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第4話-1

「欽ちゃん、見て見て~?」 口の中に納豆をいっぱい貯めてそれを欽史に見せる。 ナルちゃんの悪い遊びだ… 「あぁ…ぐちゃぐちゃになって…あぁ…全く、ナル!はぁはぁ…ダメじゃないか!」 いつもの様に欽史が極まって乱れる。 「今日はちょっとハードそうだね…」 依頼の内容を読みながら文二が言った。 「そうだな…嫌だよ。子供関係は、胸が痛いから。」 俺はそう言って、ナルちゃんを見つめる。 昨日は沢山お風呂で悪戯してやった。 ナルちゃんはその意味も、俺の望みも知っているはずなのに赤ちゃんを貫いた。 兄貴にされた後だからなの… いつもより、感じていたよね… じっと見つめ続ける俺の顔を見てナルちゃんが口を開けて聞いて来る。 「圭ちゃんも見る?」 「見ない!」 俺はナルちゃんの食べ終わったお皿を片付けて、流しに立って洗い物をする新子に渡した。 「ほら、ごっくんして?服を着替えるよ?」 「ん~」 今日は何を着せようかな~。 俺の部屋に駆けていき、ベッドにダイブして布団にくるまるナルちゃん。 俺は追いかけてベッドにダイブして布団の上からナルちゃんを捕まえる。 「ナルちゃん!もう寝ないよ?」 「あはは!ナルちゃんじゃないよ?卵焼きだよ?」 何だよ、それ…可愛いなぁ、もう 「卵焼きさん、食べても良いですか?」 「んふ、良いよ~」 俺は許しを得たので卵焼きを食べることにした。 布団を引っぺがして転がって出てくるナルちゃんを押さえつける。 「ふふ!圭ちゃん、もう卵焼きじゃなくなっちゃった~!」 そう言って手を口元に当ててクスクス笑うから、彼を見下ろして聞いて見る。 「じゃあ今、目の前に居るのは何なの?」 「んふふ、当ててみて?」 挑発するね…。 俺はクイズを棄権してナルちゃんのパジャマの下に手を滑らせて、体を弄って撫でた。 「ん~!圭ちゃん、当てないの?ナルちゃんの正体、当てないの?」 そう言って俺の肩を両手で押して上げると、顔を覗き込んでくる。 可愛い… 俺はナルちゃんに顔を落としてキスし舌を入れた。 突然のキスにナルちゃんの足が暴れているけど、気にしないよ。 痺れて気持ちよくなるまで舌を絡めてあげる。 その内、ナルちゃんは抵抗を止めてくったりして俺のキスを口を開けながら受けた。 クチュクチュいやらしい音をさせてナルちゃんの開いた口からよだれが落ちる。 気が済んで顔を上げるとナルちゃんは頬を赤くしてうっとりしてる。 このまま抱いてしまおうかな… だって、こんなに気持ちよさそうにしているじゃないか… 堪らないよ…10年も我慢したんだ。 「ナルちゃん、エッチしてもいいよね?」 「ダメに決まってんだろ。殺すぞ!」 真後ろで欽史の声がして俺は頭を吹っ飛ばされてベッドに倒れ込んだ。 「ナル、可哀想に…悪戯された…」 そう言ってナルちゃんを俺のベッドから連れていってしまった… ナルちゃん… 舌の感触が堪らないよ…! このまま一回抜いていこう… 俺は布団に潜ってナルちゃんで大いに抜いた。 「今日は何処に行くの?」 運転席に座るとナルちゃんが聞いて来る。 「今日はね、沢山子供の居るところに行くよ?」 「わ~い!」 喜ぶナルちゃんを見て心配になる。 「ナルちゃん、今日行くところは普通の子供が居る所じゃなくて…なんて言ったらいいのかな…ちょっと傷ついて悲しい気持ちを持った子たちが居るところなんだ。だから…」 どうか、気持ちを添いすぎて傷つかないで… 「分かったよ~」 そう言ってヘッドフォンを付けて窓の外を見始めるナルちゃん。 文二の車を追いかけて、車を走らせる。 俺達がこれから向かうのは、児童相談所管轄の養護施設だ。 親の居ない子供たちの暮らす施設。 そこで最近、所謂おかしな事が起きているらしい… それの調査に向かう。 子供は苦手だ。 見抜く力が備わってるからな… 途中のコンビニに寄って、文二と先の道を確認する。 