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第2話-1

「圭ちゃん、朝だよ。圭ちゃん!」 体を揺すられて目を覚ます。 酷い頭痛がして、目の前がクラクラする。 「ナルちゃん…おはよう」 「ん~、圭ちゃん抱っこして!」 いつもより待たせたせいか、ちょっともどかしそうに言ってねだる。 「はいはい」 俺はナルちゃんを抱っこしてベッドを降りると部屋を出る。 リビングのソファに新子と文二が座ってコーヒーを飲んでる。 「お前、昨日、報告書、書いてないだろう!」 欽史がそう言って俺の書きかけの報告書を見せる。 あれ…確か、昨日報告書を書いてるときに…ナルちゃんが起きてきちゃって… 「あっ!」 思い出した!昨日、俺が未遂に終わった出来事を。 「圭ちゃん、ナルちゃん納豆食べたい。」 ナルちゃんは俺の腕の中でしがみ付いて、甘える様に顔を擦り付けてくる。 「ちょっと待っててね」 そう言ってナルちゃんをソファに降ろす。 ナルちゃんの顔を見つめて様子を伺う。 俺の顔を見上げていたナルちゃんが何かを思い出したように言う。 「昨日、」 「ナルちゃん!納豆、用意するよ…」 制止してナルちゃんを抱きかかえると冷蔵庫に向かう。 「ナルちゃん、ごめん。もうしないよ、ごめんね」 彼の耳元でそう謝ると、ナルちゃんはクスクス笑った。 「圭ちゃん…大好き」 そう言って俺を抱きしめてくる。 分からなくなるよ、ナルちゃん… これって良いって事なの? それとも、許すって事なの… 俺とナルちゃんだけ寝坊してしまい、朝食が遅れた。 納豆をいつもの様にいつまでも泡立てるから、取り上げて口の中に流し込む。 「あふふふ!」 糸を引くナルちゃんの口をいやらしい目で欽史が見るから、言ってやった。 「お前が報告書を書けばいいじゃないか!眼鏡かけてるんだから!」 「何で俺が書かなきゃダメなんだよ。」 「欽ちゃん、見て見て~」 ナルちゃんが口を開けて糸をねばつかせて欽史に見せる。 「あっ!そんな…ダメじゃないか…あぁ…もう、ナル…そんなにしたら…」 変態だ…お前は絶対変態だ。 「今日は西郷さん家に行って、問題の箱を見させてもらいます。」 俺がそう言うと、新子がガッツポーズをする。 西郷南さいごうみなみはこっちの仕事でも、兄貴の仕事でもお世話になってる昔からの馴染みで、物腰穏やかなロン毛のイケメンだ。 今どき、そんな風貌で着物を着ているから、新子の妄想の良い餌となっている。 特に、ナルちゃんを連れていくと美形と美形のコラボで目が追い付かないらしい。 どういう事だよ…全く 「問題の箱は、例のあれだと思う?」 欽史がそう言ってナルちゃんの頭を優しく撫でる。 「さぁ、見て見ないと分からない…」 俺はそう言って報告書の続きを書く。 「欽ちゃん、もっとなでなでして?」 ナルちゃんが欽史に甘える。 俺はそれをダイニングテーブルで眺めながら報告書を書きあげる。 「ナル、そんな顔して甘えてもダメだぞっ…俺は、厳しい男だからな!」 「欽ちゃん、ほっぺもプニプニして?」 「んん!ナル!そこまで言うなら…あぁ、ほんとだぁ…プニプニしてる…可愛い」 俺は咳払いをして欽史をこっちの世界に連れ戻す。 あの事は…報告しなくても良いか… 「よし、終わった。ナルちゃん、着替えるよ。おいで」 俺は欽史からナルちゃんを取り戻すと自分の部屋に連れて行った。 「圭ちゃん?ナルちゃんね、今日はこの服着ていきたいよ?」 洋服箪笥から長袖を出して俺に言う。 「良いよ。じゃあ下は何履きたいの?」 もじもじしながら箪笥の中を選ぶ顔が可愛くて見とれる。 「これ…」 ほほぉ…半ズボンか… 「じゃあ、靴下はどうする?」 えっと…と言ってまた箪笥の中を覗いて探す… 「これ」 どこかの名探偵みたいだな… 「じゃあお着換えしようか?」 