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第9話

あの日以来智と仕事が一緒の時は浮かれた智に惚気話を聞かされた。 「向井さんは六本木ヒルズに住んでるんだよ?」 「とっても美味しい素敵なお店知ってるんだよ」 「お風呂で洗ってくれてる最中、興奮してまたしちゃったの」 などなど様々なバリエーションの惚気だ。 …本当に向井さんは智の事が気に入っただけかもしれない… そう思えてしまうくらい幸せそうな時間はオレが思ったよりも長く続いた。 「ねぇ?向井さんとシロと僕の3人でご飯食べに行かない?」 定期的に智に聞かれるがいつも答えはNOだ。出来ればあの人にはもう会いたくない。 惑わされない様にする精神力がいる。 面倒でリスクも高い。 ごめんな、智… たまに鳴る非通知の電話も依冬からの電話も全て無視してる。 あの件の奴らにはもう会いたくない… 前と同じ様に生活していればオレは満足だから。 18:00 いつもの様にネオン街を歩き仕事に向かう。 日が沈むと一気に冷え込む。こういう時昼間の仕事が羨ましく思える。 三叉路の店。支配人に挨拶をして地下へ降りる。扉を開けると智が既に出勤してオレの開いたドアを見た。 「…シロ、あの…」 オレの方を伺いながら話す様子にメイク道具でも貸して欲しいのかと思い、鞄からポーチを出してはい、と手渡す。 「違うの…あのね、僕ってあんまりエロくないかな…?」 「なんで?智は常連さんも付いてるし、オレ智の踊り好きだよ?」 支配人から演出に注文でも入ったのかな…? やけに落ち込んでる様子で顔を俯かせている。 智の背中をさすりながら目の前の鏡に視線を移した。俯く智の顔が少し見えて表情を知る事ができた。 「向井さんが…シロみたいにしてって言うんだ。」 焦点の合わない視線…怒った様な口調… あぁ…始まったのか… 向井さん…本当あんたのその趣味は最悪だよ…。 「智は最高だよ。その人の言うことに惑わされないで…」 オレが話し終わるか終わらないかの所で突然智は立ち上がるとオレを強く突き飛ばした。 「シロみたいにエロくて可愛くないとしたくないって…何で…何で…!」 目に涙をいっぱい溜めてオレを睨みつける。 そんなこと言われて傷ついたんだな…可哀想に…多分これからもっと傷つけられるんだよ。まだまだ序の口だよ。お前は耐えられる? …オレは傷ついたお前を見ても耐えられるの…? 機嫌が悪かったのかもしれないね…と智に近づいて抱きしめてさすった。オレの腕の中で震えて泣く智を子供をあやす時みたいに優しく包む。弟みたいな智…家庭で苦しんでやっと自由になれたのに…こんな事に巻き込まれて可哀想だ… しばらくそうしていると智は落ち着いた様で顔を上げてオレに笑顔を見せた。赤くなった目尻を擦りながらうん、と一呼吸頷いてから言った。 「向井さん、今日お店に来るんだ…僕もう少し頑張ってみる。」 あいつ店に来るんだ… そんなにいちいちオレの反応が気になるの…? 沸沸と怒りが込み上げる。 渡された電話番号はすぐに捨てた。あいつの思い通りにしたくなくて。 あいつは兄貴じゃない、惑わされてはいけない… オレはメイクをすると急いで衣装を選ぶ智の後ろ姿を鏡越しに眺めた。 この子が痛めつけられてもオレはオレのために耐えなくちゃ、あいつの手の上に乗せられてたまるかよ… お前がそう来るなら…オレはもっとデカいのかましてやるよ。 オレは携帯を取り出して電話をした。 「もしもし?ね、今日来れる?」 19:00 今日の衣装は両端のジップで脱げる画期的な白いパンツと普段着っぽい黒のぶかいシャツにした。 いつもの様に店に出てDJに曲を渡す。 店内を見ても常連客と知らない顔の人たちがまばらにいる程度でまだ向井さんは来ていない様だった。 オレはカウンターに座ってビールを頼み、携帯をいじって時間をつぶす。 「シロ髪色変えたの良いね!」 バーテンがオレの髪色を褒めてくれた。 「ずっと赤だったけど、シルバーもいい感じだよね?気に入ってんだ~」 「俺もその髪色いいと思うよ?」 オレの隣に座った客が覗き込む様にして話しかけてくる。 「シロは何でも似合うね」 バーテンがそう言うと黒髪以外はね、とその客が言う。 