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第49話
ロンドン ノッティングヒル
俺は自分の部屋に戻ってきた。
大きなスーツケースを開けて中から大事に梱包したあいつを出す。
「…」
割れていないか確認する為、梱包を外して見てみる。
「あぁ…」
頬杖をついてつまんなそうに向こうを見る、愛しのあの子が現れた。
目から涙が溢れて落ちる。
可愛いシロ…もう会えないなんて…
こんなに上手く描けているのも問題だ…
会いたくて会いたくて仕方がなくなる。
ばかみたいに夢中になって、無理を言って仕事に入る時期をずらした。
あの子以外どうでも良くなって、ずっとそばに居たかった…。あの子が踊れるようになるまでそばに居たかった…全て把握してサポートして…俺の全てを捧げてあの子の役に立ちたかった。
ここに連れてきて俺だけのシロにしたい。
桜二から引き剥がしたい。
あいつの側に居たらダメだ…
俺の側に…何としてでも連れてきたい。
留守電のメッセージを聞きながらソファに置いたあの子の絵を眺める。頬のプニプニ感がまんま彼だ。
「こんな顔…しょっちゅうしてるよな…本当、何がつまんねぇんだか知らないけど、お前は可愛い奴だな…」
空港で自力で歩いて自分に飛びついてきた彼を思い出す。
無茶苦茶して…何がやっぱり来てくれた~だよ。全く…本当に…お前はばかだ…
辛くて立ってられない…
思い出せば思い出すほど辛くなる…
もう日本に戻ろうかな…仕事辞めて日本に戻ってずっとシロのそばにいようかな…
「シロ…もうお前に会いたいよ…」
1人ソファに座る彼の絵を見て止まらない涙を流した。
PM3:00
仕事場に挨拶に行く。
知ってる顔も知らない顔もいる会場を練り歩く。
「勇吾、何してたんだよ、ふざけんなよ!」
「ごめんトラブって遅れた、どこまで進んだ?」
今回はストリップのガラ公演とも言える大イベントで、同志とも呼べる仲間と1から企画してここまでこじつけた念願の舞台だ。発起人…発案者?の癖に、入りに遅れるなんて…顔向けできないな…。俺の抜けた穴は大きくてかなり当たりがキツい。仕方ないけど苛々する。まぁ持ち直して見せるさ。俺なら簡単に持ち直せる。
「勇吾…帰り遅かったね、俺、心配したんだよ?連絡しても返事がないし…寂しかった…何で連絡くれなかったんだよ。もう…」
見劣りする…
目の前で俺にしなだれかかるブロンドの少年…細いがしっかりした四肢で悪くない。きめ細かい白い肌も、腰の柔らかさも、どれをとっても悪くないのに。興味が無くなった。自分の体に触れられて、あの子の感覚が抜けてしまう気がして嫌だった。
こいつと付き合う事をあんなに羨ましがられたのにな…今となっては邪魔で不必要な存在になってしまった彼に不快感を感じてしまう。
あの子に会う前のオレはこいつを愛しいと思ったんだろうか…少しでも愛しいとか愛してるとか…そんな風に思う瞬間があったんだろうか…シロに抱くような感情を今まで感じた事があるんだろうか…
俺に手を伸ばして体に触れる。
腕や腰に触れて体を寄せてくる。
甘い声を出して腰を押しつけて…
「触んな…」
「え?」
こうやってどうでも良くなって簡単に捨てるんだ。今までもそうだった。次に行くときは簡単に捨てるんだ。でも、今までと違うのは、次の相手があの子だという事。捨てられるのが俺の方だという事…さっきのあいつみたいに、絶句して立ち尽くすのが俺になるって事…しびれるね。
準備に忙しい現場に溶け込んで、その他大勢になり、忙しさで気を紛らわす。
1週間遅れとなった現場で出演予定のダンサーの演舞をチェックする。
彼らの準備はばっちりだ。今まで日の目を見なかったストリッパーが自信にあふれた表情で技をこなしていく。その姿にシロを重ねてしまう。あの子があそこに立ったら…俺はどんなに誇らしいだろうか…。ここに居るどのダンサーよりも上手い。ここに居るどのダンサーよりも輝いている。
その姿を想像し、いつか必ず連れてこようと決意する。
シロ…今頃、何してんのかな…
ちゃんとリハビリ、してるかな…
手に残るあの子の感触を思い出して、力を入れて前を向き、込み上げてくる気持ちを抑える。
手を繋いで歩く練習をした。
まだバランスが取れないでつまづく姿を思い出す。
俺がやってやらなかったら誰がやるんだろう…
俺しか出来ないあの子の練習に誰が付き合うんだろう…
