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第22話

せっかくシロと一緒の時間を過ごしていたのに… 俺だけ仕事なんて… 彼のまどろむあいつの部屋を後にして後ろ髪引かれまくってタクシーを止めた。 自宅に向かいシャワーと着替えを済ませる。 白いシャツのボタンを留めながらシロの乗ったベッドのシーツを思い出す。 …シロずっとあいつの事兄ちゃんて呼んでいたな…病んでる…完全に病んでる。 いつも気丈にしていたシロの堕ちっぷりに不謹慎に興奮する自分がいる。 しかし、明らかに自分の方に似ている彼の兄の役を見た目の違う向井がやることに不満を感じる。 悶々とする気持ちを持て余す。 俺の携帯が鳴る。 「もしもし?おはよう…うん、今日?急だね…どうかな…?約束できないよ、ごめん」 父のお膳立ててお見合いを始めた令嬢はなかなか積極的で困る。 大学生で気が強くてプライドが高く計算高い…まるで自分の母の様だ… 嫌悪感は抱かないけど、鬱陶しく思う。 前の年上彼女の放任ぶりが恋しい… 支度を済ませて部屋を出て車に乗る。 今日は父と同行して新しい商談相手と打ち合わせをする。 今頃シロは何してるのかな… 兄さんに扮したペテン師と一緒に何してるのかな… 気を引き締めないといけないのにそんな事ばかり頭をよぎる。 両頬を叩いて喝を入れ実家へと車を向かわせる。 実家につき車から降りて家に入る。 俺を見てソワソワしだすお手伝いさんを見て察する… またやってんのか… 手で大丈夫と伝えて父の書斎に向かう。 「湊…」 父親のルーティンなのか…? 書斎でひと泣きしている…。 同じ部屋で母親も首を吊ったというのに…未だこの人は湊の事ばかりだ。 俺も人のことは言えないが…こいつはまた格別にイカれてる。 「父さん、そろそろ行くよ。」 俺の声に気づいたのかこちらを振り向かないまま立ち上がるとボーッと突っ立っている。 「桜二か…?何故あの時湊の首を切った?」 誰かと勘違いしたまま話し続ける父親の背中を凝視する。 今の話…どういう事だ…? 「あの子の体から熱が…どんどん無くなって、私の腕の中で絶命する…こんな酷い事があって良いのか…なぁ?私はそこまでお前達を…」 「父さん…依冬だよ。」 傍まで行き顔を見せる。 父親はハッとした顔をしてオレから視線を外す。 「桜二って…?誰だよ…そいつが湊を殺したの?」 オレの問いを無視してあいつは書斎を出ていく。 思わぬ所で湊が誰にどの様に殺されたか知ってしまった…。 愕然とする割に頭は冴えて考えをめぐらす自分がいる。 ふと、今朝のシロを思います。 怒った顔をしてフン!と顔を振る彼を思い出して顔が緩んだ。 あの日のことはよく覚えている。 まだ夜が明ける前…けたたましく鳴るサイレンが自分の家の前で止まった事に驚いて部屋を出た。 玄関から救急隊員が入るのと同時に自分も部屋を出る。 父の書斎に向かって進む救急隊員の後を追って向かう。 父親の背中が見えて床に赤い血溜まりが見える。 父親が怪我でもしたのか…? あいつの体から伸びる様に細くて白い手足が見えて頭から血の気が引いた。 救急隊員を押し除けて父親の前に回る。 目を半開きにして動かなくなった湊…! 首から下に真っ赤に服を染めても尚首からトクトクと溢れる血…そのむせ返る匂い… 放心を通り越して廃人の様に湊を抱いて泣く父親… 「父さん…湊は…」 震える声で問いかけるけどこの人には届くわけない…震える腕で血の付いた手で触ったのか湊の頬に掠れた血が付いていた。 救急隊員は湊の出血の多さから、もう助からない事を知っているかの様に父親に抱かせたまま救急措置をしない…頭にきて父親から湊を引き剥がして抱き抱え担架に乗せる。 「助けて…早く助けて!」 視界が歪んでいく…喉の奥から叫び声が中途半端に漏れる。 湊の体に全く反応がなくて…抱き上げた瞬間に湊はもう死んでいると気付いた。 担架に乗せられ運ばれる湊を追いかける。 