「ここら辺に車を停めていこうか…?」 文二の案に賛成してナルちゃんを見る。 欽史がコンビニでアメリカンドックを買ってきた… こいつって、絶対変態だと思う。 俺の事、何にも言えないよ? お前の棒状の物への執着は俺よりもやばいと思う。 「ナル~これ食べるか~?」 「わ~い、ホットケーキウインナーだ~」 ナルちゃんは嬉しそうにお礼を言って、アメリカンドックをかじって食べている。 「ナル。ケチャップ付けてあげるね?」 欽史がナルちゃんのアメリカンドックを取って、ケチャップをかけていく。 「はい、どうぞ~」 「わ~!欽ちゃんありがとう!」 ナルちゃんがパクリとアメリカンドックをかじると、口の周りにケチャップがついて汚れる。それを甲斐甲斐しく拭いてあげている。 …今日はそういうパターンで来たのか… 「あぁ、もう…ナルったら、そんなに口につけて…あぁ、もう…本当に…あぁ…!!」 俺はナルちゃんの手を握って欽史から引き剥がすと、車の助手席に乗せてシートベルトを付けた。 まだアメリカンドックをかじってるナルちゃんと目が合う。 俺にアメリカンドックを向けてくるから大きい口でかじってやる。 「あ~~~!!圭ちゃん~~~!!」 3分の1を食べられて、ナルちゃんは怒って俺の肩を叩いた。 あはは、と笑って車のドアを閉める。 運転席に回って乗り込むと、まだナルちゃんがムスくれている。 可愛いな… 本当に愛しいよ… 「あと、もう少しで着くからね」 俺が言うとアメリカンドックを、ちまちまとかじりながら返事をした。 「ナルちゃん、もう一口ちょうだい!」 俺が口を開けて迫ると、ナルちゃんは急いで大きな口で食べ始めた。 可愛い… ふふっと俺が笑うと、ナルちゃんもクスクス笑って俺を見た。 「食い意地張っちゃった…ナルちゃん、食い意地張っちゃった。」 何回も言うから可愛くてまた笑った。 「ナルちゃんはスイカの時も食い意地張ったよね?」 俺がまだ実家に居た時の話をした。 ナルちゃんはキョトンとしたアホ面をしていたが、思い出したように笑い始めた。 「お腹痛くなったやつだ~」 まだ来たばかりの“唸るちゃん”の頃、ナルちゃんはスイカの味を気に入って、俺と兄貴の分まで食べてしまったことがあった。 すぐお腹が痛くなってトイレから出られなくなったっけ… おかしかったな… もう…あの頃には兄貴とそんな関係になっていたの? お腹を痛がって横になるナルちゃんのお腹に、毛布をまいて、さすっている兄貴を思い出す。平気な顔してさ… 「圭ちゃん、アメリカンドックと、ウインナーどっちが好き?」 ナルちゃんがそう俺に尋ねてくる。 だから俺はニコニコして教えてあげるんだ。 「ナルちゃんのおちんちんが好き~」 「ナルちゃんのおちんちんは食べられないのに…」 しょんぼりするナルちゃんを見て笑う。 食べられるのに… 食べられたことあるだろ? 昨日も食べられたんだろ?! 全く…かまととナルちゃん。 大好きだよ… 予定通りの場所に車を停めて、機材を持って歩く。 ナルちゃんは文二と手を繋いでいる。 ブンブン振って遊ぶように歩いている。 俺はずっとそんなナルちゃんを見て歩く。 大きな門が見えて、文二達が中に入って行く。 「ここか…」 事前に聞いた話のせいか、そびえ立つその建物は陰気な雰囲気をまとっていた。 俺が先に中に入る。 代表だからな。 「こんにちは。本日お伺いする約束をした者です。」 敢えて多くは言わない。 この界隈のルールだ。 みんな言いたくないんだろう…その方が俺も都合がいい。 「あ!少々お待ちください。」 話は通じて、俺達は施設長の部屋に案内された。 「新子、何か感じる?」 「まぁまぁ…」 そうなんだ。まぁまぁ…か。 施設長の部屋は大きな本棚が壁にみっちりと敷き詰められていて、児童心理や児童書、中には紙芝居まで入っていた… 「お待たせして申し訳ありません。」 そう言って入って来たのは女性の施設長だった。 