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第3話-2
「圭ちゃ~ん!」
俺の名前を呼ぶナルちゃんの声にソファから飛び起きて玄関に走る。
「ナルちゃん!」
俺はナルちゃんに会えたのが嬉しくて抱き上げて彼を回した。
「あはは。圭ちゃ~ん!ナルちゃん来たよ?」
俺は頷いてギュッと抱きしめてナルちゃんを感じる。
可愛い…
俺を抱きしめてナルちゃんが言った。
「寂しくないよ~。ね?」
俺は笑ってナルちゃんを下ろしてあげた。
降ろした瞬間、ナルちゃんは俺の腕から居なくなって、玄関を上がって行く。
…畜生
「慎~!慎~!」
兄貴を呼ぶナルちゃんの声が聞こえる。でも俺は追いかけない。
どうせ、兄貴に会って抱きついているに違いないから…
「なんで連れてきたの?」
文二に怒りをぶつけて言うと、ばつが悪そうな顔をして言った。
「ナルちゃんが圭吾を迎えに行こうって言いだしたんだよ…」
俺を迎えに来たんじゃなくて…兄貴に会いに来たんだろ…
捻くれた気持ちを抱えつつ、今日の報告を受けるため自宅にみんなを入れた。
「圭ちゃん、お仕事なの?」
日菜子が俺に聞いて来るから、すぐ終わるよ。と伝えた。
廊下を進むとナルちゃんと兄貴の声が近づいて来る。
「キタキタラーメン、美味しかったよ?慎も食べる?」
「食べない。ナルに全部あげる。」
…畜生
「ナル、お兄さん忙しいから邪魔しないの。」
先を歩く欽史がそう言って部屋に入って行った。
リビングに居た兄貴に抱きついたのか…座って?立って?どんな姿で抱きついていたの?
気になるけど見ない。見たら、妬けるから。
「慎、おいで~」
ナルちゃんの声がして足音が近づいて来て、廊下に姿を現した。
手を繋いで仲良く出てくる兄貴に苛つく。
「圭ちゃんがすごい頑張ったんだよ?褒めて?」
俺の前に兄貴を連れて来てナルちゃんが言う。
「ナルちゃんこっちにおいで」
俺はナルちゃんを引き寄せると、抱きしめて兄貴を見上げた。
「…南の事、ありがとうな。」
そう言う兄貴がナルちゃんを抱きしめてる俺に苛ついているの、伝わってくるよ。
俺は10年以上もナルちゃんのお世話をしている。
離れて暮らした兄貴には出来ない事を沢山している。
俺は兄貴より、ナルちゃんを知ってる。
「圭ちゃん、お魚見に行こう~?」
俺の手を引っ張ってナルちゃんが縁側の石段から庭に降りるから、あわてて降りて抱っこしてあげる。
「石ころ踏んだら怪我するよ?」
そう言って一度縁側に上げると、背中を向けておいでって言った。
嬉しそうに俺の背中に乗るナルちゃんをおぶって兄貴のそばから離す。
今更なんだよ…
「圭ちゃん?日菜子ちゃん、どうした?」
背中からナルちゃんが聞いて来る。
庭の大きな石の上にナルちゃんを置いてあげる。
「圭ちゃんはね、ナルちゃんと結婚することにしたよ。」
俺がそう言うと、ナルちゃんは大笑いして石から落ちそうになった。
「本気だよ?ナルちゃんとずっと一緒にいる。」
「それはできないよ。」
やけに冷静な一言にムッとしてナルちゃんを見ると、俺の頭を撫でて自分の胸に抱きしめて言った。
「人は命を繋いでいくんだよ。圭ちゃんの血を繋いでよ。次の時代も、そのまた次の時代も…圭ちゃんの血が残っている様に。ね?」
俺はナルちゃんの胸に顔を埋めて抱きしめた。
「ナルちゃん、俺の子供産んでくれよ…」
ここなら誰にも聞かれない…俺がナルちゃんにオギャッてる事…誰にも知られない。
「ナルちゃんは赤ちゃん産めないのに…えっちだね」
微妙に間違ってるよ…それとも、わざとかな…