俺はそう言ってナルちゃんを近くの椅子に座らせる。 靴下を手に取ってナルちゃんのつま先に当てて履かせていく。 産毛も生えてない足はこのまま舐めたくなる… 「あはは、くすぐったい!圭ちゃん!あはは」 俺の手が触れてこしょぐったいと笑う。 「ほら、次、ズボン履くからパジャマ脱いで」 ナルちゃんは立ち上がってズボンを脱ぐと前に膝まづいてる俺の肩に手を置いた。 俺はナルちゃんの足に半ズボンを片方ずつ履かせて、上に持ち上げる。 昨日触れたであろうナルちゃんのおちんちんを通過して、ウエストまで上げる。 「はい、じゃあナルちゃん、最後、上脱いで」 ナルちゃんは椅子に再び座ってパジャマの上を脱ぐ。 Tシャツの上から、長袖を被せて袖に腕を通す。 「はい、お終い」 俺が言うとナルちゃんは俺にギュッと抱きついて来た。 「どうしたの?」 「ん~、圭ちゃん。昨日、ナルちゃんのおっぱい、どうして舐めたの?」 俺はナルちゃんを見ながら答えた。 「可愛くて我慢できなかったの。ごめんね。もうしないよ。」 そう言って脱ぎ捨てられたナルちゃんの服を集めていると、ナルちゃんが俺を見下ろして聞いた。 「どうして寝ちゃったの?」 ん? 「ナルちゃんがやったんじゃないの?」 「ん~?分かんないよ。」 ナルちゃんが不思議パワーでやったんじゃないのか… 神様がやったの? …やだ!怖い!! 俺は神妙な顔でナルちゃんの服を集めると、立ち上がって自分も着替えを始めた。 気を付けよう…マジで、雷落ちるかもしれない!! 「圭ちゃん、みなみのお家に行くの楽しみだね~」 俺が着替える後ろで椅子に座って、足を抱えながらナルちゃんが言う。 「そうだね、楽しみだね。」 適当に返事しながらズボンを履いて、Tシャツを脱いだ。 ナルちゃんは南とは顔見知りだ。 家にしょっちゅう顔を出すから、いつの間にか仲良くなっていった… 「圭吾、“唸るちゃん”可愛いね。慎も”唸るちゃん”大好きなのかな?」 高校の卒業を終えて暇になった俺は、毎日ナルちゃんに言葉を教えていた。 「唸るちゃんじゃない。ナルちゃんになった。」 俺はそう言って、ナルちゃんの頬を撫でた。 「ナルちゃん、言ってみて?」 俺がそう言うと、ナルちゃんはニコニコしながら言う。 「けいちゃん、だいすき」 「ナルちゃん!」 俺が極まってナルちゃんを抱きしめると南が言う。 「教えて言わせてるじゃん。そんなのズルだよ。」 「うるさい!今日は何しに来たの?」 「ん、慎に用があって…今どこに居る?」 南の言葉が分かった様で、ナルちゃんが指を差した。 「なるちゃん、あっちにいるの?」 南が聞くとナルちゃんは短く唸って答えた。 「可愛い。ナルちゃん、ワンコみたいだ。」 ナルちゃんは嬉しそうに笑って南の手を掴むと、指を差した方に連れていく。 「ナルちゃん!まだお勉強の途中だよ!」 俺の言葉も聞かずに、どんどん廊下を行ってしまうから、立ち上がって追いかける。 「慎!本当に居た!」 ナルちゃんが連れて行くと、あっという間に兄貴にたどり着いた。 「南、どうしたの?何か用?」 視線もそこそこに、正座したまま机に向かってそう言うと、札に筆を立てて梵字を書いていく。 「ん~、すごい物見つけてさ。お前に鑑定してもらいたいんだよ。」 そう言うと、南は鞄の中から皿のかけらを取り出して見せた。 「何それ…」 筆を置いて、ナルちゃんを一瞬見てから南を見ると、そう言って怪訝な顔をした。 南の実家は、呪術や、伝承、神の御業を書いて残す役割を昔から担っている。 そのせいか、禍々しいアイテムが次々と家に集まってくるのだ。 ほら、と言って手に乗せた割れた皿のかけらを見せた。 兄貴はそれを筆の後ろでコンコン叩く。 「磁器だ」 そう言って、姿勢を戻すと再び筆を立てた。 「確かに、磁器だけど…この皿は呪われていて、触ると怪我をする。