俺達の面々を眺めて挨拶をする。 「私、この養護施設の施設長を務めております、立花です。本日は遠いところ、ありがとうございます。」 挨拶もそこそこに俺は今回の依頼の内容を詳しく聞いた。 「霊障と伺っていますが、間違いないですか?」 俺がそう聞くと、立花先生はコクリと頷いて放し始めた。 「夜中に幾つもの足音が聞こえて、子供たちが怖がるのです。また来た!と言って…。この施設は情緒が安定していない子も沢山いる施設です。早く元の生活に戻してあげて、安心させてあげたいのです。」 ナルちゃんが本棚の紙芝居を見て笑う。 「わ~オニ太郎だ!」 桃太郎だよ… 心の中で突っ込んで、立花先生の話をもっと詳しく聞く。 「実は…ある子が入所した時期から、それが始まる様になりました。こんな事、考えたくもないですけど、もしかしたら、その子が今回の事と関係しているのではないかと思ってしまうのです。」 立花先生はそう言うと1枚の写真と書類を俺に渡した。 「その子がこの施設に来た理由は以下の通りです。未だに話が出来ない状態で、やっと頷くことで意思疎通ができる様になってきたところです。」 渡された写真に目を落とす。 まだ小さい子供。何歳かな… 俺は写真を新子に渡して彼女の反応を見た。 「うん。すごい溜めてるね。」 そう言ってナルちゃんに写真を渡す。 ジッと写真の中の子供を見つめるナルちゃんに不安になる。 書類を読むと、母親による虐待、ネグレクト、暴力、耳の鼓膜、破れた…と殴り書きされている。感情のこもった文字だな… 「ナルちゃんはどう思う?」 俺が尋ねるとナルちゃんは写真から目を上げて言った。 「この子のお母さんに会いたい」 何で? 「児童相談所の判断でこの子のお母さんは、今、別の施設でリハビリをしています。生活保護の申請をして、生活が苦しくない様に…お母さんの心理的な負担を和らげる対策を取ろうと思っています。」 立花先生はそう話すと、受話器を手に取って内線でどこかへ電話を掛けた。 ナルちゃんは写真に目を戻して、手のひらで撫でていた。 「これから中をご案内します。子供たちの心理的負担を考えて、本日皆さんには工事の下見…という体でお願いしたく思います。よろしくお願いします。」 行き届いた配慮に安堵して、俺達は立花先生に続いて部屋を出た。 「圭吾、こことかすごく曇ってる感じする。」 新子が備品室を指さして言った。 古い建物だ。この件が無くても何かしらは居るだろう… 危害を加えるか、加えないかで判断した方が良い。 キョロキョロするナルちゃんの手を握って、立花先生の後を追う。 「ここがレクリエーション室です。子供たちが自由に出入りできる、リビングみたいな感じで使っているお部屋です。」 立花先生はそう言うと中に案内した。 部屋の中にテーブルがいくつか置かれていて、小さい子が俺を見上げて微笑む。 こんな小さい子もいるんだ…2歳くらいなのか… ナルちゃんは子供に目もくれず、俺の手を眺めて握っている。 「ナルちゃん、どうしたの?」 「ん、お母さんに会いたいの。」 そう言って立ち止まり不満そうに俺を見上げる。 「…全部見てから行こうか?」 「…ん」 なんでそんなに母親に会いたがるのか…分からなかった。 高校生くらいの子供もいて、施設内の子供の年齢の幅に驚いた。 知らないだけで、こうやって暮らしている子もいるんだな… 年上の子が年下の子の面倒を見て…はたから見るとこれも良い環境なのかな、などと無責任に思ってしまうが、やはり表情は暗く、大人に対して媚びる様子は胸が痛くなった。 「お兄ちゃん、なんでお手て繋いでるの?」 「わぁ…じょうずだね」 ナルちゃんが一人の子供に声を掛けられて立ち止まった。 その子はスケッチブックにグルグルと円を描いていてどこかのホラー映画みたいに…闇深な雰囲気だった。 「これはなに?」 ナルちゃんがその絵を指さして聞いた。 「これは…お父さんの目」 そう言う子供に、俺も周りも重い空気になる。 「あはは!おかしいよ~!