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那音は浅い眠りを繰り返しながら心地よい寝具の感触に微睡んでいた。 あの青年が部屋を出て行ってからどのくらい時間が経ったのだろう。 ゴブラン織りのカーテンが引かれているせいで、外の様子が分からない。 しかし、自分が倒れたのが病院からの帰宅途中だったことを考えると、もう夜も更けた時間であることは大体の見当がつく。 「ふぅ……」  なかなか減っていかない輸血用パックを見上げ、溜めていた息を吐き出した時だった。 先程感じたものと同じ、ひんやりとした空気が頬を撫でた。 キーンと耳鳴りが起こり、周囲の空気がピリピリしたものへと変わっていく。 (なんだろう、この感じ…) 輸血のために毛布から出ている腕の肌が粟立っている。 照明を極限まで落とした薄暗い部屋に甘いバラの香りがふわりと漂った。 「――気分はどうだ?」 突然耳元で響いた低音にビクリと肩を震わせる。 ドアが開いたことにも気付かなかったが、何よりも人の気配を全く感じなかったからだ。 その声はベッドサイドに立っていた、男である那音でさえも息を呑むほどの美貌を持った青年が発したものだった。 「――驚かせたか?紹介が遅れた。俺はこの家の主、レヴィ・アルフォードだ」 緩くウェーブのかかった黒髪と冷たい灰色の瞳が印象的な青年は、どこか神秘的で端正な顔立ちをしている。 この世に神――いや、どこか禍々しさを秘める彼には悪魔と言った方がいいだろう――が存在するならば、きっとこうなのだろうと那音は思った。 自分よりも年上であることは分かったが、彼の纏う威厳と畏怖に体が強張っていく。 「あなたが……俺を…、助けてくれた……んですか?」 乾いた唇を湿らせる事も忘れ、掠れた声で問うと、レヴィと名乗った彼はゆっくりと首を左右に振った。 「お前を助けたのは俺の親友だ」 「そう……ですか。でも、ご迷惑をおかけして……すみません」 レヴィが動くたびにむせ返るほどの甘いバラの香りが揺れる。 男性が纏う香水にしては甘く、官能的な香りだ。 絶世の美女がこの香りを纏っていたら、どんな男もその場に跪いて寵愛を望むことだろう。 「――お前は、奥山那音……だな?」 初対面であるはずの彼に突然名前を呼ばれ、那音は再び息を呑んだ。 確か、持っていたカバンにもジャケットにも名刺入れは入っていない。身元を証明するものがあるとすれば病院のICカードぐらいだろう。 それを見たとしても、こうすんなりと名前が出てくるとは思えない。 「お前のことは中沢杏美に頼まれている。どうやらその血を狙われているようだな?」 「それは……。俺にも詳しいことは分かりません。杏美さんに聞いてもはぐらかされるばかりで……。あのっ、杏美さんとお知り合いなんですか?」 レヴィはわずかに眉間に皺を寄せて、長身を前に屈めた。 動揺し、声が小さく震えていたせいか、彼には聞き取れなかったのだと思った那音は、伏目がちに「すみません」と謝った。 そんな那音の言葉などまるで気にも留めない様子で、広いベッドの端に腰掛けたレヴィは長い足を組んだ。 「――付き合いは長いな」 あの美女にしてこの美丈夫。二人が並んで歩くところを想像しただけで鳥肌が立ってくる。 実にお似合いのカップルだ。 那音はぼんやりとそんなことを考えていたが、レヴィの言葉にハッと我に返った。 「それより……気分はどうだと聞いている。いくら健康な人間でもあれだけの量の血液を一気に抜かれれば貧血を起こすのは当たり前だ。採血をしている時、不審に思わなかったのか?杏美にも言われていたはずだ。自分の血の管理はしっかりしろとな」  少しイラついたようなレヴィの口調に、少し和んだ那音の顔が再び凍り付く。  杏美の忠告を守らなかったことでこういう結果になった事は自業自得だと反省している。  しかし、なぜこんなことになったのかという理由については分からない事ばかりだ。  確かに、特別検査室の主任である大石自身が那音の採血に立ち会った。  “少量”と言った彼の言葉を信じ、身を任せていた自分。  それなのに、結果としては輸血をするほどの貧血を起こしてしまった。 