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第4話-2
「あ~、お母さん、来た!」
窓を見ていたナルちゃんが喜んでこちらを見る。
それはいつものナルちゃんで、俺も彼の笑顔に微笑み返す。
俺の手を握って階段を下りて母親を迎えに行く。
1台の車が停まり、中から小柄な女性が出てくる。
表情は硬くて、ビクビクと怯えている。
ナルちゃんは俺から手を離すと、その母親の手を握った。
「あ…」
短く声を出して、母親が戸惑っていると、ナルちゃんが笑いながら母親に言った。
「良助君、めちゃくちゃ良い子だね。」
その言葉を聞いて、母親はこみ上げて泣いた。
自分がやった事への後悔の涙なのか…それとも、責められていると感じての涙なのか、俺には分らなかった。
「嬉しいね?良助君褒められて嬉しいよね?だって、愛しているんだもん。」
ナルちゃんはそう言って、繋いだ手を手繰り寄せると母親の体を抱きしめた。
「君の子供が君に会いたいって叫んでる。愛情はちゃんと伝わっているよ。やり方を変えよう…もっと2人にとって良い方法に変えていこう。そうすれば全て変わるから。」
そう言って母親の頭を撫でた。
慟哭する様に泣く母親をナルちゃんは優しく包んで愛した。
良助君の居る部屋に母親を通す。
母親を見ると少し緊張して体の固まる良助君。
そうだろう…散々虐待を受けたんだ…怖いに決まっている。
「お母さん、来てくれたよ?」
ナルちゃんが母親の背中を押しながら部屋に入る。
「良助…ごめんね。」
シトシト泣く母親に緊張気味の良助君が頷いた。
こんなの茶番だ…
「ナルちゃん、これで気が済んだ?この子はまた虐待されるよ。」
俺は我慢出来ずにそう言った。
俺の方に微笑むと、ナルちゃんが良助君の隣に母親を座らせていった。
「こことここはまだつながっている。」
そう言って、良助君のへそと母親のへそを指さして言う。
「何で叩いちゃうの?」
「…ごめんなさい」
「謝る事ない。だって、この子はまだ6歳。神の子だ。死んでも神様に愛される。」
何てこと言うんだ…!
俺が憤るとナルちゃんは俺に視線を向けて、待って。と目で言った。
「怒らないよ。君のした事も、君が思った思いにも、誰も怒らない。」
そう言って頭を撫でて母親の顔を見て言う。
「人は自分を写しながら人を育てる。君は自分が嫌いなの?満たされるのが怖いの?」
「…良助、私の子供…他人に何が分かるの?この子がいけないから、ダメな事するから叱ったの。そうしたら、体が、気持ちが止まらなくなって…どんどん…泣いて、黙るまで殴ってしまう…」
そうか…と言ってナルちゃんは続けて話す。
「叩いて泣く子はこの子なの?それとも、君なの?」
母親の手を握って手のひらを手でさする。
「この手は痛くならないの?」
「痛くなる…痛くなる…!!」
母親が顔を崩して慟哭して泣き叫ぶ。
「良い事を教えてあげる。この子は君が産んだけど、君ではないんだ。神様から命を頂いて産まれてきている神の子だ。君はこの白い紙を自由に描いて育てる事が出来る。もちろん破り捨てることだって出来る。それは君に委ねられてる。自分の知っている物ばかり描くと、まるで自分のように感じてしまうんだろう…全く別の魂なのに。」
そう言ってナルちゃんは母親の頬を包んで目を覗き込んだ。
「その紙を破っても構わない。それが本当に君のしたい事なのか、もう一度考えて?もし、違うなら、愛してあげて?やり方はとても簡単だ。君の知らない事を想像してこの子に描くんだ。知ってる事じゃなくて、知らない事を描いてあげて。」
「私だって、親に虐待されてきたんだ!なのに…何で、何でこの子は守られるの?私ばかり怒られて、酷い親だと責められる!私ばかり、私ばかり…!!」
「君も守られている。ナルちゃんが守ってる。」
そう言って母親を抱きしめると、先ほどよりも強い口調になってナルちゃんは言った。
「君は自分で選べるんだ。すべてを。虐待されたからどうした。そんな物に縋るな。そんな物、捨ててしまえ!そんな物、断ち切れ!君の親と、君は別なんだから。同じ絵を描かれていたとしても、嫌なら消して描き直せば良い。それが君にはできる。だって、君はもう大人だから。そんな事で自分を憐れむな。こんなに大きくなるまで育って、自分で生きてきたじゃないか。君は立派だ。憐れむ対象ではない。」
そう思わない?
