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第11話
7:00 依冬の父親による未遂事件の後、オレは緊張感から寝る事を諦めてコインランドリーで溜まった洗濯を済ませた。
帰り道携帯が鳴る。オレはカゴを置いて携帯を見る。
こんな時間に…支配人からだった。
「シロ、落ち着いて聞いて…」
電話を切るとオレはカゴを抱えて家に走った。
「嘘だ、嘘だっ…」
玄関を開けて洗濯カゴを置く。
携帯を見て探す。
かける。
…出ない!
携帯を持つ手が震えて派手な音を立てて落とす。
適当な服に着替えて家を出る。
タクシーを止めて行き先を告げる。
嘘だ…嘘だ…嘘だろ
タクシーが止まり支払いをする。
人が何でこんなに多いの…?
人混みを揉みくちゃになりながら抜ける。
警察に止められる。
「知り合いがいるんだよ!」
押しのけて走る。
階段をかけて上がる。
警察が沢山いて止められる。
あいつの部屋…
開け放たれて規制線が貼られたドアにオレがかけた袋がぶら下がる。
なんで…
「智! なんで…!」
へたり込む。
嗚咽で体が激しく振動する。
警察官に支えられて階段を降りる。
パトカーに乗せられて病院に送ってもらう。
「お友達はここにいるから」
そう告げるとパトカーは行ってしまった。
「シロ…」
振り向くと支配人が立っていて、いつもと違う私服が妙におかしかった。
手を引いてオレを連れていく。
オレ、そっちに行きたくないよ…
ひときわシンと静まり返るその部屋の前はまるでドラマの中の事の様に非現実的でオレはただ呆然と言われるままに部屋に入った。
閉塞感を感じる冷たい室内。
前にもここに来たことがある…思い出すな…思い出しちゃだめだ…
横たわる白い布のかぶせられた物の前に煙を燻らせた線香。
泣いて縋る家族らしき人々。
オレはゆっくり近づいて小さな布をめくる。
頭の奥から衝撃が走って腰が抜けて足に力が入らず座り込む。
そのまま言葉にならない声を出して床に突っ伏して泣く。
オレの様子を見た家族はまた大きな声を出して泣く。
智!智…なんで…!
「こんなに悲しんでくれる人がいるのに…この、親不孝者!」
泣き声とやり場のない憤りの籠もった声がオレの胸を締め付けて胸が苦しい。
智…お前愛されてるじゃん。
病院外の喫煙所
支配人はオレを座らせて一服している。
智は昨日の晩、風呂場で手首を切って自殺していたそうだ。
流しっぱなしの風呂の水が溢れて下の階に漏れ、苦情を聞いた管理人が今朝ドアを開けて発見したそうだ。
「オレ、昨日仕事帰りに寄ったんだよ…」
しゃくり上げるような声で話すオレを支配人は悲しそうな目で見てる。
「あの時、まだ生きてたのかな?オレが…もしかしたらあの時オレが部屋に入っていたら…」
「シロ…やめなさい」
自分を責めないで、とオレの丸まった背中をさする。
遺書は見つかっていないらしい。
警察は家出という事もあって、家族間のトラブルを悲観した自殺と見ているようだった。
…違う
絶対あいつが…
「シロ、智のお父さんが教えてくれた。今日智を実家に連れて帰って、明後日お通夜をやるんだって。オレは仕事があるからお前行ってやってくれ。仕事は落ち着いたらで良いよ」
オレは頷いて答えた。
智の実家か…
お父さんもお母さんも良い人そうだった。
違う形で会いたかった。
「依冬くん」
突然名前を呼ばれて振り返る。
この人、シロの…
「偶然だね?こんなところで何してるの?」
銀座にあるギャラリーで懇意にしている友人の個展が開かれていた。俺も呼ばれて足を運んだ。
まさか、この人が居るとは…友人の交友関係者なのか…?
「ね、ちょっと話せない?」
向井と呼ばれるその男は首を傾げながらそう言うと目を細めてこちらを見た。
「良いですよ」
そう笑顔で答えてギャラリーを後にする。
クラシックが流れる落ち着いた喫茶店に入った。この男と向かい合って座りたくないが仕方がない…。
「ねぇ、シロくんて湊くんによく似てるよね?」
…なんで湊を知っているんだ?
俺は動揺を隠すように何も答えず自分に運ばれたコーヒーを飲んだ。
「俺知ってるんだ。君の過去もシロくんの過去も。君のお父さんの過去だって知ってるよ。」
シロの過去?
「シロの過去って何ですか?お兄さんの話?」
う~ん!と言いながら指でこちらを指すと続けて喋る。
「シロくん小さい頃からお兄ちゃんに性的な悪戯されてたんだよ。高校生くらいになって拒絶したらお兄ちゃん、悲しくて首吊って死んじゃったんだ。ねぇ、これ…なんか似てると思わない?」
ペラペラと話す内容が明るい声色と合わないくらい重くて、俺は向井を見て何も言えなくなった。
シロの過去…そんな事が…
似てるって?俺と…?