「あの……どのくらい抜かれたんでしょうか?」  恐る恐る彼に問いかけると、黙ったまま輸血用パックを顎でしゃくった。 「――え?」 「約五〇〇cc……。今、輸血してるのはお前の血だ。他の者の血を入れることはしない」 「え?一体どうやって俺の血を……?採取した血液は検査に使うって……」 「本来検査に使うのなら数ccで事足りるはずだろう?それに、お前の血を使わせたら後々ロクなことにはならない」 「どうして……そんな量を?――もう、何が何だか分かんない。俺の血がどうしたっていうんだよ…」 レヴィは上体を倒しながら、羽枕に頬を埋めた那音の首筋に顔を近づけるとスンと鼻を鳴らした。 柔らかな黒い髪が那音の鼻先を掠めた。 ふわっと香るバラの香りがより強く感じられて、小さく身じろいだ。 「ほぅ……」 感嘆ともとれるような低い声を洩らすと、しなやかな指先でそっと首筋に触れた。 人間の体温とは思えない、ゾクリと背筋が凍るほど冷たい指先に那音は目を見開いて彼を見上げた。 「――怖がるな。今のお前はちょっとしたことでも過敏に反応する。それを顕著に示すのがお前の血だ。恐れれば薄くなり、満たされれば甘い香りを放つ。――どうやら杏美が言っていたことは本当だったようだ」 「ど、どういうこと……ですか?」 レヴィは指先で首筋から鎖骨に向かってそっとなぞっていく。 なにか別の生き物が這うような感触に那音の身体は粟立った。 「お前の血の効力云々は別にして。他の者に――いや、セロンには絶対に渡す気はなくなった」 「え……?セロンって……ミラード製薬の?」 「那音――俺のモノになるか?」 那音の問いかけはレヴィの甘い低音が呆気なくかき消してしまった。 レヴィの声は那音の鼓膜を心地よく震わせ、じわじわと全身に広がっていく甘い痺れにブルッと体を震わせた。先ほどより確実に強くなったバラの香りに那音は酩酊感を覚え始めた。 体に力が入らない。声を出そうにも喉が締め付けられる。それなのに息苦しさは感じられない。 彼の指が那音の着ていたワイシャツのボタンを器用に外していく。 拒むことも、叫ぶ事も出来ない那音は露わにされていく自分の胸元を見下ろして、ゴクリと唾を呑み込んだ。 ボタンがすべて外されたシャツは無防備にはだけ、レヴィは再び「ほぅ……」と感嘆の声をあげた。 那音の胸の突起を指先で転がすように、そして時に捩じり潰すように愛撫すると、それまで我慢していたものを吐き出すように、彼のピンク色の唇から艶めかしい吐息が漏れた。 執拗ともいえる愛撫にぷっくりと立ち上った乳首に冷たい唇を押し当てると、那音の体がピクリと跳ねた。 「いい香りだ……。感じているのか?ほんのりと肌が色づいている」  ねっとりと舌先で転がされ、那音は抑えていても漏れてしまう声を我慢することが出来なくなった。 「あぁ……っ」 「いい声だ……。これほど美しい肌を保っていられるのは、おそらくお前の血のおかげだろうなぁ……」 「いや……っ。はぁ……やめっ……」  ツンと上を向くように立ち上がった乳首を甘噛みしながら、ズチュリと音を立てて吸い上げる。 「ひっ……あぁ…っ」  レヴィの手がゆっくりと腹を撫でるように移動し、スラックスのウェストからするりと滑り込んだ。  驚いて目を見開くが、体の自由は奪われたままだ。  おそらく、ここに運び込まれた時に体を締め付けるネクタイとベルトを外しておいてくれたのだろう。しかし、今となってはそれがアダになってしまった。  下着越しにレヴィの掌が、先程からの愛撫で力を持ち始めていたペニスを撫で上げると、那音は耐え切れないというように内腿を小刻みに震わせた。 「――アイツの手に堕ちればロクなことにはならない。お前も……そして、この国も」  スラックスから一旦手を引き抜くと、手際よくホックを外しファスナーを下ろした。  他人にこんな辱めを受けることなど想像もしていなかった。  しかも、今日初めて会った相手に……だ。  那音は唇を噛んで、出来るだけ声を押し殺していたが、下着ごとスラックスを引き抜かれた時にはさすがに喉の奥で小さく叫んでしまった。  弾かれるようにプルンと飛び出したペニスは、情けないことに先端から透明の蜜をダラダラと溢れさせ、レヴィの愛撫を期待しているかのようにヒクヒクと動いている。  