「向井さん、もう2度と会いたくなかったのに何でまた来たの?」 オレが隣に座る向井さんの顔を見てそう言うと、彼はふふふと含み笑いしてオレの頬を指先で撫でた。 「チップくれないのに触んないでよ」 そう言って鬱陶しそうに手を払いのける。 バーテンは空気を読んだのか向井さんに飲み物を出すと遠くに移動していった。プロだ。 向井さんはカウンターにチップを置いて指で滑らせてオレの前に置いた。 「シロくん…あれから誰かとエッチした?」 「関係ないでしょ?」 「オレはね智ちゃんとしたんだ。」 「…」 「退屈なんだよね…君に比べると彼はあまりに綺麗すぎてさ、雑味のない水みたいな…」 オレは黙ってビールの瓶を手に取って回す様に揺らした。 この人の声って…なんか落ち着くんだよな… にいちゃんに似てるからかな… そんな風にぼんやりと思ってしまい、ふと我に帰る。この人、本当に調子が狂う…。 これから一波乱起こすんだろ!? しっかりしろよ…オレ 「シロくん…どうしたの?ぼんやりしてるよ?」 オレは向井さんを無視してカウンターの席を降りるとエントランスに向かった。 そろそろ来るだろ? 「シロ誰か待ってるの?珍しいね」 まぁね、と言って支配人と談笑する。 外は風が強くて来た時よりも寒そうだ。 ドアが開いてお目当ての人が来た。 「髪色変えたの?すごくかわいい」 頑張れオレ… 「シロ、この間は大丈夫だった?メールも電話もしたのに心配したんだよ?」 ステージ近くの1人席に依冬を座らせてオレはステージの淵に座り足をプラプラ動かす。 「彼女、綺麗な人だな」 オレは笑顔で依冬に話す。 依冬は心配したのに…と少しいじけた様な顔をする。 「ごめん。ね、それよりさ今日来てくれてありがとう。用事とかなかった?」 さっき電話した時、多分彼女といたよな… 「何もなかったよ」 オレはステージから降りて依冬の近くに行き、あいつの背中に片手を回してもう片方の手であいつの頬を触って自分に向ける。 「オレ知ってんだよ…お前さっき彼女といたでしょ?声聞こえたよ?いいの?」 ふざけた色仕掛けの目つきで依冬の目を見て笑う。 彼の目の奥がギラリと光る感じがした。 依冬はオレの腰に手を回してオレを引き寄せると顔を近づけ目を細めて低い声で言う。 「何もなかったよ…」 「絶対嘘だね」 そう言ってあいつの頬を挟んでふざけて回した。 「シロはあの人とどういう関係なの?」 オレの手を止めて真剣な目で見てくる。 あの人って向井さんのことだよね。 「お店のお客さんだよ、今日も来てるよ。」 ほら、と言って指で差して依冬と一緒に向井さんを見た。 あ、オレのこと見てたんだね。目があった。 「六本木ヒルズで何してたの?最初にあったときはキスしていたよね?どういう関係なの?」 きた… 「向井さんは…オレのこと好きにできる人だよ…」 依冬に背中からもたれかかりオレの腰に回した彼の手を優しく指で撫でる。 「お前もオレを好きにしたい?」 あいつの体に体を添わせてオレの体を感じさせる。あいつはオレの首元に顔をうずめて耳元で小さく囁いた。 「俺のものにしたい…」 体に電気が走ったみたいに頭が痺れる。 オレを振り向かせて顔を正面から見る。 その目だよ… 「シロは俺のものでしょ」 固まって動けない…頑張れオレ… オレは腰に回された依冬の手を解いて手を繋ぎながら離れる。そして彼の目を見て言う。 「オレは誰のものでもないよ、まぁ強いて言うなら今は向井さんのものかな…?」 そう言って依冬と繋いだままの手を向井さんに向けて振った。 「ふぅん…」 依冬の声が低く耳に残る。 「シロ、そろそろ智の始まるよ」 支配人が声をかける。 今日は智のショーをここから観よう。 オレはまた依冬にもたれかかりステージを見る。あいつの息がオレの耳にかかる。 大音量の音楽がなってDJが智の名前を呼ぶ。 オレはあいつにチップをねだって束でもらう。 これ全部智に使おう… 「ねぇ、シロ…チップ分サービスしてくれる?」 耳元で低く囁きながらオレの首に舌を這わしてキスをあててくる。オレは聞こえないふりをして智のショーを歓声を上げて観る。あいつは腰に回した手を服の中に入れてオレの体を触る。 