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第50話

「依冬…早いよ!もっと後に来てよ!」 今、朝の7:00だ。 桜二は起きたのか隣に居ない… 昨日…突然桜二に言ったんだ。依冬も一緒に住むって…。説得に3時間もかかって、寝落ちしちゃって…大丈夫かな…納得してるかちょっと心配だ。あいつらは兄弟なんだから、一緒に住んだっておかしくないのに…頑なに拒否するんだよな。 変なの! 「シロ…寝顔かわい…毎日見れるかと思うと嬉しいな…早く一緒に住みたいな!」 「前はよく見てたじゃん、おんなじだよ、変わんないよ…」 オレがそう言ってまた目を閉じると抱き抱えられソファに連れてこられた。 桜二よりも軽そうに持つな…さすがわが弟だ! 「依冬にバレエのリフトしてもらったら、絶対落とさなそうで安心だな。」 ソファに転がされながらそう言うと思いきり舌を噛んだ。 「え、シロごめんね。」 「雑なんだよ、お前は…」 苛ついた桜二がそう言ってオレの口の中を確認する。 あれ以来、舌関係はシビアなんだ… 今日は10:00から不動産屋巡りをして、良い所があったらすぐ決めるくらい頑張るらしい。 桜二がご飯をよそってカウンターに置くと依冬がそれをテーブルに置いた。 仲睦まじい兄弟のコンビネーションだ! 「依冬は桜二を兄ちゃんって呼ばないの?」 オレが聞くとあからさまに嫌そうな顔をしてこっちを見た。 なんで?優しい兄ちゃんなのに… 「他人だよ!他人!」 「まぁそうだな…シロおいで、ご飯できたよ。」 オレは呼ばれてダイニングテーブルに着いた。 「いただきます。」 依冬から卵焼きを遠くに離して置いて、オレはまず1つ食べた。 「俺もひとつ欲しい!」 そう言って卵焼きに箸を伸ばすから、呻きながら桜二の足を蹴った。 「卵焼きは、ひとつだけにしてね…」 依冬にそれだけ言って、ご飯を食べ始める桜二に怒って言った。 「やだ、全部オレのなのに…!ちゃんと言ってよ!オレのだって!」 「シロ…バブちゃんだね、可愛い。依冬にも甘えて良いでちゅよ!シロ~!」 オレはおちょくられてムカついて依冬の足を蹴って言った。 「やめろ!」 テーブルがガン!と揺れて、コップが倒れそうになった… 桜二を見るとオレを黙って見てるから、オレは桜二の隣に移動して座り大人しくご飯を食べた。 「桜二、依冬がオレを虐めた…」 「もう、やめなさい…」 オレ悪くないのに…。フン! 洗い物をする桜二の腰にしがみついて甘えまくるいつものルーティンをした。 「シロの方が1歳年上だからね、卵焼きもひとつくらいあげようね?」 「やだよ、あれは全部オレのなのに…!」 「う~ん…」 「やだやだやだぁ~!桜二のばかぁ!」 オレはそう言って桜二の背中をポンポン叩く。 「シロ、殴るならもっと腰を入れて、体ごと捻らせると良いよ。」 隣に来て依冬が体を捻ってパンチするレクチャーをしてくる。 「本当に殴ったら痛いじゃん…これは甘えて遊んでんだよ?ね、桜二!」 依冬のアドバイスがジワジワ来たのか、桜二が吹き出して笑ってる。 「あはは…シロ、着替えておいで。」 全く!オレはアドバイス通り体を捻らせて依冬にパンチした。 「そう、そう、いい感じ!」 いい感じじゃねぇよ! ルーティンが中途半端になった…ちぇっ! 洗面に行って歯磨きをすると依冬がオレを後ろから見ているのが鏡に写って分かった。 「何か用なの?」 オレがそう言うとオレの背後に回って腰をつけて振り出した!やだ!何! 「やめろよ!ばか!」 「だって…シロのパジャマ姿可愛いんだもん。毎朝見れるかと思うと堪んないよ~!」 