「何が言いたいんですか?」
この人の話し方…すごく苛つく。
「片方は虐待を受けていた方、片方は虐待していた方。2人で足りない誰かの分を補うの?」
…‼︎
俺はカッとなって向井を睨んだ。
あいつは細めた目のまま俺を見ている。
「シロくん繊細だから…依冬くんが湊くんにしていた事を知ったらどう思うか…心配なんだよね。」
シロに…知られたら?
軽蔑するか…怖くなって会いたくなくなるのか…俺と
向井は手元のコーヒーに砂糖とミルクを入れながら視線をこちらに向けて言った。
「もう俺のシロに会わないで?」
俺はすかさず前にシロに言われた言葉をそのまま言ってやった。
「シロは誰のものでもないですよ。シロはシロのものです。シロが望めば会うんですよ。」
「じゃあ、会いたくなくなるようになれば良いね。」
「シロが会いたくないのは向井さんでしょ?」
「ふぅん…そう思う?」
言葉のラリーが途切れ向井が身を乗り出して俺を見る。
その目は鋭くて怒りが滲んでいる。
「おにぃちゃん!ってセックスする時言うの知ってる?」
…やっぱりシロ、こいつとしてるんだ…
「何でお前なんだよ…」
怒りが込み上げる。
俺じゃなく何でこんなやつに…
「それはね、俺が彼のお兄ちゃんに似てるからかな?でもそれって、君がシロに執着するのと変わらなくない?足りない物を補うように求めるんだよね…相手の意思関係なくさ」
今にもぶん殴りそうな怒りを抑えて聞いた。
「じゃあ向井さんの足りないものって何ですか?それはシロで補えるんですか?」
俺の言葉を聞いて向井の口がニヤリと笑った。
「俺の足りないものはシロくんで十分に補えるよ。彼が自分を守るためにこしらえた壁がガラガラと崩れて墜ちる様はたまらなく美しいから…」
そう言って目の奥を輝かせて言うこの男に誰かと同じ匂いを感じる…
「ね?俺の方がシロを満足させてあげられるんだよ。まぁ、諦めの悪い君たち親子は指を咥えて見ていたら良いよ」
あぁ、この男はシロの事が好きなんだ…
俺に牽制をかけると言う事は俺の存在が脅威なんだろ。
シロが俺に好意を持ってるから…
「それもシロが決める事ですよね?」
そう言ってコーヒーを口に運んだ。
俺の方が優位だ。
「そうかなぁ…」
男の目が光る。
病院からタクシーで家まで帰る。
オレが助けていたら智はこんな最期を迎える事はなかったのに…
部屋に戻ると洗濯カゴの服が洗いたてのいい匂いがする。
オレはベッドに伏せると静かに目を閉じた。
昔、団地に住んでた。兄ちゃんは6時には終わる仕事に就いていて、夕飯は兄ちゃんが作ってくれてオレと弟はそれを食べてた。
「シロ…かわいい、おいで」
いつもオレを呼んで隣に座らせたね。
オレはそれが嬉しくて兄ちゃんの膝に座ってご飯をよく食べた。
兄ちゃんが悪戯した…そうだったっけ?
兄ちゃんはいつもオレを守ってた…そうだったっけ?
弟を餌にオレに言うことを聞かせた?…そうだっけ?
もうよく覚えていないんだ…。
思い出すのが辛くて…兄ちゃんを恨むことでやり過ごしているのかな。
兄ちゃんの手…大きくて優しくてあったかい手。
知らない男の手…痛くて汚くて大嫌いだった。
オレを犯す?兄ちゃんが?ありえない…あれは愛してたんだよ。
そうだろ?
オレが求めて兄ちゃんが与えた。
まさか…子供なのにそんな事する訳ない。
きっと最悪な記憶を改ざんするためにそう思うように心がしてるんだ。
そうすれば壊れなくて済むから。
「シロ…兄ちゃんとこおいで」
夕方仕事から帰った兄ちゃんがオレを呼んだ。
オレはまたアレが始まると思って、嫌だった。
「…ちょっと友達と遊んでくる…」
そう言って同じ団地の子の家に出かけたんだ。でも、その子、夜ご飯があるから遊べなくて、30分もしないうちに家に戻った。
玄関を開けると兄ちゃんがカレーを作り始めていて、野菜の煮えるいい匂いがした。
「もう戻ったの?」
「うん…」
兄ちゃんはダイニングテーブルで宿題をしてる弟の髪を触っていて、オレの方を見るとそのまま指を弟の口に入れた。弟の舌を指で掴んで引っ張り出して指で撫で回した。
「兄ちゃん!やめてあげて…」
「じゃあシロが兄ちゃんのところにおいで」
兄ちゃんはリビングの隣の畳の部屋にオレを連れて行き、ズボンを下げてオレのモノを咥える。
あっという間に大きくなってトロトロした液が先から漏れる。オレは上着の服を唇で噛み締めて弟に変な声が聞こえない様にした。
兄ちゃんはオレの尻に指を当ててグッと押し入れてくる。気持ち良くてイッてしまったオレのモノを大事に舐めて綺麗にした。
…本当にそうだったっけ?