下半身は別モノ……。でも、本能には逆らえない自分がいる。 「感度もいい……。こんなに濡らして……」 「や……っ!み……見ないで……っ」 「――ヤバいな。お前の香り……理性を狂わせる」 ベッドがギシリと軋んで、立ち上がってシーツに片膝をついたレヴィは薄い唇を舐めながら、身を屈めて勃ち上がったペニスにゆっくりと顔を近づけていく。 那音は首を左右に振りながら掠れてもはや空気しか出てこない声で叫んだ。 「イヤッ!いや……だっ」  今までに何度か女性との経験はあったが、男性にこういった行為をされたことはない。  世の中にはそういったセクシャリティを持った者がいることはもちろん知っていたが、自分には縁のない話だと思っていた。  男が男を抱く……。  そんな非現実的な事が今、目の前で起こっている。しかも他人ではなく、自分自身が犯されようとしているのだ。 「や…だっ。いや……んはぁっ!」  レヴィの唇が那音のペニスをとらえ、やや小ぶりの茎を目一杯咥え込んだ。 「ひゃぁ……きた…な、い……からぁ…っ」  シャワーも浴びていない自身の体――しかも排泄器官を口に含まれているという背徳感にゾクゾクと背筋が痺れた。  それでも臆することなく、舌を絡ませてズチュッとわざと音を立てて吸い上げるレヴィを涙目で見下ろした。  那音の視線に気づいたのか、上目遣いで見上げたレヴィの灰色の瞳が徐々に青みを増していく。そして、緩くウェーブを描いた黒髪が根元から透き通る銀色へと色を変えていくのを那音は息を呑んだまま見つめていた。 (この人は……一体!)  ペニスの茎に今まで当たっていた歯とはまるで違う尖った物の感触を覚え、那音は信じられない思いで体を震わせた。 (この人はまさか……ドラッグ中毒者、なのか?)  濡れて卑猥に光るペニスから口を離したレヴィの唇の端から見え隠れしているのはまさしく牙だった。  それは長く、太く……何より美しかった。  愛おし気にペニスを掌で包み込んで根元から先端に向かって舌を這わせながら、妖艶な紫色の瞳がすっと眇められる。 「――恐れるな。お前は快楽だけを求めればいい」 「や……っ」  グチュリと卑猥な音をたてながら上下に扱き始めたレヴィに、那音は顎を上向けて声をあげた。 「あっぁ、あぁぁ……ック……はぁ、はぁ……っ」 「そうだ……。血を滾らせろ……自身の血に従え」  低くくぐもった声に応えるかのように、全身に広がった快感の波が徐々に勢いを増して押し寄せてくる。  ここのところ仕事の方が忙しくて、自慰もロクにしていなかったことを思い出し、そう長くはもたないと覚悟を決める。  一人でする時よりも何倍も気持ちがいい。  ただ動かない体がもどかしくて、何度も腰を捩じろうとするが上手く動いてくれない。  レヴィの手がだんだんと早くなり、那音は追い詰められていった。  目の前をチカチカと星が瞬き、頭が真っ白になっていく。 「いや……いや、いやっ!イ……イッちゃ……う、イッちゃう~っ。ひゃぁぁ…」  シーツから背中が浮くほど弓なりに反らし、那音は全身を小刻みに痙攣させた。  その時、腰骨のあたりに鋭い痛みが走り、一瞬だけ我に返ったが、すぐにそれも意味のないものに変わった。  ズズズ……ッと何かを啜りあげる音で、レヴィが自身の肌に牙を立てたことを悟った。 「きゃぁぁぁぁ!」  硬く長いものが深々と突き刺さった場所から、まるで毒が広がっていくかのようになんとも言えない快感が広がり、同時に扱きあげられていたペニスがビクビクと膨張した瞬間、那音は大量の白濁を溢れさせていた。  レヴィの大きくしなやかな指を粘度の高い白濁が汚していく。  それを満足そうな顔で見つめていたレヴィはゆっくりと牙を引き抜くと、赤く染まった牙に舌を這わせた。  唇の端から一筋流れ落ちる那音の血を丁寧に指先で掬いながら、小さな二つの穴から血を溢れさせている傷に唇を押し当てた。 「はぁぁ……っん」  すべてを吐き出した那音はぐったりと体を弛緩させ、シーツに身を沈めた。  白濁に汚れた指を舌先で舐めてから、レヴィは那音の両足を大きく割り開くと、その奥に慎ましく鎮座している蕾をそっと撫でた。  