テンション高い!付いて行けないかも… 支度を済ませて早々に出発する。 オレは桜二の車に乗って、依冬は自分の車で付いてきた。 「依冬、めっちゃテンション高いよ?高額の買い物するからかな?」 「あははは!それは有るかもね、俺も昨日寝付けなかった…」 そうなの…?俺だってローンの支払いを背負うけど…昨日は仕事で疲れて爆睡したぞ… 桜二の様子から昨日の説得は成功したみたいで3人で住むことを了承したようだ。 良かった。依冬とも一緒に居れるなんて…嬉しい! 機嫌が良くなったオレは、桜二にシーズンにちなんだ質問をした。 「ねぇ、桜二はクリスマスってやっぱり誰かと過ごしたの?」 「ん~どうかな?」 すぐ“どうかな?”で誤魔化すこの男は、絶対必ず、毎年、誰かと一緒に過ごしていたに違いない… オレは東京に来てからは毎年クリスマスの仕事を頑張った。名古屋にいた時は兄ちゃんがチキンとケーキを買ってくれた…。巷の流行りのプレゼント交換なんて1度もしてない… プレゼント…交換? オレは良いことを思いついて桜二に言った。 「オレとプレゼント交換しようよ~!」 「え?良いよ。」 即答したな! お前のプレゼント楽しみにしているぞ!ふふふ! 車を降りて依冬に駆け寄る。 「なぁ、オレとプレゼント交換しようよ!」 「家、買ってやるじゃん!」 「ばか!クリスマスのプレゼント交換だよ!ね?しようよ!オレがお前にあげるからお前はオレに頂戴!ね?良いでしょ?」 おねだり上手のキャバ嬢みたいだ、と自分でも思ったが案外この手でウハウハして釣れるから…男ってばかだなと思った。 まぁ、何も悪いことはしませんよ。交換するんだからオレだって身銭切るんでね…。 「ここの不動産屋、結構仕事で利用してるから連絡しておいたんだ。入ろうか?」 2人の後に続いて不動産屋に入る。 不動産屋なんて…東京に来た時以来だ… 「あ、依冬さんお待ちしてましたよ。」 飄々とした中年の男が依冬を呼んだ。 「南青山か…神宮前辺りでワンフロアで売ってる良いとこ無いですか?」 依冬がそう聞くと桜二が横から口を挟んだ。 「別に南青山じゃなくても良いだろ?しかもワンフロアに1住戸だと選択肢が減るじゃ無いか…」 「そんな事言ってたらいつまでも決まらないよ?」 2人の間に座らされたオレは黙って下を向いていた。 風向きがおかしい… 険悪な雰囲気だ… さっきの不動産屋では結局桜二と依冬が揉めただけで何も決まらず、今は次の不動産屋に歩いて向かっている途中だ。 「喧嘩すんなよ…あの人困ってたぞ…」 オレは2人に言った。 依冬は口を尖らせて絵に描いたようにふてくされてる…かわいいかよ。 桜二に近づいて顔を覗き込むとこちらも口を尖らせていた。 兄弟なんだな…あの気狂い親父の血…ウケる 次の不動産屋でも2人は揉めて話がまとまらず、その次も揉めた…もう今日はご飯を食べて帰ろうと思っていた時、ふと目に止まった古びた不動産屋さんに入ってみた。 「すいません。3人で住める広くて緑の多いワンフロアの売り物件探してるんですけど…」 2人を外に残してオレがそう言うと、奥から怪しいおばさんが出てきた。 占い師みたいなおばさんは髪を綺麗にまとめて、指という指に指輪をはめて凄く怪しかった。 やばいとこ入ったかな…と思った次の瞬間、座って!と言われて怖くて言われるまま椅子に腰掛けた。オレの様子を外から見ていた2人は我先に入ってきてオレの両隣に座った。 「あら、随分イケメンばかりのルームシェアなのね?買うの?本当に?買えるのかしら?」 おばさんは特に桜二が気に入ったようで、色目を使って桜二を戸惑わせた。ウケる!ウケる!! 