そんな希望と絶望を行ったり来たりしながら…最後のスタッフが帰るまで現場にとどまった。
AM2:00
「シロ…こっちは雪が降ってるよ…」
東京と変わらない寒さなのに雪の降る景色に、もう離れてしまったのだと思い知る。
桜ちゃんの側で眠るんだろうな…
悔しい?いや…憎い。
あの子の側にいる事が当然のような顔をするあいつが憎い…
「ねぇ…さっきはどうしたの?大丈夫だよ、勇吾なら巻き返せるし、今日はうんと優しくしてあげるよ?ね?明日からまた一緒に居られる。嬉しい。勇吾…勇吾?ねぇ…」
俺の車に乗ろうとするこいつを無視して運転席に座る。
「勇吾!なんだよ!もう!」
シロなら良いのに…
こいつがシロなら良いのに…
車を出して真っ暗な道を家へと帰る。
もう2:00か…暗い…暗くて静かだ。
部屋に戻り携帯を見る。
桜ちゃんに阻まれて俺はあの子の連絡先を知らないし、あの子も俺の連絡先を知らない…
…お前には関係ないだろ?どうせすぐ向こうに戻るんだから…首を突っ込むな…関わるな…
桜ちゃんの拒絶する顔を思い出して笑う。
あんなに頑なに…排除するんだなぁ…
気持ちわかるよ、誰にも渡したくないんだよな。シロがあんな事になっても俺に詳しく教えようとしなかった。あの子の事を…俺に知られたくなかったんだよな…
分かるよ…
ソファに置いた彼の絵を見る。
「シロ…会いたいよ」
初日でこれだ…後が思いやられる。
慣れるのかな…だんだんあの子の事を忘れて前のような頭に戻るのかな…
中毒性のある薬みたいに、切れるとまた欲しくなる。手に入らないと落ち着かなくておかしくなる。
「シロ…シロ、俺のシロ…うっうう…シロ…」
嗚咽が漏れる。
こんな事なら連れ去ってくれば良かった…
あの子の為に桜二の傍に…日本に残さないで、俺の為に連れ去ってくれば良かった…
ダメだ…もうダメだ…耐えられないよ…シロ
「ひっさしぶり~!!」
「シローーーー!」
エントランスの支配人が走り寄ってオレを抱き抱えて回る。凄いぞ!じじいなのにこんなに力持ちだったのか!!
控え室のドアが開く音がして、階段を凄い勢いで駆け上る音がする。
「楓ーーーーー!!」
オレは楓に飛びついてスリスリした。
大泣きの楓が体から離れないから付けたまま店内に入る。
懐かしい…ここだよ、オレの居場所。
目が潤んで涙が落ちた。
「シローーーー!!」
DJにハグされて頭をポンポン叩かれた。
カウンターのマスターも近くに来て涙を流して喜んでくれた。
「みんな~ただいま~!!」
「シローー!お帰りーーー!!」
ひとしきり喜んだ後、オレはステージの上に上がってポールを眺める。
オレ、またお前に乗れるかな…
約1ヶ月何もしていない…プラス2週間、体は動かしていてもポールを掴んでいない…
ポールの上の方を握って上を仰ぐ。
あそこまで登らせてくれよ。
ゆっくり体をポールに添わして両足を上げていく。足の先がポールについたのを確認して足の間に挟んでいく。太ももまで入れて挟んで腹筋を使って体を起こす。また上の方を掴んでそれを繰り返す。そっと天井にタッチすると下を見下ろす。
「最初は飛ばすなよ、慣らしていけ!」
「シロー!!やっぱりシロの登り方綺麗だよ!」
下のみんなに手を振って両手を離して仰け反る。
…あぁ、この感じだ…ずっと踊りたかった。
片手を添えながら仰け反って回って降りる。
途中足で反動をつけてスピンさせると支配人が怒った。
「そういうのはもう少し経ってからやんなさい!」
お母さんみたいだな。
ポールから離れて、助走をつけて飛び乗る感覚を思い出させる。
距離とオレの足幅、勢いとタイミング…少し休んでも忘れやすいこの感覚を確認する。
「ん、やっぱりズレるな…」
1番の見せ場であるポールへのファーストコンタクトが決まらない…
焦るな…オレ
「シロ、そろそろ店開けるよ?」
夢中で練習をしていたらメイクも着替えも忘れてしまっていた。
「あ、ごめん!今裏に行く!」
荷物を持ってカーテンから裏の控え室に行った。
本当はダメなんだよ?
でも急いでいたから…仕方ない
「あ、シロまた!ダメなんだ!」
楓に叱られてテヘペロした。
リュックの中から化粧ポーチを取り出す。
なんか凄い久しぶりだ…
いつも無意識にやっていた事がこんなに幸せに感じる事があるだろうか…
鏡の前に座ってチラッと携帯を見るとちょうど桜二から着信が来た。
「わぁ…オレ達、繋がってんな…」
こういうのをシンクロニシティって呼ぶの?
