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第7話

「依冬、ねぇ聞いてる?」 俺を呼ぶ声に我に帰り声の主を見る。 俺は今日シロと楽しくランチをしていたんだけど、途中で帰った彼の別れ際の様子がおかしくて気になっていた。 傍には年上の彼女が心配そうに俺を見ている。 「ごめんね、何だっけ?」 笑ってごまかすと彼女はもぅ…とため息をついて俺の腕を揺さぶった。 親父がコソコソ動いているのは知っていた。 まさか湊のそっくりさんを使って彼女と別れさせようとしているとは思わなかった。 俺は17歳の頃から父親の仕事絡みの知人相手にお見合いと称した政略結婚のコマとして使われてきた。見た目が良いせいか女には好かれたが、何せ俺にその気がない為上手く行かず破談となってきた。しかしいつまでもコマでいるのも癪なので、俺は適当な彼女を作ることにした。 肉体関係を強く求めない成熟した大人の女。束縛も少なく、たまに抱く分には嫌じゃなかった。 シロに会うまでは… 湊によく似た人。可愛らしい人。 スラっと細い体に長い手足。肌は白く髪は柔らかい…。触り心地のいい頬に切れ長の目。 全て湊にそっくりだった。 性格の上では真逆だが、それも惹かれる原因でどことなく儚さと危うさを持った人だ。 俺は湊の見た目に惹かれていたの…? 似てるから?だから簡単にシロを好きになって抱きたくなるのか?そして彼女と別れて、シロとも会えなくなって、政略結婚をさせられるのか…? 絶対イヤだ。シロに会えなくなるのは絶対に… 幼い頃から一緒に育った親父の妾の子。 ずっと湊を兄だと思っていたが、同い年なのに兄弟という設定に疑問を感じたのはそう遅くない時期だった。 小2の時湊と一緒に母親に聞いた。 「何で湊と僕は双子じゃないのにおんなじ歳で兄弟なの?」 母親は取り乱し湊の腕を掴んで乱暴にゆすり殴った。 「お前は依冬の兄弟でも何でもない、ふしだらな女が産んだ子供だ!お前も母親と一緒に死ねばよかった!あんな女の方が…好きだなんて…」 と言い放った。幼心に傷ついた。 母親が取り乱し子供を罵り殴りつける様を見たショックもあるが、湊の母親が死んでいるという事。そして、母の言い淀んだ言葉に… つまり、親父は俺や母よりも湊とその母親を愛していたという事実が、ショックだった。 それからというもの、母親は湊を折檻する口実を見つけると嬉々としてあいつを殴って罵った…俺はそれを止めずにただ見ていた。 「僕たち本当の兄弟じゃないのに、何でこの家にいるの?出てってよ」 「僕は依冬の事弟だと思ってるよ…でも、依冬が嫌ならごめんね…」 小6の時、進学校への中学受験でイライラしていた俺は湊に当たり散らしていた。 …母親と同じ様にヒステリックに そして湊のシャツを掴んで投げ飛ばした時、破れたシャツの下に見えたんだ。 身体中に小さな赤いアザができていて、俺は自分のせいで彼が怪我をしたと思った。 そして、母親の前に連れて行き彼のシャツを取ってアザを見せたんだ…。 母親はひどく取り乱して湊を裸にすると鞭で打った。俺はその時泣いて叫ぶ湊を見て初めて勃起した。 母に解放され部屋に戻った後、傷だらけの体を丸めて泣く湊が酷くいやらしく見えて、俺はあいつを押さえつけてあいつのモノを咥えてイカせた。 徹底的に痛めつけてやった征服欲が俺を高揚させてその時初めて射精した。 思い出しただけで興奮してくる…。 また湊を虐められるのか… 「依冬はどう思う?」 どうでもいい服を2つ並べて彼女が俺に尋ねた。 「どっちも似合うけど、こっちの方がもっと素敵だよ。」 と適当に話を合わせた。 早くまたシロに会いたい… だからまだこの女とは別れない。 顔に当たる日差しが熱くて目を覚ます。 今何時…11:00… オレ、昨日仕事に行ってない…! 