「えっと、3人で住める…」 「緑が多くて広いワンフロアの売り物件でしょ?有るわよ、見たい?……ねぇ、僕は見たいの?」 桜二の方を見て誘うように言うおばさんに、依冬が笑いを堪えて震えるから、オレは肘で注意した。 「桜二も見たいよな?…ぶふっ!」 オレがそう聞くと桜二は戸惑いながら頷いた。 「まぁ…桜二くんて言うの?かわいい名前!桜ちゃんって呼ばれるの?私もそう呼んで良い?」 「良いよ、おばちゃん早く見せてよ!」 オレはそう言って催促した。 「おばちゃんじゃ無いわよ!失礼な子ね!全く!ちょっと待ってなさい!!」 おばさんはプリプリしながら店の奥に消えていった。 「シロ…俺、ここ怖いよ…」 怯える桜二を無視して依冬とコソコソ話した。 「桜二をスケープゴートにして、良いのないか見てみようぜ。古い不動産屋だから多分色んな情報持ってるはずだぜ!」 「桜二…ウケる!おばさんに人気あるんだね…ウケる!ざまぁみろ…ぐふふふ」 そうなんだよ、桜二は年上に好かれるんだ… 何でなんだろうな… 奥からペラペラと紙を何枚か持ってきたおばさんは、オレと依冬の前にバン!と置いた。 そして桜二の前に座るとうっとりと頬杖をついて見つめ始めた。 「…シロ」 オレの腕を掴んで桜二が呼ぶけど…無視して、依冬と間取りと値段の確認をした。 「ここはちょっとアレだな…次は?」 「ここ、少し変えてもらってスタジオにする?」 さっきよりも充実した物件情報を持っていて、さすが古くからやってるだけあるな!と感心した。 気に入ったのもいくつかあって見に行く事にした。 「お姉さん、ココとココ、見に行きたい。」 オレがそう言うと、もぅ…と言って出かける準備を始めた。 こういうノリなんだ… 「シロ…怖いよ…」 「大丈夫だよ、頑張れよ…すぐ終わるから!」 怯える桜二の背中を撫でて落ち着かせる。依冬は桜二を指差してニヤけるから体を捻ってパンチした。 「じゃあ行くわよ!」 派手で小さなおばさんに連れられて、背の高い2人とオレとで目を引く組み合わせで表参道を練り歩いた。 「ここがひとつ目。共有の玄関がここね。二階建ての建物で案内するのは二階の部屋。ワンフロア専有じゃなくて2住戸だけど、広いわよ?屋上も付いてるし花火も見えるのよ。入ってみるわよ。」 お洒落な外観はまるでファッションビルのようだった。デザイナーとかが住みそうだ… 「あっ!」 桜二が情けない声を出してオレを見る。 お姉さんに手を握られて先を歩く桜二について行く。笑っちゃダメだ…ごめん、桜二。 オレたちが見る物件は2階…外階段を登って上がる。扉を開けて中に入る。 「うわ、広いな…すごっ…」 「今年出来上がったばかりだから新築中の新築よ?心はいつも少女みたいだって言われるの…」 どうせ桜二に向かって言ってんだろうな…と背中で感じて無視して奥に進んだ。 玄関は広くて天井が高い。廊下…と言う感じが無いくらい開けていてすぐダイニングとリビングになった。大きな窓から木が見えて緑の条件はクリアしていた。目隠しにもなって良いな。 リビングから廊下が伸びて奥に風呂場とトイレ、寝室があってここは桜二の部屋と似ていた。 ジェットバスも付いていて、高級な物件の代名詞なのかと思えてきた。 寝室の隣にウォークインクローゼットがあって、この廊下はおしまい。今度は反対に伸びた廊下に行く。部屋が2つ並んであってどちらも窓の外のベランダで繋がっていた。 「俺やだ、桜二の部屋とベランダで繋がってるのなんて絶対やだ!」 そんなに嫌がるなよ…今、まさに…犠牲になってくれてんだから… 「じゃあ、オレがこの部屋だったら?」 「良いよ!