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(04) BLフェスへ
イベント会場は人でごった返していた。
いわゆる同人サークルのイベント。
有志サークルだけでなく関連企業も数多く出店し、所狭しとブースを構えている。
年に一度のイベントとの事で、近隣からも多くのファン達が集まって来くるらしい。
オレは思わず呟いた。
(すごい人だね。女性ばっかりだし……)
「そりゃそうよ。BLのイベントだもの」
ミユさんは、胸を張って誇らしげ。
オレはすっかりこの活気に呑まれてしまった。
(それにしても熱気がすごい)
「ふふふ。和希さんは、知らないかもだけど美映留市って、ここら辺じゃBLの聖地みたいなところがあるから。実際にBLカップルも多いって噂」
(へぇ、それは初耳だな……)
「……和希さん、ボケているわけじゃないよね? ツッコミ入れた方がいい?」
ミユさんは、真顔で言った。
オレはミユさんがなんの事を言っているのか分からず聞き返した。
(何で?)
「和希さんがBLでしょ!」
キレのあるミユさんのツッコミ。
一斉に周りの人がこちらへ振り向いた。
ミユさんは、しまった、という顔をして、そそくさとその場を移動した。
ミユさんは、嬉々としてブースを回る。
あまりに楽しそうでオレまで嬉しくなってしまう。
(ミユさん、欲しいのがあったら買っていいよ)
「本当? 実は、気になっている作家さんがいるんだ!」
辿り着いたブースは、こじんまりとした数人のサークルだった。
「これこれ! メープル先生!」
ミユさんはその作者さんの見本を手にすると、パラパラと捲り出す。
オレは、その中身に衝撃を受けた。
男の子同士のエッチシーンが事細かに描写されている、というのは、まぁ想像通り。
設定は体育会系の部活、おそらくサッカー部の同級生同士。
オレが驚いたのはそのプレイ内容。
男の子の一人が女性のセクシーな下着を身につけさせられて、そのままいやらしい行為を強要させられているのだ。
そして、その男の子はいわゆる細身の筋肉質の体であるにも関わらず、女性の可愛らしい下着が意外にもマッチし、男性の肉体の究極の美しさを演出している。
(す、すごい。何て綺麗で素敵なんだろう……)
オレは、心のペニスがむくむくと勃起してくるのを感じた。
ミユさんは、すぐさまオレをたしなめる。
「ちょっと! 和希さん 興奮しすぎ! あたしまで変な気持ちになるって!」
(だって!)
憑依中は、互いの感情が少なからず共有されるのだ。
オレは、この女装プレイにカルチャーショックを覚え、一瞬で虜になっていた。
「和希さんはどこに興奮したの? ああ、これ? 受け君を女装させるプレイね」
(そうこれ! もし先輩だったら絶対に美しいと思う!)
「そっか、このエピソードのシチュはあたしの性癖にはあまり刺さらなかったんだけどね。意外だけど、和希さんってこっち系の趣味だったのね」
(うん。オレも今の今までこんな嗜好があるなんて知らなかったよ。女性の下着には興味は無いけど、女性の下着を身に付ける事で男性がより美しくなるなんて。確かにこんな発想は無かったな。この絵がいいからなのかな?)
「うんうん、それはある。メープル先生の絵って線が細くて優しいタッチだし、それでいて凄くエッチで、なんて言うか……」
(最高?)