慌ててベッドから出ると全身の倦怠感に足がもつれベッドから落ちた。 こんなに高いベッドじゃ無かったはずなのに…衝撃の大きさに戸惑いながら顔を上げるとそこはオレの部屋じゃ無かった。 「シロくん大丈夫?」 ベッドの上から声がしてベッドが軋む音と共に駆け寄る相手を確認した。 「向井さん…」 あぁ…そうか昨日、オレこの人と… オレは事の顛末を思い出してショックを受けた。 「怪我はない?いきなり動くからビックリしたよ?大丈夫?」 体のあちこちを見て怪我がないか確認してるみたいだけど、オレはすごく頭にきていた。 勝手にトラウマをほじくり返され、触れられたくない弱みを弄ばれた屈辱感… 「さわんないで、もう…帰る」 オレはそう言って向井さんの手を払い除けると立ち上がり椅子の上に畳まれた自分の衣服を着た。 「シロくん…怒ったの?」 「オレ、昨日無断欠勤した!今までそんな事一回もした事なかったのに…」 向井さんが話し終わる前にオレは怒鳴って言った。もうやだ…もうこれ以上おかしくされたくない…。 「お兄さんに悪戯されてたの?」 えぐる様な言葉にキッと睨んで向井さんを見た。 「いつから?」 ベッドに腰掛けながらオレの体を引き寄せて抱きしめる。 オレはなんで抵抗しないのか… 「今もされてるの?」 両手でオレの前髪を撫でながら頬を包む。 「シロくん…お兄さんが大好きなんだね」 「んなわけないっ!」 だって…と言ってオレの唇に親指をねじ込む様に押しつけて口をこじ開けて言った。 「お兄ちゃんプレイがあんなに燃えるんだもん…大好き以外に何があるの?」 カッと頭に血が上りオレは向井さんの横っ面を思い切りぶん殴った。 ベッドに倒れて大笑いする向井さんを無視し、荷物を持ちオレは向井さんの部屋を出た。 右も左も分からない知らない廊下… エレベーターを見つけ下りるボタンを押す。 36階?凄いところに住んでんだな… 早くエレベーターに乗らないと…また彼に自分の恥部を弄ばれそうで怖かった。 クソッ! チン エレベーターが着くとオレは急いで乗り1階のボタンを押した。 「ここって六本木ヒルズじゃん…」 テレビで見た事はあるが来たのは初めてで途方に暮れた…。 どうやって帰ったらいいの… 「シロ?」 名前を呼ばれて振り返ると依冬がいた。 お前とはほんとよく会うな… よく見ると隣に女性が居て紙袋を沢山ぶら下げていた。落ち着いた上品そうな女の人だった。 「こんな所でどうしたの?」 声をかけられてハッとした。髪の毛もボサボサで昨日と同じ格好をしている自分に気付いて慌てて直らない髪を手櫛する。 「えっと…あの」 「シロくん、待って。送ってくから!」 後ろから走ってきた向井さんがジャケットを羽織りながらオレの腕を掴んだ。 「…やだよ、1人で帰れるから!」 オレは不服そうに向井さんに向き合うと手をブンブン振って彼の手を振り払おうとした。 「なぁんで?もう何にもしないから、ね?」 わざとだろ?わざと依冬の前でそういう事言ってんだろ…この嘘つき!! 「シロ、オレが送るよ」 依冬がオレの腕を掴む向井さんの手を押さえて言った。彼女可哀想すぎるだろ… 「いや、お前は彼女さんが居るじゃん…オレ1人で帰れるから…」 オレは向井さんの手を解いて、とりあえず人が多い方に歩いていった。後ろは振り向かないで… 無断欠勤に兄貴のトラウマセックス… 依冬にに関わった結果、凄い怪我しまくってる… もうこれ辞めたい… 15:00 やっと家に帰ってこられた。 新宿内でほぼ生活が完結していたから、電車なんて滅多に乗らない。 久しぶりのセックスに体も怠く、乗り換えなど失敗して倍の時間がかかってしんどかった。 家に帰り服を脱ぎシャワーを浴びる。 体についたキスマーク…ムカつく。 自分の体を好きにされた。勝手に…勝手に? まるでにいちゃんに抱かれてるみたいだった… 本当は嬉しいんじゃないの? オレは冷たいシャワーを頭から浴びて思考を追い出す様に頭をフルフルと振った。 