運命の桜二さまなんだ…と改めて実感しながら電話をスピーカーにして話した。
「もしもし?シロ?もうすぐお店に着くよ?」
「ん、今メイクしてんの。ポールの練習してたら時間が経っちゃって、慌ててんだ。」
「そうなの?そのままでも可愛いよ?」
楓が後ろでクスッと笑った。
「もうすぐ着くなら電話切るね!」
「うん、もう目の前だ。愛してるよ」
「ん…オレも愛してる」
電話を切ると楓が後ろでトロけて言った。
「あま~~~い!!」
オレはベースメイクしながら笑って応えた。
19:00 「わぁ…久しぶりだ」
客の入った雑多な店内を歩くと常連が泣きながらオレを取り囲む。
怖いよ…宗教みたいだ…
「っせーの、シロ!お帰りーーー!!」
クラッカーを鳴らされ頭に紙テープが落ちる。
“私が主役”と書かれたタスキをかけられて、1人1人みんなとハグする。
「シロ、今日はあんまり無茶しないで、慣らし程度にするんだよ?」
みんなお母さんみたいだな…
オレはグスンと鼻をすすってお礼を言った。
やっとカウンターに座る桜二のところまでたどり着けた。
「よかったね、あんな風にして貰えて感謝しないとね」
そう言って涙ぐむからオレは言ってやった。
「オレ、これだから…」
掛けられたタスキを見せて笑わせた。
「常連さんの言う通り、今日は無茶しないでね。約束して?良い?絶対無茶しないでね?」
桜二に何度も念を押される。
「シロ!ここ来るの久しぶりだ!嬉しいな~!」
依冬も来てくれ、嬉しくなったオレは椅子から降りて彼を抱きしめると素敵な胸板にスリスリと頬釣りした。
「シロ、今日は…」
「無茶しない!慣らす程度にする!」
オレが被せて先に言うと、依冬はそうだよ…分かってるなら良いよ…と言った。
「緊張する?」
「そう言う事、聞くと逆に緊張しちゃうだろ?」
「あ、ごめん。シロ、忘れて?」
おばか兄弟の話を半分聞きながら店内に流れる曲を聴いてる。
これ、あの日も流れてた…
まるであの日をやり直すみたいに感じてオレは少し気分が高揚した。
「今日は、慣らすだけ!」
「もう何回も聞いたよ…だんだんフリなのかと思えてくるからやめてよ、桜二…」
鬱陶しそうに言って桜二の顔を覗くと、真剣な顔でオレを見て言った。
「ここに辞めるって伝えに来たときの事、思い出す。もう2度とお前が踊れないと覚悟して、絶望したあの時の俺に言ってやりたいよ。意外と早く復帰するって…」
そう言ってオレの頬をふんわり撫でる。
「シロ…愛してるよ。」
「桜二……オレも愛してる。」
軽くチュッとキスすると優しい笑顔になって、もうあのフリをしなくなった。
心配かけたもんな…
今日は大人しく言うこと聞いておこう…
オレは伸びた依冬の髪を触りながらそう思った。
「シロ…そろそろ」
久しぶりに聞くこの掛け声に振り返ると、声かけしてる方が潤んで泣く…
なんだよ…もうみんな大袈裟だ。
見送る依冬と桜二も目を潤ませるから調子狂うよ…全く
控え室に見送るオレのグルーピー達も手を繋いで…なんだよ、お葬式かよ…
やってらんないね…
オレはカーテンの前で心の中で兄ちゃんに話しかけた。
兄ちゃん…みんな心配してるみたい。
オレは平気なのに…
兄ちゃんもそう思うだろ?
音楽が流れる。
…そう。これだよ…ずっと待ってた、この時を。
カーテンが開いてオレはステージに向かった。
なんだよこの雰囲気…
最悪だ…
オレがステージに立つと客が泣いたり拝んだり…まるで即身仏扱いだな…
依冬と桜二までステージのそばに来て見守る…発表会の母ちゃんかよ…
まったく…やってらんないよ…!!
オレは周りの雰囲気に苛立ってポールに走って行った。
「シローーー!ばかーーーー!!」
葬式ムードから一気にブーイングに変わってウケる。
そうだな、これくらいがちょうどいい。
タイミングは外しまくるって分かってんだ…なら無理やり合わせる!
やっぱり踏み込みが深すぎてポールにかなり近づいてしまったオレは、手をあげてポールに掴まりながら無理やり体を上に上げていった。
お前も踊りたいだろ?