「そう! 最高! それにストーリーがいいのよ。前半には、主人公の男の子同士の関係がしっかり描かれていて、それですれ違いをしながらも二人は惹かれ合い、最後にはちゃんと結ばれる。これがキュンキュンしちゃうわけ」
(なるほど、さすがミユさん。造詣が深いな)
「でね、でね……」
そんな風にオレとミユさんとで盛り上がっていたところ、誰かに肩を叩かれた。
「ちょっと、あなた。さっきから一人で何をぶつぶつ言って……大丈夫?」
ミユさんは、ハッとして振り向きながら答えた。
「大丈夫です……」
ミユさんはその人と目が合った。
その人はミユさんと同じくらいの年齢の女性で、ミユさんとはまた違った可愛らしさを兼ね備えている。
その女性は、目を見開いて言った。
「あれ? もしかして、あなた、篠原ミユ? ミユじゃない?」
「えっ!?」
ミユさんは驚いて声を上げた。
「どうして、ミユがここに……まさか幽霊?」
ミユさんは、手に持っていた本を置くと、手で顔を覆った。
「ひ、人違いです!」
そう言葉を残して、その場から立ち去ろうとした。
しかし、その女性は後を追いかけてくる。
「ちょ、ちょっと、ミユ! 待ちなさいって!」
ミユさんは、人波をかき分けてホールの出口まで戻って来た。
振り返ると、まだ追って来ている。
ミユさんは、壁を背にして、息を整えた。
「はぁ、はぁ……まったく、あの子、どういうつもりかしら? しつこいわね」
(誰? 知り合い?)
「えっとね、高校の時の同級生でね……」
ミユさんが、そこまで言ったところで、その同級生の子の声が耳に入った。
「はぁ、はぁ、どうして逃げるのよ! 話を聞かせなさい!」
「ですから、人違いですって!」
「嘘! あなた絶対にミユだわ!」
「そんな人、知りません!」
ミユさんは、同級生の子の追求を振り切り、出口へと走り出した。
ミユさんは、イベント会場を後にして帰路についていた。
オレは、ミユさんに話しかける。
(追いかけて来た子ってミユさんの同級生なんでしょ? ミユさんを見ても驚かなかったね。追っかけてくるとかびっくりしたけど。あの子とはどんな関係だったの?)
「あの子、カエデっていう名前の子で、ちょっと苦手だった子……そんなに交友があった訳じゃないの」
(そっか……友達ではないの?)
「そうね、友達っていうより、ただの知り合いって感じかな。むしろ嫌われていて距離を取られていたぐらいな感じ。だから、どうしてあんなにもあたしを追いかけてきたのか不思議。まさか、心霊マニアだったのかしら」
(ふーん、なら、ミユさんのこの姿を見られても支障はないか……)
そうなのだ。
特に親睦があった友達じゃなければ、
『篠原 ミユが化けて出た!』
何て噂が立っても、実質無害。
しかし、仲が良かった友達だとそうはいかない。
先輩にわざわざ知らせてくる可能性がある。
そうなると厄介である。
だって、先輩はミユさんをしっかりと天国へ送ってやったと、安心し切っているのだから。
ミユさんは、本当に怒っているようで地団駄を踏みながら言った。
「あーもう! あの子のせいで同人誌買いそびれたわ!」
(あははは。しょうがないよ)
「本当に腹が立つわ! メープル先生の新刊、絶対に欲しかったのに! 和希さんだって続き読みたかったでしょ?」
(それはそうだけど……)
と、荒ぶるミユさんをオレが懸命になだめていると、ミユさんは、ドン!っと誰かの背中に激突した。
ミユさんは、軽く悲鳴を上げた。
「キャ!」
相手の人は振り返り、驚いた表情でこちらを見た。
ミユさんの完全な前方不注意。
あまりの怒りで横断歩道の信号が赤なのを見逃していたのだ。
ミユさんはすぐに頭を下げた。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど……」
高校生ぐらいの男の子。
背丈は有るけど、顔はまだあどけなさが残っている。
その男の子は意外にも怒ってはおらず、ジッとミユさんを見つめている。
ミユさんは、ホッとするも、その男の子の視線を避けるようにその場を足早に立ち去った。
オレはミユさんに耳打ちをした。
(あの男の子、ミユさんの事ジッと見てたよね。一目惚れだったりして?)
「ふふふ、和希さんもそう思った? あたし、これで結構モテるのよ!」
(あれ? ミユさんって女子校だったよね? そんなに出会いあったの?)
「もう! 和希さんは一言多いんだから! そういう事にしておいてよ!」
(あははは、そうだね!)
ミユさんはすっかり機嫌が治ったようだ。
オレはひとまずそれにホッとしていた。
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