「ナルちゃん、圭ちゃんと一緒に居よう?ずっと抱っこしてあげる。ね?」
俺の頭をナデナデしながらナルちゃんが唸る。
「圭ちゃんは日菜子と結婚して赤ちゃんが3人出来る。そして、死ぬまで幸せに暮らすんだ。」
嫌な未来だな…
ナルちゃんが言うとその通りになるから、俺はとても悲しいよ…
「嫌な未来なら…死んでしまいたい…」
「圭ちゃん…」
オギャッてるって分かってる…ガキみたいに駄々をこねて、赤ちゃんのナルちゃんに甘えて困らせている。分かってる…分かってるけど、嫌だ。
「ナルちゃんの居ない未来なんて要らないよ…」
止まらない俺の暴走を一蹴する様にナルちゃんが言った。
「圭ちゃん、抱っこして?」
顔を見上げるとナルちゃんがニコニコ笑って俺の肩に手を置いた。
「いいよ、おいで」
俺は微笑んで、ナルちゃんの体を抱いて抱っこする。
可愛いんだ…
「ナルちゃん大好きだよ」
そのまま縁側まで連れて行くと彼を解放した。
駄々をこねる我儘な自分から解放してあげた。
「わ~い!」
と走って、新子の傍に行って甘えて笑うナルちゃんを見つめる。
なんでこんなに甘ったれてるのかな…俺
「皆さん、いつ帰りますか?」
日菜子がブチ切れて文二に聞いている。
ええ…と狼狽えて発端のナルちゃんを探す文二。
すっかり我が家のリビングでくつろいで、テレビを見始めていた3人は周りを見回して言った。
「そういや、ナルちゃんはどこ行った?」
俺は立ち上がって、日菜子の手を掴むと自分の部屋に連れて行った。
「どうしたの?圭ちゃん。怒ってるの?私が失礼なこと言ったから、怒ってるの?」
「違う、日菜子…したい」
俺は日菜子を抱きしめて彼女の首筋にキスした。
「あっ…圭ちゃん…うん、良いよ。私もずっとこうしたかったもん…」
泣いているのか、日菜子の声が震えていることに気付いた。
俺は何をしているんだろう…
ナルちゃんが来るまで、高校生の頃まで彼女に夢中だったのに…
俺の背中をギュッと抱いて、手で俺を確かめる様に撫でてくる。
…子供3人か、作れるかな…
悲しいよ…ナルちゃん。
どうせ今頃、兄貴に抱かれてるんだろう…
俺のナルちゃんなのに…悲しくて潰れそうだ…
「あっ!圭ちゃん…!!外に出して?」
「何で?子供作ろう?俺と日菜子の子供…3人作ろうよ…」
「順番が違うじゃん…もう!」
なんだかんだ言って日菜子は俺に中出しさせてくれた。
ナルちゃん…
赤ちゃん作ったよ。
ナルちゃんの言うとおりに…
…畜生
「ご飯、食べて帰る~!」
「ナル、もう迷惑だからやめろ!」
夕飯時を迎えてナルちゃんの腹時計が正確に反応していた。
ダイニングテーブルに座ってごねるナルちゃんを、欽史が抱っこして退かしてる。
俺は死んだ目で兄貴を見る。
俺のナルちゃんを抱いたのかよ…
「圭吾、帰り、私が運転して帰ろうか?」
俺の手をつついて新子が言った。
「なんで?」
「だって、あんた酷い顔してるから…疲れがたまったのかな?」
「別に…」
俺はそう言って、ナルちゃんを見て微笑む兄貴から目を反らした。
…畜生
あれは10年前、丁度俺が今の仕事を兄貴に押し付けられる前だ。
ずっと避けていたくせに…
真夏の夜更け、風も無い夜で、寝苦しくて起きてしまった俺は、夜の空気を感じに中庭に出ていた。
神職者以外立ち入り禁止の部屋に、ぼんやりと小さな明かりが灯っていることに気付いた俺は、何をしているのか伺う様に気配を殺して近づいて行った。
目を疑った。
開けっ放しの扉の向こうで、兄貴が誰かを抱いていた。
全裸の兄貴の背中には小さな手がしがみ付くように張り付いていて、細い足が両側に伸びて兄貴が動くたびに、揺れていた。
…こんな所で信じらんない!大胆だな!
