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パリンッ!
屋敷内にある書斎にいたレヴィの目の前で、ワイングラスが粉々に砕け散った。
中に入っていた赤ワインがゆっくりと書類に染みを残しながら広がっていく。
「――那音」
嫌な胸騒ぎに突き動かされるようにスマートフォンを手にすると画面をタップする。
すぐに繋がった相手に間髪入れずに問う。
「何かあったのか?」
肩と顎に挟んだまま、ハンガーに掛けてあった黒いロングジャケットを羽織る。
電話から聞こえてくる切羽詰まった声はルークの声だ。
『くっそ!那音が拉致られた。セロン本人が動くなんて……!おいっ、レヴィ!俺とノンキに電話してる暇はないぞ!いい加減他力本願とかあり得ないだろっ!』
相当焦っているのか、最後の方は怒鳴り声に近かった。レヴィは息を切らすことなく階段を一気に駆け降りると、主の音に気付いて出てきた数人の使用人に目配せをした。
「ルーク、お前に頼るつもりはない」
冷静な口調で短く言い放つと電話を切った。
主の緊急事態にただならぬ緊張感を感じ取っていた使用人の面々にちらっと視線を走らせた。
「――出かける。留守を頼む」
「お気をつけて……」
たとえ何か良からぬことを察知していたとしても、レヴィの指示なしで勝手に動くことは許されない。
息を呑んで恭しく見送る使用人に振り返ることなく、レヴィは大きな玄関のドアを開け放つと、軽くつま先で地面を蹴った。
同時にその姿は銀色のオオワシに変わり一気に高度を上げた。
全長二メートルものオオワシはその大きな翼を羽ばたかせると、五感を研ぎ澄ませる。
(那音の香り……)
バンパイアは一度口にした血の味と香りは忘れることはない。それが愛しい者であればなおさらだ。
嗅覚は狼一族であるルークには劣るが、護符のピアスを付けた那音の場所を特定するのにはそう時間はかからない。
バサリと羽を大きく羽ばたかせ北の方角へ進路を変える。
そこはいろんな薬品の匂いに混じり、恐怖に怯える那音の香りが感じられた。
(那音……)
何度も心の中で繰り返される名……。
レヴィはセロンに対する並々ならぬ憤りを感じながらも、勘を鈍らせないために何とか冷静さを取り戻す。
那音の血の香りが薄くなり始めている。
かなり怯えている――または器となっている体から離れている証拠だ。自分が辿りつくまでに何もなければいいが……と、自分らしからぬ不安な気持ちを表に出さないようにぐっと抑えこんだ。
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