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(03) ミユさんとお出かけ

それにしてもよく晴れた日だ。 絶好の行楽日和だったわけで、何だか恨めしい。 洗濯物の脱水が終わり、オレはパタパタとスリッパを鳴らしてベランダに出た。 パンパンとシワ伸ばしをして洗濯物を吊るして行く。 「はぁ、先輩、今頃新幹線かな……」 思わずため息をついた。 オレは手摺りに顎を乗せて、ぼうっと雲を眺めた。 そこへ、ミユさんも大欠伸をしながらベランダに出て来た。 「和希さん、おはよー。ふぁーあ」 「おはよう、ミユさん。今日は遅いね」 ミユさんは、突然言った。 「和希さんって、最近がっつきすぎじゃない?」 オレは、ぼうっとしたままミユさんを見つめる。 「昨晩、見てた?」 ミユさんは、テヘっと舌を出して片目を瞑った。 「まぁ、いいけど……」 オレはミユさんに先輩との睦み合いを見られる事はさして気にもならない。 むしろ、第三者の意見として気になった。 「でも、がっついて見えるってのは、本当? 好きならこのくらい普通じゃない?」 オレがそう言うと、ミユさんは大きく首を振った。 「いやいや、性欲半端ないと思うけど。あたしだってちょっと引くわ。お陰でこの通り寝不足気味。ふあーあ」 オレは流石にカチンときて言い返した。 「じゃあ、もうオレのエッチはミユさんには見せない!」 「へ!?」 ミユさんは、しまったという顔をして、手を大袈裟にバタバタ振って叫んだ。 「嘘、嘘よ! もう、和希さんったら! 嘘に決まっているでしょ。うんうん、好きならあのくらいは当然! 朝までしたって足りないくらい!」 オレは、そんなミユさんを見ておっかしくて大笑い。 「あははは! うそうそ。いいよ、好きなだけ見て。ミユさんって本当に自分の欲望に忠実だよね。あははは」 「ふーっ、もう、脅かさないでよ! 和希さんは! BLは、あたしの生き甲斐なんだから」 ミユさんは冷や汗を拭く素振りを見せ、ホッとため息をついた。 オレは、笑いながらツッコミを入れる。 「ミユさん、生き甲斐って……死んでいるのに?」 「じゃあ、死に甲斐で……ってそんなのあるか!」 ミユさんと目を合った。 一瞬の沈黙。 「ぷっ、ぷははは!」 「あははは!」 二人して大笑いをした。 ミユさんと話していると楽しくてつい時間を忘れてしまう。 今日みたいに、先輩が居なくて寂しいときは何だか心強い。 ミユさんは、オレが残りの洗濯物を干しているのをジッと見ていたが、干し終わると見るや待っていましたと言わんばかりに言った。 「ところで、和希さん。例の約束は覚えているでしょ?」 「何だっけ?」 「え! 嘘でしょ!? 忘れたの?」 ミユさんは、驚きの顔でオレを見る。 オレは、笑いながら言った。 「うそうそ、覚えているって」 「良かった! じゃあ、和希さん。準備出来たら、あたしの部屋に来てね。もちろん、は・だ・か、でね!」 ミユさんは色目を使い、人差し指を振りながら言った。 オレは吹き出すのを我慢して答える。 「うん、分かった」 ミユさんは、ちゅっと投げキッスをするとお尻をプリプリさせながら去って行った。 オレはそれを見送ると、一気に笑い出す。 「ぷっ、くくく……あははは。ミユさんって本当に面白い子だよなぁ」 オレはつくづくミユさんが好きなのだ。 昔、先輩がよく言っていた。 『ミユは、パッと花が咲いたような女の子なんだ。周り人達を自然と明るくしてくれる。自慢の妹なんだ』 まさにその言葉通り。 こんなミユさんに、オレは何でもいいから力になってあげたいとつい思ってしまうのだ。 ところで、オレの脳裏にはある事が引っかかっていた。 それは先程ミユさんが口にした言葉。 がっついている……。 いつもなら、ミユさんの軽口なんて気にも留めないのだが、今日に限っては少し違った。 オレががっついている。 そんなのは先輩と付き合ってからずっとの事。 先輩一筋。 