長く伸びた爪を一時的に縮ませると、指先をツプリと蕾に差し込んだ。 「んあぁっ」 「――処女か。ならば、なおさら大切に扱わなければならないな」  指を引き抜き、胸を上下に喘がせている那音に体を重ねるように覆いかぶさると、汗ばんだ首筋に唇を寄せた。 動けない那音の頬を冷たい手がそっと覆う。 視界に入ってきた鋭く研ぎ澄まされた長い爪を見ても、その時の那音はもう“怖い”とは感じなかった。 「レヴィ……さん」  喘ぎ疲れた喉を震わせて彼の名を囁くと、驚いたように目を見開いてレヴィが顔をあげた。 彼の薄い唇の両端に見え隠れする象牙色の牙。 今、無防備に横たわる那音を支配しているのは紛れもないバンパイアだ。 しかし、今まで何度か目にしてきたドラッガーとは違う。その端正な顔も妖艶な紫色の瞳も、すべてに非情と哀愁を纏っている。薬の効力で疑似的になった者とはまるで比べ物にならない。 「……綺麗」  自然と口をついた言葉に那音自身も驚いた。  体の自由を奪い凌辱した挙句、もしかしたら首筋を噛み切られるかもしれないというこの状況下で、その相手に対してこんな言葉が出てしまったことが酷く滑稽に思えて、那音は力なく笑った。  その笑みが儚くて、レヴィは腕の中にいるはずの那音が消えてしまいそうな恐怖を感じた。 (――もう、離せない)  喉仏に唇を押し付けて、彼の柔らかな栗色の髪を何度も梳いてやる。 「……っん」  絶頂の余韻を残す体はまだ熱く、少しの刺激で次の快楽を求めようと貪欲になる。  白く小柄な体が艶めかしく揺らめく。  この時、レヴィは今まで囚われたことのない不思議な感情を抱いていた。  初めて会った男の肌に触れ、絶頂に導いた。そんなことは、過去に男女問わず数えきれないほどしてきたことだ。  性の捌け口、血を吸うだけの行為……ただ、必要に応じて抱いてきた。  那音の蜜のような甘い血に魅せられ、手に入れたいと思ったのは確かだ。だが、その血以上にこの男を自分のモノにしたくなった。  誰にも渡したくないという独占欲が湧き上がり、その衝動に抗うことが出来ない。  どれもこれも那音の血のせいか……。 (この俺の理性を狂わせるとは……)  口づけるたびに焦点の合わない目でレヴィを見つめる。  このまま彼の処女を貫き、この白い首筋に牙を突き立てれば、確実に自分のモノにはなる。しかし、それは“隷属”として永遠に死ぬことも許されないまま“慰み者”として生きていく事しか出来ない。  意志もなく、ただこの体を自分に捧げるだけの”餌“。  体の自由を奪って、何も理解できないままの彼を苦しめるだけの行為はしたくない。 「俺のモノに……なるか?」  もう一度問う。  バンパイアのモノになるかと聞かれて、素直に「はい」と答えるものはまずいない。  魔物の手に堕ちれば、もう人間としての生活は二度と出来なくなる。  那音はゆっくりと瞼を閉じた。目尻から一筋涙が流れ落ちる。  肯定ととるか――それとも、バンパイアに魅入られた自分の運命を恨んでのことなのか。  那音の首筋から香り立つ蜜の香りが、まるで自らの花弁にミツバチを誘うかのように強くなる。  指先で乳首を弄びながら、その香りを楽しむかのように鼻を押し付けて何度も唇を寄せると、那音は顎を反らせて熱い息を吐いた。 「はぁ……ぁ……ん、んっ」  レヴィが那音の香りに酔うと同じように、那音もまた心地よいバラの香りに包まれていた。  相変わらず体は動かすことが出来ない。それなのに柔らかい羽毛に包まれているかのような優しさと、じれったいほどに与えられるキスと愛撫に身を任せていた。  ずっと、このままでいたい……。そう思ってしまうのはきっと、この男の魔力のせいなのだと思っていた。  レヴィがドラッグによる擬似バンパイアではなく、本物の魔族だとしたらそれは可能だ。  彼が何者で、どんな人物なのかも分からない。  でも――一緒にいたい。  一瞬、頭をよぎった想いが那音の目尻から涙となって溢れた。  次々と流れる滴に気付いたレヴィは、最初は指先で、それでも拭えきれないと分かると、頬から目尻にかけてキスを繰り返した。  わずかに伸ばした舌先で滴を掬い取るように何度も何度も……。  