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第3話-1

 「圭ちゃん、圭ちゃん、日菜子ちゃん来たよ?」 ナルちゃんの声に目が覚めて起きる。 「ナルちゃん、何て言ったの?」 「日菜子ちゃん来たよ?」 ん?よく分かんない。 「ナルちゃん、おいで。もうちょっと寝よう?」 「ん~~!日菜子ちゃん来たよ?」 俺が腕を伸ばして抱きしめようとするとナルちゃんが唸って嫌がる。 もう… 俺は起き上がってナルちゃんを抱っこするとリビングに向かった。 大体状況は分かってるんだ… 昨日実家に寄らなかった俺を、ぶっ飛ばしに日菜子が来てるんだ。 「圭ちゃん!」 リビングに日菜子が居て、俺を見て怒った顔で名前を呼んだ。 ほらな… 俺はナルちゃんをソファに降ろすと、日菜子の所に行った。 バチン! 朝から頬を引っ叩かれて、頭がキン!と痛くなる。 「うぅ…圭ちゃん…」 遠くでナルちゃんが痛そうに俺の名前を呼んだ。 「ナルちゃん、どうしたの?」 ナルちゃんの方に体を向けて首を傾げて聞くと、腕を掴まれて体を反対に回され、怒った日菜子の方にまた向き直された。 「やめてよ!ナルちゃん、ナルちゃんって!!バカみたい!!」 「日菜子ちゃん、ここでは止めて。」 新子がナルちゃんの耳を塞いでいる。 心配そうに俺を見つめるナルちゃん… ほら、さっき二度寝した方が良かったじゃん…そうでしょ?ナルちゃん。 「場所変えて話して?ね?」 そうだよな…日菜子は平気でナルちゃんの悪口を言う… 俺は車のカギを取って家を出た。 「そんな恰好で言ったらお兄さんに笑われるよ?」 後ろから俺に話しかける日菜子を無視して、車に乗ってエンジンをかける。 日菜子は自分の車に急いで戻って発進させた。 俺はその後をついていく。 許嫁なんて頼んでねぇよ… 久しぶりの実家だ~! 玄関前の松が少し形を変えたように見える。 車から降りて家に入る。 「圭ちゃん、怒ってるの?」 「いや、怒ってないよ…」 リビングに行く途中、袴を穿いた兄貴に会った。 「…酷い頭だな。」 「ん」 貯まった報告書を出会ったついでに渡す。 リビングに行ってソファに座る。 「圭ちゃん、ごめんね。だって、全然会いに来ないから…」 日菜子は俺の傍に座って俺の顔を見ながらそう言った。 「忙しいんだよ、次から次にどっかの誰かが依頼を受けるから。」 俺はそう言ってコーヒーを飲む兄貴を睨んだ。 兄貴は俺の渡した報告書を熱心に読んでる。 熱心、神道馬鹿だ。 「ねぇ、圭ちゃん。お兄さんの仕事がひと段落着いたら戻ってくるの?」 「それは、兄貴に聞いてよ…」 日菜子の質問を兄貴にぶつける。 「…圭吾、ナルはどんな様子?」 「さあ…いつも通りだけど?」 傍に居なくなった途端に気になるの? あんなに邪険にしたくせに…都合がいいな。 「圭ちゃん、私寂しいよ…もっと一緒に居たいのに…」 ナルちゃん、納豆食べたかな… また欽史にいやらしい目で見られてるのかな… 今日は何の服、着るのかな… 「ナルちゃん。今日はニイちゃんが圭吾の代わりだよ?」 「いや、欽ちゃんが圭吾の代わりをしてやるよ。」 「文ちゃんは何でも良いよ!」 ナルちゃんを前に3人でアピールタイムをする。 「ニイちゃんはナルちゃんに可愛いお洋服着せてあげるよ?」 「欽ちゃんはナルに美味しい棒状の物を沢山食べさせてやるぞ。」 「文ちゃんは車で遠くまで連れてってやるよ。」 ナルちゃんはしばらく私たちを見て言った。 「圭ちゃんの代わりは居ないよ?」 ふふ、確かにそうね。 面白い子。 ナルちゃんの着替えを済ませて、車に乗せる。 助手席が好きみたいだから、私は今日は後ろに座ろう。 クッションを敷いてナルちゃんを乗せてあげる。 私よりも背の高いナルちゃんは、私よりも細い手足で助手席に収まるとヘッドフォンを付けて手の中のプレイヤーで音楽を流す。 私に視線を送るとにっこり笑う神の使い。 欽史はナルちゃんがいるせいか前のめりに後部座席に座った。 私はナルちゃんの後ろに座ってシートから少し見える彼の髪の毛を見た。 ふわふわで可愛い… 文二が運転席に乗って、エンジンをかける。 今日はこの3人とナルちゃんでアイドル事務所へ向かう。 れっきとした依頼のお仕事だ。 アイドルというのは酷な仕事だ。 偶像崇拝とはよく言ったもので… 形のない偶像になって大衆に崇拝される、そんな存在になるのだから。 