これは好きなはずだぞ…
なぁ、オレの言う事聞けよ…!!
自分に激を入れて無理やり集中させる。
そのまま足でポールを挟むと、回りながら体を仰け反らせて手をあげる。ポールに触れて軽く掴むと足を外して上に思い切り上げる。上まで登り、太ももでポールを挟んで固定させた。
ヒヤヒヤしながら観てるかと思うとウケる。
オレは難なく上まで登ると下を見下ろして笑った。桜二の顔は見ない。
だって、きっとめちゃくちゃ……怒ってるから!
オレは上から足をスイングさせて勢いをつけると派手に回って体を退け反らせて手を離した。
「シローーー!やめてぇーーー!」
なんでだよ!楽しいのに!
オレはピタリと回転を止めて下を見下ろす。
「シロッ!!」
やばい…桜二が怒って怒鳴った…!
オレはそのまま体を仰け反らせて逆さ吊りになり、クロスさせて絡めた足首だけで体を支える。そこからゆっくり体を外側に逸らして、背中から二の腕にポールをかける。しっかり固定されたらもう片方の腕を体の影に隠してポールを掴み、足を外してゆっくり下ろす。片方の太ももをポールに添わせて引っ掛ける。そのまま体を逸らせて手の先が爪先に触れるまで仰け反る。
いつもはもっと上で回るんだ…今日はこんな低いんだから…オレ無理しないで…慣らしてやってるでしょ…?
そのあと体を戻して無難に回って下まで降りた。
チラッと桜二を見るとまだ怒ってる…
「やばっ…」
オレはステージに戻って踊った。
見てよ、こんなにピルエットだって綺麗に回れる…あぁ気持ちいい…!!
そのまま膝をついて上の服を捲り上げて脱ぐ。そのまま前に手をついて滑らせて行き体を床に着けていく。腰だけ上がったポーズを取って腕で体を持ち上げながら猫の伸びみたいに前に突き出す。
そのまま上体を起こしてズボンを膝まで脱ぐ。
そのままハイハイして怖い顔の桜二の前まで行くと、座って足を投げ出した。
「取って…?」
視線を逸らしてそう言うと、全く!と怒りながらオレのズボンの裾を掴んで引っ張った。
オレはあぐらの状態から体を捻って起き上がると片手をついてバク転した。
普通の客と泣いてる客と…入り乱れたチップの列と、寝転がり隊…オレはいつも通り口で受け取りに行くのに…
「シロ…シロ…良かった…良かった…!」
こんな感じでみんな泣くんだ…
オレはありがとう。と言っておでことか頬とか撫でるんだけど…こんなの続くとやってらんないよ…
目頭が熱くなって涙が出てきちゃうだろ…
ステージの上で泣いたらダサいじゃないか…!
もうやめてよ…これ以上みんな泣かないで…
チップを取りに行くのをやめて立ち尽くす。
「みんな泣かないでよ…そんな顔をしないで…!笑ってチップを渡してよ!じゃなかったらエロい顔して渡せっ!!」
一通り怒鳴るとみんな大笑いして泣いた。
なんでかって?
怒鳴ったオレの泣き顔が超ブサイクになったからだ…!
オレのカムバックステージはグダグタに終わった。
ステージで残りのチップを受け取る。
桜二を見つけて上からダイブして抱きつく。
桜二はオレを体に付けたまま階段を上り、入口付近で説教した。
「シロ!無茶するなよ!危ないだろ!」
「怒んないで!怖かった…怖かったの…」
桜二の肩に顔を埋めて泣く。
「怖いのに……なんで危ない事すんだよ…」
違う…と言ってオレは桜二に続けて言った。
「踊りが途中で止まるのがやなの…!あんな葬式みたいな雰囲気で踊りたくなかった! みんな泣いてて…つられてオレが泣いたら…踊りが止まっちゃうじゃないか…それじゃ嫌だ…完璧にしたかった…!でも結局止まった…止まっちゃった…」
そう言うと桜二はオレの頭を撫でて分かった、分かったと言った。
「次は雰囲気も前に戻るよ…元気なシロを見たから、みんな安心したから…だから次は止まらないで踊れるよ。無茶しなくても最後まで踊れる。」
オレは顔を上げて桜二を見た。
「本当?」
「うん、だからもう泣くな。」
オレを床に下ろして頬を包み込んでキスする。
オレは集めたチップを桜二に見せて笑った。
「こんなに貰っちゃった!」
「着替えておいで…」
桜二が一瞬呆れた顔をした様に見えたけど気にしない。オレはそのままエントランスの方に出て階段を降りて控え室に戻った。
「シローーー!」
泣きつく楓をハイハイ、といなしてオレは泣いてほぼ取れたメイクを完全に落として服を着た。
オレが怒ったおかげか次のステージは桜二が言った様に普通に踊り切ることが出来た。
明日はもっと出来るはず…
勇吾にも見て欲しかった…。
2回目のステージも終わり、オレは久々に仕事帰りの気怠さを味わった。
依冬は熱いキスをしたあと家に筋トレしに帰った。
キープしろ!その体型をキープしろ!