もしかしたら、まだ息をしてるかも知れない…助かるかも知れない… 救急車に一緒に乗って病院へ向かうが、サイレンを鳴らさず措置もしない… あぁ、湊…死んだのか… オレは頭を持ち上げる力すら無くなるくらいに脱力した。白い細い美しい手を握る…冷たくて鈍い肉の塊だ…赤く火照る頬も可愛らしいピンクの唇も…真っ白になって、乾いた血液とコントラストを作る。 もう血液が無くなったのか…首は傷跡を鮮明に露出させる。 パックリ開いたその傷は湊自身がやったの? 「残念ですが、湊さんはお亡くなりになられました。」 病院は人を治す場所じゃないの…? 俺に突きつけられたのは死亡の事実だけだった… 湊の遺体が横たわる霊安室。 こんな冷たい所に寝かせるなんて…酷いな。 そんな風に思いながら拭いてもらったのか綺麗になった彼の頬に手を当て自分の血だらけの手に気づく…これ、全部湊の血なんだ… 嗚咽がこみ上げて目の前の人形の様になってしまった彼を見る。 霊安室の扉が開いて態勢を崩しながら父親が入ってくる。 もう…なんで、あんた… 髪を振り乱して半狂乱だ、湊に縋って泣き喚く…血だらけの服で触るから綺麗にしてもらった彼の体はまた汚されていく…。 「なんで…何があったんだよっ!」 掴みかかって狂人を問い詰める。 父親はただ、泣いて震えて言葉にならない音を口から出す…。 それから後はあっという間だった。 いくら問い詰めても父親は湊に何があったのか、俺に言う事は無かった… さっき偶然知るまでは。 「桜二…湊を殺したやつを何故庇うんだ…」 ひとり呟いて踵を返すと父の後を追った。 「シロ?お昼は外に食べにいく?」 まだソファでゴロゴロするオレに向井さんが声をかけてくる。 外か…行きたくないな… 「外行きたくない…」 そう言って天井を仰いで見て両手を伸ばす。 グーパーと手を開いて閉じて指先から肩まで順に関節を動かしてみる。力を入れてやったり力を抜いて確かめる。思い通りに動く自分の手足…毎日確認する様に動かす。今日もオレのために動いてくれるかと。 「じゃあ何か頼もうか…」 オレの様子を見ながら尋ねてくる。 オレは甘ったるい声で拒否した。 「やだよ。何か作ってよ…にいちゃんが作ったのが食べたい…」 ソファから立ち上がって少し広めの場所に移動する。 ゆっくり前屈しながら縦に開脚させる。 そのまま仰け反り手の指先に足が付くのを感じる。 「綺麗だ」 兄ちゃんはソファに座ってオレのストレッチを見ている。うちは狭くてせいぜいヨガマット1枚分のスペースしか確保できないけど、この家は広いから何でもできる。良いな、広い家。 そのまま横の開脚をして体を床に着ける。そのまま足を後ろに纏めて背筋で上体を逸らして膝を広げて起き上がる。手を頭の上に伸ばしてそのまま仰け反りブリッジして逆立ちする。 「すごいなぁ…ずっと見てたい。綺麗だ。」 足を床につけて起き上がると兄ちゃんはオレを抱きしめる。 「シロ…」 肩を掴んで体を引いて兄ちゃんの顔を見上げ笑いながら言った。 「興奮するの早くない?」 オレは兄ちゃんの腕の中で体を屈めて上半身を上向に捻る様にして抜けてバレエのピルエットを2回回ってポーズした。その後アラベスクをしてキープする。 「バレエ習ったの?」 兄ちゃんがオレの伸ばした手を揺らしてくる。 そんなので揺らがないよ、オレの体幹は…! 「前いたダンサーの子に教えてもらった。凄くしなやかで綺麗な子だったよ。」 そう言ってアラベスクのまま伸ばした手を床につけて足を上げる。 しばらくキープしてそのままゆっくりと体を戻していく。 「もっと教えて欲しくてお願いしまくった結果、オレ、バレエの曲一曲踊れる様になったもん!」 そう言ってポーズをとる。 「綺麗だよ…」 オレの顔に手を添えて軽くキスする。 そうなんだ、バレエって凄くきれいでオレ大好きなんだ…。 「そうだ!にいちゃんもオレのオーディション用の踊り見る?」 携帯を手に取って動画を探す。 ソファに兄ちゃんを座らせて見せてあげる。 “オレの嫁何回目のレッスン~”のくだりが流れる。 オレのダンスを見る兄ちゃんの顔を見る。 いつもと違うオレのダンス…どうかな…?好きかな? 「シロカッコいいね…いつもと全然違う雰囲気で、本当にお前は何をしても様になる。素敵だよ。」 めちゃめちゃ褒められてオレは嬉しくてトロけそうになる。 「もっと上手になりたいの…もっと上手になりたいからもっと練習しないといけないんだ…」 オレはそう言いながら兄ちゃんの隣に座って練習動画をまた見直す。 兄ちゃんはオレの肩を抱いて顔を寄せて言った。 「だから今日のレッスンが大切だったんだね、ごめんね、シロ。」 良いんだ…今こんな風に一緒に居られるから… オレは携帯の画面から目を逸らして兄ちゃんの顔に顔を寄せてキスした。 父親を車に乗せて打ち合わせ場所に向かう。 後部座席に座ったあいつはさっきまでの取り乱した様子は一切なく、今日の資料に目を通してる。 「父さん…桜二って誰ですか?」 ルームミラーで確認するが表情一つ変えずに無視を決め込む。 その様子を見てより確信する。 「お前、あの御令嬢とどうなってる?」 「どうって特に…あまり興味がないので。」 「シロくんとは…まだ会ってるのか?」 オレはこいつにシロのことを教えたくないし、質問にも答えたくなくて無視をした。 お前なんかに汚させるかよ…鬼畜野郎… 車内は無言のまま目的の会社に到着した。 車を寄せると会社の役員たちがドアを開けて父親を受け入れる。 オレはそのまま車を出して駐車場に停めてから父親の群れに合流する。 案内されてエレベーターで上階へ移動する。 父親の会社は新規に参入した分野で思うような成果が得られず、今回の商談でその分野のエキスパートに事業を委託して運用しようと考えてる。 しかし商売上手なのかなかなか上手く話が進まず、社長自ら直々に商談に伺う始末になった。 「足元見られるなよ。」 父親の声に部下がひれ伏す。 多少条件が付いても早く切り離した方が無難だと思うのに、こういうやり方でやって来た自負があるのか、この体質は抜けないようだ。 …哀れだな。せいぜい掌で踊らされろ。 「ようこそ、わざわざお越しいただきましてありがとうございます!」 ベンチャーのイケイケな社長が白い歯を見せて笑う。 傍に佇む秘書も高級ブランド服を見に纏い嘘っぱちの張り付いた笑顔で対応する。 俺は父親の群れの最後尾で社内の様子を伺う。 男臭い群れと違って華やかで女性の多い職場、と言った感じだ。 香水の匂いが纏わりつく。 一際大きな会議室に案内されて、着席する。 さぁ…どうなるかな… 「それではよろしくお願いします。」 俺の予想を外して、思った以上にとんとん拍子に話がまとまり不自然なくらい譲歩された条件で契約する事ができた。 何かおかしい… 帰りの車内で父親に発言する。 「何か手を回したんですか?」 俺の問いかけにニヤリと笑うとあいつは身を乗り出してこう言った。 「あの社長、シロくんを餌にしたらホイホイ乗って来た。YouTubeで見たって言うから、一晩相手をさせますって言ったらこれだ。」 は? 「シロはうちの会社と関係ないですよ、それにそんな事あの人に絶対させない!」 声を荒げて怒る。 「たかが、ストリッパーだろ。男娼に本気になるなよ。金さえやれば誰でも相手する淫乱の尻軽だ。」 我慢できなかった。 俺は車を止めると運転席から降りて後部座席のドアを開けてあいつをぶん殴った。 死んでも構わないと思ってボコボコにぶん殴って言ってやった。 「そんな事してもあんたの湊はもう戻らない。今から戻って契約を取り消せ!」 父親はあはあは不気味に笑いながら血を流してる。 こいつ…このまま、殺してやろうかな… 俺は車に乗ってUターンすると先ほどの会社に戻った。 動揺するうちの役員を無視してあの歯の白いやつの前に父を放り投げる。 「誠に申し訳ない。我が社と関係のない人に枕営業なんてさせる事は出来ません。一旦契約を白紙に戻して1から条件も含めて再考頂きたい。」 俺はそう言って、さっき交わした契約書を取り出して破って捨てた。 