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第47話
体が思った以上に衰えていて驚いた。
「べろ痛い…」
ずっと桜二に抱きしめられたままオレは口を開けて舌を出した。目の前の夏子さんと勇吾がうえっ!って顔をして面白くて何回もした。
鏡で見てびびった…だって舌が縫われてるんだぜ?本当のフランケンだよ…。
オレが気付いてからずっとベッドサイドで依冬が大声で泣いている。
煩くて頭を叩いた。
「もう煩い!」
「シロ…シロ…!もう…!!ばか!ばか!」
兄ちゃんなのに心配かけてばかりでごめんな…
オレが入院してる間に夏子さんと勇吾が舞台監督したコンサートは終わっちゃったみたいだ。
見たかった…すごく残念だった…
「見たかったな…」
オレがそう言うと勇吾が言った。
「どうせクソみたいなやつだから見られなくて良かったよ!それより、今度ロンドンで年末にやる奴の方がお前は好きだと思うよ。来なよ。一緒に。」
オレはヨレヨレと力の入らない手を挙げて見せて苦笑いして言った。
「こんなんじゃ歩けるかも心配だよ…」
「薬のせいだよ、午後には抜けるって先生が言ってたよ…シロ…良かった…」
そう言って桜二がまたオレを抱きしめた。
何となくオレが何をして何を思ったのか…覚えている。意識がハッキリしない中、夢か現実か分からないくらいおかしくなってた…。でも右手にだけ巻かれた包帯と手首に残る痣、あとこの煩わしい舌が証明してる。
派手にやったな…オレ
桜二と依冬のあの狼狽ぶりを見ると、相当派手に闇落ちした事が窺い知れた。
「やっぱりシロはメンヘラビッチだね」
夏子さんの言葉にツボって声を出して笑う。
動きを忘れてた横隔膜が久しぶりに動くから筋肉痛の様な鈍い痛みがある。
そんなに落ちてたんだ…
オレを抱きしめる腕を力のかけ方を忘れた震える手で撫でる。
「桜二…ごめんな…」
「シロ…シロ……」
しばらく話すと疲れてしまって横になった。
夏子さんと勇吾は依冬と外に出て、オレのそばに桜二が座る。
「もう会えないと覚悟した…」
目に涙を溜めて顔を歪ませて泣く桜二の頬をゆっくりと撫でた。
髭の剃り残しの多さに彼の疲労を感じた。
「この時も、この時も…桜二、見ちゃったの?」
腕の包帯と舌を指で差して聞いた。
「ずっとそばに居たよ…」
そう言うから、可哀想になった。
「ごめんね…怖いもの見たね…もうね…殺したかったんだ…いつも幸せをぶち壊すこいつをさ…殺してやりたかったんだ…」
失敗したけど…と笑うと桜二が怒った顔をした。
「そんな事二度としないで…!俺はお前の全部を愛してるから…二度と殺そうとしないで!」
オレをまっすぐ見てそう言う桜二の瞳に力が篭っているのを感じて、居た堪れなくて目を逸らした。
「嫌なんだよ…嫌いなんだ…。もうこいつと一緒にいるのが嫌なんだよ…うんざりなんだ…」
両手を上げて指の先から手首、肘と順に動かしてみる。プルプル震えて上にあげるだけでしんどい…使えない手…
「シロ、俺はお前が戻ってとても嬉しいよ。嫌だなんて言うなよ…そんなお前を愛してるのに…殺してやりたいなんて言うなよ。お前が死んだら俺はどうすれば良いの?」
オレの髪を撫でて優しくおでこにキスをくれる。あったかくて大きな手に心地よくなって目を閉じて話す。
「お前がいないと死んじゃうのに…勇吾を好きになっちゃったオレはクズだと思うんだ…そんなオレは死ねば良いって思ったんだ…。にいちゃんの時も同じだ…大好きだったんだ…あの人が。なのに自殺させてしまって…やっぱりオレなんか死ねば良いって思った。」
でもさ……と続けて言う。
