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第5話-1

「あおん。あお~ん」 まいったな…取り合えず寒いから、何か着せてあげよう…。 俺は羽織っていたコートを脱ぐと全裸の少年にかけた。 少年は俺に抱きついて、スリスリと頬を寄せてくる。 「あ、ちょっと…まって、圭吾?圭吾?あぁ、まいったな…」 その子はキョトンとした顔で俺を見て首を傾げると、足元に生える草をむしって掌に乗せて見せてきた。 「ん?」 息をスーッと小さく息を吸うと、草が一気に枯れて縮んだ。 「…君は、誰?」 俺の問いに答える前に、彼はフラフラと前のめりになって倒れ込んでしまった。 俺はその子を抱きかかえて玄関に向かった。 この人は、もしかしたら人じゃないかもしれない… 玄関で圭吾に会った。 「圭吾、お父さん呼んで!」 そう言って、彼を家に上げた。 どんどん顔色が悪くなっていく気がして、気が狂いそうになる。 初めて会ったのに、なんでこんなに気持ちが乱れるのか… 自分で自分の感情に翻弄された。 「慎!誰だ?」 「分からない…!でも、弱ってる!」 父は俺の腕の中の彼の顔を覗くと、やはり首を傾げて呟いた。 「何者だ…」 神職のみ入ることのできる部屋を父に指定されて、俺は急いで向かった。 既にそこには圭吾が立っていて、俺に話しかける。 しかし、腕の中の彼が気になって、早くどうにかしてあげたくて、立ち止まることが出来なかった。 祭壇の前に膝まづいて、彼を見下ろす。 虚ろに開いた目から涙が落ちて、震える白い手でオレの頬を撫でると言った。 「慎、会いたかった…」 全身に鳥肌が立って、周りの音が聞こえなくなった。 まるで巫かんなぎの時のように、神経が鈍くなってぼやけていく。 腕の中のこの人と混ざって溶けてしまいそうな感覚に陥って行く。 「慎、誰だ?」 頭の上から父の声がして我に返る。 視線を戻すと彼は目を瞑って眠っていた。 「分からない…この人が何なのか、分からない…」 子供の頃、神の啓示を受けてから… 絶大な霊的能力を宿したはずの俺でも分からない。 正体不明の彼は…いったい、何者なんだ… なぜ、俺の名前を知っていたんだろう… 「眠っているようだな…邪な感じはしないが、美しい者に化ける必要のある者かもしれん。油断するな。」 すっかり腕の中の彼に見とれる俺に父が言った。 滑らかな肌に美しい顔立ち。 一時は白くなった唇も、祭壇の前に来た頃から比べると、大分血色を取り戻してピンクに色づく。 誰も居なくなった部屋で、腕の中の彼を眺める。 「美しい…」 そう言って頬を撫でて愛でる。 なぜ、俺の名前を知っていたの…? 誰かが持ってきた下着を履かせ、Tシャツを着せてあげる。 寝巻をもらって彼に着せてあげる。 「ふふ、可愛いな…」 俺がそう言うと、まるで聞こえているみたいに口元を緩めて笑った。 しばらくして、父が戻って俺に言った。 「今日はここに置いておく。目覚めた時の事も考えて、出仕しゅっしを何人か置いておこう」 そう言う父の言葉に、俺は言った。 「今日は私がここに居ます。念のため、出仕を2名ほど外にお願いします。」 そう言って用意された布団に寝かせてやる。 軽いんだ…まるで体重がないみたいに軽い。 「圭吾は?」 弟の存在を思い出して、父に尋ねると、もう寝た。と言った。 時刻を見ると午前1:00を回ったところだ。 随分、この人に見惚れてしまっていたようだ… 布団に眠る彼の隣に座って、彼を調べる。 見た目は美しく、身長はほどほどに高い。 体重は細い四肢から見ても軽いだろう。 言葉が話せないと思ったら、俺の名前を呼んで言った。 会いたかった… 一体どういう意味なんだろう… 瞑想して彼の正体を探ろうとしても、気が散ってしまい瞑想が出来ない… こんな事、今までなかったのに… 彼の寝顔を見て口元が緩む。 「本当に愛しいな…」 「唸るちゃんだ!この子は唸るから唸るちゃんだ!」 圭吾が勝手にあだ名を付けて呼び始めた。 