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(06) 先輩の過去

ミユさんは話し始めた。 ミユさんと先輩の話を。 オレはその内容に少なからず衝撃を受けた。 まずは、ミユさんの最初の一言。 「あたしとお兄ちゃんは、実は血が繋がって無いの」 オレは、唖然とした。 しかし、何故か直ぐに受け入れられた。 思い当たる節がある。 先輩とミユさんは、全くと言っていいほど似ていないという事実。 なるほど、これで腑に落ちる。 オレが全く驚かなかった事は、ミユさんには予想外だったようだ。 「驚かない?」 「うん、まぁね」 ミユさんは、オレに目を向けると、 「あたしがこの事を知っているのは、お兄ちゃんには内緒にして」 と続けた。 そして、ミユさんの口から先輩の過去が次々と語られた。 ミユさんが物心ついた頃には、既にお母さんは亡くなっていた。 お父さんと先輩との3人暮らし。 で、言わば先輩が片親代わりで、何から何までお世話をしてくれたと語った。 オレがミユさんに、 「でも、先輩って、家事できないよね?」 って言うと、ミユさんは笑いながら、 「昔はできたのよ。でも、ご飯はお父さんが作ってくれたんだけど」 と答えた。 先輩と血が繋がっていないと最初に疑念を覚えたのは、アルバムに先輩の小さい頃の写真がなかったこと。 父親にその事を尋ねると、「火事で燃えてしまったんだよ」と返ってきた。 しかし、それならなぜ、母親の若い頃の写真があるのか、という点を指摘すると父親は気まずそうに口をつぐんだ。 そして、疑念は確信へと変わる。 ある決定的な事実を知ってしまったのだ。 それは、ミユさんがまだ小学生だったある日の事。 夜中にふと目を覚ましたミユさんは、そばで寝ているはずの先輩がいない事に気がついた。 不審に思い、お父さんの寝室に行ったのだ。 そこであるものを目撃してしまう。 お父さんと先輩がセックスをしていたのだ。 ミユさんは子供ながらにその行為が、愛し合う男女の間で行われる事を知っていた。 お父さんも先輩も快感に溺れるエッチな顔をしている。 それは、とても幸せそうな顔で、ミユさんは今まで見た事が無い表情だった。 ミユさんは、そんな二人の姿に驚きのあまり目を逸らせずにいた。 それからというもの、ミユさんはお父さんと先輩の事をじっくり観察するようになった。 何気ないお父さんの先輩への接し方も、改めて見ればとても優しく思いやりに溢れている。 そして、先輩のお父さんに向ける眼差しも信頼と愛情が込められ、それは、唯の親子という関係を超えたものに見えた。 きっと昔から父親と先輩はそういう関係だったのだろう。 ミユさんの目には、二人のそんな姿は、お父さん、お母さんそのものに映った。 だから、ミユさんは、二人の関係に嫌悪感はなくむしろ嬉しくなったのだという。 「だって、凄いでしょ? あたしって二人の愛によって育まれてきたんだから。お母さんがいなくてもあまり悲しく無かったのはお兄ちゃんがお母さん代わりだったから、って気づいたんだ」 ミユさんは、その時の事を思い出して薄っすら涙ぐんだ。 オレは、思わずミユさんの肩を抱いた。 ミユさんはポツリとつぶやいた。 「お兄ちゃんがどういう事情でうちの養子になったのかは分からない。きっと、お兄ちゃんが学生の時に何かあったんだと思う。お父さん、学校の先生だったから……」 オレは、ミユさんの話を複雑な気持ちで聞いていた。 先輩は、厳しい面もあるが、基本的には面倒見が良く優しい人。 抱擁力があって一緒にいると何故かホッと安心してしまう。 一方で、先輩は別な面も持っている。 欲望のままに甘えてくる子供のような純粋無垢な部分。 そんな、母親のようで少年のようなギャップにオレの胸はぎゅっと掴まれ、先輩の事を好きで好きでしょうがなくなってしまうのだ。 ミユさんの話から、そんな先輩の魅力は先輩の生い立ちに起因しているのだとオレは悟った。 そして、どうしても考えてしまう。 先輩の元パートナーと言えるミユさんのお父さんの事を。 今どうしているのか? 先輩との関係は続いているのか? ミユさんはオレの疑問に応えるように話を続けた。 「あたしが高校生になるまで、お父さんとお兄ちゃんとあたしは、そんな風に3人仲良く暮らしていたの……でも」 ミユさんは、そこまで言って顔を手で覆った。 しかし、ミユさんは泣きながらも言葉を続けた。 「お父さんは、死んでしまったの」 治療法もない難病だったらしい。 それを知らなかったのはミユさんだけで、お父さんと先輩は前から知っていて、ごく自然にその日を迎えた、とミユさんは語った。 何故なら、お父さんが先輩に向けた最期の言葉は、 「ミユのことを頼んだぞ。春信」 で、先輩がお父さんに掛けた言葉は、 「お父さん、任せて下さい。あなたの愛と恩義に必ず報います」 だったらしい。 覚悟を決めた二人の男の約束。 二人は目に涙も浮かべず微笑みながら抱き合っていた、とミユさんはその時の様子を語った。 その後の生活は、オレが知っている通り。 この家で、先輩とミユさんは二人だけの新しい生活を始めた。 