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第3話

「それより、小夜子さん、どうなの?」 「んー、なんか切迫早産とかで安静にしろって言われて寝てばっかだって。運動するなっていわれたり体重増やすなっていわれたり、妊婦って大変なんだな」 「体重増やしちゃいけないの? 妊婦なのに?」 「妊娠前プラス8キロ以内なんだってさ」 「へえ。太っていいんだと思ってた。…週末、会いに行くんでしょ?」 「明日の午後から行く。行ってもしてやれることねーけどな」 「でもきっと顔見るだけでもうれしいよ」 「だといいけどな。で、お前は? 香港はどうだった?」  祐樹は孝弘のことに触れないように気をつけながら、食事がおいしかったことや、初めて乗ったスターフェリーの夜景がきれいだったことや、香港にも海水浴場があることなんかを話した。  達樹はふんふんと聞きながら手早く食事をすませて、冷蔵庫からもう1本ビールを取り出した。  実家というのはふしぎな空間で、達樹はすでに32歳になり仕事もしっかりしていて間もなく父にもなるというのに、こうやって顔を合わせていると学生や子供だったころに戻ってしまうような気がする。  懐かしいものに囲まれるせいかもしれない。よく見知っていた食器やマグカップやダイニングテーブルの傷あと。柱の落書きや背を刻んだ目盛りまでが懐かしさを呼び起こす。  となりあった和室のほうからテレビの音がしていて、それを見ながら何か話している両親の声が切れ切れに聞こえる。  何年もまえから同じ光景を見ていて、いまもそれが続いているというのがふしぎだった。両親は互いに飽きたりしないのだろうか。  ぼんやりと考えながらビールを飲んでいると、達樹がいきなり訊いた。 「で、祐樹。香港、だれと行ってた?」 「え?」  不意打ちでストレートに突っ込まれて祐樹はうろたえた。 「だれって…ひとりで行ったよ」  行きはひとりで出発したから嘘ではない。 「ほんとに?」 「え、なんで疑うの?」 「だってお前、明らかに祐樹のチョイスと思えないみやげ持ってきてさ、香港のこともなんか楽しそうに話してるし、海水浴場とか絶対行かなさそうな場所だし、そりゃだれかと一緒だったと思うだろーが」  思わぬ達樹の突っ込みに、祐樹は地味にダメージをくらった。  楽しそう?   そんなに顔に出てた?   え、ちょっと恥ずかしすぎるんだけど。  かっと顔が赤くなるのがわかった。 「うわ、なんだよ、その顔!」  達樹はにやりと人のよくない笑みを浮かべた。 「ほら、きりきり吐け。恋人か? そうなんだろ」 「あー、まあ。うん」  とうていごまかせないと観念して、祐樹は仕方なくうなずいた。

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