「枕営業…聞いてませんよ?」 秘書が怪訝な顔をして白い歯の男を見る。社内の女性達の視線を浴びていたたまれなくなったのか、向こうの契約書を持ってきて破棄してくれた。 それでは、と告げてあの鬼畜を放置して帰る。 役員が駆け寄ってるから介抱して貰えば良い… クズ野郎が…!! あの人はもうこれ以上傷つく必要のない人だ… しつこくシロを狙うのは俺が好意を寄せてるせいなのか…気に入らないというごく個人的な感情であの人を傷つけようと思うのか? あいつこそ諸悪の根源…死ねば良いのに…! 車に向かう途中、また御令嬢から電話がかかってくる。 チッ!と舌打ちをして電話に出る。 クソ女…イラつくぜ… 「もしもし?しつこいね、迷惑だよ。もう電話してこないでよ、俺君の事好きでも何でもないの知ってるでしょ?もうやめて」 そう一方的に言って電話を切った。 あのクソ野郎がもう二度と策略を巡らせないように息の根を止めないと…。 シロの身を案じる。 桜二…湊殺しの犯人を突き止めて証拠を集めて脅すか、警察に突き出そうか…。 「そうだ、それが良い…」 俺は向井に電話し協力を求めた。 一瞬渋ったがシロの事を話したら了解した。 電話口に聞こえるあの人の声に心が滲むように湿る。 俺の可愛い人… 「依冬?ねぇ、うなぎと梅干って本当は食べ合わせ悪くないって知ってた?さっきテレビで言ってたんだけど、そう言われても食べるの躊躇するよ。」 そんな…どうでもいい事を話すから、面白くて…笑いながら答えた。 「今度目の前で食べてあげるよ。」 本当?と喜ぶ声を聞いてなんでこんなに満たされるんだろう…。 向井に代わってもらい確認して電話を切る。 頭の切れるあいつがいれば、父親を追い込める。 シロを餌にした事で吹っ切れた。 あいつへの復讐を始めてやろう。 「楓おはよう」 朝から健康的な生活を送ったせいか…体が軽い。 「シロ、この前彼氏とイチャラブだったんだって?良いな…僕もシロとイチャラブしたいよ…。」 楓は乱れのない手元でアイラインを引きながら話す。 オレは苦笑いしながら化粧ポーチを鏡の前に置いた。 今日は何を踊ろうかな… 19:00楓と一緒に店内へ移動する。 オレはDJに曲を渡しながら店内を見渡す。 あれ、今日は向井さんまだ来てないんだ…。 いつも彼が座る所を毎回確認する癖がついた。 いつもの背中がない事を不安に思うなんて、自分が弱くなったようで認めたくないけど、少し寂しく感じた。 「シロさん」 名前を呼ばれて振り返ると依冬の新しい彼女がいた。体のラインのでた黒いミニワンピースを着てまるでキャバ嬢の様な出で立ちに驚いた。 「こんばんは…」 挨拶だけして踵を返すが腕を掴まれて振り向かされる。 怒ってるのか掴まれた腕が痛い。 「ん、なんだよ…」 腕を振って依冬の彼女の腕を振り払う。 痛いし怖いから早く離れたいのに… 「今日依冬と会う約束したのに…会ってくれませんでした…ここに来たら居ると思って来たけど…まだ居なくて…」 俯いてポロポロ泣き出すからまるでオレが泣かせたみたいに見えて嫌だった。腕を組んで向かい合って見ていると常連から女の子を泣かせて…とやいのやいの言われた。 「あのさ、そういうのあいつに言ってよ。オレに言われても困るから…」 オレは依冬の彼女にそう言って背中を向けた。しかし、また腕を掴んでくる…もうやだ… 「依冬を…ひっく、依冬を呼んでくれたら…離します…ひっくひっく…」 なんだよそれ、脅し?凄くめんどくせぇ… 「オレ関係ないから巻き込まないで。あんたらの問題だろ?こんなとこ来てないで電話で話せば良いじゃん。」 「何で泣いてるの?この子?」 オレの後ろにくっついて肩から顔を覗かせながら楓が乱入して来た。どさくさに紛れて逃れるチャンスだ! 「さあね」 オレはそう言って振り返ると楓と遠くに逃げてあの子から離れる事に成功した。やった!楓…ありがとう! しかし様子を見ていた常連から怒られた。 「シロ女の子は泣かせちゃダメだよ。