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第41話
「シロくん!来ちゃった!」
19:00 店内に入るとあの時の大先生がステージ前でスケッチブックを片手にオレを呼んだ。
「あ、こんばんは!」
オレはそう言ってステージの端に腰掛けると、小一時間、この不思議な大先生の話し相手になってやることにした。
「今日は恥ずかしがり屋じゃないんだね?君は不思議ちゃん。」
言葉選びを間違ってるよ…だから怪しく映るんだ。
よく見るとイケメンだし、背格好も悪くないんだけど…話すとダメになるイケメンと同じパターンの人だ。
「今日は8:00と12:00に踊る予定だよ?」
オレが言うとスケッチブックを開いてオレを描き始める。
「…モデル料とか発生しないの?」
オレがニコッと笑ってそう聞くと、ふふっと笑って、後で…と言った。
後払いなの?知らなかった。
「シロくん…アザうっすら見えるね、昨日付けたの?君とすると…どんな感じなの?」
「そんなの、オレに聞かれても分からねぇよ…」
オレが言うと視線を下げたままページをめくり、また笑った。
「あといくつくらい描くの?」
前のめりになって覗くように聞いてみた。
「ん…かわいい。そういう事、あの子にもするの?もっと可愛くするの?見てみたいな、シロくんが可愛くなる所、見てみたいな…」
だんだんこのボソボソ喋るのも面白くなってきて、オレは少しからかうように近づいた。
「ねぇ…それってオレのこと、抱きたいって言ってるの?」
オレが近づくと描くのをやめてオレをじっと見つめてくる。
メガネの奥の目がまた垂れ目のイケメンでウケる。 ギャップ萌え?
オレの直球に黙って答えないから、オレはもっとおちょくる事にした。
「ねぇ…これ、外すと見えないの?」
そう言って耳を触りながら大先生の眼鏡を外してみる。
無精髭がチクチクする頬を触ってボサボサの髪の毛を手櫛してやる。
ほら、やっぱり垂れ目がセクシーなイケメンじゃん!ウケる!ダイヤの原石かよ!
「先生?もう少し綺麗にした方がいいと思うよ?」
オレがにっこり笑っていうと、大先生は眼鏡をオレから奪い掛け直し、スケッチブックに向いまた描き始めた。
つまんない!全然手応えない!
オレはこの大先生と会話することを諦めて、カウンターに行こうとステージの端を降りた。
「抱きたいよ…初めて見た時からずっと抱きたいよ。でも、何でかな…触っちゃダメな気がするんだ…不思議な子。」
ボソッと小さい声でそう言ってオレを見ると、またスケッチブックに向かって鉛筆を動かした。
へぇ…面白い事言うね。
ワンテンポ遅れて返事するのも面白い。
考えてるのかな…それとも思考が遅いのかな…
「じゃあ、触ってみなよ?」
オレは大先生の手を取って鉛筆を取り上げると、彼の目を見つめたまま自分の頬にあててスリスリと頬擦りしてやった。
トロッとした垂れ目に力が入ってイケメンが増す。
ウケる!何この反応!漫画みたい!
「柔らかい?モチモチしてる?」
オレは調子に乗って大先生の足の間に入り込んで、もう片方の手を自分の腰に持って行った。
微かにオレの腰を掴んできたのがウケる。
この人セックスしたことあるのかな…?ましてや男となんて経験なさそうだけど…
「どう?」
息がかかる位に顔を寄せていやらしく聞いてみた。
分かってる。悪ノリしてるって分かってる。
でも、面白いんだ、この人おちょくるの。
のんけをからかうのと同じで、絶対リアクションしないって分かってる相手だと人って悪ノリしやすいでしょ…?
しばらく沈黙が続いて無精髭の生え方を目を凝らして眺めているとやっと答えた。
「興奮する」
その答えにオレはとうとうおかしくなって声を出して笑った。
「大塚先生、面白いね。触っちゃダメな気はしなくなった?あー面白い!」
オレは大先生から体を離してその場を去ろうと体の向きを変えた。
「待って!」
予想外のバックハグを受けて驚いた。さっきまでぎこちない動きと喋りだったから、こんなに早く動けるとは思ってなかった。
「不思議ちゃん。何で俺を試すの…?君にはあの子がいるのに…どうして惑わせることするの?体が触れたら、もう…もう、愛するしか無いじゃないか!?」
強く抱きしめられてそう言われたので、オレは大先生に向き直って極めて冷静に答えてやった。
「こういう仕事なんです。」
オレはこの先起こる事を事前に教えてあげた。
「オレ、ここから出てきてこの棒を回ったりしながら服脱ぐんだけど、結構エッチな動きするよ?大塚先生耐えられる?そんなの見たらさ、もう愛するしかなくなるんじゃないの?」
笑うな!オレ!
