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(05) 先輩のいない隙に
家に戻ると、ミユさんは、疲れたからと言って自室に戻っていった。
午後はオレの時間。
実はこの機を利用してやろうとしていた事があったのだ。
オレは腕まくりをして言った。
「さぁ、やるぞ!」
やろうとしていた事。
それは、年末の大掃除のような徹底的な整理整頓。
トイレ掃除、玄関整理、廊下の床磨き。
窓拭き、高所のホコリ取りに風呂場のカビ取り。
オレは小一時間、それは夢中になって取り掛かった。
「ふぅ、こんなものかな?」
オレは額の汗を拭った。
家中が新築の様にピカピカ。
オレは満足げに出来をチェックした。
思わずニヤッとして言った。
「よし! 先輩が帰ってきたら驚くぞ!」
夜は夜とて、あらかじめ計画していた取り組みを行う。
それはパスタの新ソースの研究。
最近の新作は、先輩の絶賛は中々貰えてない。
だから次こそは、と思っていたところなのだ。
トマト系とオイル系のバリエーションはネタ切れ感があるので、満を持してクリーム系にチャレンジする。
「火の通し過ぎに注意かぁ……」
オレはレシピのコツを熟読して呟いた。
以前に作った時は、カルボナーラソースがダマになってしまい、とても先輩に出せる代物にならなかったのだ。
「先輩! 待っていて下さい! 必ず絶品のカルボナーラを食べさせてあげますから!」
オレは、ぐっとこぶしを握った。
という訳で、オレの渾身の作品が完成した。
出来上がりを思わず写真に撮った。
「トロトロのソース! 完璧!」
もちろん、味も良好。
きっと、先輩なら美味しいって言ってくれるはず。
「そうだ!」
オレは、スマホにメッセージを添えて送った。
『先輩、夕食はカルボナーラっす!』
しばらくして先輩からメッセージが届いた。
『おっ、美味そうだな! こっちの夕食はこれだよ』
付いてきた写真は、たこ焼きの写真。
オレは思わず微笑んだ。
そういえば、先輩は本場のたこ焼きが食べたいって言っていたっけ。
オレは、すぐに返信をした。
『先輩、屋台のたこ焼きっすか?』
『いいや、コンビニのだ。時間が取れなくてな』
オレは笑いながら画面に打ち込む。
『それはご愁傷様です。じゃあ、明日こそは、ですね』
『それがな、明日はお客様に会食に誘われていてな。食べられるかどうか……』
先輩はずいぶんと忙しいようだ。
やれやれ、と肩をすぼめる先輩の姿が目に浮かぶ。
『そうですか。先輩、無理しないでくださいね』
『おう! またな和希』
『はい! 先輩』
オレは、スマホを傍らに置いた。
なんだか気持ちが高揚してポカポカする。
メッセージのやり取りだけでも先輩と会話が出来てこんなに嬉しいのだ。
オレは普段先輩が座る正面の空席に向かって言った。
「先輩、帰ってきたらご馳走しますからね! 本場のたこ焼きは無理っすけど。ふふふ」
オレは、ニヤニヤしながら食事の続きをした。
お風呂上がりにソファでくつろぐ。
先輩が不在中にやりたい事は、今日一日で終わってしまった。
さて、明日は何をしよう。
オレは、そう考えて天井を見上げた。
先輩を驚かせたい。
そして、喜んでもらいたい。
何かないものか?
しばらく考えて思いついたのは、何かプレゼントをする事。
直接的過ぎるが、そもそも先輩は休日出勤なのだ。
ご褒美があっても良いはず。
という事で、明日はプレゼントを買いに行く事で決定した。
で、肝心のプレゼントの中身だけど……。
「プレゼント。プレゼントかぁ……何がいいかなぁ」
オレは腕組みをして熟考する。
先輩の喜ぶ顔を思い浮かべると、何だか楽しくてワクワクして居てもたってもいられない。
そして、悩みに悩んだ末に考えついたのは、リボンに包まれた裸のオレ。
「やばい、それはないな……ははは」
思わず自嘲。
そんな所へ、ミユさんがやって来た。
「和希さん、楽しそうね」
「そう? そ、そっかな……」
オレは、恥ずかしい気持ちを誤魔化すかのように平静を装って答えた。
ミユさんは、きっとオレの心の内は見透かしているのだ。
オレがニヤニヤしている時は先輩の事を考えている時。
ミユさんは言った。
「ねぇ、和希さん、お兄ちゃんの事好き?」
「もちろん!」
いつになく真剣なミユさんの表情。
オレは即答したけど、ミユさんはオレの目をジッと見つめ、しばらくの間沈黙を続けた。
「……良かった」
やっと口を開いたミユさんは、ホッとした面持ちになり安堵の笑みを浮かべた。
オレは何を今更とミユさんに聞き返す。
「どうしたの、ミユさん。そんな事を聞いて」
「ううん。あのね、和希さんにはちゃんとお礼をしなきゃいけないと思って」
オレは、ミユさんの意外な言葉にキョトンとした。
「なに? お礼って?」
ミユさんは頭を深々と下げた。
「お兄ちゃんを好きになってくれて、本当にありがとう。和希さん」
「……どうしたしまして。って、今更だよね?」
ミユさんは再び沈黙した。
今夜のミユさんは何かおかしい。
いつもの陽気なミユさんはどこかへ行ってしまい、今は、とても物静かで神経質になっている。
悩みでもあるのだろうか?
オレはそう察して、ミユさんの言葉をジッと待った。
ミユさんは意を決して言った。
「今夜は、お兄ちゃんがいないから話しておきたい事があって……」
「へぇ、どんな事? 悩みなら聞くよ」
「ううん。悩みじゃないの。あたしとお兄ちゃんの昔の事」
「昔の事……」
オレは、体が強ばるのを感じた。
そういえば、先輩の過去ってオレはまるで知らない。
知りたい。
でも、怖い。
オレは、ぎゅっと拳を固め、ミユさんを見つめた。
「ミユさん、話してよ。先輩の過去を……」
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