シロが隣なら良い!絶対良い!」 後は依冬のトレーニングマシンを置く場所が有れば… 「お姉さん、トレーニングマシンを置くとこが欲しいよ。作れないの?」 「別料金掛かるけど、出来無くは無いわよ。」 「騒音は?階下に響くとかある?」 「走り回っても平気よ」 「ふぅん…桜二も一緒に見てみようよ。」 オレは依冬を見て顎でお姉さんのとこに行けと指示した。え…と一瞬顔を固めたがすぐに笑顔で近づいて行くのはさすがだと思った。 「シロ…俺、体触られてやだよ…」 「可哀想にな…桜二おいで。」 抱きしめて背中をさすってあげる。 「この部屋に桜二が寝て、オレと依冬はあっちの部屋で寝るとかどうかな?」 「何で!何で俺だけ遠くなの?そんなの嫌だ!」 …そうか、じゃあ次の物件に行くか… お姉さんに次の物件に案内してもらう。 青山霊園近い…お化け出るかも! 「間取りはあなた達の要望通り、ワンフロア専有の5LDKでジェットバス付き、走っても下には響かない2階建ての2階の部屋よ。もともと住む予定だった社長が住まなくなったから売りに出してるんだけど、部屋数の多さが仇になって売れないの。見てみて?」 そう言うとお姉さんは依冬と手を繋いで部屋のドアを開けた。 「体触られるんだよ…あれ…連れてかれてさ…」 桜二が身震いしながら指を差す。 「ん、ちゃんと見てよ!」 オレは桜二を諫めて言うと、玄関に入った。さっきよりも狭く感じるが桜二の部屋と同じくらいの玄関だ。天井は高い! アイランドキッチンなんてお洒落な海外の映画に出てきそうなものがある。 窓も多くて外には青山霊園の敷地の緑が見える! リビングから左の廊下に2部屋と風呂場とトイレ、右の廊下に3部屋あって、どの部屋も広い。 特に広い左の2部屋に桜二と入る。 「ここ、静かで良いね…鏡を貼って床を変えたらちょっと小さいスタジオが作れるね。」 「確かに…悪くない。」 「隣も見てみよう。」 桜二に促されて隣の部屋を見る。 奥の部屋と同じサイズの部屋で同じ構造だった。 「全く同じだね、何に使う予定だったのかな?」 「拷問とか?」 まさかー!と桜二は言うけど、どちらもドアに防音加工がされていて窓がないのが気になった。 まぁ楽器やる人もいるし、自宅に防音のドアがあるのは今時珍しいことではないのかも知れないけど… 今度はリビングから右の廊下の3個続きの部屋を見てみる。 リビングでお姉さんと手を繋ぎ談笑する依冬に目をやると、一瞬こっちを見てアーーッと叫ぶ顔をした。失礼なやつだ… こちらは廊下に窓があって明るい。 奥の部屋から見る。 オレのアパートよりも広い…ベッドを置いても余裕の広さだ。10畳…これで10畳? 窓からはこの建物の敷地の緑が見えて良い感じだ。ここもベランダがあって三部屋続いてる感じだ。 隣の部屋は少し広くて12畳…ふぅん… 1番リビングから近い部屋は12畳…奥がちょっと小さいみたいだな。 「ここ、幾らするの?」 リビングで依冬とイチャつくお姉さんに聞く。 「元値は3億9800万円。でも社長が逮捕されたから2億代に下がってる。どうする?買う?買えるの?」 「なんで社長逮捕されたの?」 オレが聞くとお姉さんはズバリ!と言って教えてくれた。 「未成年に本番ありのSM売春させてたから!」 オレは桜二を見て、やっぱり!と言った。 「あの奥の部屋、多分それ目的で作ったんだよ。息苦しいから窓つけられないの?窓があれば良いんだけど…」 オレが言うと依冬が聞いてくる。 「シロ、ここ気に入ったの?」 「うん、ジェットバスあるし…3つ部屋が並んでるし…でも奥の部屋に窓が欲しいよ。依冬、窓つけてよ!」 「分かった。