祭壇の前で俺に話しかけたのに、彼はあれ以来、言葉を話さなかった。 「唸るちゃん…」 俺が小さく呼ぶと俺の方を見て微笑んだ。 可愛い… この手に抱きしめたい。 そんな欲求を抱いた自分に戸惑う。 一体何の感情だろうか… そんな気持ち、今まで抱いたことも無いのに… “唸るちゃん”は圭吾の良いおもちゃになって、いつも彼の傍には圭吾が居た。 「唸るちゃん、一緒においで!」 「唸るちゃん、教えてあげる。」 「唸るちゃん、可愛いね!」 俺は初めて嫉妬した。 「唸るちゃん、お箸はこうやって持つんだよ?」 食事の時に彼の横に座って肌に触れて、彼の口に触れて、苛ついた。 「圭吾、構いすぎだ…!」 俺の言葉を聞いた圭吾は驚いてこちらを見た。 自分でも驚いたんだ。 こんなに強く言うつもりはなかったから… 日に日に彼への思いは強くなり、初めて会った時から程なくして、俺は自分の恋心に気付いた。 俺は彼に恋をしている… これから神職の上の位を目指していかなければいけないのに、完全に勢いを失って、彼への思いで恋焦がれる毎日を送っている。 …間違っている。 正体も分からない彼に何故惹かれるのか… 見た目の美しさなのか… 話せないもどかしさからなのか… 圭吾の恋人のように扱われることに激しく嫉妬して、彼との距離が生じていく事に酷く焦った。 初めに言われた、あのひと言が…俺の支えとなっていく。 「慎…会いたかった…そう言っただろ?どうして?」 圭吾は友達と遊びに行った。 秋の夕暮れ時 札に梵字を落とす俺の傍で、寝転がって微睡む彼に聞いた。 「言った…」 やっぱり…この人は話せるんだ… 「どういう意味なの?」 筆を置いて、体ごと彼の方に向き直す。 目の前に体を起こした彼が居て、驚いて身を引く俺にキスする。 何てことだ… 愛しいよ… そのまま彼に押し倒されて上から見下ろされる。 「慎…ごめんね、好きなんだ…慎が大好きなんだ…」 恍惚とした表情で、俺を見下ろして彼が泣く。 体に触れる彼の肉が…堪らなく欲しくて… 俺は彼を床に押し倒した。 「お前は何者なの?言ってよ…」 そんな言葉と裏腹に、俺は彼が欲しくてたまらなかった。 俺に押し倒されて、髪の毛が乱れた彼は夕陽に照らされて、とても美しい… このまま抱いてしまいたい… このまま俺だけのものにしたい! そんな欲にまみれていく自分が… 本来の道を踏み外していく事が怖かった… 「慎…愛してる」 うっとりとした表情で、彼が俺の首に手を回して再びキスする。 舌が入ってきて頭がクラクラする…。 このまま溺れてしまいたい… この人に、この快楽に…溺れていきたい。 中庭の木から鳥が飛び立って音を立てる。 ハッと我に返って覆い被さった体を退かして、彼を解放する。 立ち上がって、その場を離れる。 一緒に居てはいけない…本能でそう感じた。 一緒に居ると、俺は簡単に彼に溺れる… 巫の御勤めも、神の御信託も受け取れなくなる… それが怖くて…俺は彼を避けた… 「慎…何処に行くの?」 圭吾の居ないときの彼は、縁側に居るか、俺の傍に… 俺の傍に来て、俺を静かに眺めていた。 そっけなく、避ける俺の傍で、俺に触れては傷ついていた… 彼が傷つくと、俺の胸も痛んで、一緒に傷ついた… 朝日が昇る前、縁側に座る彼を見つけた。 まだ肌寒い時期なのに、素足を揺らして地面を撫でる様に蹴って、徐々に明るくなる空を眺めていた。 「おはよう…」 声を掛けるとこちらを見て微笑んで、おはよう…と言った。 悲しそうに視線を朝日に戻すと、同じように足を揺らし始めた。 「圭吾の前だと、随分幼く演技をするんだな…何を企んでるの?」 目も見ずにそう言い放つ俺の言葉に、俯いて彼は笑った。 「ちがう…圭ちゃんが…そう望むから、そうしているだけだ。」 俺の方に視線を向けて話す。 その、悲しそうな目に心が乱れる。 俺はすぐに視線を外して落とす。 「慎…胸が痛いよ…どうしたら良いの…」 そう言う彼の声は苦しんでいて、その声を聴いた俺の胸も痛く、苦しくなった。 