「しぶとく生きてんだよ…いつもいつも…。オレは自分が憎いよ…桜二…。憎くて大嫌いなんだよ…。たとえお前が愛していても…オレは自分が嫌いだし許せない…」
苦々しい気持ちを吐き出すと、桜二がオレの口に軽くキスした。
「そんな自分を嫌ってるお前も愛してる。でも、殺さないでくれ。俺から奪わないで。どうしようも無く嫌いになったら俺に言ってくれ。絶対助けるから、俺に言ってくれ。」
そう言ってオレの頬を両手で包むと頬擦りした。桜二から流れた涙がオレの顔に伝って落ちて目の中に入る…オレを愛してる男の涙が目の中に染み込んでいく、不思議な感じがした。
「オレが闇落ちしてる間…何してた?」
オレが目を瞑りながら聴くと髪を指で解かしながらこう答えた。
「お前の兄貴に頼んでたよ…シロを助けてくれって頼んでた…」
「ふふ、そっか…だから……」
オレの夢の中に兄ちゃんが現れたんだ…
ゆっくりと目蓋を開く
効果線でも描いた様に目に映る物全ての物にフォーカスが合い鮮明に映る。
にいちゃんがオレを助けた……
悔しくて悲しくて涙が溢れた。
「桜二…にいちゃん助けに来た…オレの事…。オレの悲しむ事は絶対しないって…言ってさ…あぁ…オレはにいちゃんのそばに居たいのに…!まだダメだって帰されちゃったんだ…」
自嘲する様に笑って泣くオレを見て桜二が言う。
「全然違うよ…シロの悲しむ事は絶対しないって言ったんだろ?」
そう言ってオレの頬を撫でる桜二にオレは泣きながら頷いて答えた。
「じゃあ、こうやって助かった事はシロの悲しむ事じゃないんだよ。シロ…兄貴の言うこと疑ったらダメだ、そうでしょ?」
…あぁ……そうだ…そうだよ…
桜二の手に自分の手を添えて頬にあてながら何度もうなずいた。
「桜二…にいちゃんが助けてくれた……」
「嬉しいね…」
「うん……うん……」
桜二はオレが泣き疲れるまで肩を撫でてあっためてくれた。
兄ちゃんが言った…
兄ちゃんより大切な人が桜二だって…
兄ちゃんの言うことを疑ったらダメだ。
この人を大切にしないと、ダメだ。
「おはよ~う、シロ!」
AM10:00
舌が痛くて固形物が食べられないオレの為に勇吾がプリンを山ほど買ってきた。
「こんなに食べらんないよ…ばかだな」
オレが言うと優しく笑ってオレの髪を撫でた。
昨日から薬は飲んでない。
頭はクリアになったけど、痛みもクリアになった…
桜二は仕事前に来て、夜また来てくれるそうだ。
「プリン食べさせてあげる」
はい、あーん…
と言ってスプーンでプリンを掬ってオレの口に運ぶ。オレは口を開けてそれを食べた。
「…んん!美味しい…!」
オレがそう言うと顔を崩して笑う。
桜二に殴られた痣はすっかり消えて綺麗な勇吾に戻っている。髪の毛をオレと同じに染めてお揃っち!と笑う顔が可愛いかった。
「立ってみる?」
勇吾に促されてオレは2週間ぶりに立ってみることにした。
ベッドの上で体を動かすのもしんどい…腕の重ささえ感じる…よくテレビドラマで、昏睡から目覚めた人がすぐ歩けるのは嘘だと思った。
ベッドに腰掛けるオレの手をしっかり掴んで勇吾が言った。
「シロ…立って」
勇吾の手に体重を乗せてヨイショと腰を上げて立ってみると、難なく普通に立てた。なんだ、平気そうだ。
そのまま勇吾がオレをゆっくり引っ張る。
右足…左足…右足…左足…
「なんだ…平気じゃん」
オレはそう言って勇吾の手を離した。
「おい、まだ…」
勇吾がそう言った瞬間、体が前に傾いてよろけた。普段なら反射的に足が前に出て倒れるのを防ぐんだろうけど、オレの足は馬鹿になったのか前に出なかった。
「おっとっと…」
勇吾が支えてくれて倒れずに済んだが、勇吾の力加減の旨さから難なく歩けたんだと思い知った。