「来たことが間違いだったのか…出会わなければ良かったのか…俺は君に会ってもここに来ない選択が出来たのか…?」
知らねぇよ、ばか!笑わせんな!
「シロ、そろそろ」
支配人から声がかかる。ちょうどいい。
オレは自腹でチップを1枚買って大先生に渡して店内を見回した。
「あのお客さん居るでしょ?あの人、常連客でいつもオレのステージの時チップを口にこうやって咥えてココにこんな感じで寝転がるの。あの人がやったらあなたもやって?オレ1番最後に取りに来てあげるから…ね?」
そう言って頬にキスして控え室に向かった。
あ、オレ何気にキスしちゃった…
まぁ、あの程度いっか…もう、愛するしか無いじゃない!ふふ…
カーテンの前でちょっとワクワクしてる。
あの人…オレのショー見たら、どんな反応するかな…
ちょうど今日は寂しさを紛らわすために派手な曲をかまそうと思ってたところだから、ちょうど良いよね…楽しみ
激しい音楽が流れてカーテンが開く
今日のオレは黒の皮パンにメッシュのノースリーブハイネックと黒い大きめのシャツを羽織ってズボンに前だけ挟んでる。
メッシュだから乳首が透けてエロいんだ…これ。
ステージに向かうとまずヘビメタの音楽に合わせてヘドバンをかます!桜二のばか!って思いを乗せた。桜二はばかじゃない…分かってるけど…桜二のばかぁっ!
その後ポールに向かって走って行き飛び乗りながら体を仰け反らせて回る。
頭で反動をつけてもっと強く回って足を上に掛け替えながら登っていく。
頭を下にしてポールを挟んだ太腿を緩めて下に落ちる…今日はまぁまぁの距離で止まった。
体を捻って手を伸ばしポールを掴むと、体を起こして足を床につける。
そのまま着ていたシャツを後ろにずらして行き、肩から落としながらエロくしゃがんだ。
腰をポールに向かってうねらせながら立ち上がり、シャツを脱ぎ捨てる。
ステージ中央に行き大先生と目が合う。
そのまま近づいて彼の目の前で疼いたように腰を揺らしながら、ズボンのチャックを下げて腰まで下ろした。
前屈しながら両手をステージギリギリに置いて四つん這いになる。
そのまま膝立ちして膝までズボンを下げると、足を広げてファックするみたいに腰を動かす。
そして手を後ろに着いてお尻を床に落とし足を前に…大先生の方に伸ばして言った。
「脱がせて?」
彼の顔に足が当たって無精髭を撫でる。
手元にはスケッチブック…また描いてたの?
大先生はオレと目を逸らさずに、そっと手を上げてオレのズボンの裾を掴んだ…オレはそれを確認するとゆっくりと足を抜いて行った。
これ、大サービスだよ?
そのまま彼の前で膝立ちしながらエロく腰を動かしてメッシュの服の裾を掴む。
見てる?これ、最後の一枚だよ?
徐々に引き上げて乳首が見える。
舐めてみたい?
挑発するように腰をねちっこく動かす。
メッシュの服を上まで脱いで、反動をつけて一気に立ち上がる。
客のチップ回収に後ろに一旦引いて見渡す。
端から取りに行くことにして音楽に合わせて踊りながら向かう。
パンツに挟んでもらったり、口で受け取ったり、口渡しで貰ったりして、とうとう…あなたの番だね。
「ちゃんとやって偉いじゃん」
お利口にステージに寝転がってオレを待つ大先生に、聞こえてないだろうけどそう褒めてやった。
彼の股間の上に腰を浮かせて跨ると、両手を顔の脇に着いて顔を寄せていく。
「ねぇ?どうだった?いっぱい描けた?」
目を見て話すとオレを見て今までで一番笑った。なにこれ、かわいい顔!
両手を彼の腹に置く。これ桜二によくやるんだ。別に気持ち良い訳じゃない…オレが桜二の体の隆起を確認したくてやるだけ…
手をまず胸板まで滑らせる、そしてそのまま首まで滑らせて、頭のテッペンで両手を繋いで桜二には熱くキスするけど、あなたからはチップを頂くね。
頭の上で繋いだ手を離して胸板まで戻ると、今度は肩まで滑らせて腕に沿って手を滑らせる。そのまま寝転がる彼の顔の横に腕を誘導して持っていき、恋人繋ぎして上から押さえる。
へぇ…思ったよりも、なかなか良い体してる。
恋人つなぎしてる手を離して掌の下に手を滑らせて、その場で逆立ちする。ゆっくり足を後ろに下ろしてポーズを取ってフィニッシュだ。
桜二に会いたいよ…!悲しい…!!
