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第56話

「もう大変だった!」 迎えに来た桜二に抱きついてスリスリする。 依冬が後ろからオレの頭を撫でて労ってくれる。 あの後のステージは大荒れで、客が興奮してステージに上がりオレがポールから降りられなくなる緊急事態が発生した。 支配人の判断でショーが中断され、長襦袢は使用禁止になった。 オレは隠れるように控え室に閉じ込められ、依冬と下らないお喋りをして過ごした。 「これ支配人がくれた」 リュックに入った長襦袢を見せると桜二が嬉しそうに笑った。 家に帰る依冬と別れ、桜二の車に乗る。 「控え室のドアをガンガンされて、壊れそうになって怖かった!依冬がやっつけてくれた!1発殴っただけなのに相手が倒れたんだよ?怖いよな?ゴッて音がしてさ…うえええ!」 オレが興奮して喋り切ると桜二が顔を引きつらせて言った。 「それ、依冬が居なかったら大変なことになってたね…もし怖かったら俺に必ず言って?すぐ迎えに行くから、良いね?」 確かに…確かに!! アイアンゴーレムが居なかったら… 「あーーー!こわいな、それ…やだーー!」 足をバタつかせて笑う。 「ねぇ、それってそんなに凄いの?」 興味津々で聞いてくる桜二くん。 かわいいな。 「今度…お前だけにエッチなプライベートショーをしてやるから…楽しみに待っててね…」 オレはそう言って桜二のシフトレバーに置いた手に手を乗せて撫でた。 「おほほ!」 変な声…気持ち悪いって思った事は黙っておこう。 もうクリスマスも終わりだ! 明日からは年越しだ! 「おぉ!思った通りの仕上がりです!まさか年内に終わると思わなかったな…」 オレは新居のリフォームを2人から任されていて、今日も完成の立ち会いに来ていた。 早くない? こんなにすぐリフォームって終わるの? 「建築士も居るので話が早く進み、このスピードで仕上げることが出来ました。」 建築士の匠が眼鏡をクイッとあげて言った。 この人眼鏡掛けると雰囲気変わるな…ちょっとザマスだ。 「窓はこんな感じです。」 奥の部屋を案内される。 「おお!外が見える!良いね!完璧!床も張り替えてくれたの?鏡も完璧だ!」 ミニスタジオが出来た! 凄い!ここで今すぐ練習できちゃう! 「でも、床と鏡は見積に書いてなかったですよ?」 オレが匠に聞くと、匠は目を逸らして言った。 「ちょうど解体した物があったので…付けました。こちらが勝手にやった物なので…無料で。」 マジか?ラッキー! 「わぁ!優しい!ありがとうございます!」 オレは喜んで鏡を拭いて眺めた。 「所で…家具はどうしますか?」 「家具?あぁ、なんか考えてるみたいですよ、オレ以外の誰かが。」 「この規模の家になると、統一感なども考えてインテリアコーディネーターがお客様のご意見を参考に家具を用意するんですが、どうしますか?」 「え…桜二が…あ、もう1人がせっせと調べてるんで、オレじゃ返事できないな。聞いてみます。」 オレは保留して部屋の中を散策した。 うん、うん、良い感じだ! あ、この前ここで依冬としたよ! 心の中で匠に教えてやった。 「ここにはソファが良いと思うんですよ。」 「へぇ…」 まるで匠には家具が見えてるみたいに話す。 「あそこにはダイニングテーブルを置いて、ここにテレビボード…壁には絵をかけて…」 絵と聞いて思い出した。 大塚先生の絵…桜二と部屋を繋げたからオレも見なきゃいけないんだ…やだなぁ… 「ここには何か観葉植物なんか置くと、ダイニングから見た時いいと思うんですよね…」 「へぇ~凄いですね、まるで見えてるみたい!」 オレが感心して言うと、少し照れたのか顔を下げて笑った。 もう、この人に任せちゃえば良いんじゃないの? そう思ったけど、桜二が一生懸命考えてるのでとりあえず保留とした。 年末年始の休みで家具を揃えて、3月には引っ越したいって桜二が言ってた。 早く一緒にジェットバス入りたいな… オレは一通り見回して鍵をかけて家を出た。 