キラキラしたステージに魅せられて大衆は勝手に抱くのだ、それぞれの理想の偶像を。 それに逸脱すると、羨望のまなざしは狂気のまなざしに変わり、いとも簡単にかつて崇拝したものを呪うのだ。 恐ろしい仕事… 「ナル、今日はウインナー沢山買ってやるぞ。」 欽史が我慢できない様子でウハウハと声を掛ける。しかし、ナルちゃんはヘッドフォンを付けているから聞こえていない様子。 哀れ。 「新子、圭吾に連絡しておいて。藤原さんの所に行くって」 「はいはい」 携帯電話を出して圭吾の連絡先を開く。 この場合、電話が良いのかメールが良いのか…悩む。 私はメールを開いてメッセージを送った。 事の最中だと嫌だし、俺も行きたいなんて言われても困るから。 あんたは日菜子ちゃんをどうにかしなさい。 放蕩の許婚。 高速道路に乗って、いつもと違う視点で窓の外を見る。 前に視線をやると、ナルちゃんの左のほっぺが見える。 体を持ち、息をして、怪我もする、血も出るし、ご飯も食べて、トイレにも行く。 なのに人間じゃないなんて…人間の定義ってなんだろう… この子の良心は人間よりも清くて美しい。 それが、彼が人であらざる者の証拠なのだろうか… いつも圭吾の傍に居て、いつも圭吾を守ってる…私にはそんな風に見えるよ。 あいつの何が心配なの…? ナルちゃんは赤ちゃん…? いいや、圭吾の保護者だ… 得体のしれない、正体不明のナルちゃんと一緒に過ごしていくうちに、彼の本質を垣間見る時がある。 それは決して赤ちゃんではない。まるでイデアの様な絶対的な概念。 主観で捻じ曲がる事実を「赤は赤だ」と突きつける真理に何度心を揺さぶられたか分からない。 彼は当初から何も変わっていない。 見た目ではなくて、主義主張がだ。 神様を尊んで、自然を愛して、人間の業に苦しんで、人間の本来の姿を喜ぶ。 神の意図を探る。 圭吾は審神者を放棄している様に見える。 分かった末に別れる結末を迎えるのが嫌なのか、頑なにナルちゃんの正体を突き止めようとしない。 もう10年もたっているのに… 日菜子ちゃんさえ、もう耐えられない程の時間の経過だ。 圭吾は思った以上に脆いのかもしれない… だから、ナルちゃんが…守っているのかな。 「やぁやぁ、どうも。いつもありがとうございます。」 某芸能事務所を訪れる。 扉を開けて出迎えてくれたのが藤原さん。 この芸能事務所の社長だ。 テレビで見ない時は無い位の売れっ子アイドル、タレントを輩出するこの事務所。 抱えるアイドルの問題も多岐に渡って、私たちが訪問する様な事象も少なからずあった。 「豊川あかねちゃんです。」 そう言って紹介された女の子。 ナルちゃん位、細い体にブカブカのトレーナーと細身のパンツを履いていた。 顔色はあまり良いとは言えない、疲労感を漂わせて今にも泣きだしそうな目が印象的だ。 「よろしくお願いします。」 か細くそう言ってお辞儀する彼女の背中には、一体、また一体と何かが纏わりつく。 生霊を沢山付けてしまっている。 「今回はどのような相談ですか?」 欽史がそう言って、話を詳しく聞く。 私はまだヘッドフォンを外さないナルちゃんの様子を見てる。 今日のコーディネートはダメージジーンズなんてハードなスタイルに、大きめの白い長袖のTシャツを着せて、ラフなお兄さんスタイルにした。 どうも、彼が着ると、お兄さんよりも、訳アリの愛人に見えるのが不思議だ。 「いつも…誰かに見られている気がして…落ち着かないし…訳もなく怖いんです。部屋に戻っても、お風呂に入っていても、何処に行っても、視線を感じて…」 そう言って下を俯いて涙を落とす彼女は、やや感じやすい傾向の資質を持っているのかもしれない。100体も生霊を付けても平気な鈍感なタイプもいれば、一体でも感じて察してしまうタイプの人もいる。彼女の場合、今見た感じだと12人、後ろに居る。普通の許容範囲に感じる人数だ。 生霊というのは厄介で、飛ばした本人がそのつもりはなくても、その時の感情を持ったまま相手の所に向かってしまうんだ。 好き…よりも憎い…この感情はすさまじいエネルギーを出す。 彼女の後ろには4人の好きと8人の憎いがいる。 「物が勝手に動いて…落ちて壊れるんです。怖くて…何でこんな怖い目に…」 涙をボロボロこぼして泣く可愛い女の子に欽史はキュンとしてる。 