「あの日…神おろしをしただろ…」 ポツリと彼が言う。 「それで、俺が来た…吽の狛犬だ…俺は狛犬だ…」 力なくそう呟いて項垂れた。 阿吽の狛犬。 左右に鎮座して神社を守る狛犬。 阿吽の呼吸と同じ、阿吽の獅子と狛犬。 一頭は阿の形。口を開けた獅子で、もう一頭は吽の形。口を閉じた角のある狛犬だ… 始まりが阿…終わりを意味する吽。 お前がそうだというのか… 「なぜ…」 俺がそう聞くと、彼はこちらを見上げて首を傾げた。 「分からない…」 そう言って頬を照らし始めた朝日に視線を戻して言った。 「だからずっと聞いてる。でも、答えない…まるでこれが神の御意思みたいに…」 そう言って優しく笑うと、立ち上がって俺の前に歩いてきた。 「神のまにまに…委ねようじゃないか…」 そう言って俺を見上げる彼は、朝日を浴びて、美しくて、神々しかった… 「俺は…委ねるわけにはいかない…使命がある。」 俺を通り過ぎて行く彼の背中に話す。 「巫の御勤めをして、神の御神託を伝えなければいけない。それが、俺の役目だからだ。お前といるとそれが出来ない…!お前に気を取られてしまって…出来ないんだ!なぜか分からないが、お前が気になって仕方がない…。こんな事では、お役目を果たせない…!」 「そこに居て…愛おしいと思うのなら、それは愛だ。」 そう言って俺の方を振り返ると、優しく微笑んで言った。 「お前は、俺を愛してるんだ。」 堪らなくなって、俺は彼の体を抱きしめた。 「愛してる…!ナル、お前を愛してる…!!」 俺の背中に手を回して抱きしめると、彼が言う。 「お前は神おろしを終わらせなくてはいけない…いつか、俺を上に返すんだ。このままここに留まる事は出来ない。慎、なぜだろう…お前がとても愛おしいんだ。離れたくなくて、ずっと…自分の事を言えなかった…。不思議だな…巡っているのかな…前にもこんな気持ちになった記憶がある。」 俺の胸に顔を寄せて、クスクスと笑う彼に心が奪われる。 もう、このまま…一緒に逃げてしまいたい… 強く抱きしめて愛を伝えても、伝えきれないくらいに愛おしい。 「どうすれば…いいんだ…」 苦しすぎて吐きそうだ。 腕の中の彼を見ると、嬉しそうに俺を見上げて頬を撫でた。 「気のすむまで考えればいい…俺はそれまでここに居よう…愛するお前の傍で」 そう言うと俺の腕から離れていく。 「ナル」 呼び止めても彼は振り返らず、太陽を見ながら縁側を進んでいく。 すれ違う様に、朝の御勤めを始める出仕が現れた。 「おはようございます。」 「おはよう…」 ナル…吽の狛犬… 神おろしが終わっていない… いつか、自分が彼を天に返さなければいけない… 出来るのだろうか…自分に。 あの人と離れることなど… 「圭ちゃん、おはよう~。起きて朝だよ?」 ナルが圭吾を起こす声が聞こえる。 朝とは別人のような声。 圭吾が望むからそうしている…と言っていた。 「ナルちゃ~ん!大好き!ん~チュッチュッ!」 ふざけた圭吾がナルの頬にキスする。 笑っている彼の顔を見て、やはり胸が痛んだ。 愛しいナル…。 俺だけのナル…。 「ナルちゃん、納豆で遊ぶのダメだよ!」 まるで子供みたいにふざけて、圭吾を笑わせるのはどうして? 恋人みたいに圭吾に甘えるのはどうして? 俺を愛しているのに…俺が応えてあげないから…俺が応えれば… 違う…この人がそんな下らない感情を持つわけがない… 神の御使いなのだから… ナルを見つめる俺に圭吾が言う。 「兄貴、ナルちゃんをいやらしい目で見るな!」 「見てない。」 「見てる!それとも、また意地悪するつもりか!」 「圭ちゃん…抱っこして?」 ナルがそう言うと圭吾は、いいよ!と言って、ナルを抱きかかえて連れて行ってしまう。 いつもそうだ、圭吾が俺を責め始めると、彼は圭吾を俺から離すように誘導した。 俺の目の前に納豆のパックが2個。 「こんなに食べるなんて…ふふ」 おかしくて笑う。 狛犬が納豆だなんて…神の御使いが、俺を愛するなんて… おかしすぎて、笑える。 