そう言ってポロポロと大粒の涙を落とす母親の顔を覗き込む。
「君が子供の頃に受けた事を、この子に返さなくてはいけないルールはない。どうしたら愛せるのか分からないなら、迷わず他の人を見ればいい。真似してこの子に描いてみればいい。君が幼いころに感じた恐怖を、この子に感じさせなくてはいけないルールなんて、ない。」
ナルちゃんは良助君と母親を向かい合わせに座らせると、にっこり笑って言った。
「お母さんがナルちゃんに怒られていると思って悲しんでいる。優しい子だ。君に似て、とても優しい子だ。この子のこういう所は君からもらった宝物だ。もし良助君が悪い事をしたら、怒るんじゃなくて諭せ。そしてありのままを愛して、自分がされなかった事をこの子で満たして。全く違う絵を描いてあげるんだ。分かるよね?」
母親は、わーーーっ!と叫んで泣き崩れる。
良助君はそんな母親にしがみ付いて同じように声を出して泣いている。
2人の傍から離れて、ナルちゃんは俺の隣に座った。
「神様は生まれる前だけ…あとは人間の御業だ。良くも悪くも触れる針子みたいに、誰だって弱くて…誰だって強いんだ。善悪じゃない。損得じゃない。そこに居て愛しいと思うなら、それは愛だ。」
圭ちゃん…と俺の名前を呼んで言う。
「圭ちゃんの言う通りだ。後であの人には謝らないといけないね。ナルちゃん、嫌だったんだ。子供を親から離すことが嫌だった…。やり方を変えればこんなに苦しむ事も無いのに…なんで、なんでこんなひどいことが出来るのか…分からなかった…」
俺の手を取って握るナルちゃんの手が震えている。
ポロポロと涙を落として苦しんでいる。
「これで本当に虐待も霊障も終わると思うの?」
ナルちゃんの涙を手で掬って拭いてやる。
「終わる…もうこのお母さんは人が言う“良いお母さん”になったから…でも、良いって…良いってなんだよ…苦しんでいただけなのに…あんまりだ。酷いよ…助けもしないで…酷いよ…」
そう言って俺にしがみ付くと声を上げて泣いた。
「圭ちゃんも、苦しんでるだけだよ。悪くないよ。ナルちゃんが間違ってた。ごめんね。ごめんね。圭ちゃん、ごめんね。」
ナルちゃん…
泣いて母親に会いたがる良助君を見て、まるで自分の様だと思った。
ナルちゃんを独占したくて、兄貴から離れた後10年も彼を独り占めしている…
ナルちゃんと兄貴は愛し合っているのに…嫌だと、ごねて10年も経過している。
だから、あの時、実家に迎えに来たのかな…
俺がナルちゃんに会いたいって…
泣いていると思って…
本当に俺を迎えに来てくれたのかな…
「良助君、もしまたお母さんに会いたくなったら手紙を書きな。文字を書いてそこに思いを乗せて、書くんだよ?そうすれば、気持ちがすっきりして楽になるからね。」
良助君の頭を撫でると、彼はナルちゃんに抱きついて元気に返事した。
立花先生も驚いてその様子を見ている。
母親はまた施設に戻ってリハビリを続ける。
初めて見た時よりも心なしか表情に力がこもって、穏やかな目をしていた。
母親への心配がなくなって、安堵したのか?