そのまま勇吾に抱きついてボソリと言う。
「こんなんじゃもう踊れない…」
オレをきつく抱きしめて頭を撫でながら勇吾が言った。
「シロ?怪我しても復帰するダンサーは山ほどいるのに、ちょっとの間、寝たきりになったくらいで弱気になるなよ。こんなのすぐ元に戻る。部屋の中ばかり居るから気分が滅入るんだ。外に連れてってやる。ちょっと待ってろ。」
確かにそうだよな…
オレはベッドに戻され、座って自分の爪先を見た。
ポール登れるのかな…この足で…
カラカラと音をさせてすぐに勇吾が戻ってきた。
「車椅子だ、カッコいい!」
オレは喜んで車椅子に乗って、勇吾に中庭まで連れて行ってもらった。
「うーん、外は気持ちいいね!」
オレがあんなになってる間に11月も終わって、もう12月だ。天気の良い風もない今日みたいな日は、日向ぼっこすると爽やかで気持ちが良かった。
「勇吾…帰らなくて平気なの?」
彼の予定がびっしり埋まってるのをオレは知っていた。本来なら昨日帰るはずだった事も知っていた。こんな所で時間を潰して良いはずではない事も…知っている。
勇吾は車椅子をサザンカの花の前でロックすると、オレの前に来てしゃがんで顔を覗き込んで言った。
「愛する人を置いて帰れるわけないだろ?お前の方が俺にとっては何よりも大事なんだよ…」
優しく微笑む顔にキスしたくなるが舌が痛くてすぐその気は失せた。
「勇吾…?オレさぁ、お前に恋してるんだよ。」
オレが勇吾にそう言うと、彼の顔が一気に赤くなり体が緊張したのが分かった。
「そうなのか…知らなかったぞ!」
嘘つけよ…知ってるだろ…
「でもさ、桜二にも恋してるんだよ。こっちは死ぬほど重いやつで…離れるとおかしくなっちゃうんだ…結果これだもん……分かるだろ…?」
オレは勇吾から視線を外して小さく笑って言った。
「だから、お前をこれ以上好きにならない!」
目から自然に涙がポロポロ溢れるけど、笑って…笑顔で言った。
そんなオレの顔を見て、勇吾の目が潤むのが分かった…お日様の光のせいか、キラキラした瞳はとても綺麗で、見てはいけないのにうっとりと見入ってしまった。
「お前が…!お前が…桜二にベタ惚れなのは分かってる…、でも離れたくないんだよ…そばにいたい…。お前が入院した時だって俺は蚊帳の外だった…会いたいのに会えなかった…。俺が傍にいたって出来る事は桜二の足元にも及ばないって知ってる…!でも、お前が…お前が…愛しいんだよ…」
目から流れる涙が美しくて手を伸ばして掬う。
何でも美しいんだ、この男は…。
本当に…全てが美しくて魅了される。
「勇吾…お前って本当に綺麗だ…」
うっとりと勇吾の泣き顔を見て顔を緩ませて言った。
「シロ…俺のこと愛してる?」
「愛してるよ…とっても」
「でも、これ以上…好きにはならないの?」
「うん…桜二が1番だから」
「2番は?」
「依冬かな?」
「じゃあ…3番は?」
「多分、そこに勇吾が入るのかな?」
何でだよっ!って怒るから、ふざけて笑った。
仕方ないんだよ…オレは桜二や依冬からは離れて生きられない…。
勇吾に恋してロンドンに行ったら、きっとまた…こうなって…そん時は死んじゃうよ…
愛してるけど…まだ引き返せる愛だ。
ごめんね、勇吾…ごめんね、オレ…
笑うオレを見てやっぱり優しく笑う美しの君。
愛してるよ
「シロにこれあげる」
勇吾がサザンカの花をワシっと毟り取ってオレの掌に置いた。
「お前、勝手にとったらダメだろ?」
オレが注意すると、何で?って……呆れた。
「もういいよ…サザンカの花をどうするの?」
「花言葉、知ってる?」
ロマンチックだな、おい!