「なんだ、今日は、慎はご機嫌だな…」 父が現れて、食卓に座る。 「どうだ、何か分かったか?」 ナルの正体について聞かれる。 「まだ、分かりません。父さんはどう思いますか?」 「神の御使いだよ。」 護摩の件以来、父はナルを畏れている。 そうか…狛犬だから…何も効かないのか… あの人に属性なんて無いようなものだ。 またおかしくなって笑った。 「何が面白いんだ!全く!」 不気味がる父を残して、食器を洗う。 彼の食べた空の納豆も捨てる。 俺はナルを愛している… 神おろしを終わらせることは、まだ出来ない… 「慎、見て、これはなんの花?すごく大きいね」 真夏のある日、自分の背丈よりも高いヒマワリを見て、驚いたように見上げて笑った。 「ひまわりだよ…」 俺がそう言うと笑いながら言う。 「お前の方が大きいな。慎、ひまわりよりも大きい。」 そう言ってヒマワリの花の周りをゆっくり回ると、俺の周りをゆっくり回って笑う。 愛しいよ… まだお前が愛しい… 「ナル、おいで」 彼の腰を掴んで自分に引き寄せてキスする。 彼は俺の背中に手を添わせて肩を掴むと、俺のキスを受けてくれる。 甘くて、可愛くて、このままこの人と逃げ出したくなる。 将来のプレッシャーと、彼の神おろしを忘れて、 2人で遠くに逃げ出したくなる… 「ナル、このままどこかに行ってしまおうか…」 「慎がそう望むなら…」 そう言って俺の胸に顔を埋めて甘える。 愛しい人… 愛してあげられなくてごめん。 苦しくて狂いそうになる。 こんなに愛しているのに…自分の手で天に返さなくてはいけないなんて… 残酷だ。 もしも、神の御意思だとしたら、あまりに残酷すぎる。 身を引き裂かれて、死んでしまう… ナル、どうしたら良いのか…俺には分らないよ… 愛しい人。 離れたくない。 俺だけのナル。 月日は過ぎていき、ナルが家に来て3年を迎える夏。 父は病で亡くなり、俺は後を継いで宮司になった。 月の美しい夜 寝苦しくて起きてしまった俺は縁側に出て月を眺めていた。 「あれは悪い月だ」 ナルの声がして姿を探すが見つけられない。 「ナル?」 「慎、ここだよ?」 頭の上から声がして、見上げる。 縁側の屋根の上から顔を覗かせてクスクス笑う。 「危ない…降りてきて!ナル!」 慌てた俺が縁側から落ちそうになると、慌てた彼が屋根から落ちて来た。 俺は上を見ながら彼を受け取ると、そのまま庭の地面に落ちて尻もちをついた。 「あはは、慎、大丈夫?」 「大丈夫じゃない。危ないだろう?あんなところに上っちゃダメだ。怪我するぞ。」 天を見上げて彼が言う。 「今日は悪い月が出ている。だから、慎がケガをしたんだ。」 どういう理屈だ…全く 「ナル、立てない。起こしてくれ…」 俺はナルに手を差し伸べて引っ張ってもった。 「あっ!痛い!」 腰を打った様で、ズキンと激しい痛みが走って直立できなくなった… 整体に行くことを覚悟した… 「あぁ、可哀想。慎、こっちにおいで。ナルちゃんが治してあげる。」 俺は痛い腰を支えながらナルの後をついていく。 「ここで横になってよ。」 神職専用の棟に入って、座布団を敷く。 俺は言われるままにそこにうつ伏せになった。 「痛い…腰。痛い…」 「ふふ、すぐよくなるよ。」 ナルが手を当てると、お日様の日差しの様に温かい弾力のある空気が腰に当たった。それをナルが俺の腰にグッと押し込む。 体の中に温かい波が波紋のように広がって、指先、足先、頭のてっぺんがピリピリと痺れた。 「痛くなくなった…」 試しに体を起こしてみると、先ほどまでの痛みが無くなって、肩こりまで解消された。 「だろ?ナルちゃんは凄いんだ。」 そう言って笑うナルが愛しくて俺は彼の体を引き寄せた。 「お前のせいで怪我をした。ナル…愛してるよ。」 そう言って彼にキスをする。 舌を絡めたキスが気持ちよくて、彼の顔を目を開けて覗いてみた。 彼もまた同じように俺の顔を見ていて、目が合うとクスクスと笑った。 