じゃあここにします。」 依冬の即決に桜二が慌てる。 「待てよ、今日は一旦帰って家で相談して決めよう。」 「なんでだよ、緑もあるし良いじゃん。リビングも床暖房だよ?床もお洒落なフローリングだし」 「ヘリンボーンっていうのよ?」 お姉さんがそう一言付け加えた。 お姉さんの前に立って背中を丸めて桜二が尋ねた。 「2億……その次は幾らですか?」 「桜二やだ!そんな風に聞くなよ!かっこ悪いだろ!やだ!恥ずかしいよ、やめてよ…!」 本当にこいつはそうなんだよ…! この前勇吾がオレに猫のぬいぐるみを買ってくれた時だって、勇吾が気前よく2匹も買ったのに、こいつは値札を見てそっとオレに戻したんだ!そういうやつなんだよ!こいつは! チップも1万円分なんて買わないでセコい!セコいんだよ!! 「2億…7280万円よ。」 お姉さんが言った瞬間オレはガッツポーズした。 やった!オレは280万円の分割で済んだ! イエス! 桜二は7000万円… セコいからお金貯め込んでんだろ… 依冬の2億に比べたら…屁だろ! 「共同名義で購入するの?それとも代表みたいな人を立てる?」 「名義はシロで、サイン以外の契約は俺が。」 エスコートするようにお姉さんの背中に手をあてて玄関まで連れてく依冬、カッコいい! 呆然とする桜二を見てオレは言った… 「腹減った。ハンバーグ食べて帰ろうぜ…」 長い物件探しはあっという間に終わった。 「桜二は3つの部屋のどこが良い?」 一緒に湯船に入りながら桜二に聞く。 あの後不動産屋に戻り、面倒な契約書を依冬が読んで、書いて、オレがサインした。 すぐさま依冬が全額を入金して、あの家はオレの家になった! どうしても銀行にローンの金利を払いたくない依冬の案で、オレと桜二は毎月依冬に家賃としてローンを支払う形になった。 桜二はズルでケチだから、もしかしたら踏み倒すかも知れない…!オレは目を光らせて監視する事を心に誓った。 「俺はシロの隣なら良い。」 「ねぇ…7000万円踏み倒すの?」 「ちゃんと払うよ…全く!そんなに言うなら明日一括で払う。」 「嘘だ!お前、ケチだから踏み倒すだろ!」 オレがそう言うと爆笑して水をかけてきた。 「何で俺がケチなの?全然ケチじゃないよ?」 図星だから食い下がるのか…? オレは一旦引いて様子を見た。 「分かったよ、ごめんね。桜二はいつもセコくするからケチかなって勝手に思ってたの…」 またオレに水をかけるから、オレも桜二にお返しした。 「俺はセコいんじゃなくて倹約家なんだよ!」 「猫のぬいぐるみ買ってくれなかったじゃん!」 「あれば優吾に花を持たせるために…」 「そういうとこだよ!ケチンボ!」 ひとしきり水を掛け合うとオレは桜二の胸板にくっついて甘えた。 「ジェットバス…桜二と入るの楽しみ…」 オレの体を横に抱いて桜二がキスする。 ジェットバスでまた流されなきゃ良いな… 「この絵は俺の部屋に飾る!」 寝室に、これ見よがしに飾られた大塚先生の絵を見ながら桜二が言った。 「ふぅん、好きにすれば」 素っ気なく言ってベッドに入る。 オレのアパート解約しないとな… 荷物…何もないから引っ越し屋も要らなさそうだ… うつ伏せに寝てウトウトし出すと桜二がオレの隣に寝転がって言ってきた。 「シロ!部屋を繋げて一緒の部屋にしようよ!」 「また揉める事言うなよ…」 「俺もう1人で寝られない…シロが隣にいないと寝られない…ね?シロも俺が居ないと寂しいでしょ?」 …確かに、オレは桜二がいないと寝られないかもしれない… 「今日は疲れたから…明日考えよう…眠い…」 オレはそう言って桜二に抱きつくと、彼の脇に顔を埋めて体を抱きしめて足を跨がせた。 