飲んでるけど…あれもほんとはダメなんだよね」
クスクス笑いながら話す。
この人、話し上手で話していても疲れないから楽だ。
握った手の指を絡めたり、合わせたり…カップルって本当にこんな事するの?と思いつつ向井さんに任せている。でも、不思議と嫌じゃなくて自分で驚いた。
「シロくん、外見てごらん。」
言われるまま背後に見える窓を覗く。
さっきまでとは違い本当の夜景になっていてとても綺麗だった。
「あっちが新宿だよ。」
向井さんの指差す方を見ると、一際光り輝くビルの群れが見える。いつもはあそこで働いてる時間だよな…。
「あんなに明るいんだね…オレ初めて見たよ。」
東京に上京して生きる為に働く…そんな時間を過ごしてきた自分にとって、依頼された仕事であっても誰かとこんな場所でご飯を食べるなんて初めての出来事だった。オレは目を細めて新宿の光を遠くから眺めた。
「シロくん…ごめんね、かわいい。」
そう言って向井さんがオレの方に体を伸ばして口に軽くキスする。
この人ヤバいな…慣れてる上にときめくタイミングでアクションしてくる。
手練れだ…
「シロくんは私だけ見ててね…どうやら依冬くんが君にヒットしたみたいだから…ちょっとスキンシップ多くするよ、ごめんね。」
そう言って首を傾げ微笑むと、さっきキスしたオレの唇を指でなぞって押し当てて口の中の舌を触った。ゾクっとして体が跳ねる。
エロい…
「向井さん…やだ」
オレは体を引いて向井さんの手を掴んだ。
「やめてよ」
オレは軽く睨むようにして彼を見た。
向井さんは満足そうにふふふと含み笑いするとスッと身を引いた。
なんだ…この人、すごくエロい…
ちょうど良いタイミングで料理が並べられた。
「ねぇ、疑問なんだけど、こうしてて何か意味あるの?てっきり偶然を装って話しかけたりするのかと思っていた…。」
料理を食べながら向かいの向井さんに聞く。
「十分過ぎるよ。シロくんの存在が彼に知れたらそれで良いから。」
はい、あーん。と言ってオレの口に食べ物を運ぶ。オレは口を開けてそれを迎える。向井さんの目が喜んでるが、気付かない事にする。
パリーンッ!!
突然何かが割れる音がして音の方へ顔を向けた。
そこには依冬くんがいてオレの方を見ている。目が合った。
写真よりも大人びた印象だった。
罪悪感からなのか…心臓がギュッと締め付けられるような感じがしたけど、オレはすぐ向井さんに視線を戻して気を沈めた。
「ね?十分でしょ?」
笑いながら向井さんが言う。
オレの視線を向かせるためにわざとグラスを落として割ったっていうの?
「向井さんはさ、依冬くんと湊くんの関係知ってるの?」
ほんの一瞬の事なのにさっきの依冬くんの目つきが頭から離れない。オレだけ見て、刺すような視線を送っていた…普通じゃない執着心を感じた。
「簡単に言うと、依冬くんが湊くんを無理やり犯して殺しちゃったんだよ。」
頭から血の気が引く…
マジかよ…
そんな子に扮するのってかなり危険だよね…
「…あぁ、そうなんだ…だから死因が窒息なのに事故扱いなんだね…。揉み消したんだ。へぇ…」
すごく危険な事をやってると気づいた。
だってオレがもし依冬くんに殺されたとしても、きっとまた揉み消されるんだろうから…。
「なんで好きなのに殺したんだろうね…」
オレは左手で頬杖をついて右手に持つフォークを向井さんに向けながら言った。
「誰にも取られたくなかったんだって。」
さっきからサラッと重い事を答えるこの人が面白い。
大人ってみんなこうなの?
「それはまずいね。オレも殺されちゃうかも知れないじゃん。やっぱり大金に見合うだけの危険なお仕事だって事なのかな…望んでやってる訳じゃないけど、危ないね。」
オレがそう言うと向井さんはオレの頭を撫でて微笑む。
「大丈夫。そんな事にはならないから…」
絶対嘘だね…。
「嘘つきだね。大人ってみんな…」
オレはそう言って向井さんを軽く睨んだ。
向井さんとご飯を済ませて店を出た。
ホテルのロビーで電話する向井さん待ちして、オレは天井を見上げていた。
高いなぁ…3階まで吹き抜けてる…あそこから落ちたら死ぬかな?