不思議な皿なんだよ。」 俺は高校を卒業したての18歳だ。 兄貴は21歳。南は22歳。 もう、立派な大人だ。 大人なのに…呪いの皿なんて言ってる南にドン引きした… 「けいちゃん、のろい、 なに?」 俺の腕をチョンチョンとつついてナルちゃんが聞いて来る。 「こわいやつ。死んじゃうやつ。」 俺の言葉にナルちゃんは驚いた様子で、南を退かすと兄貴の前に立って両手を広げた。 「ナル、大丈夫だよ…」 兄貴がそう言ってナルちゃんを退かす。 「やだ、死んじゃうやつ。やだ」 ナルちゃんはそう言って南の手から皿のかけらを取ると、両手で握って消し去った。 あまりに一瞬の出来事に全員黙ってナルちゃんを凝視する。 「…ナルちゃん、消したの?」 南がナルちゃんの手を取って、手のひらを何度も見る。 兄貴はそんな南を見て、顔をこわばらせて言った。 「南、お願い。誰にも言わないで。」 「慎、何してるの?」 突然上手に話し始めたナルちゃんに俺は驚かなかった。 だって、この子は人じゃないから。 南と一緒に交霊術の準備を始める兄貴に、まとわりつくようにして叱られる。 「ナル、向こうに行ってて。危ないから、近づかないで。」 そっけなく言われ肩を落としてしまうナルちゃん。 可哀想だ。 「ナルちゃん、今から危ない事するから、あっちに行ってて?」 フォローする様に南が言って、ナルちゃんの頭を撫でる。 初めはあんなに大事にしていたのに…兄貴はナルちゃんにそっけなくなっていった。 甘えようとする彼を避ける様にする姿は弟の俺から見ても露骨で、 見ているこっちが胸が痛くなった… 「慎…」 目の前でふすまを閉められて部屋の前の縁側で座って待つナルちゃん。 何時間もそうして待っていても、ふすまが開いて現れた兄貴は、ナルちゃんに目もくれずに歩いて行く。 後姿を追いかけて話しかけるナルちゃん。 「交霊術、どうだったの?交霊したの?ナルちゃんがやってあげようか?」 構って欲しくてナルちゃんがそう言うと、兄貴は厳しい顔をして言う。 「ナル…いけない…」 「…うん」 1人立ち尽くして、下を見るナルちゃんの姿を思い出して…胸が痛い。 「なんで兄貴はあんなにナルちゃんに意地悪なんだ…」 俺が沸々と怒りを溜めて言うと、南は言った。 「意地悪じゃない。故だ。子供の圭吾には分からないかもしれないけどね…」 なんだよ、それ。 「故って、何故だよ!理由まで言っていけ!」 ふふふ~と笑って南は俺の頭を叩いた。 兄貴がナルちゃんに優しくなったのは、俺がナルちゃんを引き取ってからだ… それまでは鬼のごとく、無視して、避けて、ナルちゃんを悲しませた。 そんなに離れたかったのかよ…酷いやつ。 「あ!」 ナルちゃんの声に我に返って振り返ってみると、俺の体にぴったりと体を付けてくる。 「ナルちゃん…どうしたの?」 「圭ちゃんのおっぱい…」 そう言うと、じっと顔を見ながら俺の乳首を舌でねっとりと舐めてきた。 「ナルちゃん!ダメだよ。変な事、覚えないの…!」 心臓がどきどきして堪らなくなって勃起する。 前屈みになって、ナルちゃんを椅子に座らせると急いでシャツを羽織る。 そのまま急いでボタンを留めて、不思議そうに見上げるナルちゃんに言った。 「こういう事は、もうしちゃだめだよ!」 俺がそう強く言うと、ナルちゃんは舌を出して、は~い。と言った。 全く!急にするからフル勃起したじゃないか!! 「圭吾、行くぞ~」 文二の声がするけど… ちょっとまだ…もうちょっと、待ってくれ… 息子の興奮が治まるまで… 「ナルちゃん、今日は半ズボンなの?可愛い!」 新子がいつもの様に声を掛ける。 「うん、半ズボン!」 ひざ丈の青い半ズボンに、紺の靴下。黒い長袖Tシャツがナルちゃんコーデだ。 上に白いパーカーを着て俺のジャケットを持ってきてくれる。 