周りの子供に囲まれて笑う彼の表情から、もう1人で過ごす事も無くなるかもしれないと、楽観的に思った。
そう思う程に良助君は母親同様に表情に力が戻り、張りのある声を出した。
それほどナルちゃんの荒治療は効果てきめんに彼らの心に響いた。
「おばちゃん…ごめんなさい…」
頭を下げて立花先生に謝るナルちゃんに、先生が言った。
「あなたも、何か抱えているなら誰かに聞いてもらうと楽になるよ?本当に不思議な子。勉強になりました。咎めるな…諭せ。私はこの言葉が気に入りました。ありがとう。あなたも、ありがとう。」
俺に視線をあてて一礼する立花先生にペコリと頭を下げて、俺達は車に向かって歩いた。
車についてナルちゃんを助手席に乗せてシートベルトを締めてあげるため覆い被さる。
「なんで、あの時…」
「ん?」
ふと気になったことを聞く。
「なんで、絵を描いていた子に怒るような顔したの?」
俺がそう聞くと、ナルちゃんは、ん~と思い出してるアホ面をした。
「あぁ!あれは、あの子がああすると同情してもらえるって、思ってやっていたから。憐れみや同情は何も生まない。相手を癒さないで傷つける。するなら共感の方が良い。共に感じて、共に喜んで、共に悲しむ…ナルちゃんはそっちの方が好きだ。」
そうだね…あの親子にもそうしていたよね。
俺にも…そうしてる。
きっと、兄貴にも…
立花先生の言った言葉を思い出して、聞いてみた。
「ナルちゃんの思いに共感してくれるのは、誰?」
すると、彼はひとさし指を立てて言った。
「神様」
俺は聞いた事を後悔した。
彼が神様の使いだと…
ハッキリ分かってしまったから…
シートベルトをはめた姿勢で固まる俺に彼は小さな声で言う。
「内緒だよ?」
あっけなく、そして突然に
10年に渡る調査が終わった…
この人は間違いなく神の御使いだ。
審神者しなければいけない…新子の言葉が現実味を帯びる。
運転席に座り、ヘッドフォンを付けるナルちゃんを横目に見る。
俺が兄貴に言わなければ…
神の意志など知ろうとしなければ…
このまま、まだこのまま一緒に居られるのかな…
まだ、離れたくないよ。
ナルちゃん、愛しているんだ。
「圭ちゃん、キタキタラーメン残ってる?」
「残ってるよ。」
「わ~い」
神の使いが喜多方ラーメンが好きなのか…
納豆を変な食い方するのか…
可愛いんだな…
「ナルちゃん。俺はナルちゃんが神の御使いでも、悪戯するし、ベタベタするし、愛してるし、離さないよ?」
「あはは、圭ちゃん。えっちだね。」
ナルちゃんはそう言って俺を見る。
俺は前を向いているけど、ナルちゃんの視線を感じてる。
「兄貴にも言わない。今までだって、ナルちゃんの不思議パワーの事、報告してないから。あいつは知らない。そして、神様の意思も知りたくもない。俺はこのままナルちゃんを独占して、爺になって死ぬまで、ずっと離さないから。」
俺の声が震えている。
何でだろう…ナルちゃんが怖い訳じゃない。
恐ろしい事を言う…自分が、怖いのか…
「慎は知ってるよ。ナルちゃんの事知ってる。最初に教えた。愛してるから、教えた。」
胸が痛いよ…ナルちゃん
「ふふ、ナルちゃん愛なんて知ってるの?神様の御使いなのに、そんなに欲にまみれていいの?兄貴だって、神主なのに…巫なんて言ってるのに…欲に溺れてさ…」
俺は少し意地悪にナルちゃんに言った。
「圭ちゃん、愛は欲じゃないよ。そして、慎はナルちゃんを圭ちゃんに預けたよ。その意味、分かってくれるよね…」
やめろよ…俺のナルちゃんは…
そんなに大人じゃない!
俺は前を走る文二の車から離れて、違う道に入った。
急ハンドルにタイヤが鳴っても、ナルちゃんの体が揺れても構わない。
このまま…このまま…一緒に…
「あいつはナルちゃんを避けて傷つけた!実験みたいなことをして、ナルちゃんを虐めた!俺のナルちゃんを…勝手に愛して、抱いた!なのに、なんで俺じゃなくて兄貴なんだよ!ナルちゃん!ナルちゃんを愛してるのは俺だろ!俺だろ!」
ナルちゃんがシートベルトを外して俺の体に抱きついた。
俺はナルちゃんがシートベルトを外したから、危なくて、車を路肩に止めた。
「ナルちゃん…シートベルト付けて…」
「圭ちゃん…圭ちゃん…!」
俺を抱きしめて何度も名前を呼んでくる。
「何で…なんで俺じゃダメなの…ナルちゃん、悲しくて死にそうだよ…」
俺に抱きつくナルちゃんを抱きしめてキスする。
「圭ちゃ…ん」
呼んでもダメだよ…俺にはもう良心なんてない。
自分の為に今ここでナルちゃんを犯してやる…
俺は車のシートを後ろに下げてナルちゃんを膝に乗せる。
「圭ちゃん、やだ…やめよう、こんなことしても…傷つくだけだ!」