桜二と桜二の家に戻る。
思った以上に体力も精神力も使ったみたいで、ヨロヨロとソファに寝転がった。
桜二を見るとスッと携帯をオレに渡してきた。
「何?疲れた…」
オレがそっぽを向くと一言、勇吾と言った。
ガバッと起き上がって携帯を受け取る。
「もしもし…?」
オレがそう言うと電話口の勇吾は泣いてるのか、グスグス言ってて話にならない。
「勇吾…オレさっき踊ったよ…?」
オレがそう言うと、見たって一言、言った…
依冬が1番目の踊りの動画を撮って勇吾に送ったらしい。
グダグタのやつだ…恥ずかしい。
「途中で…止まっちゃったよ……止まりたくなかったのに…止まっちゃったよ…ダメだね、オレ全然ダメだった。ステージで泣くなんてしたくなかったのに…全部ダメだったよ…勇吾」
オレはそう言って膝を抱えてソファの生地を指でほじくった。
「…うん……うん…もっとかっこよくしたかった…うん…でも桜二が怒ったから……ん、……怒鳴った……シロ!!って……うん…違う……うんわかる……はい……本当?…うそだ……ふふ……」
勇吾はオレの踊りが止まった事はオレほど気にしてなかった。ただスピンの仕方が悪いと注意された。足だけで勢いをつけるな!体全部で持っていけ!と言った。後は桜二の言う事ちゃんと聞けと怒られて総括として踊ってるオレはやっぱり1番かわいいと言った。後は甘い言葉が沢山続いて…愛してると言って電話を終えた。
「依冬がオレの踊り、動画に撮って勇吾に送ったんだって。それで電話かけてきたみたいだよ。桜二の言うことちゃんと聞けって…怒られた。」
オレがそう言って桜二に携帯を渡すと、元気そうだった?って聞いてきたから、うん。と頷いた。
「シロ…シャワー入る?」
「うん。ねぇ、一緒に入ろうよ。」
「いいよ。」
眠たくてフラフラしながらシャワーを浴びる。
「ここで寝ないで…」
桜二に言われてさっさと体を洗った。
パンツを履いてパジャマを着る。眠くてふらついて傍で体を拭いてる桜二にぶつかる。
「あ、ダメだね。もう連れてってやる。」
そう言うと桜二はオレを抱えて寝室まで運んでくれた。
ベッドに下ろすとパジャマのボタンを留めてくれた。
オレの髪をタオルでゴシゴシしてくれる。
桜二の腰に巻いたタオルを掴んで外したけど、座ってるから何にもならなかった…。
桜二が立ち上がるまで…起きてられないと思って、そのまま目を閉じて眠った。
「シロ朝だよ…起きて」
桜二の声に目を開ける。
オレはこいつと一緒に生活して朝起きる習慣が身についた。おかげで12:00を過ぎるとあんなに眠くなるんだ…仕事柄それじゃいけないと思う…
「桜二…連れてって…」
両手を広げて待ってるのに…連れてってくれない…
この前カウンセリングで先生に言われてた…
お世話を少し減らしてみては?
との提案を受けた桜二は、オレのお世話を微妙にしなくなっている…
だったらいいもん。また寝てやる。
オレはフン!と言って布団に再び寝転がった。
「シロ、卵焼き焼いたよ?…もう、なんでまた寝てんだよ…ほら起きて!……もう」
これだ…桜二の“もう!”が聞こえたらこうやって抱っこして連れてってくれるのをオレは知ってる。まだまだ甘いんだよ~!
「お弁当、置いておくから昼食べてね。」
「ん、」
短く返事して王子の卵焼きを食べる…あぁ!美味しい!!