目は1つじゃない。目は2つだから、グルグルをもうひとつここに描いてよ~!」 ナルちゃんは笑いながらその子に言った。 「ナル…」 欽史がナルちゃんを突くけど、ナルちゃんはその子から視線を外さないで見つめている。その目が同情するような、憐れむ目じゃなく、逆に諫めるような目をしている事に驚いた。 「何も…何も描く物無かったから、適当に描いただけだ~い!」 その子はそう言ってスケッチブックをナルちゃんにぶつけると、逃げる様に走り去っていった。 「いてて~」 そう言って俺の傍に来てにっこり笑う。 「大丈夫ですか?」 立花先生が怪訝そうに聞いて来る。 「すみません、先をお願いします。」 俺はナルちゃんを気にしつつ、立花先生に案内の続きを頼んだ。 傷ついてる子供に割と厳しい目をするんだな… ナルちゃんの意外な姿に少し戸惑った。 「ここは音楽室です。楽器など演奏したい子が来ています。…あの子、あの子が例の子供です。」 立花先生が声を潜めて見た目線の先に小学生くらいの男の子が居た。 椅子に座って、何をする訳でもなくぼんやりしている。 ナルちゃんがその子に近づこうと俺とつないだ手を離した。 ギュッと掴んで一旦止めて、俺は一緒にその子に近づいた。 「こんにちは。今日は天気も良いね。」 無難な天気の話を振るけど、立花先生の言った通り、反応はない。 ナルちゃんはその子の前にしゃがみ込んで顔を覗く。 膝に置いた手のひらをそっと包むように掴む。 「お母さんに会いたいの?」 「ナル!」 欽史が大きい声を出してナルちゃんを怒る。 「お母さんに会いたいね…」 それでもナルちゃんはやめないでその子に聞く。 ポタポタと膝に水滴が落ちて、その子が泣いていると分かった。 「ナル…もうやめろ」 ナルちゃんを止めようとする欽史を制して俺は二人の様子を伺った。 「おかあさ…ん、会いたい…」 か細い声でそう言って、ナルちゃんの方に頭を上げると両手を伸ばして抱きついた。 「良助君!…あまり興奮させないでください。」 「見て見ぬふりするのは優しさじゃない。大人をからかうのを叱らないのは優しさじゃない。子供が寂しいのは親が居ないからだ。誰も親の代わりなんて出来ない。寂しい気持ちを誤魔化すんじゃなくて、有るがままに受け止めてあげる方が良い。それ以上でも、それ以下でもないんだから。」 ナルちゃんはその子を抱きしめながらそう言って話した。 頭を撫でて抱きしめて優しい声で、もう一度ナルちゃんが言う。 「お母さんに、会いたいね…。」 「うん…ボクお母さん、大好き…早く会いたい。」 良助君はナルちゃんに抱きしめられながらそう言うと、彼の肩に頭を持たれてうっとりした。恍惚としたその子の表情に、自分が重なって目を離せないで固まった。 「ナルちゃん、この子のお母さん連れてくるよ…」 そう言ってナルちゃんは立ち上がると俺の方を見て言った。 「お母さんに会いたがってる。会わせてあげてよ、圭ちゃん…」 懇願するような顔で俺に詰め寄る。 「ナルちゃん…さっき聞いただろ?お母さんは別の場所に居るんだ。」 そう話す文二に視線もくれずに、俺だけを見てナルちゃんが言う。 「圭ちゃん…寂しがってる。会いたいって言ってる…」 心を掴まれる気持ちになってナルちゃんから目を離せない。 「規則でそれはできません。」 立花先生がピシャリとナルちゃんにそう告げると、音楽室に置いてあるピアノが動いて、音楽室の扉が大きな音を立てて閉まった。 「みんな、身を屈めて!」 新子が叫んで頭を押さえてしゃがみ込んだ。 「怒ってる…会いたいって怒ってるんだ…ねぇ、圭ちゃん。」 何が言いたいの?ナルちゃん…俺がこの子と同じだと…そう言いたいの? 呆然と立ち尽くす俺達の頭上を机が飛ぶ。 「キャー!」 立花先生の悲鳴に我に返って、ナルちゃんを抱き寄せてしゃがんで守る。 「ねぇ、お母さんに会わせないと終わらないよ!どうする?」 俺の腕の中でナルちゃんが強い口調で立花先生に聞く。 