俺はナルちゃんを後ろから抱いて、服の下に手を入れて体を撫でた。
「圭ちゃん!圭ちゃん!ナルちゃんを守ってよ!」
畜生…
俺の手を掴んで体を屈めて、ナルちゃんが悲鳴のように叫ぶ。
「何でダメなの…兄貴には触らせるのに…」
すっかり放心した俺は、車のシートに預ける様に体を沈めた。
体から手を離した俺を振り返ると、ナルちゃんが体を向き直して俺に跨って座る。
「もう、良いよ。ごめんね、ナルちゃん…もうしない…」
そう言って視線を外して窓の外を見る。
あぁ…月が奇麗だ…
「圭ちゃん…ナルちゃんを抱くのは簡単だよ。でも、それは圭ちゃんに良くない事だ。だって、こんなに罪悪感で汚れていくじゃないか…。圭ちゃん…圭ちゃんが汚れていくのが、ナルちゃんは嫌なんだ…」
「俺はもともと綺麗じゃないよ。兄貴に劣等感を持った卑屈な弟だ。」
そう言って俺を見るナルちゃんの頬を撫でてキスする。
「圭ちゃんはナルちゃんを守ってくれる。圭ちゃんは怖くても、ナルちゃんの為なら一緒に立ち向かってくれる。圭ちゃん…大好きだよ。強くて優しい、君が好きだ。」
ナルちゃん…
堪らなくなって、ナルちゃんに舌を入れてキスする。
彼はそれを受けて、俺の肩に手を滑らせて背中を抱いた。
「良いの?ナルちゃん…俺、ナルちゃんを抱くよ?」
キスを外して、うっとりするナルちゃんの目を間近に見て話しかける。
月明かりがキラキラと潤んだ瞳に映って、美しかった。
ナルちゃんは表情を変えずに、まっすぐ俺を見て言う。
「傷つくよ…良いの?自分の物にならないと、今以上に傷つくよ…?それでもいいなら好きにしたらいい。俺は君の事、好きだよ。だが、愛してはいない。俺が愛しているのは、慎だけだから…それでもいいなら、抱いてくれ。」
ナルちゃん…!!
俺は彼の服に手を入れて愛を乗せて彼にキスする。
このまま殺してしまいたい。
彼の服をまくり上げて、体にキスする。
手に吸い付くような、しっとりとした肌に興奮する。
柔らかくて、暖かくて、ナルちゃんの肌だ。
「圭ちゃん…はぁはぁ…圭ちゃん…」
小さく俺の名前を呼んで、止めようとしてるの?
それとも、少しでも愛してくれてるの?
「ナルちゃん!愛してる…!このまま一緒に死のう…」
俺はナルちゃんの中に入って、激しく彼を求める。
「あぁっ!圭ちゃん…!…んん、あぁああ!」
ナルちゃんの、こんな声…聴けると思わなかったよ。
愛してる。
愛してるよ…。
俺の、じゃないナルちゃん…
俺はナルちゃんを、念願の愛しいナルちゃんを抱いた…
それはとても甘くて、官能的で、俺の思っていたものよりも強くて優しかった。
車のシートで、ナルちゃんが俺の上に乗って笑いかけてくる。
愛した…俺は彼を愛した…
この腰も、この胸も…ナルちゃんの中も…全て愛した。
抱きしめて彼にキスする。
堪らないよ…
こんなに甘いのに、情事は終わってしまう。
時間が過ぎていく。
このまま死んでしまいたい…
「圭ちゃん、御霊の話をしよう。ナルちゃんからの御言葉だ。人には御霊がある。神様がこの世に人を生み降ろすときに、その中に神様は自分を少し入れるんだ。丸い魂に丸い点が入ったもの。これが御霊。君たちはいつも神様と一緒なんだよ?でも、たまに神様が自分を入れ忘れた御霊がある。それが君だ。だから、君の中にナルちゃんを入れてあげる。圭吾の御霊の丸い点はナルちゃんだ。忘れるな。迷ったり、今みたいに死にたくなったら、その丸い点を見つめて、感じろ。ナルちゃんはいつでもそこに居るから…。これで、いつでも一緒だ。」
そうだろ?と首を傾げてナルちゃんが言う。
俺の中に熱い物が込み上げてくる。
俺は彼に抱きついて泣いた。
いつでも一緒…ナルちゃんと、いつでも一緒なんだ…
こんなの詭弁なのに、ストンと俺の心に落ちた言葉。
信じてしまう言葉。
これが神の御業なのかな…
俺は救われたって…その時感じた。
「ナルちゃん…愛してるよ…ずっと、ずっと…愛してる。」
別れが近いのを感じて、さっきまで地団太を踏んでごねた自分が、やけに素直に受け入れる。彼との別れを…彼が居なくなることを…
受け入れてしまうんだもの…
神様。
俺にナルちゃんを会わせてくれてありがとう。
俺の御霊に神様を入れないでくれてありがとう。
これで俺はずっとナルちゃんと一緒だ…
「ナルちゃん、神様の所に帰ろうか…」
「は~い」
そう言ってクスクス笑うナルちゃんを助手席に戻して、俺は車を元来た道に戻す。
隣にはヘッドフォンを付けたナルちゃんが、いつもの様に座っている。
愛しい…俺のじゃないナルちゃん
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