オレは首を傾げて考え込んだ…
「知らない…」
早々に降参して勇吾の顔を覗く。
「困難に打ち克つ、ひたむきなこころ…だ!」
あまりにもクサくて吹いて笑うと、勇吾が顔を赤くして怒った。
「ごめんごめん!つい嬉しくて…恥ずかしくなっちゃったの。そんな花言葉なんだ…オレにピッタリだね?」
そう言って掌のサザンカの花をマジマジと眺めた。椿にも似た見た目だが、綺麗なハートの花びらが幾重にも重なっていて美しかった。
「ありがとう。大事にするね。」
お礼を言ってオレは向こうを指差すと言った。
「勇吾、あっちに行ってみたい!」
仕方ないなぁ~と言いながら、車椅子のロックを外すと丁寧に押してくれた。
病室に戻り、勇吾とだらだら過ごす。
ベッドは患者さんしか乗らないでください。って看護師さんに勇吾が何回も注意されている。どうしても座りたくなるみたいで…おかしくて笑った。
「勇吾は椅子に座ってたら良いでしょ?」
「俺はお前の傍に居たいの」
勇吾は赤ちゃんだ…
看護師さんが居なくなると、またオレの隣に座って手を握る…そのまま上に手を滑らせて包帯の上から傷を撫でる。片手でオレの腰を抱き寄せて、顔を俺に寄せて寄り添うようにして温めてくれる。
オレはそれが心地よくて…ダメなのに身をゆだねる。
「勇吾…また怒られるよ…」
小さく言うとオレの頭にチュッとキスを落とした。
夜になると桜二と夏子さん、依冬も見舞いに来てくれた。
賑やかで楽しいけど、騒音にならないか心配だ。
「押し花ってどうやって作るの?」
勇吾にもらったサザンカの花を掌に乗せて夏子さんに聞いた。
「私に聞いてんの?女子力ゼロなんですけど~?」
「丸ごと本に挟めば良いんじゃない?」
「大塚先生に聞いてみる?」
「なんだ、シロ、押し花が良かったのか?」
三者三様、一度に話し始めると個室とはいえ声が煩かった…
オレは勇吾からもらったサザンカの花を、押し花にしたくて方法を考えあぐねていた。
「1枚1枚花びらを外して乾かして、そのあとまたくっ付けるんだよ。」
オレの検温に来たおばちゃん看護師さんが教えてくれた。
「結構、手間がかかるんだな…」
「一緒に作ってあげようか?シロくん退院が3日後だから、おばちゃんと最初だけ作ろうか?」
「本当?ありがとう!」
オレは強い味方を得て気分が良くなった。
勇吾と夏子さんが帰った病室で、着替えを整理する桜二を他所に、オレは依冬と鳴き声当てクイズをしていた。
「じゃあ…つちのこは?」
「グゴゴ…グゴゴ…」
「え、可愛くないね…」
「つちのこはそもそも可愛くないよ。」
「お土産屋さんで見たつちのこは、ピンクとか水色とかあって顔も可愛かったよ?」
「それは嘘つちのこだよ。商売用に可愛くしてあるの。本物はもっとグロいよ。」
依冬がそう言って、掌でつちのこを作ってオレの足に這わせた。
「なんか、キモい…」
「でしょ?それが本物のつちのこへの感想だよ。」
えー!と言って笑うオレを見ながら桜二が話しかけてきた。
「シロ、夏子と勇吾、明後日帰るって。」
「そうなんだ…見送り行けないな…残念だな。」
オレは勇吾からもらったサザンカの花に視線をあてて言った。
オレの様子を見て依冬が聞いてきた。
「シロ空港まで行きたい?」
「行きたい…」
「外出許可降りるか先生と話してみるね。」
「…うん、ありがとう。依冬」
今後、オレは舌の抜糸をした後、通院のスケジュールを組んでしばらく精神科に通うことになった。
もともとイカれてる自覚はあったが、自傷癖が過去のトラウマから来ている可能性が高くて、それを解消すれば少し生きやすくなると先生に言われた。
突然襲うブラックアウトも、過呼吸もそれで治るなら治療を受けてみたいと思った。
舌を口の中で回すと縫った糸の部分が引っかかって…少し痛むが、変色も薄れて傷はほぼ治った気がする。
意外と針で刺した腕の怪我の方が痕に残りそうだった…
「鳴き声当てクイズに参加希望です。」
桜二が新しく参加者になった。
「じゃあ、桜二くんに問題です!デデン!アヒルはガーガーですが、ペンギンの鳴き声は?」
「……ペンペン!」
「え~!それは鳴き声じゃなくて、足音でしょ?」
「シロ、足音じゃなくて、歩く時の効果音だよ」
「嘘だ~!」
こんな遊び、下らないのに…貴重な時間なんだと痛感する。他愛もないことが本当はとっても幸せなのかもしれない…
「この花びらを全部外しちゃうの?可哀想…」
「ふふ、シロちゃん可愛い事言うのね。でもね、このまま押し花にしちゃうと、ここが潰れて水分が抜けなくて…綺麗にならないのよ。」
こうやって外して?と言っておばさん看護師の水野さんが、サザンカの花びらを摘んで抜いた。
「あっ!」
酷いな…わざわざ抜くなんて…
オレは水野さんに言われた通り、恐る恐る花びらを摘んで抜いた。
プツッと言って花びらが途中で切れてしまう。
「あっ!どうしよう…!!」
「大丈夫、大丈夫、シロちゃん、今度引っ張る時は、生えてる方向をよく見て抜いてご覧なさい。」
「もう怖いよ、また切れちゃったら可哀想だよ。」
怖がるオレの目の前で、水野さんが花びらを摘んで見せた。
「ここをこう持って、あ、こっちに生えてるな~って確認したら、反対の方にピッと引っ張るの。ほら、抜けるでしょ?」
失敗しても良いからやってごらん?