「圭ちゃん、行こう?みんな行っちゃうよ?」 西郷皆見さいごうみなみの御屋敷は俺の実家の近所にある。 もしかしたら、兄貴が居るんじゃないかと思って、少し臆病になる。 しかし、彼の所に持ち込まれた箱の調査を依頼されたので、仕方ない。 聞くところによると、因縁の深い代物らしい。 「ナルちゃん、ちょっと遠いから寝てても良いよ?」 運転席に座り俺がそう言っても返答がなくて、隣に座るナルちゃんに視線を向ける。 ヘッドフォンを付けて虚ろな表情で窓の外見てる。 …こういう表情、たまにするんだ。 虚、空、無…な表情…。 何を考えてるの? ナルちゃん…。 俺は彼をそっとして前を行く文二の車の後を追った。 もう12月になる。 早く日菜子に会いに行かないとな… 実家を通り過ぎて、もう少し山奥に行く。 右に見えるでかい屋敷。ここが西郷邸だ。 道路を挟んで左の駐車場に車を止める。 飛び出すと危ないからナルちゃんと手を繋ぐ。 「みなみ、居るかな~?」 居るだろ。呼ばれてるんだから。 右左確認して道路を渡り西郷邸へと向かう。 「ナルちゃん、元気だった?」 玄関で出迎えたのは、南の弟子、時任ときとうさん。 背の高い男性で、180㎝ある俺よりも大きい。 しかしシュッと締まった体は新子好みの“ファンタジー”だ。 「ときちゃん、みなみ居る?」 ナルちゃん、だから呼ばれてるのに不在は無いよ…。 「それが、今ちょっと圭吾君の家に行ってて、もうすぐ帰ってくるよ。ごめんね、奥に上がって。お茶を出すよ。」 ナルちゃん…何でも分かるんだね… ここは昔から来たことのあるなじみの深い家だ。 俺が今30歳、兄貴が33歳、南が34歳。 昔からよく一緒に遊ぶ…というか一緒に学んだ。 西郷家の先代は人格者でうちの親父では教えきれない神道の歴史などを教えてくれた。宗教の分かれ道や、宗派によっての考えの違いなど、細かく教えてもらったが、俺はほとんど覚えていない。ただ、ついでに出されたおやつの最中がすごくおいしかったのは覚えている。 兄貴は神道一直線で。俺はついで。南は親の跡を継がなきゃいけないから必然的に教え込まれていた。 時任さんが俺達を奥の客間に通す。 「あ、みなみ帰って来たよ~」 ナルちゃんが嬉しそうに言って、回れ右して玄関の方に走っていく。 俺はそれを立ち止まって見て待つ。 玄関の方であ~!と声が上がって、笑い声が聞こえる。 そのまま待つと、奥からナルちゃんを体に纏わせたみなみが現れた。 「ごめん、ごめん。ちょっと出てた。」 笑いながらナルちゃんを抱っこして俺の元に来て言った。 「圭吾、久しぶり。元気だった?ナルちゃんは元気そうだね。」 俺は笑って頷くと、ナルちゃんを回収して南の体から外した。 客間について、文二と欽史の間に座ってナルちゃんを下ろす。 俺達と南の間のローテーブルを乗り越えて、ナルちゃんが南に抱きつく。 「みなみ~。慎の匂いがする~」 やっぱり…兄貴に会ってたんだ… 「時任、例の物を持ってきて下さい。」 後ろに控える時任さんにそう言って南は俺を見た。 「ちょっと毒がすごいんだよ…俺でも怖くて開けたくない。特に女性は見ない方が良い。今後に影響が出るから…。」 キュン!と効果音を口に出して新子が胸を抑えた。 キュン!じゃねぇぞ!全く! 「例のあれですか?」 文二が興奮気味に南に聞く。 「そうだね…多分そう」 「何体入っていますか?」 欽史が眼鏡を持ち上げて聞く。 「表には六と書いてある。」 信じられない。 多い… 「臭い…」 ナルちゃんがそう言って南の体に顔を埋めた。 俺達の前に小さな箱が置かれた。 新子は席を外して、部屋から出た。 「ナルちゃん、外に出ていようか…」 俺は彼の安全が心配でそう言った。 ナルちゃんは箱から目をそらさないで言う。 「開けるの?開けたら壊れちゃうよ。良いの?みなみ、良いの?」 