ふざけた好奇心は次の瞬間、俺の心臓を抉った。
兄貴の首に手を回して、体を起こした相手がナルちゃんだったんだ。
うっとりとした表情で兄貴を愛おしそうに見る目。
乱れて汗で張り付いた髪の毛を、兄貴の指が掬って直す。
「慎…大好きだよ…大好きなの…ナルちゃん、慎が大好きだよ…ごめんね、ごめんね…」
小さく謝りながら抱かれるナルちゃんの声に耳を澄ませてしまう。
荒い息遣いの兄貴の声まで聞こえてきて、ひどくいやらしかった…
「ナル…もう…我慢できないよ…どうしたら良いの…愛してる…ずっと、愛してるよ…」
キスの音まで漏らさず聞く。
俺のナルちゃんが…
兄貴の上で喘いでいる…
兄貴の背中に手を回して抱きつく。
頭を愛おしそうに撫でて顔を近づけて何度もキスをしている…
ナルちゃん…
どうしてだよ…
俺は気付かれない様にその場を後にした。
部屋に着いて、ベッドに腰かける。
酔いはすっかり覚めてしまい。頭だけがガンガンと痛い…
さっき見たものは幻覚かもしれない。
そもそも、ナルちゃんはあんなに流ちょうに話せない。
あれは細身の女で、ナルちゃんじゃない。
そうだろ?そうだろ?!
ベッドに突っ伏して右手を振り上げると、思いきり落としてベッドを殴った。
なんで?なんで?なんで!!
愛してるのは俺なのに!
なんで!!
ナルちゃん!
ショックで立ち直れないよ…
言葉を教えたのも俺だった。ボールを掴む遊びだって、カルタだって、洋服の着方だって…教えたのは俺だ。兄貴じゃない!
なのに、いつ?いつナルちゃんは兄貴を好きになったの?
信じられないよ…
信じられない。
俺よりも兄貴が良いだなんて…
あの時かな…出会った時。
俺がナルちゃんに毛布を与えようと、一瞬離れた時。
2人の間に何かがあったのかな…
理由なんてどうでも良い。
俺の可愛いナルちゃんが兄貴とセックスしていた。
「…畜生!!」
ベッドのスプリングが揺れて突っ伏した顔に衝撃が走る。
「故に…だよ…か」
以前南が言った言葉を思い出して呟いた。
愛してる故に…避けていたのか…
ふざけんな…なんだよ、それ…
握った手に力が入りすぎて震える。
そっと誰かに握られて、ハッとして我に返る。
「…圭ちゃん、帰ろう?」
目の前のナルちゃんに強張った笑顔で答える。
「うん…帰ろう…」
“悪い人は生まれた時から悪い人だよ。魂が汚れてるんだ。だから、同じことをしても普通と違く受け取る。そして怒りが沸きやすくて、破滅的だ”
ナルちゃんが前に言った悪い人の定義を思い出した…
「ナルちゃん…俺は悪い人なの?だから、心配して傍に居てくれるの?」
いつもの助手席にナルちゃんを乗せて、文二の車の後を追いかける。
沈黙が続いてウインカーの音だけが車内に響く。
俺の問いに答えようとしない事が、答えか…
「圭ちゃん、一緒に居るよ」
そう言って俺のシフトレバーを持つ手に手を置いて握る。
小さくて暖かい手。
そうか…
俺は自嘲する様に笑ってナルちゃんを見て尋ねた。
「お爺ちゃんになるまで?」
「ん~、圭ちゃんが良いって言うまで。」
何だよ、それ…
そんな事言ったら、俺は一生良いなんて言わないから。
「分かった。ありがとう。ナルちゃん。」
俺はそう言ってナルちゃんを見て微笑むと視線を前に戻した。