それは本当に兄ちゃんがしたんだっけ…?
夜、普通の家は団欒の時間の頃、オレは兄ちゃんの様子を気にしてばかりいた。
「シロお風呂に入ろう」
兄ちゃんが脱衣所から声をかける。
腰にタオルを巻いてオレの方を見ている。
さっきまで一緒に遊んでいた弟を見ると、オレから視線を逸らしてテレビを見ている。
「分かった…」
そう言って脱衣所に行く。
「脱がせてあげる」
もう小学校も高学年になるオレなのに、兄ちゃんはいつも服を脱がせたがった。
露わになるオレの体をいちいち見て触る。
浴槽に兄ちゃんが入ってオレはその上に向き合う様に座らされる。
「シロの乳首はピンクくてかわいい…」
そう言って兄ちゃんは舌でオレの乳首を舐めたり、指でグリグリ押したりする。
「に、ちゃん…や、やぁだぁ…」
手で押しのけても体格差があり抵抗することなど出来なかった。
「こっちも大きくなってきたよ?かわいい、シロ…エッチなんだね」
オレのモノを手で扱いて刺激する。
気持ち良くなって体が仰け反るとオレの乳首を吸ってくる。
「にいちゃん…らめ…イッちゃう…」
兄ちゃんはオレの口に舌を入れてキスしながら扱いてイカせた。
…そのあとすごく気持ちよくってまたしてっておねだりした…
中学に上がっても兄ちゃんは変わらずオレを求めたね。だんだん麻痺していく自分が怖かった。
…だって兄ちゃんが大好きだったから
「この人は兄ちゃんの友達だからいつもしてる事見せてあげて?」
兄ちゃんの友達が遊びにきた日。
隣のリビングでは弟がテレビを見ていた。
「にいちゃん…やだ」
オレはふすまを開けてリビングに行こうとする。
後ろから兄ちゃんに掴まれて膝に乗せられる。
オレの顔に知らない人の顔が近づいてキスされる。知らない舌…嫌だ…気持ち悪い…
オレは暴れて抵抗した。
「あっちは?」
兄ちゃんの友達がリビングの弟の方を指差した。
あっちって?弟のこと?やめて…何もしないで…
「この子の方が可愛い」
兄ちゃんはそう言うとオレの顔を上に向かせて深くキスする。兄ちゃんの膝に座るオレのズボンを知らない人が下げてオレのモノを口に入れる。
すごく気持ち良くて、すぐイッちゃった…
その人はそのままオレの中に硬くなったやつを入れようとした。
「ダメ、シロに入れないで俺しかダメだから」
そう言って兄ちゃんは自分のモノを入れたきた。
俺は兄ちゃんの友達の足に手を置いて口で他人のモノを扱いた。
「この子めちゃエロいね?何年生なの?」
「仕込みすぎだろ?どうすんの?」
「大きくなったらこの子どうすんの?」
散々イカされて朦朧とするオレの服を直す兄ちゃんに友達が興奮して話す。
そんな友達を横目に兄ちゃんはオレの目を見つめてキスして言った。
「大きくなってもシロのことしか愛さないよ」
にぃちゃん…!!
「シロ、おいで」
「シロかわいいね」
「俺しか駄目だから」
高校に上がってオレにも彼女が出来て兄ちゃんの知らないところで一丁前に男の子していた。
「やめろよ…も、嫌だ!」
オレの体を好きにして…いい加減にしろよ!
オレに拒否されると思わなかったの?
何でそんな顔してんだよ…意味わかんねぇ…
「シロ…兄ちゃんの事好きじゃないの?」
「好きじゃない!大嫌いだ!もう2度と触らないで…オレに触んなっ!」
オレがそう言うと、酷くショックを受けていたよね…悲しそうに顔を俯かせて涙が落ちるのが見えた。
…兄ちゃんに会いたい……
それから兄ちゃんはオレを触らなくなったね…
兄ちゃんの話も無視して、目も合わせなくなって、何回も無断外泊をして補導されて…
迎えにきた兄ちゃんの顔も見ないし話もしなくなったね…
悲しくなったの?だから死んじゃったの?
どうして…無理やり犯しておいて
…誘ったくせに
自分を好きになると思うの?
…お前が兄ちゃんのことを好きだったんだろ
どうして傷付くことができるのか分からないよ。
…お前が死ねばよかったのに
こんな風にしたのはあんたなのに…なんで死んだの…分からないよ…
大きくなってもオレのことしか愛さないんじゃないのかよ…嘘つき
…オレのせいで兄ちゃんが死んだ
もう会えない…2度と会えない…
いつの間にか眠ってしまったみたいで起き上がると顔が涙でガビガビになっていた。
…霊安室に行ったせいかな、それとも向井さんのことを考えたせいかな…智を助けなかったから後悔しているせいかな…兄ちゃんの顔が頭から離れない…
「にぃちゃん…なんで……」
オレはそう言うと静かに泣いた。
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