「要らないよ、俺がちゃんと考えてるから大丈夫!」 インテリアコーディネーターの話をしたらこの反応だ。桜二は何か家具に特別な拘りでもあるのかな…。桜二の部屋の家具も今思い返してみるとどれも高そうなものばかりだ。センスむき出し男なんだな。 「俺、明日からは休みだから…」 「良いなぁ…オレは客も来ないのに出勤予定だよ。」 「楓くんと代わってもらえば?」 「ダメだよ、楓は彼氏とラブラブなんだから…」 オレが足を抱えて言うと、桜二がオレを見て言った。 「シロだって彼氏とラブラブでしょ?」 かわいいやつ。 オレはクスッと笑って窓の外を見た。 「ラブラブだよ…」 オレがポツリと言うと桜二が笑った声がした。 店に送ってもらいキスして車を降りる。 オレが店のエントランスに入ると立ち去っていく桜二の車を見送る…変わんないな… 支配人に声をかける。 「明日も明後日もお客さん来ないかもよ?年末にストリップ 見にくる客って何だよ。」 オレがふてくされて言うと支配人が笑って言った。 「残念だなシロ…明日も明後日も通常営業だ!しかも、年越しイベントで31日は盛り上がるぞ!お楽しみ会だ!」 何だよそれ、聞いてねぇよ… 「何のイベント?」 「秘密!」 だろうね…じゃなかったらオレが今まで知らなかった事の意味が分からねぇよ… オレはトボトボ階段を降りて、蹴られた足跡の残る控え室のドアを開けた。 「シローー!ただいま!ロンドン素敵だったよ!はいお土産…これは彼氏達にどうぞ!お休み沢山もらってごめんね!今日から頑張るね!」 立派な服を着たクマのぬいぐるみをもらった。 なんだこいつは偉いのか…? 桜二達にはチョコレート…食べないだろうな。 「ロンドンどうだった?」 鏡の前に座って聞くと目をキラキラ輝かせて携帯で撮った写真を見せてくれた。 「わぁ…凄い…!綺麗だ…!」 クリスマスだからか街中がライトアップされて綺麗に煌めいてる。 「パブに行ったんだよ?パブ!」 「何するの?」 「お酒飲むとこだよ~!向こうはパブでビール飲むの。ビールも種類が多くて、全部飲みきれなかった!」 渡された携帯の写真をスワイプしていく。彼氏と写った写真にドキッとする。 楽しそう…良いな。 「オレも彼氏と写真撮ろうかな…」 「撮らないの?」 「ん…あんまりオレが撮らないから…でも、2人の写真見ると楽しそうで…こういうの良いな…」 楓が顔を赤くして照れる。 「シロのところは彼氏2人だから…2倍楽しいはずだよ!」 なるほどね… うちの彼氏2人はこんなかわいい笑顔するかな…。ビール持ってるだけなのに…はち切れそうな笑顔…、楓も幸せそうな顔してかわいい… オレも…こんな顔、出来るかな… 一通り目を通して携帯を返す。 「さぁ、仕事しよう~!オレ、今日は20:00を踊ったら帰るけど大丈夫?」 「うん、バッチリだよ!」 「…そういえば支配人の言ってる31日の年越しイベントって何か知ってる?」 「知らない~何それ?」 だよな…オレも知らなかったもん。 メイクをして衣装を選ぶ。 19:00 店内に向かう。 ほら言ったろ? 閑散とした店内…お客さんはまだ2人。 この2人が心配だよ、なんでこの時期に、開店早々、ストリップバーに来た?と問いたい! オレは早速1人で来てるお姉さんに声をかけた。 「お姉さんまた来たの?この前もいたよね?好きなの?ストリップ …」 「シロ…シロ…シロのファンなの……」 あぁそうなんだ… オレを見ながらモジモジするお姉さんは、普段はバリバリのキャリアウーマンらしい。仕事で気を張るせいか、こうゆう余暇が必要だそうだ。非現実的なこの空間に癒される人もいるんだな…。 オレは大サービスして一緒に動物の鳴き真似クイズをしたり、手遊びして遊んだ。 「お姉さんは反応が遅いんだよ~!もっと早くやらないとあっち向いてホイは出来ないよ?もしかして半端な気持ちでやってるわけじゃないよね?」 オレはふざけながらお姉さんを煽った。 「シロの顔、見てたら遅くなっちゃうの…ファンだから!