「この前、聞いた音。すごく綺麗だった…圭ちゃんあれってなあに?」
ナルちゃんが暗い窓の外を眺めながら、俺に聞いて来た。
「あれは528Hzの周波数を出す音叉だよ。ソルフェジオ周波数とか言われてるやつ。ナルちゃんが好きかと思って、準備していたんだ。あれは役に立ったの?」
俺が聞くと、ナルちゃんは俺を見て言った。
「体が震えてジンジンしたよ。音が体中をめぐって、ナルちゃん。あれ、好きだよ~」
気に入ったみたいでよかった…
周波数…効果があるんだ…
俺はそっち系の情報は得たとしても、実感として効果を感じられるような能力は持っていない。
兄貴と違って、俺は0感だ。
子供の頃、お祭りの準備を手伝っていた。
お祭り前夜に氏子さんとみんなで神様を迎える宵宮よいみやの準備をしていた。
「圭ちゃん!お父さん呼んできて!」
近所のおじさんの声に驚いて、おじさんの足元を見ると、兄貴が倒れていて、細かく痙攣しながら手を動かしていた。
「もしかしたら、この子は巫かんなぎかもしれん…」
そう呟いたおじさんの言う通り、兄貴は神様の啓示を受けて特別な能力を開花させた。
巫かんなぎというのは、神様の言葉を伝える役目を担う人の事だ。俗にいうシャーマン、ユタ、イタコだ。神おろしをして神様の信託を頂く。そんな特殊な能力。
俺はどんどん行く道の分かれていく兄貴を横目に見ながら、淡々と普通を過ごしていた。
中学生の頃。兄貴が初めて神おろしをしたという話題が持ちきりになり、俺は親父に尋ねた。
「神おろしってすごいの?」
「そりゃあ、すごいさ。俺にも出来ん。慎は神に愛されてる。」
…ふぅん、俺は愛されてないのか。
子供心に傷ついた。
普通な事がいけないのか、そんな事を気にする俺がいけないのか…
ひねくれ始めたのはその頃からかもしれないな…
周りの大人が兄貴をもてはやせばもてはやす程、俺は鬱屈して卑屈になった。
兄貴は神に愛されたから、許嫁を外されて天涯孤独の身となった。
俺は日菜子が居て、約束された未来があった。
それだけが兄貴に勝る所で、それしか居場所がなかった俺は日菜子を愛した。
高校生になって、兄貴が熱心に修行する中、俺は日菜子とデートに出かけて青春を謳歌し、初エッチも順調に済ませた。
兄貴は一生童貞だな。
こんなくだらない事でマウントを取って、保っていたんだ…
自尊心を…
ナルちゃんを発見した時もその後も
兄貴には俺には見えない…感じられない何かを感じていたのかな…
だから、ナルちゃんは俺じゃなくて、兄貴を選んだのかな…
例えそうだとしても、今ナルちゃんが居るのは俺の隣だ。
兄貴には触れられない、俺のすぐ傍に居る。
お風呂に入れてあげて、体の隅々まで洗ってあげる。
そして、一緒に布団で寝るんだ。
背中を抱いてナルちゃんの髪の匂いを嗅いで眠るのは俺だ。
この人の正体を知っても俺は畏れずに愛せる。
独り占めして離さない。
兄貴にはそれが出来ない。
だから俺は我儘だと分かっていても、それをしてやる。
ナルちゃんが俺を見捨てるまで、しがみ付いて放さない…
「ナルちゃん、大好きだよ…」
「ん~」
いつもの様に返事をして微笑むナルちゃん。
今日も一緒に寝ようね…
愛してるよ。
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