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セロン・ミラードは苛立ちを隠すことなくアルフの襟元を掴み上げると革張りのソファに突き飛ばした。 「一体どういうことだ!お前ともあろう男がこれほどのミスを犯すなんて……」 アルフは髪を乱したまま、綺麗な顔に苦痛の表情を浮かべてセロンを見上げた。 「申し訳ありません……っ。ですが、中沢杏美の研究室から彼に関するデータを持ち出すことには成功しているんですよ。それに、彼女も消した……」 「その中沢教授の行方が分かっていない。もしもお前が確実に仕留めたというのなら死体があってもおかしくないはずだ。それに、公安の連中が嗅ぎつけて我が社をマークし始めている。先日の病院での失態といい、今回といい……お前には失望させられてばかりいる」 セロンは再びアルフの襟元を掴み上げると、ネクタイを一気に引き抜き、上着とワイシャツを力任せにはだけた。 飛び散ったボタンが大理石の床に音を立てて転がる。 ラルフの白い半身が露わになり、セロンの目に欲情の色が浮かんだ。 「アルフ――お前の能力は俺が一番よく知っている。これまでこんなことはなかった。一体どうしたと言うんだ?」 つい今しがたの激高した声とはまるで違う、まるで子供をあやすかのような柔らかな口調に、アルフは身を震わせた。 セロンの骨ばった指がアルフの白い肌を撫でていく。そこには昨夜の情交の痕がくっきりと残されていた。 社長室の壁に押さえ付けられたまま、アルフは唇をきつく結んだまま顔をそむけた。 乱れた茶色い髪が白い頬に纏わりついている。 「あなたが今……欲しいのは。彼なんでしょう……?」 震える唇で一語一語吐き出すように呟いたアルフに、セロンは一瞬目を見開いたが、すぐに無表情へと戻ると口端を片方だけ上げて笑った。 「――その通りだ。俺は奥山那音を手に入れるためなら手段は選ばない。それはお前も分かっているはずだ」 「でも……っ」 「嫉妬などという小賢しい言い訳は聞きたくはない。彼が手に入れば永遠にその血は俺の自由になる。この国J・イーストすべてを我がものにするためにはアイツの血が必要だ」 指で片方の胸の突起を摘み上げ、もう片方に舌を這わせながらセロンは続けた。 「アルフォードのガキにこの国の支配権を渡すものか……。何が裏社会の支配者だ。たかがガキの遊びに付き合ってなどおれん」 「っは……あぁ…ん」 アルフは熱い吐息を洩らしながらセロンを見上げた。 わざと大きな音を立てて乳首を弄ぶ主人に、決して問うてはいけない事を口にする。 「セロン様は……あっ……彼を……伴侶にす、る…おつもり……っ…ですか…っ」 「――なに?」  セロンに抱かれることで自分の居場所を確保してきたアルフだったが、金と権力に溺れ、目の色を変えて欲しがる奥山那音の存在が疎ましくて仕方がなかった。  今の彼の目には自分の姿は映ってはいない。  そう思うだけで那音に対する嫉妬心が湧き上がり、どうにも出来なくなってしまった。  あんな人間のどこがいい?自分よりもはるかに劣るガキではないか……。  セロンのことだ。今は彼の血液に執着してはいるが、そのうち体を求め、自分好みのセックスドールに仕立てるつもりだろう。そういう人間を今まで何人も見て来た。  自分を放置して、くだらない私欲のために人間を抱くなんて……。 そういう者たちは何かと理由をつけて殺めて来たアルフだ。今回も早いうちに那音を始末しようと企んでいる。 そう――セロンが本気になる前に。 セロンの逞しい背中に手を回して抱きつくと、すでに欲情し始めていた彼の牙がアルフの胸元に深々と穿たれる。 「あぁ……っ」 強烈な快感に背中を弓なりにして声を上げた彼に追い打ちをかけるように躊躇なく牙を引きぬいて、血で赤く染まった唇で喘ぐアルフの唇を塞いだ。 ここはミラード製薬社長室。神聖なビジネスの場でありながら、貪欲に舌を絡ませる卑猥な水音とせわしない息づかいが響いている。 アルフがセロンの執事――いや情人という関係を持って二〇〇年以上になる。 その間、セロンがプライベートで何人もの男女と関係を持ったところで恐れることは一度もなかった。 しかし、奥山那音という存在はアルフにとって脅威としか思えない。 アルフはセロンの恋人ではない。だから色恋に関して彼に意見する立場はない。 長年体だけの関係と割り切っていても、いつしかセロンに惹かれ、彼に恋焦がれている自分がいた。 それを口に出すことは憚られ――いや絶対に口にしてはいけない事だった。 彼の執事として、時に右腕として、そしてセックスの相手としての自分を守らなければいけなかったからだ。 「――お前が知りたいことはそれか?」 唇を離すなりアルフの両肩を掴んでその場に跪かせた。そして自分のベルトを外しスラックスの前を寛げると、すでに形を変え反り返ったペニスを取り出して彼の口に押し込んだ。 「ぐぅ…んんっ……っぐぅ」 喉奥まで一気に攻め込まれ、呼吸もままならない。何度かえずきそうになりながらも太い茎に舌を絡めた。 「お前がどうあがこうと俺から逃げることは出来ないし、この体を手放すつもりはない。余計な詮索をするな」 大きく腰を突き出しては引くという動作を繰り返し、アルフのピンク色の唇から卑猥な塊が出入りするのを見下ろしながらセロンは薄ら笑った。 「――お前のその顔がいい」 傲慢な口調で言い放ったセロンの動きが性急なものへと変わると、飲みきれない唾液が唇の端から溢れて喉を伝い落ちる。 「ん……ぐぅぅ…っ…んっ!」 セロンが両手でアルフの頭を掴み寄せ、喉の最奥にペニスを突き立てると同時に熱い精液が放たれる。 喉を焼き尽くすほどの熱を持った迸りを、アルフはすべて受け止めて喉に流し込んだ。 青い匂いが鼻をつく。 残滓を絞り取るように先端を吸いあげながら舌で愛撫していると、力を失くしたペニスがゆっくりと引き抜かれていく。 唇から伝う白濁を指先で拭いながら、身支度を整えるセロンを見上げる。 「お前は俺の言う通りに動けばいい。分かったなら、さっさとここに奥山那音を連れてこい」 ワイシャツの前をかき合わせるようにして背筋を伸ばしたアルフは、わずかに視線を伏せた。 「――はい」 「言っておくが!――絶対に殺すなよ」 セロンは執務机に向かうと煙草を咥えて火をつけた。 鋭い猛禽類のような瞳がアルフを睨む。その視線に晒されながらアルフはよろよろと立ちあがった。 (気付いていたのか……)  自分の地位を守るために、セロンに近づいてきた人間を何人も殺めて来たこと――彼は気づいていたからこそ、アルフに釘をさしたのだ。 まだ昂ぶったまま欲望を吐き出せない自分のものが痛い。 セロンとのセックスはいつでも彼自身の独りよがりで終わる。自己満足、自己完結。 事が終わったあとで何度自分で慰めたことだろう。 「分かりました……」 乱れた髪を掌で撫でつけながら深く一礼すると、アルフは社長室をあとにした。 後ろ手にドアを閉めて、そこに凭れたまま大きく息を吐く。 (胸が苦しい……) 動いていないはずの心臓が悲鳴を上げている。それはセロンに対する想いがそうさせていると確信していた。 奥山那音……。 「――許さない」 小さく呟いたアルフの黒い瞳は燃えるような赤色に変わっていた。

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