「依冬…やだ」 オレはあいつの手を掴んで服の外に出そうとする。あいつはオレの頭を掴んで自分の方に向ける。ジッとオレを見る熱っぽいあいつの目に吸い込まれそうになって固まる。どんどん顔を寄せてくる…オレは口を半開きにしてあいつを迎える。 舌を入れてオレの舌に絡めるとむせ返る様な熱い吐息と共に口を塞がれる。頭がジンジンする。 頭の中に自分の舌の音が響くみたいにクチュクチュといやらしい音がする。オレの体に這う様にあいつの手があちこち撫で回す。 …やばい、きもちいい 「依冬…オレ、この子のショー観たい…」 すんでの所で自制心を取り戻し、あいつの頬を持ってゆっくり口から離れてそういうと、いいよと言って解放してくれた。 …やばいクラクラする、何だこれ… 普段はこんなゲイみたいなことしない。今日は特別なんだ…頑張れオレ! 智のショーが1番盛り上がる時、オレはステージの端に座りあいつのチップをたんまり口に咥えて仰向けに倒れる。 智が近づいてオレに覆いかぶさる。 オレの口から分厚いチップを取るとあいつはオレに深くキスしてくる。さっきの依冬と比べると控えめで優しいキス。かわいい… ダンサー同士のチップの受け渡しに観客が盛り上がって歓声を上げる。 突然グッと足を広げられて誰かがオレの足の間に入ってきた。体を起こす智の顔を見たらそれが誰か分かった。オレの股に自分のモノを押しつけて覆いかぶさると口に咥えたチップを智に口渡しした。 抱いてるみたいに緩く腰を動かしてオレの顔を覗き今にもキスしてきそうに口を近づける。 …こいつ‼︎ 「智!」 オレは智に両手を伸ばした。 何かを察したのか智はオレの両手を握ってステージに引っ張り上げてくれた。 何事もなかった様に2人でお辞儀してステージから降りた。 しばらく歓声と拍手が鳴り止まないくらい盛り上がった。 「智!すごく良かった‼︎」 オレの声も観客の歓声も拍手も聞こえないみたいに固まった表情の智。 手に持ったチップが震えてて、痛々しかった。 「智、お客さんと関係持つと自分が傷つくよ。もう終わりにした方がいい。あの人はああやってお前の反応を見て楽しんでる。クソ野郎だ」 オレの言葉、届いてるの…? 智はしばらく座って放心してた。 オレはそっと控え室を出た。 階段を上りエントランスへ行くと支配人が興奮して声をかけてくる。適当に頷いて店の中に入る。 依冬の元へ歩いて戻る。 あいつは向井さんと話してる。 オレは何も言わないでまたステージ端に座ると2人を見てビールを飲んだ。 「シロ、さっきの良かった!智と2人で今度踊ってよ!めちゃくちゃ良かった!」 喜ぶ常連の声に笑顔でそれ、いいね!と答えた。 「ね、向井さんもうあっち行ってよ。依冬は今日はオレのお客さんなんだよ。邪魔しないで。」 オレは追い払う様に手でジェスチャーする。 「俺は行きたいんだけど、この子が怒っちゃって…止められてるんだよね。」 嘘つき…煽ってわざと怒らせたんだろ… 「シロ、何でこの人なの?」 依冬は向井さんから目を逸らさないで睨んだままオレに聞いてくる。 「お兄ちゃんに似てるから!」 向井さんが答える。 …オレはもうそれでは釣れないよ…あんたがわざと傷を触ること知ってるから。 「向井さん、つまんない事するなら帰って。」 オレはわざとあいつの前を掠めて通って依冬のそばに行くとウェイターを呼んだ。 「シロくんのショー観てから帰る。」 そう言うと、ウェイターを止めてオレに笑顔を向けてまたカウンター席に戻っていった。 オレは食ってかかりそうな依冬を抑える。 「何で怒るの?オレはストリッパーだよ?そもそも誰のものでもないんだよ。オレはオレのもの。お前のものじゃない。」 キッと睨む様な目でオレを見る。 そんな感情的な目、お前に似合わないのに… 「もう…分からないなら帰った方がいいよ」 「シロ、お兄ちゃんてどういう事?」 睨んだ目のまま聞いてくる依冬の目を塞いでオレはあいつの耳元で言った。 「もう帰って」 そしてそのままステージの上を歩いてカーテンの奥に逃げた。 そこにはまだ智が放心で座ってる。 オレはそれをただ眺めた。

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