可愛い…愛しい…このまま抱いてしまいたい… 「慎…俺、お前に抱かれたい…俺を抱いてくれ…」 そう言って服を脱ぎだすナルに、俺は覆い被さって押し倒すと、彼の体を舐めて愛した。 ずっとこうしたかった。こうしてしまいたかったんだ。 俺の下で小さく喘ぐ彼を見る。 「ナル…堪らないよ…愛してる。愛してる…どうしたら良いのか分からないくらい…」 オレの頬を撫でてナルが言う。 「悪い月のせいにして、抱いてしまえ…」 俺はその助言に従って、彼を本能の赴くままに抱いた。 彼の細い腰を抱いて、彼の首にキスして、彼の中に入って、彼を愛した。 もっと早くこうしていればよかった。 こんなに愛しくて、堪らなくて、愛することがこんなに満たされるのなら、もっと早く彼を抱いてしまえばよかった。 「慎…愛してる。大好きだ…お前が大好きだ…ごめんね、慎…ごめん」 ナルが小さく泣きながら俺に謝る。 俺は彼の髪を直してキスする。 美しくて、神々しい、神の御使いを抱いている。 今だけでも、俺はこの人を全力で愛そう… 余計なことなど忘れて、ただ愛しい、この人を愛そう… 「慎…!ああぁ…!慎…愛してる…、ずっと一緒に居たいよ…慎!離れたくない!」 ナルの言葉に胸が締め付けられる。 俺も同じ気持ちだよ…愛する人。 彼の気持ちに応える様に、俺は彼の体を強く抱きしめた。 「月のせいにしない。俺は愛する人を抱いた…」 傍らに寝転がる彼を見て言った。 「慎…愛してる」 ナルはそう言うと俺の口に再びキスして唇を舐めた。 終わらない欲情がむくむくと沸き起こってまた彼を求める。 こんなに愛したら、神の元に返せない… このままずっと一緒に居たくなる… 神への畏敬の念も忘れて、狂ってしまいそうだ… 朝起きて、食卓を囲む。 目が合うと胸が締め付けられて、今すぐに彼が欲しくなる。 圭吾と話す甘い声に、嫉妬して彼に冷たくしてしまう。 どこに居るのか、誰と居るのか…何をしているのか気になって、心配で、神にあげる祝詞に気持ちが込められない。 彼の肌に触れて、いつも傍に置いて、片時も離れずに過ごしたい… 一度膨らんだ欲は、俺の思考を侵して侵食していく。 目も霞み、何も見極められなくなり、自分の無力と神の愚行に怒りを覚えた。 なぜ、ナルをよこしたのか…審神者する気にもならない… 神の御意思を伝える使命を与えられたのに、神を憎んでしまう。 神事にも、御神託にも、興味が失せていく自分が怖かった。 嫉妬に駆られて圭吾を敵視する自分が嫌だった。 離れなければならない… 彼と離れないと、おかしくなってしまう。 彼を愛したあの日から、ひと月も経たない内に俺は限界を迎えた。 苦しい胸の内をナルに伝えた… 彼は、俺がそう望むなら、と言って身を委ねた。 まるで、すべて神の意志であるかのように… 疑問も悲しみも表さないで、俺の意思に従って全てを委ねた… 「圭吾と一緒に暮らして、仕事を手伝ってやってくれ…」 「分かった」 そう言って微笑む彼は何の自信があるのか… 俺にはどうなるかなんて分からないのに、彼に迷いは一切なかった。 そうして離れて暮らすようになった。 愛するあの人を、信頼する弟に委ねて… たまに戻って来ては愛しい姿を見せてくれた。 俺の愛する人… 離れれば、良くなると思ったんだ… 目に見えなければ、思う事もないと思ったんだ。 でも、その逆で…彼への思慕は強くなってしまった。 彼を神に返すこともせず、弟と暮らさせて、間接的に傍に居た。 触れることは出来なくても、彼の生きている証拠を感じて、安堵する。 まだ、まだ、傍に居てくれ… このまま、このままずっと… そう思って、もう10年になってしまった… まだ結論を出せない。 まだ、決心がつかない… ナルの神おろしを終わらせなければいけない… もう、その時な気がする… しかし、彼を失うことが怖くて…まだ迷う。 これが神の御意思だとしたら、何の為にこんな事をするのか… 理解できない…

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