でも本気出したらすぐ勝っちゃうから…」 ほう…言ったな! 「じゃあお姉さんの本気見せてよ!お姉さんが勝ったらチューしてあげる。」 ファン心理の本気をオレは舐めていた。 明らかにお姉さんの様子が変わり、太極拳の呼吸法の様に息を静かに深く吸って目を閉じた。 こいつ…出来るぞ!! オレの背筋に汗が流れる。 緊迫の瞬間! 「じゃんけんぽん!」 オレが勝ったぞ! 「あっち向いて………ホイ!」 お姉さんは凄い速さでオレの指が向いた方とは逆の方向に首を振った。 次だ! 「じゃんけんぽん!」 あぁ!負けた! お姉さんは不敵な笑みを浮かべてオレの目の前に指を差し出した… 「シロ…覚悟!」 やばい!胸がドキドキする…! 「あっち向いて……………」 すっげぇ溜める!ウケる! 「あ、ホイ!」 「あーーーーーっっ!!」 勝負は一瞬で決まった… オレはお姉さんの掛け声が、“ホイ!”じゃなくて…“あ、ホイ!”だった事に気を取られ油断した。 まんまとお姉さんの差した指と同じ方向を向き、負けてしまった。 まぁ、女の人にチュー出来るからオレとしてもウィンウィンだ。 「ん~チュッチュッ!」 「はぁ~!良い年越せるわ~!」 このお姉さん…なかなかやるな! 面白かった! もう1人のお兄さんの方へ向かう。 「お兄さん、こんばんは。もう年の瀬だね…今日は1人なの?」 オレが声をかけるとキョロキョロして周りを見渡した。初めて来たのかな…?若いし、見た事ない顔だ。体つきも細くて依冬が殴ったら即死しちゃいそう…なくらい細い。 「初めて来たの?」 オレが聞くとオドオドしながらコクリと頷いた。 「そうなんだ…年末だからお客さん少ないんだよ…もっと楽しい時に来ればよかったね。オレ後で踊るから帰らないで見てってね。」 「…お兄さんが脱ぐの?」 「ん?そうだよ。毎日毎日脱いでるよ。ふふ」 「そっか…」 なんでこの子ここに来たんだろう…オレは興味が湧いて俯きがちな彼の顔を覗き込みながら聞いてみた。 「興味あったの?」 「え?」 「ストリップ 」 「…なりたくて」 「ん?」 「ストリッパーになりたくて…ここはその筋では有名店だから…見てみたくて。」 へぇ!ビックリした! ストリッパーになりたい?マジか! 嬉しいな~! オレは嬉しくなって足をバタつかせて喜んだ。 「わぁ!驚いた!そうなんだ!じゃあ今日はオレ、頑張らないとね!ふふふ。もう少しお肉がついた方が良いな、あばらが少し浮くくらいが良いよ。あんまり痩せすぎてるといやらしく見えないんだよ。」 「そう…なんだ。お兄さんは何キロくらい?」 「最近毎日ちゃんと食べるようになったら太っちゃって60キロになっちゃった。あはは」 オレはお腹をさすってポンポン叩きながら答えた。桜二の卵焼きが太る原因だ…いつも卵3個分の卵焼きを食べるから太ったんだ! 豚ちゃんになっちゃうよ~? と言う桜二の脅し文句は的を得ていた… 「結構太ってるね、それでなんでそんなに締まってるの?」 「ふふ、筋肉が付いてるからね。ほら触ってみて?こことか、こことか。ポールは筋肉付いてないと登れないよ。ただの筋肉じゃなくてインナーマッスルって言うの?体幹も鍛えないとバランス取れないからね、意外と体、作ってんだよ?」 どうだ~!と偉そうに筋肉ポーズをとって笑うと、彼はオレの体を撫でて、綺麗…と言った。 当たり前だ!これで稼いでるからな! 本当にいろんな人がいるな… 「シロ、そろそろ」 「ハイハイ~」 オレは控え室に戻ってカーテンの前に立った。 桜二のブレスレットを撫でながら思う。 オレ…ここに来なかったらどうやって生きてたかな…。桜二にも会えなくて依冬にも会えなくて、全然違う生き方してたのかな…。 それって怖いけど…それはそれで楽しそうだな… 音楽が流れてカーテンが開く 今日はストリッパー志望の子が前にいる。 オレのファンのお姉さんもいる。 気合入れて踊ろう!

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