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第5話
ステップアップのための転職が当たり前の香港人に、会社に忠誠をささげている日本の企業戦士が奇妙に見えることくらい孝弘もわかっている。
通訳やアテンドでつく日本人ビジネスマンはたいてい会社の方針に忠実だった。それこそなんで?と首をかしげてしまうくらいに。
「まったくだな。俺は日本企業には就職しなくて正解だったよ」
「ぞぞむ! いつ北京に?」
背後から話に割り込んできたのは、佐々木啓太だった。よおといつものように声をかけて席に座った。孝弘が驚いて苦笑するのに、レオンが返事をした。
「せっかくだから、3人で話そうと思って呼んだんだ」
あっさり言うが、きのうは南昌にいたはずだ。さすがのフットワークの軽さだというべきだろうか。
「つーか孝弘。前回はひどいよな。祐樹さん、同じホテルにいたってのに知らせてくれないで」
いきなりぞぞむから責められて、孝弘は気まずい顔になる。
「いやちょっと、あの出張中はマジでいろいろありすぎて。会わせたくてもそれどころじゃなかったって言うか…、ほんとめちゃくちゃな出張だったから」
前回というのは、祐樹と再会した3週間の出張中の話だ。
出張中に急きょ北京に戻ることになったから、たまたま北京に来ていたぞぞむとホテルのバーで落ち合って、買い付けを検討している新疆葡萄酒の件で意見交換をしたのだ。
ところがその日はぞぞむとの待合わせの前にエレベーターが停電するというアクシデントが起きて、祐樹と真っ暗ななかでキスをしたら気持ちが暴走してしまって、祐樹を部屋に連れ込んでベッドで触りあってセックス寸前まで追い詰めた。
そんなことがあったあとで祐樹に向かって「ぞぞむと会うから一緒にどう?」なんてとても言い出せる状況ではなかったのだ。
それをここで暴露する気はもちろんないが、孝弘は歯切れ悪くトラブル続きだったと言い訳する。
「まあいいけど。もう済んだことだし。でもマジでよかったな。うまくいってんだろ?」
餃子とビールの追加を頼んで、ぞぞむはたばこの火をつけた。
「仲よさそうだったよー。香港で飲んだ時もふたりで見つめ合ってさ」
孝弘が返事をする前にレオンが茶化した。
「バカ言え、そんなことしてねーわ」
「してたしてた。孝弘がもう
「うるさいよ、レオン。閉嘴」
レオンはげらげら笑いだし、ぞぞむも「へえ」と人の悪い笑みを浮かべる。
ちぇ、好き勝手言いやがって。でも文句を言うのはやめておく。
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