文二が話を変えて聞いて見る。 「その現象はいつから起きたのか覚えていますか?」 「たしか…デビューして、いくつかテレビに出演してからだと思います…」 ヘッドフォンを外してナルちゃんが私の方を見た。 「どうしたの?」 髪の毛を触って聞くとナルちゃんが言った。 「色んな人がお姉さんの周りに立ってるね?」 ナルちゃんの言葉に、あかねちゃんが怖がって泣いてしまう。 フォローする様に私が伝えなおす。 「生霊が12体。今確認できるのはこの数。後ろに憑いているみたいです。」 そう言って藤原さんの方を見る。 藤原さんはナルちゃんに興味津々で、彼の行動を見ている。 人のオーラを見る目が備わってるから、こうやって成功者になれるのかな… 彼は興味に値する生き物です! 心の中で自慢して、不謹慎だと我に返った。 「お姉さんはこれからもっと怖い目に合うよ?」 「ナル!」 欽史がナルちゃんを諫めても、聞こえてしまった言葉の意味に、あかねちゃんは怖がってもっと泣いてしまった。 「泣かないで…ごめんね、怖がらせるつもりじゃないの。」 ナルちゃんはあかねちゃんの隣に行って背中を撫でて落ち着かせる。 「お姉さんの光はもっと強くなる。光が強くなると影が大きく濃くなる。」 そう言って、説明してって言う様に私の方を見てくる。 「あかねちゃんはこれからもっと活躍する、でもそれに比例して、こういう嫌な事も増えていく。羨望の対象であり、恨みの対象みたいな…両極端になる。これは、もう仕様がないんだ。摂理って言うか…」 私がそう言うとあかねちゃんは怖がって泣きながら訴えた。 「もう、嫌なんです!こんな怖い目にあいたくない!助けて!怖い!」 ナルちゃんはあかねちゃんの顔を横から見ながら言った。 「じゃあ、このお仕事、もう辞める?」 「もう2度と私の所にお化けが来ないようにしてください!なにかお札とか…そういう物で、もうお化けが出ないようにしてください!」 お札か…それを貼って、自分自身を守らせる方法もある。 ナルちゃんが、ん~と考えて話し始める。 「ちょっと難しい話をしよう。ねぇ、お札を目に付くところに貼るの。なぜか知ってる?それは、お札を見て“ここは安全だ”と自分に思い込ませるためだよ。お札に効果はない。あるのは自分の念の力なんだ。補助的な役割でお札というものを使うだけで、それ自体に効力がある訳ではないんだ。人の思い込みって、良くも悪くも影響する。それを利用したお守りなんだよ。神棚の札もそう。あれも神様が入ってるわけじゃないんだよ。神様がそこに居るって思いこむことが大事なんだ。実際はそんなところに居ないけどね…だって神様はみんなの中に既にいるんだもん。おかしいよね、ふふ。」 分かんない!と言ってあかねちゃんは怒って泣いた。 確かに分からない。ナルちゃんの話が私も分からない… えへへ~!と笑って頭をポリポリするナルちゃんは、服装のせいもあってか、いつもよりお兄さんに見えた。 「話を戻そう。お姉さん、偶像って知ってる?無い物を作って有る物に変えるんだ。お姉さんは偶像になってる。この世に無い偶像を作って、有る物にしてしまった。これってとても危険な事なんだよ。何でか知ってる?」 首を振るあかねちゃんの背中をさすってナルちゃんが優しく教えた。 「無い物は受け取る人によって勝手に、作り足されていくからだよ。」 例えば…と言ってナルちゃんが目の前のテーブルにお菓子を置いた。 「これはあるよね?」 そしてお菓子を手に取って言う。 「これは、ない。こういうはっきりした事実。それが通用しないのが偶像だ。」 そう言ってあかねちゃんに笑いかける。 「これはもう概念の話だ。お姉さんは無い所に有る物を作るお仕事をしている。だから、見る人が勝手に付け足した想像でお姉さんを見るんだ。この子はきっとこうだって…。でも、本当のお姉さんはそうじゃない。それは知ってる。でも、人はそれが分からなくなるんだ。そして、勝手に軽蔑して、絶望して、恨みを持つ…」 そう言ってテーブルの上に手をかざして言った。 「ここに、あるって言うと、みんなそこにあるって思うの。」 不思議だね、と言って私の方を見て笑うナルちゃん。 何故だろう…胸が緊張して鼓動が早くなる。 彼の笑顔は柔らかいのに、話している内容が真理を突いていてアンバランスだ。 「お姉さんの偶像は立ち上がってしまった。そこにみんなが群がって、みんなが縋る。