女の子はね、優しく抱きしめてキスして抱くんだよ~」 なんだよ、それ… 「あの子オレの彼女じゃ無いし」 オレは彼女を作るならあんな怖い子は絶対嫌だ…もっと優しくて大人な子が良い。 いつまでも店内で泣く依冬の彼女… これって軽く営業妨害だよな…と思いつつ無視していると支配人に呼ばれた。 「あの子何とかして!」 「オレの彼女じゃ無いし…どうしようもないよ…」 「あんな所でシクシクされると雰囲気おかしくなるから、早く何とかして!」 …マジかよ。女って泣くだけで全ての希望が叶う生き物なのかもしれない… 不本意だがオレは控え室に戻り携帯で依冬に電話した。 「依冬?お前の彼女がお店にきて営業妨害してる…早く何とかして…」 すぐ向かうと心強い言葉をいただき、支配人に報告して泣いてる依冬の彼女にも伝えた。 「早くそうしてくれれば良かったのに…」 そう言って顔を上げると、ケロっとしてステージ脇の席に座った。 この子チャージ料とか払ってんのかな… 切り替えの速さに驚く事は無かった。 要望さえ叶えば涙も止むのだろう。 ただ席のチャージ料が発生するのかどうかだけ気になった。 しばらくすると依冬と向井さんが一緒にやってきた。 なんだ、一緒にいたの、珍しい。 「シロ…ごめんね、ごめん…」 そう言って彼女のところに行くと手を掴んで席から下ろそうとするが全然動こうとしなくて、諦めて席について注文し出した…手玉に取られてんじゃん… オレの傍に向井さんが来たので顔をしかめて見せて言った。 「あの女ヤバいんだよ…凄い怖いんだ…」 オレがそう言うと無言で頷いてオレの肩を抱いてカウンターの席に連れてっていった。 「2人で何してたの?」 「たまたま外で会ったんだよ。」 「ふぅん…」 オレは向井さんの背中にもたれながら話す。 明らかに嘘をつかれたのが分かったが、まぁ2人で仲良くする分には問題ないだろ。 嘘に気付いたオレに気付いてる筈なのに何も言わない様子の向井さんに少し違和感を感じた。 「ねぇ?抱きしめてよ?」 そう言ってオレが振り返って手を広げると、椅子から降りてギュッと抱きしめた。 抱きしめられるあったかさが気持ち良くて、オレは抱いた違和感を無視して彼に頬をすり寄せた。 「シロの彼氏2号は女とも付き合ってるの?乱れてるね!」 通り過ぎ様に楓が言うからオレは、知らない!と言って壁の方に顔を向けた。 その後知らないうちに依冬と彼女は姿を消して、オレのステージの時には居なくなっていた。あの子に良いように使われた気がして嫌な気持ちになった。 「ねぇ…なんか変だよ」 ベッドでうつ伏せる男に覆いかぶさって耳元で聞く。 別に詮索するわけじゃない…抱かれてる時にいつもと違う違和感を感じたからだ。 依冬と来た時にもオレに嘘を付いた。 何か様子がおかしい…漠然とした違和感を拭いたい。 「何が?」 腕を後ろに回してオレの体を掴むとゆらゆら揺すりながらとぼける。 「とぼけないでよ、2人で何してたの?」 肩をバシバシ叩いて続けて聞くと少し沈黙してから、家の事…とポツリと言った。 そう…とだけ言って兄ちゃんの背中に顔をつけてぼんやりする。イカレた親父関係で何かあったのかな…本当に少しだけど、さっき抱かれてる時に、何となく…もうすぐ会えなくなるような…そんな気が起こるほど、オレを見る兄ちゃんの顔が切なく見えて気になった。 オレの腰を掴む兄ちゃんの腕を外してオレと掌を合わせる。そのまま兄ちゃんの顔の横に持っていく。 「ねぇ、オレも兄ちゃんに挿れてみたい。」 オレの提案に吹き出して笑うから、背中が揺れて顔が跳ねる。 掌を外して彼の肩を手で撫でる。大きな背中にキスを落とす。 「どこにも行かないでね…」 何となくそんな言葉が口から小さくこぼれた。 「こっちにおいで」 下の人がそう言うけど背中に乗ってるのが気持ち良いいからオレは無視した。 「シロ、顔見たいからこっちにおいで。」 やだ…今はやだ… 何でか分からないけど、オレの目が潤んできたから… 「今は良いの!ここにいるの!」 