「ん~~~!!これ本当に美味しい!大好きだ!」
「まぁ…奇跡の卵焼きだからね…」
オレが闇落ちしたとき、この卵焼きを一口食べさせたら戻ってきた!と桜二は思ってるみたい。
オレは兄ちゃんに送り返されたのにさ。
でも、奇跡を起こしうる程、うまい卵焼きだと思ってる。オレはこれが無いと一日中憂鬱になるから…。
「家の資料、置いてあるから目を通しといてね。仕事行く時はタクシーで行って、オレは9:00には店に行けるから、分かった?」
「ん…」
桜二の腰に抱きついて玄関まで見送る。
「行ってくるね。外出する時は気をつけてね。」
「桜二…?猫って汗かかないって知ってた?」
出かける瞬間が1番寂しい…下らない話をふっかけて桜二の足止めをしたくなる…
「……ふふ、知らなかった。」
「肉球だけにはかくらしいよ…」
「ブフッ!……そうなんだ。」
オレの気持ちが分かるみたいに、そっと優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
オレはそう言ってキスして離れて手を振る。
寂しいよ…
ガチャリと玄関が閉まって静かになる。
しばらく立って過ごして、踏ん切りをつけて振り返ってリビングに戻る。
オレもカウンセリングで先生に言われたんだ…
どうしようもない事で自分がごねる時、嫌がる自分を否定しないであげてって…。だからオレは桜二が仕事に行くのを止めたいオレも、行ってしまった…と悲しむオレも否定しないで落ち着くまで待つ様にした。
色んなオレがいてそれを否定するオレも嫌うオレも居る…みんなそうだって先生は言うけど…オレはそういう感情を否定して押さえ込んでしまうらしい…それでどんどん自分が嫌いになるんだって…まずは自分を好きになってあげてって言われた。
テーブルの上の家の資料をパラパラ見る。
「一軒家とか…マジかよ」
桜二が不動産屋とやりとりして購入する物件を探してる。用意された物件はどれもべらぼうに高い。
値段を見ると…1、10、100、1000…おぉおお…
シロはどういう所が良い?なんて聞かれたけど、昔は団地に住んでいたし…一軒家なんて想像できない。一軒屋に住むストリッパーってなんか変だ。オレの偏見かな…?
表参道…ワンフロアで売り出してる。
これももちろん、うん億する。
宝くじの一等でも当たらなきゃこんなとこ住めねぇよ…。
値段の破格さにピンと来なくて、適当に見てテーブルに資料を置いて、冷蔵庫から水を出して飲んだ。
「さて、ストレッチしよう…」
朝のルーティンでストレッチと運動を日課にした。桜二の部屋は広いから、どちらもここで済ますことができる。
昨日踊っただけなのに体が筋肉痛になっていて驚く…やっぱり動かさないとダメだ…痛む気怠い体を鍛え直す。プランクしてスクワットする。ヨガも少しやって汗が吹き出る。
シャワーを浴びてソファに座る。
携帯を見るともうお昼になっていた。
桜二のお弁当を冷蔵庫から出してレンジでチンする。
お米をよそってテレビを見ながら1人で食べる…
携帯が鳴ってスピーカーにして取る。
「もしもし?シロ?今日は体調どう?」
依冬からの電話だった。
「筋肉痛になっちゃった…特に背中が痛いよ…!今はテレビ見ながらお昼食べてる。」
「1人なの?」
「うん…ぼっち飯だよ…遊びにおいでよ。」
「すぐ行く。」
そう言って電話を切って間もなくピンポンが鳴った…
「はい。」
インターフォンに出ると、モニターに依冬が映った。下にいたんだ…
オートロックを開け、玄関の扉を開けて待つと向こうから大きな依冬が袋を持って歩いて来た。黒の高そうなコートと彼の日本人離れした体格が廊下のラグジュアリー感に合っててMVでも見てる感じがした。
「依冬!依冬!」
オレは両手を広げて依冬に抱きついた。
あったかい…!こいつはいつもあったかい!!