そう言ってオレにまた花を渡す。
「検温に行くからまた後で見に来るわね、この紙の上に広げて置いておいてね。」
そう言うとそそくさと出て行ってしまった…
過酷だよ、思った以上に押し花作り、過酷だよ!
失敗しながらもだんだんとコツがわかってきて、オレは花びらを全て抜くことに成功した。
言われた通りに広げて置いて眺める。
解剖みたいだ…
ガラガラっと病室の扉が開いて勇吾が入ってきた。
「お、シロ!歩く練習するぞ。」
来て早々なんだよ…
「これ見て!勇吾からもらったサザンカの花だよ。」
オレの解剖したサザンカを見て勇吾は慄いた。
「何だよ…こんなバラバラにして…!」
「押し花にするにはこうするんだって水野さんが言ったんだ!」
「こりゃバラバラ殺人事件だよ…」
顎に手を当てて言うからムッとして肩を叩いた。
「ほら、手、出して立ち上がって…」
上着を脱ぐと早々にオレの座る椅子を自分の方に向けて手を差し伸べる。
オレはその手を取ってまたヨイショと立ち上がる。緩く引かれて歩き始める。
右足…左足…右足…左足…
「これって勇吾が掴んでるから歩けるんだろ?もし、勇吾が離したらまたよろけちゃうのかな?」
「ん…まだ多分、手は離さない方がいいよ。」
何で分かるの…?本当にすごいな…
「力の荷重が伝わってるから分かるの?何で分かるの?教えてよ。」
勇吾の顔を見ながらオレが聞くと、優しく笑って下から掬う様に抱きしめてきた。
「何で分かるか?俺はシロの事なら何でも分かるよ。シロ専属のトレーナーだからね。」
耳元でそう言って、オレの肩に顔を埋めて抱きしめる。あったかい…
オレはそのまま勇吾の首元に顔をもたれさせて背中に軽く手を回して置いた。
…あぁ…勇吾…明日には帰っちゃうんだ……
「あら、ラブラブね!シロちゃん!続きやるわよ、ほら座って!」
水野さんが帰ってきた。
勇吾に支えてもらって椅子にまた腰掛ける。
勇吾はオレの隣の椅子に座って、水野さんをじっと見つめた。
「シロちゃんの彼氏、すごい綺麗ね…おばちゃんドキドキするから、あんまり見ないで欲しいわ…」
そう言って手でうちわを作って仰いでるから、勇吾にあんまり見ちゃダメだよと言った。
「はい、ここまでやりました。と、次はこの紙をもう1枚こうして挟んで、この分厚い本に挟みます。この紙を1日に1回交換してもらって、次病院に検診に来た時に一緒に組み立てましょうか?」
千切られて挟まれて…押し花って散々だな…
「組み立ててハガキに貼るの?」
オレが水野さんに尋ねると、手に持った袋からテーブルにポンポンと何かを並べ始めた。
それは水野さんの押し花作品のようで、額に入ったものからキーホルダーになった物まで様々あった。どれも色鮮やかで美しくて気に入った。
「こんなに綺麗になるの?すごい!」
「そうよ、シロちゃんが間違って切っちゃったところもこうして貼れば分からないし、逆にいい思い出になるのよ。」
完成した形、どれにしたい?と聞かれて悩んだ。
キーホルダーも可愛いけど…
「これ…」
オレが選んだのは透明の額に花だけ入っていて、離れてみるとまるで一輪挿しの生花に見えるやつだ。
「これが可愛い…」
口元を緩ませて笑うと、水野さんも一緒に笑った。
「シロちゃん、可愛い笑顔するね。じゃあ、次病院に来る時この本ごと持ってきてね?おばちゃんはこれ準備しておくから、組み立てて持って帰れるようにしようね。」
完成品が楽しみだ…!!