この抱っこちゃんポーズがオレの寝姿勢だ… 「お前はオレの1番だ…」 オレの髪を撫でてキスして背中に手を添わす。 寝ているうちに何処かに行かないようにするみたいに絡まって寝る… 18:00 いつもの三叉路の店 サンタの帽子を被った支配人に挨拶して階段を降りる。控え室のドアを開けると楓がいた。 「シロ…僕今年はロマンティックなんだ…」 「え?なになに?ロマンティックが止まらないの?」 楓は嬉しそうにモジモジして言った。 「クリスマスは彼氏とロンドンに行くの…」 「えーーーー!クリスマスはロンドン!すごい!彼氏!カッコいい!すごい!海外だ!」 何それ~~~! すごい羨ましい… ロンドンに勇吾がいる…会いたい…… 「良いな。お土産はなんでも良いよ!」 そう言って鏡の前に腰掛ける。 暗い顔の自分を笑顔に作り直してメイクをする。 勇吾…忙しくしてるかな… 会いたい… 会いたいよ… 否定しないで受け入れる… 「オレもロンドンに行って、優吾に会いたいよ…」 うん…そうだな…会いたいよな。 「また会えるよ、だってシロの彼氏なんだから。」 楓がそう言って抱きしめてくれた。 本当だ…ちょっとだけど気が楽になった。 オレは笑ってうん、と頷いた。 さて、クリスマス仕様の衣装が増えて、赤、白、緑…となんとも…下品だな。 クリスマスと無縁なのに…クリスマスを連想させる格好を要求するなんて…酷だ。 楓は綺麗な白い衣装を着た。キラキラしたパウダーを頬につけたのか顔を動かすたびに煌めいてとても美しかった。 オレは…グリンチにでもなりたい気分だけど…仕方なく赤いサンタの衣装を着た。 すぐ脱いでやる!! 19:00 店内に出てお客に挨拶する。 「シロ、可愛い!」 今日はブカブカの短パンということもあり白黒のニーソックスと厳つ目の白いブーツを履いた。 サンタの服の下には黒いメッシュのタンクトップを着て少しでも抵抗を見せる。 常連のお姉さん達に囲まれて、悪くないけどね… 優しく帽子を直してもらってデレる。 「プレゼントにチューしてよ~」 オレが言うと沢山貰ってクラクラした。 「可愛い!シロ、連れて帰りたい~!!」 ぜひそうしてくれ…挿れると動けなくなって終わるけど…またすぐ勃つから… お姉さん達とお別れして次の客に挨拶して回る。 みんなもう年末だからか、少し浮かれムードだな。これは、チップがワンサカ入りそうな予感がする! カウンターに依冬を発見して手を振る。 「シロ可愛い!サンタだ!」 オレは挨拶しながらカウンターに近づいて行き、依冬にも挨拶した。 「こんばんは!今日は来てくれてありがとう!楽しんでいってね!」 「シロ~連れて帰りたい~!」 さっきのお姉さん達の真似をしてオレにキスする。オレは依冬に抱きついて胸元に顔を埋めた。 「どうしたの?甘えん坊なの?」 「ん…ギュッとしてよ…」 「良いよ」 優しくてあったかくて大好き… しばらく抱きしめてもらって気が済んだオレは、依冬の隣の席に座ってマスターにビールを注文した。 「もうクリスマスなんだね…」 オレの帽子をチョンチョン弄って依冬が言った。 「楓は今年クリスマスに彼氏とロンドンに行くんだ。ロマンティックだよな…すごく喜んでて羨ましいよ。」 「シロ?シロは億ションプレゼントしてもらったんだよ?そっちの方が嬉しいと思うけど?」 声を上擦らせて依冬が言った。 分かってるよ…分かってるけどさ… 「まだ住んでないから実感湧かないんだもん。」 「早く引っ越したいなぁ~~!たのしみだ!」 