7 / 9

第7話

「おれは初めての中国で、中国語はもちろん話せないし、なんにも知らなくて。赴任後、1週間で通訳に逃げられるって羽目になったんだ。それもメーカーの担当者にアテンドしなきゃいけないその当日に…」  達樹に向かって話しながら、懐かしい日々のことを祐樹は思い出した。  孝弘に再会するまで心の奥底にしまいこんで、思い出すことも封じていたのに、こうして話してみれば驚くほど何もかも覚えていた。  びっくりの連続だった王府井大街、目を奪われた意志の強そうな顔、心のなかでは舞い上がっていた長城、シンプルな生活を見た留学生寮。  朝食鍋に爆笑したあかるい笑顔、一緒にでかけた北京の街や公園や夜市の喧騒、職場で見た真剣に仕事をする姿、すらすらと通訳をする頼もしい横顔。  怒ったような顔でされた告白、大きな手で作ってくれた家庭料理、そっとやさしく触れてきた唇、泣きそうな気持ちで抱かれた満月の夜…。  次々にあふれてくる思い出を、達樹に聞かせて不都合でない部分だけを選んで話しながら、じんわりと顔が熱くなってくる。  だれにもこんな詳しい恋愛の話をしたことはない。  当然恥ずかしさはあった。  それでも達樹に知っていて欲しいと思った。  どんな出来事があって気持ちを動かされて、なぜ孝弘を選んだのかを。  まだ口約束とはいえ将来を孝弘は口にした。考えなしにそんなことを口に出す孝弘ではない。いずれ孝弘は祐樹の唯一絶対のパートナーになるだろう。  精神的、身体的なつながりにとどまらず、もっと確実なつながりを求めている口ぶりだった。  ゲイでもない孝弘がそこまで考えているらしいことには驚いたが、祐樹もすでにその覚悟は決めている。もしいつか法的手段で孝弘が祐樹を求めてくるなら、それに応えようと決めている。  いまはまだ両親には打ち明けられないが、いずれやってくるその時に、身内にひとりだけでも理解者が欲しかった。  長兄と次兄がどういう反応をするのか、祐樹はいまひとつわからない。長兄は考え直せとか説教するような気もするし、次兄は案外あっさりそうなんだと言ってくれる気もする。  そうはならないだろうと思うが、両親が激怒して縁を切るなどという話になれば、それも仕方ないと受け入れる覚悟もしていた。  孝弘を選ぶためにそうするしかないのであれば。それでも孝弘の手を離すことはできないと、もう知っているから。

ともだちにシェアしよう!