水野さんが帰った後もオレは押し花を挟んだ本を嬉しそうに見ていた。
「シロちゃん!」
勇吾が水野さんの真似してオレを呼んでくる…
やなやつ
無視して本を撫でて綺麗になります様に!と念じた。
「シロちゃん!」
「やめろ」
「シロちゃん!」
「……んもう、最悪だ!お前何なんだよっ!」
オレが怒ると嬉しそうに笑って、頬を撫でてキスしてきた。
舌が入ってきて…怖くて…顔を引くと、頬を抑えられて無理やり入ってきた。
「勇吾…やだ、怖い…」
オレが口を外して嫌がると、勇吾がオレの頭を優しく撫でて囁いて言った。
「痛くしないから」
オレの舌は午前中抜糸したばかりでまだヒリヒリしている。普通にしてても痛いんだから、痛くしないわけないだろ!と思ったけど、久しぶりに感じた勇吾の舌をもっと感じたくてオレは素直に応じた。
勇吾はオレの舌をゆっくり舐めて軽く絡めた。
ハッキリ言って痛い…痛いけど気持ちいい…
「シロ……抱いてもいい?」
「オレそんな体力ないよ…それに病院だし…それに桜二がもうすぐ来るし…それに勇吾とは…」
「明日で一旦お別れだな…」
「……うん。」
オレは勇吾の胸板に手を置いて体を離すと舌を出した。
「血、出てない?」
勇吾に笑って頭を小突かれた。
「次、いつ会えるかな…俺のシロ…」
オレの頬を撫でて感触を楽しむみたいにモニモニ揉みながら微笑む、オレの美しの君。
「絵、トイレには飾らないでね。」
念には念を押した。
椅子から立ち上がってベッドに腰掛けた勇吾が、オレの手を引いて自分の股の間に座らせた。
「さぁ、手の練習して…」
そう言って自分の手を前に出すとアイソレーションの動きを始めた。
「まだちゃんと動かない…」
そう言うオレを無視してオレの手を持ち上げる。
ゆっくり指先から動かして手首、肘、肩…また肩から肘、手首、指先まで動かす。
昨日より動く様になっていて安心した。
「体は動かさないと動かないよ、毎日やるんだよ?良い?怖がらないで毎日動かして、次会った時は一緒に踊るの。絶対だよ?シロ…」
後ろからオレの腰をガッチリ掴んで抱きしめながら勇吾が言った。
「毎日やる…勇吾と踊るの?ふふ…それは…頑張らないと。楽しみだ…」
手をグーパーと動かしてるとドアが開いて桜二が入ってきた。
「桜二!見て!昨日より動く様になった!」
喜ぶオレにもっと嬉しい知らせが来た。
「シロ、明日お見送り行けるよ、先生が外出しても良いって、良かったね。」
「やった!夏子さんと勇吾のお見送り!」
嬉しくて飛び上がったら、肩が勇吾の顎に当たってしまって…勇吾が後ろに倒れて行った。
そのまま覆いかぶさって勇吾の腹に顔を乗せた。
もう会えなくなるんだ…いや、また会えるし、また一緒に踊る約束もした。
寂しくない…
「これ、なぁに?」
そう言って桜二が押し花を挟んだ大きな本を手に取るから、慌てて体勢を戻して本を取り上げようとした。足がグニャついて転びそうになるのを勇吾が支える。
「まだ練習が要るんだ。あんまり前みたいに動こうとするな。」
叱られてベッドに座らせてもらった。
「桜二、そこに押し花挟んでるから、持つ時はこうして持って…」
しばらくは体で行くんじゃなくて言葉で伝えていこう…そう思った。
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