うん…オレも楽しみ…部屋割りもリビングの使い方も、風呂の順番も冷蔵庫の使い方も…全部楽しみ…そこに勇吾がいたらもっといいのに… 「依冬…また抱きしめて…」 「あぁ…シロは今日は甘えん坊だ…桜二が良い?呼ぼうか?」 「ううん…良い…」 依冬に抱きついてあっためてもらう。 髪を撫でてもらう。 オレには大事な2人が傍に居てくれるじゃん…なんでもっと欲しがるんだよ。 「依冬…悲しい話して…」 オレがそう言うと髪を撫でる手を止めて言った。 「ん?悲しい話…?そうだな…家に帰ってトレーニングして…寝る時に1人なのが悲しい…」 「じゃあ、辛い話して…?」 「そうだなぁ…仕事でさ…取引先に父親の事を言われるのが辛い…。仕方ないって分かってるけど、たまに辛くて家で泣いちゃうよ…」 オレは驚いて依冬の顔を見て聞いた。 「本当?」 オレの顔を見て苦笑いしながら頷く。 頭を撫でて抱きしめた。 「じゃあ、苦しい話して…?」 「うん…まだたまに湊を思い出してしまうよ…その時胸が苦しくなる…」 オレはまた依冬の顔を見て聞いた。 「本当?」 やっぱり苦笑いしながら頷く依冬に胸が熱くなった。偉いな…まだ20歳なのに、色んなこと抱えて、過去に苛まれてもSMプレイだけで正気を保てるなんて…強いな。 「依冬は強くて大好きだ!」 オレはそう言ってまた抱きついた。 今度は甘ったれの抱きつきではなく、頑張ろう!の抱きつきだ! 「シロ、そろそろ」 支配人の声がかかってオレは依冬に軽くキスして控え室に向かった。 オレも頑張って楽しく踊ろう! カーテンの前に立って一呼吸する。 クリスマスは楽しいんだ…楽しく踊りたい。 外で定番のクリスマスソングが流れてカーテンが開く。 オレは笑顔でステージに向かった。 クリスマスソングの良いところは拍子が取りやすいところだ。いつもシャンシャン鈴の音が鳴っていて可愛らしい。オレも曲の可愛らしさにあやかって勇吾に教えてもらったにゃんにゃんをした。 そうだ、これに勇吾の振り付けを入れてみよう…にゃんにゃんしたら少し気が紛れた気がする。 「シロ、今日はめっちゃ可愛いじゃん!」 そうか?オレはいつも可愛いぜ? 勇吾さんの得意のちょっと持ち上げて服を脱ぐやつ入れますよ~!サンタの服の前だけ開けてポールに近づいて掴んで一回りする。膝の裏にポールを挟んで仰け反りながらもう片方の足を打ち柄に入れて膝裏でまたポールを挟む。腕の力で体を引っ張り上げて足首でポールを挟む。まだ低い…もっと高くが良い。オレはポールを持つ手で踏ん張って両足を曲げながら上に持ち上げて足首で挟んで、体をよじらせて回りながら腹筋で起き上がった。そこで体の上下にポールを掴んで上の手だけで支えてる様にしたの手を体に隠して膝を曲げ伸ばししてポールを回った。また足首でポールを掴んで、ポールから手を離すとサンタの上の衣装を全て脱いで下に落とした。そのまま片方の膝裏にポールをかけてもう片足を伸ばして回って降りる。 …あぁつまんない…だるい…この単調な拍子。何とかならないの…? ずっと続くこのシャンシャンが耳障りになってくる。 オレは伸ばした片足を上に上げて振り下ろす勢いで逆立ちの様になって足首でポールを掴んで逆さに回った。 これでもつまんない… 一気に下まで顔面から落ちて中途半端な位置で止まってポールを降りた。 クリスマスソング…大嫌い…オレはDJにアイコンタクトして好きな曲に変えてもらう。そのためのDJだろ?うまく変えてよ、良いタイミングでさ… DJに希望を伝えるため頭を回してヘドバンする。 そのまま短パンのサンタ服を脱ぎ捨てて黒い革パンツにニーソックス…上に黒のメッシュのタンクトップ姿になった。 そしてエロく大股開きしながらしゃがんで自分の股間を手で触る。 