きっと、お父さんの事を失った悲しみを乗り越えるのは容易では無かったはずだ。 そして、やっと気持ちの整理が出来た。 その矢先に、ミユさんまでも……。 オレは居た堪れない気持ちになった。 先輩の悲しみの重さはオレの想像をはるかに超えていた。 涙が垂れた。 可哀想な先輩……。 ミユさんはオレに言った。 「どうして和希さんが泣くの?」 「……だって、先輩があまりにも可哀想で……」 ミユさんは、オレに頭を優しく抱くと頭を撫でてくれた。 今度はミユさんがオレの事を慰めてくれる。 「和希さん、何言っているのよ? 全然可哀想じゃないわ! だって、今のお兄ちゃんは、今までで一番幸せそうなんだから!」 「うっ、うう、本当?」 オレは、懐疑の目をミユさんに向ける。 それはそうだろう。 オレは、ミユさんのお父さん以上に先輩を幸せに出来ているとは到底思う事など出来やしないのだから。 ミユさんは、微笑みながら言った。 「本当よ。あんなわがまま一杯のお兄ちゃんなんて見た事無いもの。和希さんだから甘えられるんだと思うの。だから、安心して、和希さん。あたしは本当に感謝しているの。和希さんがお兄ちゃんの事を好きになってくれて……本当に」 ミユさんの言葉は優しい。 嬉しくて涙が出てくる。 でも、オレ自身は全く納得出来ていない。 「ミユさんにお礼を言われる事なんて、オレは何もしていないよ。むしろ、オレが先輩に甘えているだけだから」 「それが愛って事じゃない? お互いに思う存分甘え合う。でも、それは生半可な関係じゃ成り立たない。互いに認め合った男同士だからこそ出来るのよ!」 ミユさんの力強い言葉は、オレの胸に突き刺さった。 そう、確かにその通りだ。 互いに認め合った関係。 ミユさんはガッツポーズをとり、固めた拳を高々と上げた。 目を輝かせて興奮している。 すごくカッコいいし、惚れ惚れする。 オレは思わず感嘆した。 「……ミユさんって、凄いね。男同士の事なのによく分かっているというか……オレ、何故か納得しちゃったよ」 「でしょ!? これはね、友情を超えて愛情が芽生え、そして燃え上がるパターンだから」 「パターン? あれ? もしかして、これってBL?」 オレの指摘に、ミユさんはえっ?という表情になった。 そして、早口気味に言った。 「な、何を言っているのよ! BLといえばBLだけど……ち、違うのよ! そう、人間同士の関係、男とか女とか関係なく! ほらそんな関係って美しいと思わない? 思うわよね? なら良いのよ! やだなぁ、和希さんは! あは、あははは!」 ミユさんは、オレの背中をバンバンと叩く。 オレは、痛くて根を上げた。 「ミユさん、痛いって……」 「あら、ごめんなさい! あはは……」 ミユさんは照れ笑いをした。 そして、真剣な表情をして言った。 「和希さん、これからもお兄ちゃんの事、よろしくお願いします」 「任せてよ。そんなのミユさんに言われるまでもないよ!」 「うん!」 ミユさんは、満面の笑みで笑った。 うっとりするほど、キラキラする笑顔。 こんなミユさんの笑顔を先輩に見せられたらどんなにいいだろう。 オレは昂る気持ちを込めて叫んだ。 「よし! 先輩が安心して甘えられる男になるぞ!」 気合い十分。 メラメラと燃え上がる気持ち。 オレはオレなりの愛し方で先輩を幸せにする。 これがオレの人生の道しるべなんだ。 「待っていて下さい! 先輩!」 オレが一人盛り上がっていると、ミユさんがポツリと呟いた。 「あのー、和希さん。お兄ちゃんの事ばかりじゃなくて、和希さんもお兄ちゃんにしっかり甘えないと……ね? お互いに甘え合うというのが大事、だとあたしは思うのよ」 「ん? どういう意味? オレはいつも甘えているけど?」 ミユさんは、じれったそうに言った。 「だから、ほら! 和希さんとお兄ちゃん、もっともっと素直になって、お互いの性癖とか欲望を剥き出しにして良いと言うか……」 「もしかして、先輩にエッチな下着を着せたいとかそういう事?」 「そうよ! それそれ! そういうのをあたしは見たいのよ!」 ミユさんは、興奮気味に言った。 オレは、腑に落ちずにつぶやいた。 「見たい? ん?」 「あー、忘れて。ちょっと口が滑っただけだから。よし! 明日、さっそく買いに行きましょう! セクシーな下着を扱ってるお店を丁度知っているのよ」 オレは、慌てて手を振った。 「えっ? いいよ。先輩、絶対に嫌がると思うし……」 ミユさんは既にオレの言う事は聞いていない。 「そうだ! 明日もフェスやってるから帰りに寄って良い? よし! メープル先生の本も買うぞ!」 ミユさんは、ウキウキして変なステップを踏む。 そして、そのまま部屋を出ていった。 オレは呆気に取られてミユさんの後ろ姿を見送ったけど、しばらくして大笑いをした。 ミユさんって本当に自分の欲望に忠実。 素直で素敵な女の子。 オレもミユさんを見習うかな、と思って再び笑った。 こうして、先輩へのプレゼントは決定したのだった。

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