「シロくん、こっちに来て。」
呼ばれるままに歩いて行く。
立ち姿も様になるこの人はモデルか何かなのかな…。幾つくらいなんだろう…。
誰かに似てる気がして胸がざわつくのを感じた。
先程まで居たレストランの入り口から少し離れた薄暗い廊下。
向井さんがオレの立ち位置を調整した。
良い匂いがする…香水かな。
「シロくん、ちょっと我慢してね?」
向井さんはそう言うと、オレを強く抱き寄せジャケットの下に手を入れ、腰に腕を回した。こうされるとこの人の体格の良さがよく分かる。大きな体だ。手で優しく顔を上げさせて口にキスしてきた。それは舌の入る濃い大人のやつだった。
「んっ…んぁ、んっ…ふぁっ…んん、ん…」
キスってこんなに頭のてっぺんが痺れるものだっけ?
すごくいやらしくて不覚にも自分のモノがやや反応してしまった…
「向井さん…や、だめ…オレ…」
「勃っちゃった?」
口を逸らして離すと向井さんはオレを抱きしめた手をやや下に降ろして股間を押し付けてくる。そしてオレの顔を見ながら囁いて聞いてくる。
これってすごく卑猥だ。
向井さんは顔をまたオレに近づけて、舌を出して…と囁く。
伏し目がちな表情に大人の色気を感じ、拒否も出来ずに従順になってしまう。
オレは言われるままに舌を出してまた向井さんの濃厚なキスを受け入れた。
「んっ…んん、はぁ、頭がクラクラする…」
唇を解放されて向井さんに抱きしめられる。
女の子ってこういう気持ちなの…?
自分が急に弱くなった様な、屈辱的なのに癖になる様な背徳感を感じて自分の今後を心配した。
「シロくん…かわいい。もっと好きになっちゃったよ?」
オレの顔を覗いて笑う悪い大人…
その目は明らかにからかっている様に嗤っている。
この人は食わせ者の嘘つきだ!
「湊…!」
先ほどのレストランから物凄い勢いでこちらに迫ってくる人影が見えた。
「? 誰ですか。人違いですよ?」
嘘つきの大人はオレを庇う様に後ろに隠すと向かってきた相手にそう言った。
「湊…顔を見せて!俺だよ?依冬だよ?」
依冬くん…すっかり悪い大人の策にはまったんだね…。
「ちょっと、あなたやめて下さい。警察呼びますよ?」
そう言って向井さんはオレの肩を抱くと足早にホテルの外へ出ようとした。
「湊!」
追いかけてきた依冬くんは向井さんを掴むと振り返り様にぶん殴った。
反動でオレは依冬くんに向かい合う様な形になる。
ぶん殴られよろけた向井さんを心配する様に頬を触り、キッと睨んで依冬くんを見た。
「誰と勘違いしてるのか知らないけど、オレは君の言ってる人じゃないよ。謝ってよ!」
さっきまでの燃え盛る炎が消えたかの様な表情でオレを見る依冬くん。
燻っているのかまだ視線を逸らさずオレをじっと見る。
「すごく似ていて…すみませんでした。あなたの名前と連絡先が知りたい…今すぐ教えて下さい。」
こんな状況でも連絡先を聞けるとか…凄い鋼のメンタルだなと思いつつ、オレは向井さんに促されてその場を後にした。
向井さんは殴られた場所を気にする様子もなく車のドアを開けてオレを助手席に乗せた。
「殴られてたね。」
オレは運転席に座る向井さんに話しかけた。
「凄かったね!」
こちらを見て笑うこの人はやっぱり食わせ者の匂いがする。
慣れた手つきで車を出して新宿に向かう。
「お疲れ様、今日はもうお終いだから送って行くね。またシロくんのお店に行くからオレに気づいたらうんとサービスしてね!」
とりあえず今回は上々の結果をもたらした様だ。
あんなにまでして追いかけてきた依冬くんの思いは怖いくらいにオレに伝わった。
この依頼…気をつけないと、彼の人生に殺されるかも知れないと危機感が募った。
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