何一つ変わっていない。 ただ、最近気になっている事がある。 それは先輩の事。 以前の先輩は、オレに対してもっと積極的だったような気がする。 先輩が変わった? で、相対的にオレが積極的に見えて、がっついているように見えているのだとしたら……。 胸がざわざわとしてくる。 まさかね。 オレは、嫌な考えを吹っ切るように、服を脱ぎ払った。 そして裸になると、オレを今か今かと待ち構えているだろうミユさんの部屋に向かって行った。 一人の二十歳前後の女性がマンションのエレベーターホールに降り立った。 その出立ちは、オフショルのトップスにジーンズの組み合わせで、最近よく見かける流行りのカジュアルファッション。 その女性は、俯き加減でキョロキョロといかにも挙動不審。 エントランスを通り抜けようとした所で、ゴミ出し帰りの奥様と遭遇。 その女性は、慌てて会釈をするも、何も言葉を残さずに早足で立ち去るのだった。 公園に差し掛かり、その女性は独り言を言った。 「もう、ここまで来れば平気よね?」 (そうだね) 「やっぱり外は最高!」 (ミユさん! 声、大きい!) (あっ、そうだった。いっけない!) ミユさんは慌てて自分の口元に手をやった。 そう、ミユさんの頼みとはオレの体に憑依してお出掛けをする事。 オレには霊と話せるだけではなく、憑依させる能力、いわば霊媒師のような能力があるのだ。 憑依すると体の全てが生前の姿に変化するわけで、今のオレの体はミユさんそのもの。 そして、思考については、以前はオレが仲介して体を動かす必要があったのだが、今では精神までも霊に貸せるように進化した。 おかげで、オレは完全に意識だけの存在になる事ができ、だいぶ楽になった。 ミユさんは、大手を振って歩き始めた。 スキップでもしそうな勢いで、街行く人に対して少し浮き気味。 (ミユさん、あまり目立たないように! 知り合いにでも見つかったら大変でしょ!) 「分かっていますって! 心配症だなぁ、和希さんは! クスッ」 (もう! また声出てるし……) ミユさんは、久しぶりの外出でテンションがだいぶ上がっている。 ミユさんのはしゃぎようも分からないこともない。 地縛霊だから家から離れる事も出来ず、毎日引き篭もり状態。 いくら霊だからと言っても、若い女の子なのだから、たまにはパアッとした息抜きも必要なのだ。それは分かる。 ミユさんは、ふと呟いた。 「あーあ、和希さんの背後霊のままだったら、自由に外に出れたのになぁ……」 オレは聞き捨て成らず言い返す。 (ミユさん、何を言っているのさ。自分から地縛霊になったんじゃん! まったくオレを騙すような事をしてさ。自業自得!) それは、オレと先輩が同棲を始めるキッカケとなった日の事。 ミユさんは成仏すると言ってオレの前から消えたのだ。 しかし、実はそれは真っ赤な嘘。 こっそりとオレと先輩の愛の営みを覗き見る算段だったようで、すぐにオレに感づかれてしまったのだ。 今思えば、あの別れの時、随分とアッサリしてたなぁ、と思わなかったわけでもなかった。 別に見てもいいよって言っているのだし、そんなすぐにバレるような嘘を付く必要は無いはずなのに、ミユさんが言うにはミユさんなりの気遣いだったらしい。 「それは謝ったじゃない……あの時は本当に成仏出来そうな気がしたの!」 (どうだか!) という事で、一度背後霊を辞めると、もう二度と背後霊には戻れない規則だそうで、幽霊の世界も甘くはないようだ。 そうこう話をしているうちに、ミユさんはとあるイベント会場の前に到着した。 市民ホールを貸し切っての大掛かりなイベント。 ミユさんは、海賊の船長のように両手を高々と掲げて言った。 「よし! あたしは帰ってきたぞ!」 そこには、『美映留BLフェス』の看板が掲げられていた。 ミユさんは、意気揚々とその中に入って行った。

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