何度も繰り返した事がある、自問自答。 オレはこれでいい結果を得られた試しがない。 時間の無駄だし、自分を追い込むだけだ。 とにかく、前の生活に戻りたい。 仕事に行って無断欠勤を支配人に謝ろう… オレは新しい服を着て、髪を乾かす。 黒い染め剤はだいぶ落ちてもう髪の色は赤に戻りつつあるが暗めの赤だ。 今度、美容室行こう… 18:00 三叉路の店のエントランスに入る。 支配人と目が合う… オレは思い切り頭を下げて昨日の無断欠勤を詫びた。何かあったの?と聞かれたけど、体調不良で倒れた。とだけ伝えた。 地下の階段を降りて控室に入る。 鏡の前にメイク道具を出す。 鏡の前のオレは少し疲れた顔をしている…。 「昨日どうしたの?」 ドアを開けて入ってきた智に聞かれた。 「ん、調子悪くなって」 「そうなんだ。無理しないでね」 優しく声をかけられた。 それだけなのに… 鏡の中のオレはどんどん顔が崩れていって涙がポロポロ落ちてくる。 「シロ、どうしたの?まだ具合悪いの?」 慌てて智がオレの背中をさする。 嗚咽の様な声にもならない呻き声を漏らして肩を揺らして泣いた。 何で泣いたかなんて考えたくなかった…時間の無駄だし、無意味な思考を繰り返すだけだから。 ひとしきり泣くと涙も収まって少し気が楽になった。智は心配そうにしているが、気を持ち直したと思う。泣いたおかげかな… さて、メイクをして衣装を選ぼう。 「シロ、お客さん来てるよ」 19:00前なのに支配人から声がかかった。いつもなら時間前には店には出ないけど、昨日の今日だからオレは渋々店に出る。 「やぁ、こんばんは」 奥のVIP席に座るのは依冬の父親だった。 そういえば昨日呼び出されてたんだよな…すっかり忘れてた。 「昨日はごめんなさい。体調不良で…」 そういうとオレは依冬の父親と少し距離を取って座った。依冬から聞いた話を鵜呑みにするわけではないがあまり近づきたくなかった。 「昨日向井くんに会ったんだって?」 …あぁ報、連、相ってやつ? 「楽しいひと時を過ごしたの?私抜きで?」 …最悪だな 「お父さんの事好きだろ?湊」 この親子…頭にくる 親子でオレと湊を完全に混同している… 「オレは湊くんじゃないです…オレはシロです。あんた達親子で狂ってますよ。まるで呪われてるみたいに湊、湊って…お金は返すからもう付き纏わないで下さい!」 オレはそう言って席を立つと依冬の父親を見下ろした。 そうだ、なかった事にしてまた前の生活に戻ろう。そうでないと自分が大怪我をする可能性が極めて高い。こんなのに付き合うのは賢明じゃない…。 「確かに…呪われてるのかもな」 そう笑うと依冬の父親は席を立って、すまなかったね、と言った。 「お金は振り込むので口座を書いてって下さい…」 オレは早く縁を切りたくてそう言った。 「ん…いいんだ、あれは君への詫び金だ。取っておいて…」 そう俯きながら言うとこちらに視線を移してオレを見てオレの顔に手を伸ばした。 オレは触られたくなくて身を引いて避けた。 その様子を見て、依冬の父親は肩を下ろして店を出ていった。 なんなんだ一体… 支配人は申し訳なさそうにオレに近づくと大丈夫だった?と聞いてきた。 「あの人なんなの?親子して異様だよ…」 オレは鼻息荒く支配人に聞いた。 「金融財閥の人でここら辺では知らない人はいない権力を持った人だよ。でも、奥さんは自殺してるし、息子も多分1人亡くなってる。闇は深そう…あんまり仲良くしない方が良いよ」 …あんたが巻き込んだんじゃん。 「支配人が紹介した様なもんじゃん…オレだってもう関わりたくないよ…」 あっ…と思い出した顔をして支配人はごめん、と俯き呟いた。

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