オレはいつも桜二にしてる事をあの人にした事を少し悔やんだ。
だって桜二を思い出してまた寂しくなったから…
メイクを落として半袖短パンに着替える。
店内に戻ってチップをもらったり挨拶したりした。
いつも桜二にベッタリだから…常連客がそう言ってごねた。
今度からちゃんと挨拶しないとな、と反省してサービスした。
「どうだった?」
大先生の背中に手を添えて声をかける。
まだオレの衣装を持ってるから取り上げてカーテンの奥にぶん投げた。
いつまでも持ってるなよ!
「足りない、足りない…」
また足りないって言って放心している。
「もっと、エッチにして欲しかったの?」
オレが尋ねても聞こえてないみたいで、もう一度頭を掴んで自分に向かせてから言うと、ハッとして顔を赤くした。
やめろよ、照れるなよ、面白いから。
「クロッキー…一冊描ききっちゃって…もっと持ってこれば良かった…」
そうだよな、お前12:00のも見てくんだもんな…今、描くの無くなったら見る必要なくなるじゃん。ばかだな、一気に描きすぎなんだよ。
そもそもそんなに描くものあったっけ…?
オレはあのスケッチブックの中身が気になって手を出して聞いた。
「それ、見せて?」
「だめ」
「ズボン脱がせてあげたの、めっちゃサービスなんだよ?見せて!」
オレがそう言って更に手を伸ばすとゆっくり渡してきた。さっきまで確か普通のスケッチブックだったのに、渡されたそれはちょっとボリュームアップしてて不思議だった。
どれどれ~?と言って開いてみる。
「あ…」
次のページをめくる。次、次…
言葉を失うってこう言う事?この人を半分ばかにしてた事をひどく申し訳なく思った。
この人、凄い上手だ…芸術家だ…本物だ。素人のオレにも分かる才能。
裏にも表にも隙間なくオレが描いてある。
最後まで見て、また見返す。
本当に描くところが無くなってしまっている。
こんな体の流れる様をあの短時間のショーで捉えられるんだ…凄い。
オレのポールを掴む手や挟む足の肉の捩れ、肩甲骨の筋肉まで描写している。描くものの優先性を感じさせるクロッキーとやらは、凄く荒削りだが必要な情報を捉えていてシンプルだ。
躍動感を通り越してこんな柔らかい肉感の絵を見たことが無かったオレは、初めて見る本物の画家の絵に胸がドキドキした。
特にオレの顔が大きく描かれた1枚のページ…頬杖をついて、あっちの方向を向いて…つまんなそうにしてる顔がまるで生きてるみたいで…心が震えた。
「ねぇ、これちょうだい?」
桜二にあげたい…
「気に入った?俺もこのシロくん好きなんだ…本当かわいいよね。これは君の幼さだね。」
幼さ…?なるほどね…
「シロ!」
知ってる声に名前を呼ばれて顔を上げると、店の入り口からこちらを見下ろす勇吾がいた。
「勇吾!来てくれたの?嬉しい!」
オレは先生の席を離れて、こちらに向かう勇吾に抱きつきスリスリと頬ずりした。
大塚先生の目の前に連れて行って美しい勇吾を見せつける。
「ほら、見て!天使だよ!オレにはコレが天使に見える!」
「確かに綺麗な顔立ちだ…。でも…」
勇吾を一瞬見ると目を逸らして、おもむろに携帯をかけ始めた。
「なんだ?」
「変わってんだ、天才芸術家だから。」
オレは怪訝な顔をする勇吾の手を引いてカウンター席に移動した。
大塚先生は勇吾にはしんどい相手だと思ったから…
「何で来たの?」
「桜二もすぐ来るよ」
「桜二来るんだ…!」
勇吾はオレを抱き寄せて首に顔を埋めながら静かに話しかけてくる。
「シロ…この前の手錠と足枷付けたまま天井蹴ったやつ、覚えてる?」
あぁ…怒られるのかな…
「ん、覚えてる…」
「ああいうのは、上手く行ってるうちは良いけど…1度失敗すると取り返しのつかない事故や怪我につながるから、もうやらないって俺と約束して…?」
いつになく真剣な表情で言うから、オレは勇吾の顔を見てコクリと頷いた。
「勇吾?」
オレの頬を優しく撫でてキスする彼に言った。
「なんか…勇吾変わったね…」
「そう…?」
勇吾の腰に手を回して胸に頭を預けて目を閉じると、オレの頭と腰に手を回して抱きしめてくる。
「何だろう…凄く甘い…甘いよ?」
心配そうに顔を見ると微笑んで言った。
「アニマルセラピーが効いちゃったのかな…」
勇吾がオレの頭と喉を撫でてよしよし~としていると桜二がやって来てオレの頭にキスをした。