この人は悪い人じゃないだろ?…可哀想なこの子たちの為に沢山してあげてるじゃないか…そんな声で言うなんて…どうしたんだよ、ナルちゃん… ナルちゃんの後ろで、ピアノがゆっくり持ち上がっていくのが見えてゾッとする。 「ナルちゃん、止めて!」 新子が叫ぶ。 「出来ない!この子は怒ってるんだ。お母さんに会わせてあげないといけない。」 「お母さんが虐待したから引き取ってるんだ、悪いのはお母さんなんだ!どうしてそんな相手に、また子供を会わせるんだ!」 俺はナルちゃんを自分に向かせて声を荒げて言った。 「それは、この子のお母さんが…この子のお母さんだからだ!」 それ以上でも、それ以下でもない! ナルちゃんはそう言うと立ち上がって、俺を睨んで見降ろした。 そんな顔するな…分かったから… 「先生、身の危険が迫っています。このままこの状況は非常に危険だ。あの子の母親を連れて来てください…」 俺はそう言って立ち上がるとナルちゃんの体を抱いて床にしゃがませた。 窓が割れて、蛍光灯が落ちてくる。 例の良助君は座って涙を流して天を仰いでいる。 「立花先生、確かに良助君がやってる事です。でも、原因はお母さんだ。それを解決しないと、他の子供たちもこんな風に危険な目に遭ってしまう!それは先生も望んでいないでしょう?あの子に言ってください。お母さんに会わせると伝えてください。」 俺はそう言って、良助君の方に視線をやった。 立花先生はフルフルと震えながら、良助君の傍に行き伝えた。 「良助君、お母さん。連れてくるね。」 その言葉を聞いてか、室内のポルターガイストはピタリと治まり、宙に浮いたピアノが音を立てて床に落ちた。 「はぁはぁ…こんな、ことがおこるなんて…」 狼狽えて、両手で顔を覆い涙する立花先生の背中に手を置いて、ナルちゃんが言った。 「赤ん坊は無だ。そこに自分を写しながら人は人を作り育てる。だから、癒すなら親を癒せ。そうすれば全て上手くいく。」 その目は厳しくて強かった。 何故ナルちゃんがこの物腰穏やかな先生を突き放すのか、分からなかった。 「ナルちゃん、厳しすぎるよ…この先生は善意でやっているんだ。なのに」 俺はナルちゃんを睨んで言った。 「善意とは…親から子供を引き剥がす事か?彼らは愛情のかけ方が分からないだけなんだ。ただ知らないだけなんだ。どうやって愛したらいいのか、知らないだけなんだ。知らない事は罪ではない。知っている奴が教えてやればいいだけだ。咎めるな、諭せ。包み込んで愛せ。」 「それは詭弁だ!」 俺は感情的になってナルちゃんの肩を掴んだ。 「どうしようもない親だっている!ナルちゃんの言っている事はきれい事だ!そんな理屈、通じない相手だっている!それを全部担ってくれているこの先生に、もっと敬意を払えよっ!」 俺が怒鳴ってそう言うと、後ろで立花先生が嗚咽を漏らして泣いた。 ナルちゃんはホロホロと涙を流して俺を見ながら笑って言った。 「圭ちゃんの…言う通りだ…」 そう言って良助君の傍に行き、彼の頭を優しく撫でると言った。 「お母さん、くるからね…」 ナルちゃんに怒鳴ってしまった…泣かせてしまった…何よりも、あんなに怒ったナルちゃんを見たことが無くて、怖かった。 音楽室のドアが自然に開いて、外に居た他の先生が入ってきた。 中の状況を見て愕然とする先生方を置いて、俺達は部屋を出た。 「ナルちゃん、今日キてるね…」 新子が俺に耳打ちする。 「あぁ、怖いな…」 「あんたしか止められない。覚えておいて。あんたしか、止められないから。」 新子はくぎを刺すように俺に言った。 分かってる…俺は止めるつもりはある。 ただ、その時、体が動けば…だが。 ナルちゃんの気迫の強さにたじろぐ。 あんな強い物言いするんなんて… 窓から外を眺めるナルちゃんを見る。 あんな風に普段は話すの?兄貴には、話すの? ナルちゃん…

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