そう言った声が震える。 何であんな言葉口から出たんだろう……怖い 兄ちゃんは体を斜めにしてオレを滑らせるようにベッドの上に下ろすと横向きに添い寝した。オレは意味も無く動揺しているのを知られたくなくて両手で顔を覆った。 その手をそっと両手で掴んでオレの顔の横に押さえつける。 「何で…泣いてるの」 オレを見る兄ちゃんの目が悲しそうで… 胸が苦しい 「わからない…」 不安になる理由なんてオレの感じたほんの少しの違和感だけなのに…それだけでこんなに動揺して取り乱すなんて、情緒不安定すぎる… 不安に飲み込まれて泣くなんて…バカみたいだ 兄ちゃんはオレの頭に腕を回すと顔を落として来て優しくキスする。 「泣かなくて良いよ…」 オレの顔の横に顔を落としてオレのTシャツの中に手を滑らせる。 オレは兄ちゃんの背中に手を回して撫でる。 「心配しなくて大丈夫だよ」 その言葉に全然意味が伴ってない気がして不安が増す。 「どうしたの…」 涙は止まるどころか嗚咽が漏れて溢れてくる。 「にいちゃん…また。オレを置いていくの…?また…1人に…するの…?」 彼の背中にしがみついて泣く。 「ダメだよ!もう…絶対1人にしないでよ…!」 オレの背中に腕を入れて体を起こすとあやす様に背中をさする。 「大丈夫だよ…シロ」 嘘だ…何かおかしい… 絶対この人はオレの前から姿を消す。 そんな気がしてならない! 悲しくて、辛くて涙が止まらない… 「嘘つき…嘘つき…」 オレの背中をさする手が熱い。 まるで何かを祈る様に大丈夫だよ…と呟く兄ちゃんに、きっともう会えなくなるんだと察してオレは悲しくて泣いた。 「行かないで…どこにも行かないって約束して…ねぇ、向井さんはどこにも行かないって言ったでしょ?約束守ってよ!オレとの約束守ってよ!」 彼の顔を見ながら縋る様に泣きつく。 彼はオレの髪を撫でで穏やかな顔で話し始める。 「シロ、オレの本当の名前教えてなかったね?」 「いやだ!知りたく無い!そんな事より約束守ってよ!」 「オレの名前は桜二って言って桜に漢数字の二を書くの。おうじ様なんて言われた頃もあったよ。」 「…」 「ねぇ、シロ?桜二って呼んでみて…?」 「やだよ…呼んだら居なくなるんだろ…知ってるもん、そんなのやだよ!」 そんな悲しそうな顔で見ないでよ…オレはもう大切な人が居なくなるのは嫌なんだから… お前がいなくなったらどうしたらいいの…? こんなに…こんなに好きなのに…どうしたらいいの? 「シロ…」 優しい声で名前を呼ばれるから…オレは小さい声で応えて言った。 「…桜二…」 彼の名前を言った後…場の空気が変わるのが分かった。 まるで別れの幕が開き始めたみたいに感じて、なんとしても流れを変えたかった。 一生懸命考えるけど、頭の中が悲しみと辛さで満たされてどうすれば良いのか思いつかない。 この人も諦めなければいけないの…? あぁ、もう会えなくなるの? 嘘だろ… 「桜二はどこにも行かないって言ってよ!」 振り絞る様に掠れる声で言い慣れない彼の名前を呼んだ。 彼はオレの顔に手を添えて上を向かせると舌を絡めてキスしてくる。 オレはその手を掴んで強く握る。 「シロ…愛してるよ…お前は俺の全てだから。」 「さっきの言うまで離さないから…!」 俺がそう言うと微笑んでお腹すいちゃうよ?と言う。なんだよ…それ。 嫌だ…嫌だ、絶対会えなくなるなんて考えられない…!! 「もし!オレの前から居なくなろうなんて…考えてるんなら!オレが今ここで殺しちゃうからっ!!」 そう言ってオレは彼の首を掴んで強く握った。 しかしすぐに離した。 顔が青ざめる。 兄ちゃんの首の痣がフラッシュバックする。 紫に変色した首… 心臓が痛い…呼吸が浅くなる。 冷たい汗が出てきて目の前が暗くなってく。 起きたらまた1人ぼっちになってたらどうしよう… オレは彼の腕を強く掴んだまま意識を失った。

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