良いタイミングで曲が変わった! オレはそのまま四つん這いになると腰をしならせて膝立ちの状態で頭を獅子舞みたいに回した。 両手をついて逆立ちして勢いをつけてバク転する。 オレはサンタの帽子も捨てて、すっきりした。 「クリスマスなんて…くだらねぇんだよっ!!」 大きい声でシャウトすると、一部の観客からウオーーーッ!!と歓声が上がった。 激しい音楽に高揚してまたポールに飛び乗って上まで上がると、中指を立てて頭を揺らした。 別に…楓が羨ましくて暴れてる訳じゃない… 「シロー!どうせクリスマスもここなんだろ?だからキレてんだろ?」 客の発言に中指を立てて対応する。 ポールの下で体全体で反動をつけてスピンさせながら降りるとそのまま四つん這いになってチップを受け取りに行った。 「シロ…。私もクリスマス…仕事だから、ドンマイ!」 優しいお姉さんの口からチップを受け取る。 「シロ…ドンマイ!」 色んな客にドンマイと言われムカつくぜ。 最後のお客さんの上でバク宙して怖がらせて憂さ晴らしする。 フン!クリスマスなんて大嫌いだ。 オレはメイクを落として半袖短パンに着替えて依冬のもとに戻った。 「シロの荒れてるところ、送っちゃった。」 オレが隣に戻ると笑いながら依冬が言った。 「荒れてないよ、元気なだけだよ…心外だな。」 そう言って依冬のオデコにデコピンした。 「送ったって…何?」 「荒れてる様子を録画して勇吾さんに送った…」 ダメだろ?そんな事したらダメだろ? オレは依冬に寄り掛かって耳打ちした。 「依冬…これから勝手に取るのはNGだよ。出禁にするぞ…!」 オレが脅すとヒィッ!とふざけて言った… こんなの見たら勇吾が心配するじゃないか! ばか…! 「じゃあさ、依冬。これも撮って送ってよ。」 オレは可愛くにゃんにゃんポーズして写真を撮らせた。何枚も撮って奇跡の1枚を送らせた。 そして本文に“オレはキレてないよ!”と書かせた。 しばらく依冬と遊んでると勇吾から返信が来た。 件名は無しで動画が添付されてるだけのやつ… 再生すると久しぶりの動く勇吾が映った。 「あ…勇吾だ」 「シロ!もっとエロい写真送ってこい!」 それだけ言うとどこかの舞台を写した。真紅のドレープのかかった上から垂れ下がるカーテンと舞台背景の板が見える。 「お前はこっちでも人気だぞ!」 勇吾がそう言うと知らない外人がオレの名前を呼んでフォーーー!と叫んだ。やだ、怖い… 「早く会いたい、愛してるよ…」 勇吾が優しい顔になって動画が終わった… 「シロ、これ送ってあげるね。」 「なんで依冬は勇吾の連絡先知ってんの?オレ、知らないんだけど…」 前から思ってた…依冬と桜二は勇吾の連絡先を知ってるのに、なんでオレが知らないんだ? 「検閲だよ。検閲…」 「うわ…監視社会だ…」 でもそんなに嫌じゃないよ… もしオレが直接やり取りしたら、きっと勇吾を煩わせてしまうから… 「依冬…早く送ってよ。」 依冬の肩にもたれて甘ったれる。 「ん、送った!」 「ねぇ、プレゼントもう買った?」 「まだ…考え中」 「オレも考え中だよ…ねぇ、何が欲しい?」 オレは依冬の顔を覗き込んで聞いた。 「シロ」 「もうお前は持ってんじゃん…!」 肩を叩いて大笑いした。プライスレスだ! 「それでも欲しいんだよ…。いつも欲しいの。」 オレの方を見てやけにしっとり言うから、すごくかっこよく見えた…。 「ふふ、依冬…良い男に見える」 オレはそう言って依冬の前髪を指で分けると顔を寄せてチュッとキスした。

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