「開けないよ。でも、このまま置いておく訳にもいかない。もう管理者が居ないからね。これをどうしたら良い?ナルちゃん。」 これは所謂、間引きをされた子供の遺体の一部が入った箱だ。 6体分の遺体の一部が、この箱の中に入っている。 何故こんなものが有るのか… 昔、誰が言い始めたのか…呪いの箱なんて話がある。 これは女と子供のみに有効な呪い。 作り方も丁寧に伝承されている。 「はぁ…やんなるな…」 俺がため息をつくと、ナルちゃんが真似をした。 そして箱を手に取るとクルクルと回して見た。 「ナルちゃん、あんまり触らない方が良い。」 文二がそう言ってやめさせようとする。 「本当に6人なのかな…もっといる気がする。」 そう言ってナルちゃんが箱を振った。 カラカラっと中で硬い物が転がる音がして、欽史と文二が震える。 「ナル、やめろ。置きなさい。振らないの!」 欽史がそう言ってナルちゃんに注意する。 ナルちゃんは欽史を見て微笑むと、おもむろに箱をいじりだした。 箱の表面は組木細工になっていて簡単には開かない。 「13人」 そう言ってテーブルに箱を置いてナルちゃんが唸る。 「どうしてこんな事するの…最悪だ…」 怒っているような、悲しんでいるような、複雑な表情をして箱を見つめる。 「誰かが言いました。これをすると良い事がある。それが間違ってる事でも、人間は自分にだけ良い事が欲しいから、こんな愚かな物、大切に持ってるのかな…。」 南がナルちゃんを注視する。 俺はその視線が耐えられなくて、ナルちゃんに手を伸ばす。 「ナルちゃん、こっちにおいで」 「圭ちゃん…これはいけない…こんな事してはいけないよ…命は紡ぐ物だよ。神様がその為にくれた物だ。その力をこんな風に使うのは愚かだ…たった一生過ごすくらいに何故我慢が出来ないのか…圭ちゃん…何故?」 潤んだ目で俺を見つめて問うてくる。 「恐怖が人間をそうさせるんだよ。ナルちゃん、こっちにおいで」 俺の恐怖は南の視線だ。 お前がナルちゃんを審神者するな。 「圭ちゃん、ナルちゃん怖いよ…これが怖いんじゃない…これを作った人が怖い。こんなことして助かろうと思うなんて怖いよぉ。」 俺はナルちゃんの所に歩いて行き、彼を抱き上げると、南から離して中庭の見える縁側に連れて行った。 「大丈夫。ナルちゃん。大丈夫…」 「全然大丈夫じゃない…こわいよぉ…なんであんな事が出来るの?ねぇ…」 俺の腕の中で泣きじゃくるナルちゃんを抱きしめる。 コレに触れて、この子がどう反応するのか、まるで試すみたいに… 兄貴の意図を感じて心底苛ついた。 「もう見なくていい。もう考えなくていい。美味しいラーメンの事思い出して?美味しい納豆の事。思い出して?」 俺はそう言って泣きじゃくるナルちゃんの顔を撫でる。 大きな涙を指で掬って俺の手の甲に垂らす。 「圭吾、どうする?」 後ろから文二の声がする。 「どうしようもない。こんな物作るからいけないんだ。未来永劫呪われればいい。今更無かった事になんて出来ない。虫が良すぎるんだ。」 俺はそう言ってナルちゃんを文二に任せると、南の所に戻って言った。 「これはうちでは何ともできない。引き取ってしまったら仕方ない。お前が管理するしかない。ナルちゃんは何もしない。それを管理するのは引き取ったお前だ。分かるよな?」 「分からないよ。ナルちゃんにどうしたら良いのか聞きたいだけなんだ。」 そう言って南は箱を手に取った。 「嫌だ!お前らはそうやってナルちゃんを利用するだけなんだ!」 「お前らって…圭吾、何の事言ってるんだよ…」 俺の激高に驚いた様子で立ち上がると、南はハッとして黙った。 「お前、まだあの事…」 俺は最後まで聞かないで部屋を出た。

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