人の思いは強いんだ。大好き…な思いより、大嫌い…な思いの方が強い…だから、お姉さんがこのお仕事を続ける限り、この現象は収まらい。」 辞める?と、あかねちゃんの顔を覗き込む。 あかねちゃんは首を横に振ってナルちゃんに言った。 「嫌だ!辞めたくない!せっかくここまで来たのに!」 じゃあ、と言ってナルちゃんが笑って言う。 「怖くなったら祓ってもらう。これを繰り返すしかない。お姉さんがこのお仕事を辞めるまで、何回も続けるしかない。これは摂理だから。」 ナルちゃんがあかねちゃんの頭に手を当てて、良い子良い子すると彼女のオーラが強く反応した。これは私しか見れない事だけど…息を飲んでその様子を見ていると、ナルちゃんが満面の笑顔になってまた話し始めた。 「わぁ、お姉さんは歌を作るの?」 「…うん、作る」 「素晴らしいね。ねぇ、言霊って知ってる?言葉の魂だよ。お姉さんの言葉には魂が籠ってる。だから、みんな集まってくるんだね…。もっと感じたいんだ。お姉さんの言葉を。そうか…そうなんだ…!」 感動したように目を潤ませて話を続けるナルちゃんを、みんなが見ている。 「言葉は吐き出しちゃダメ、紡いでいくんだよ?歌にお姉さんの言霊を乗せて歌ってね。心を乗せて…紡いで歌うんだ。それは、もう巫女や神主と変わらない。神事だ。人々はお姉さんの歌に感動するだろう。そして深く理解する。お姉さんは凄い人だ。」 そう言ってあかねちゃんをギュッと抱きしめて笑った。 言霊…言葉の持つ魂。言葉自体に魂が宿っている。 「幸せ」「大好き」「良い」と「不幸」「大嫌い」「悪い」 2種類の対称する言葉を掛けられ続けた植物が、どうなったか見たことがある。 肯定的な言葉の方の植物は大きく育ち、逆に否定的な言葉の方の植物は枯れてしまう…そんな分かりやすい結果。 言霊を乗せて歌うってどういう意味だろう… 韻の音が影響するのか…それとも… 私が思考を巡らせて頭を悩ませていても、 ナルちゃんの奇想天外論にあかねちゃんは顔を赤くして理解したように頷いていた。 意味は本人に伝われば十分か… 私はあかねちゃんの生霊たちを一人残らず解散させた。 「ナルちゃん…嬉しかった…ありがとう。」 あかねちゃんがナルちゃんに向き合ってそう伝えると、ナルちゃんはとっても嬉しそうに笑って頷いている。 カレカノ感の強いその光景は私の心を強く揺さぶった。 ナルちゃんが赤ちゃんじゃない…彼ぴっぴになっている… 「また怖くなったら連絡するんだよ~」 最後の言葉まで…彼ぴっぴだ…! 「やだ!ナルちゃんは赤ちゃんの方が好き!」 そう言って彼の体を抱きしめた。 不思議な人…不思議な人もどき… あかねちゃんのオーラを強くして、心を強くして、自分を守る力を付けた。 私は生霊を解散させただけ。 言うなれば対処療法だ… あの子は根本治療をした。 結局、生きていないやつに勝てるのは自分を持った人間だけだ。 2つの足で立ち、自信とエネルギーに満ちた人に霊は何もできない。 弱々しく弱った彼女の心に、使命を与えて蘇らせた。 オーラを修復して、意識レベルを上げた…。 私には出来ない。 芸能事務所を出ると、圭吾から電話がかかってきた。 「もしもし、うん。今終わった。」 電話の奥の圭吾はイライラして面倒くさかった。 「はいはい、バイバイ。」 話も聞かずに電話を切った。 「圭ちゃん?」 ナルちゃんがそう聞いて来る。 「うん。何かすごくイライラしていて嫌で切っちゃった。」 私がそう言うと、ナルちゃんは文二に言った。 「文ちゃん、圭ちゃんのお迎えに行こう?」 まじか… この誘いに乗っても良いの?圭吾に怒られない? 圭吾はナルちゃんをお兄さんに会わせたがらない。 理由は何となく分かる。 ナルちゃんがお兄さんを愛しているからだ。 「圭吾が日菜子ちゃんに怒られてるところ見に行くの?」 文二、やめとけ。この話に乗るな。 「ん~、お迎えに行くの。寂しがってるから…」 ナルちゃん… 「分かったよ、じゃあ乗って。」 神のまにまに…か。 文二に言われてみんな車に乗る。 このまま行っても平気なの… 一抹の不安を抱えつつ私は身をゆだねることにした。 神様がそうするのには意味があるはずだから。 身をゆだねてお任せします。 神のまにまに

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