「1人で食べてたの?呼んでよ…シロ」
見た目に反して甘ったれた声を出すのも可愛い。
オレを前面に付けたままリビングまで上がり、袋をテーブルに置くと大きな両手でオレを抱きしめた。
「んん~!シロ、筋肉痛なの?ここ?マッサージしてあげようか?」
「依冬…キスして…ねぇキスして!」
オレは爪先立ちして依冬に体を押し付け、彼の頬を掴んで自分に向けておねだりした。
「あぁ…良いよ。キスしよう…」
オレの方に顔を近づけてキスする。
熱くて激しいキスに体が自然と後退する。
依冬はオレの背中と頭をホールドして逃げないように締め付ける。
この強さがたまんない…
桜二がスパイシーソルトだとしたら、依冬はまるで岩塩をかじるみたいな…そんなワイルドな魅力がある。
熱いキスを終えて糸を引きながら体を離していく。依冬の胸板に頬をあてて腰に手を回して抱きしめる。
「依冬…愛してる」
「シロ…愛してるよ」
依冬はオレの頭を撫でて上からキスした。
お腹が空いて、桜二の弁当の前に戻って箸を持つ。
「何買って来たの?見せて!」
オレがそういうとコートとジャケットを脱いで傍に来て座った。テイクアウトをテーブルに置いていくんだけど、一体何軒まわったの…?少なくとも3軒分のパッケージの入れ物を出して、追加にコロッケとサラダがテーブルに置かれた。
テレビ前のローテブルにはオレ1:依冬9の比率の食べ物が並び、置き場が無くなった水は足元に置いた。
「買いすぎだよ!食べ切れないでしょ?」
「食べれるよ、余裕だよ。シロは何か食べたいものある?取って良いからね。」
オレは依冬のテイクアウトを物色したが、あまり惹かれるものはなかった。
桜二の弁当がオレのぴったり一食分だ…
お腹いっぱいになって依冬のテイクアウトはプリンだけをもらってソファに横になった。
テレビを眺めながら体を伸ばす。
また背中がじわじわと痛み始める。
動かしてると引くのに、少し落ち着くとすぐこれだ…筋肉痛の治る薬があれば良いのに。
「ご馳走様でした~」
ご飯を食べ終わった依冬が歯を磨きに洗面に行く姿を見て、朝から自分が顔も洗っていないことに気付いて後を追った。
着替えを済ませてリビングに戻ると、家の資料を片手に依冬が聞いて来た。
「ここから選ぶの?」
「よく分かんない。依冬はどれが良い?」
ソファに連れて行って膝枕してもらう。
頬にあたるスーツのシャリシャリした感じが嫌いだ…
「そうだなぁ…ここは?ここならこのスペースをスタジオみたいにして、シロの練習部屋に出来そうだよ?」
依冬が見せた物件の紙。
オレはまず値段から見る…あ、高っ!
そのあと間取りをチェックすると、広い玄関にリビングダイニング…部屋が4つ…5つあって風呂には夢のジェットバスが付いている。
「ジェットバス…」
オレが呟くと依冬が笑った。
立地はおもさん…通りで高いわけだ~!
「ふぅん…すごい高いのは分かった。」
オレはそう言って起き上がると依冬に跨ってキスした。
シャツのしゃりしゃり感も好きじゃない…冷たくて肌触りが良くないから…
ねっとりと長いキスをしてオレの半立ちしたモノを依冬に押し付ける。
したい…めっちゃしたい…
「シロ…したくなっちゃったの?」
髪をかき上げられ聞いてくるから、オレはトロけで頷いた。
じゃあ…と何かが始まりそうなタイミングに桜二から電話がかかって来た。
依冬から降りてローテーブルに置いた携帯をとって電話に出た。
「もしもし。うん、ご飯食べた…依冬が来てる…うん、一緒に食べたの。…うん、え?うん…うん…分かってるよ?……あっ!」
依冬がオレの腰を掴んで後ろに引っ張り自分の足の間に座らせた。いきなり後ろに引かれたからビックリして出した声に桜二が反応する。
「…あぁ、大丈夫…なんでもない、ちょっとビックリしただけ、それより家の資料見たけどどれも高くてさぁ~、もっと安いのないの?…あっ!」
オレの腰に手を回して抱きしめていた依冬の手が、オレのズボンのチャックを下げた。
同じように桜二が反応するから大丈夫と伝えて話し続ける。
依冬は後ろからオレのズボンとパンツを太もも位まで下げて、オレのモノを外に出すと両手で扱き始めた。
「あっ…依冬!やめて…今電話してんだろ?…あっあっ…やだぁ…あっ…だめぇ…!」
手を退かそうとするとオレの腕を後ろに回して、体を押し付けてホールドする。携帯を持つ手が震えてくる。
こんなの聞かせられないと思い電話を切ろうと桜二に話しかける。
「桜二…ごめん…電話、切るから…あっ…あぁっ…んっ…はぁはぁ…えっ?聞いてたい?ばかじゃん!やだよ!ばか!」
変態兄弟なんだ。
電話を切って携帯を投げ出す。
ズボンを片方だけ脱いで依冬の体に埋まって喘ぐ。抵抗なんてしないのに何故か両手とも後ろに回された。依冬はズボンを脱いだ方の足を自分の足で押し広げて両手でオレのモノを扱く。
「あっああ…ん、あっはぁはぁ…きもちい…んっ!あっ…だめ…イッちゃいそう…依冬…きもちい…!」