それは那音の涙が止まるまで、長い時間ずっとそうしていた。  汗ばんだ肌が冷え、那音の体が冷たくなっていく。その温度を掌に感じたレヴィは恐怖を感じて、自分の体をさらに密着させていた。  着衣のままではあったが、次第に戻ってくる温かさにホッと息を吐いた。 「――参ったな。どうやら堕ちたみたいだ」  掠れ声で囁いたレヴィを見上げて那音は唇を震わせた。  文句の一つでも言いたいのか……。出来ることならキスを強請って欲しい。  レヴィは自嘲気味に唇を緩めると、この部屋に張ってある結界をより強いものへと変えた。  力が放出したことで、冷気も香りもより強くなる。  ぶるりと微かに身を震わせた那音の顎に手をかけ、わずかに上向かせるとそのまま白い首筋に鋭い牙を穿った。 「んぁ……っ」  香り高い蜜のような甘い液体が口内に流れ込み、レヴィの体を満たしていく。  同時に那音もまた、不意に襲って来た快感に体がついて行かず、ヒクリと腰を浮かして少量の精液を吐き出した。  首筋に走った痛みよりも全身を一気に駆け巡った快感が凌駕する。  薄い皮膚を破る音がやけにリアルで、全身の血管が一ケ所に集まっていくような不思議な錯覚。 そして、耳元で聞こえる何かを啜りあげる音。 しばらくして、心臓を何かに掴み上げられるような痛みを感じて背中を弓なりに反らせる。 「うぁ……ぁ…はぁ、はっ」 体中にあり得ないほどの熱がわだかまり放出できない。途切れ途切れの呼吸を繰り返しながら、那音は体を弛緩させ意識を失った。 その背中を片腕で受け止めるようにして抱き抱えたレヴィは、白い首筋に深く食い込ませていた牙をゆっくりと引き抜いた。 傷を丁寧に舌先で舐めとると、穴はすぐに塞がり、後には赤い小さな痣が二つ残っただけだった。 那音の血で真っ赤に染まった唇を舐め、すっと目を細める。 「――人間でありながら血を与えた者を完全なバンパイアに変える力を持つ者。間違いなく始祖の血だ」  わずかに開いたままの那音の唇に血が付いたままの己の唇を強く重ね、動かない舌を執拗に愛撫した。  後ろ髪をひかれる思いで唇を離すと、レヴィは那音の額に張り付いた髪をそっとはねのけ、長い睫毛にキスをした。 そして、自分の左耳につけていたブラックダイヤモンドのピアスを外すと、意識のない那音の左の耳朶に鋭い爪の先端を押し当ててピアスごと一気につき刺した。 溢れた血を拭い、カチリと小さな音を立ててキャッチをはめ込むと、ブラックダイヤモンドが深紅に色を変えた。 その色はまさしく那音の血の色そのもので、妖しく輝き始める。 「お前の血は誰にも渡さない……」 レヴィは静かに体を起こすと、いつもより魔力が漲っている両手を広げた。 いつもなら人間の血を呑んだところでこれほどの力を蓄えることは出来ない。 今、体を巡り始めている那音の血がレヴィの本能を呼び覚ましている。 吸血行為が済めば体は満足感を得て、自然に牙も爪も短くなるのだが、なぜか欲情したままの状態が続いている。 これが那音のもつ血の力なのか――確信はなかったが、おそらくそうなのだろう。 薄い唇をわずかに開いたまま、安定した呼吸を繰り返す那音を見下ろしレヴィは髪をかきあげた。 「――惚れるなよ、か」 先程、部屋を出る時にルークに言われたことを思い出し自嘲気味に笑った。 (この俺が?こいつに惚れる?) 「――ありえないな」 ルークにはもちろんだが、周囲の者には那音に対して抱いた感情は暫く伏せておいた方がいい。 もし想い人ということがセロンに知られれば、躍起になって彼を奪おうとするだろう。 敵であるレヴィの弱点ともいえる那音を手中に収めれば、セロンはきっと無理難題な要求を突き付けてくるに違いない。 惜しくはあるが、那音の記憶もしばらく封印していた方が彼のためだ。 そっと額に口づけて、この部屋での記憶を封印する。レヴィが解除しない限り、この記憶は戻ることはない。 「那音……」 まるで愛しい恋人の名を紡ぐように囁いてレヴィは部屋をあとにした。 口の中に残る蜜のような後味を何度も確かめるようにしながら。

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