「遅くなってごめんね」
「今日…来ないと思った…」
ちょっといじけた様に言ってチラッと桜二を見ると、おいでって言うから…オレは桜二の胸に飛び込んで思いっきり抱きしめた。
「今日来ないと思った~!!」
桜二が椅子に座っても足の間に入って抱き付く。
たまに勇吾がオレの頭を撫でるけど、気にしない…桜二もたまにオレの頭を抱き寄せるけど、気にしない…ここで桜二の喋る声が響くのを聴くのが好きだから、オレの事はこのまま放っておいて。
突然、桜二の体が動いてオレを隠す様に抱きしめた。
「何か用ですか?」
桜二が警戒してる様な声が胸に響いてオレは顔を上げた。
あ、大塚先生…
「あはは!桜二、大丈夫だよ!この人オレの知り合いだよ。画家の先生で、今オレの事描いてるの。」
オレは桜二と大塚先生の間に入って説明した。
大塚先生はお付きの人?に新しくクロッキー帳を持ってきてもらった様で、水を得た魚のように嬉々とオレの顔を描いている。
「画家の先生?本当なの?動きがおかしいよ?」
信用しない様子の桜二に依冬の展覧会の話をした。
大塚先生の脇に挟んだ1冊目のクロッキー帳を取り上げて、中身を見せてあげた。
「ダメだよ!シロくんそれは人に見せるものじゃ無いの!君には特別見せたんだから!もう~!」
不審者扱いされるより良いだろ?
「ね?上手でしょ?特にこれ見て、オレだよね?」
勇吾も身を乗り出して感嘆の声をあげてる。
「シロ…あぁ…すごく、上手に描いてもらったね…」
オレからクロッキー帳を取り戻そうとする大塚先生を、ことごとく防いでいた桜二の手が下がってクロッキー帳は持ち主の元に無事に戻って行った。
「有名な先生なんだよね~?」
オレを描き続ける先生に話しかけると、うん。と頷いた。
お付きの人が大きなファイルを見せて説明してくれた。
手際の良さからよく不審者扱いを受けて説明慣れしてるのかな…と察した。
ファイルはポートフォリオと書かれていて今まで大塚先生が描いた作品の写真が沢山入っていた。
依冬の言った通り、淡くて綺麗な色の作品が多くて女性や男性、風景や街並み、どれも素晴らしかった。
「勇吾も絵とか買うの?」
金持ちの勇吾に聞くとギャラリーに招待される事が多いから何枚か持ってると言った。
すげぇな…
ポートフォリオの最初に大塚先生のプロフィール写真と経歴が書かれていた。
写真の中の先生は綺麗な顔をしたモテそうなイケメンだった。
「大塚先生、なんでこの状態をキープしなかったんだよ!これなら絶対モテるのに。今はよく見ないと不審者じゃん…髭とかチクチクするし…」
オレが笑って振り返ると大塚先生は鉛筆を止めてオレに言った。
「シロくん、俺がどんな格好をしようとも描くものは同じなんだよ。不思議だよね。絵を描くことにおいて見た目なんてどうだって良いんだよ。」
そう言うとまた鉛筆を動かしてオレを描き始めた。
勇吾は頭にハテナを付けて首を傾げてグラスを傾けた。桜二の方を見るとやはり頭にハテナを付けてグラスを傾けて宙を見てる。
「絵の評価じゃなくて、大塚先生の見た目に釣られて寄ってくる人が嫌だったの?」
オレはなんとなくそう聞いてみた。
「…うん」
オレをじっとみて頷くの面白すぎる…!可愛いかよ!
「嘘だろーー?」
勇吾がオレにそう突っ込んで笑ったかと思うと、血相を変えてオレを大塚先生から引き離して足の間に挟んだ。大塚先生に聞かれない様に小さい声で聞いてくる。
「何で分かったの?」
「勇吾だって見た目の功罪で苦労したじゃん。その反動で大塚先生は見た目をわざと汚くして自分を守ってるんだよ。きっと、多分…うん、多分ね。分かんないけどね。」
オレがそう言うと、勇吾はオレの頭を撫でて優しく言った。
「シロ…お前いい子だな…優しくていい子だ。」
勇吾はそう言ってチュッチュッとまた短いキスをオレのほっぺにした。
勇吾の足の間で彼にもたれながらビールを飲む。
桜二と勇吾の話してる内容は難しくてよくわからないから、背中に当たる勇吾の胸が発声の度に震える振動を感じて心地よくなる。
たまに桜二がオレの髪を撫でても、勇吾がオレの腰を引き寄せても気にしないでそうしている。
そんな様子を大塚先生が描いていても、オレは気にしない。
心地よい振動が無くなるまでここに居る。
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