体を仰け反らせて感じていると、依冬がオレの後ろからキスをせがむから、顔を上げて依冬にキスした。
オレのモノからトロトロと液が溢れて、扱く度にグチュグチュといやらしい音がする。
「シロにテンガ買ってあげたい…」
きもち良くて体が震える…!依冬が何か言ったけど、それどころじゃ無かった。
「あっあっあっ!だめ!イッちゃう!あっああ!」
依冬の手の中でオレは簡単にイッてしまった。
「シロの体ってかわいんだよ…こうやって抱きしめると体が滑らかでしなやかで、上に乗られた時のこのお尻が可愛くて堪らないんだよ?」
依冬の上に跨って腰を振るオレの耳元で、言葉攻めしながらオレの尻を大きな手で揉みしだく。
「このお尻…かわいいんだ…ほんとに、エッチでかわいい…大好き」
「依冬…やだ…も、やだぁ…やめてよ…ん、あっあっ…きもちい…イッちゃう……」
体が仰け反るのをミンギの腕が阻止してオレの頭を自分に向ける。
「はぁはぁ…イキたい……あっああ…依冬…イキたい…あっぁあん!あっああ!依冬!」
下から腰を振ってガンガンオレの奥まで激しく突き上げてくる。衝撃に体が跳ねて震える。
「や、やだぁ!あっあああ!イッちゃう!依冬!だめぇ!!あっあああ!!はぁああ…あぁあ…」
依冬の肩にしがみついてオレがイクと、あいつのモノがドクンと跳ねてオレの中でイッた。
「…SMプレイしなくても…すぐイケたね……」
オレがしがみついたままそう呟くと、うん。と言ってオレの背中を大きな手で撫でた。
シャワーを浴びに行き、リビングに戻ってくると依冬がプリンを食べていた。
「それ、オレがもらったのに…」
オレはそう言って依冬の肩にパンチして怒ると、ムカついたので手を引いて寝室に連れて行った。何でかって?ここには桜二が大塚先生から貰ったあの絵がこれ見よがしに飾ってあるから…
「あっ!何これ?どうしたの?何で!これ大塚先生のだよね?ずるい!何で?え~、すごく綺麗だ…でも、何で?」
良いなぁ、良いなぁ…と羨ましがって絵を見る依冬を置いて、オレはリビングに行くと残りのプリンを全部食べてやった。
ブツブツ言いながら寝室から出てくる依冬。
そんなに大塚先生の絵が羨ましいのか…実物がいるのに…失礼な奴だ!
オレは依冬の腕を掴んで上目遣いで可愛く言った。
「ねぇ、依冬?お前も一緒に住もうよ。」
「え?シロと?良いよ。」
オレの提案に乗ってくれて嬉しいよ。話には続きがあるんだ。
逃げられないようにソファに誘導して座らせて抱きついて甘える。
「桜二も一緒だよ?兄弟で暮らせるね?」
「それはあんまり嬉しくないけど…シロがいるなら目をつむるよ。」
良かった。ひとまずココはクリアだね。
じゃあ本題だ。
「ねぇ、依冬?お家の頭金出してよ。」
「いくら?」
「左のこの数字の部分…」
オレは依冬の背中におぶさって足でソファの背もたれを蹴りながらゆらゆら依冬の体を揺らした。
「ここを俺が払うの?」
「桜二は次の数字を払うんだよ?」
「シロは?」
「残りをローンで払うの」
依冬が笑って背中のオレを見て言った。
「貧乏だから?」
「うん、でも払わない訳じゃないよ?ローンで払うんだよ?」
「この額なら全額払ったほうが早いよ。ローンで金利取られるのやだ…」
ふぅん…ローンには嫌になるくらい金利がつくのか…
オレは依冬の肩に手を付いて壁に足を着いて後ろ向きに壁を歩いて遊んだ。
「これ見て!エクソシストだ!」
そう言って笑うオレを他所に依冬は他の何枚かにも目を通して言った。
「これだけじゃ決めらんない!今度の土曜日は不動産屋巡りしよう!シロ、その日はお休みしてね!」
え…稼ぎ時なのに…
「来年になってからにしたら?」
もうクリスマスも迫ってる…この時期ハッピーウィルスに侵された人々がワラワラと店にやってくるから意外と忙しい…でも、土曜日だし…そんなにお客さん来ないかな…?
「来年だと遅いよ、買うって決まってるなら買っちゃおう!3人で住むの、なんか嫌だけど…」
「依冬が1番左の数字を出してくれるの?」
「それは桜二と相談する…」
そう即答して、俺も何か探してみる!と言うとジャケットを羽織ってコートを腕にかけた。
その姿がまるで海外のモデルのようで惚れ惚れした。
「依冬…カッコいいね、そのコートオレに着させてよ?」
良いよ、と言って後ろから羽織らせてもらう。
あぁ、サイズの違う服がどうして存在するのか…痛感したよ。
萌え袖どころじゃ無い、みっともないの一言だ。
オレはすぐ脱いで依冬に返した。
その時の依冬の顔がムカついて肩にパンチした。
「お子ちゃま探偵みたいだった…」
「それ以上言うと怒るよ…」
玄関まで見送り、またねとキスして見送った。
家か…一軒家は嫌だからマンションとかが良いなぁ…大して貢献もしないのにオレはそう思った。
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