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(08) 憧れは生死を超えて

どうして見つかったのか。いや、そもそもどうして自分を追ってくるのか。 ミユさんは、どうこの場を乗り切ればよいのか、必死になって考えを巡らしている。 相手の狙いが分からないのだ。 混乱してしまうのは無理はない。 逆に、目の前に座ったカエデさんは落ち着いてコーヒーを楽しんでいる。 そして、コーヒーカップをテーブル置くと言った。 「ねぇ、ミユ。元気そうね」 カエデさんは、あたかも久しぶり会った同級生に声を掛けるかのように言った。 相手が死んだ友人、だなんてまるで思っていないかのよう。 その落ち着いた声色に、ミユさんは、ため息を一つついた。 そして、観念したかのように素直に返事をした。 「あなたもね、カエデ……で、なにか用?」 カエデさんは、唐突に質問をした。 「フェスで『気になるアイツをメス堕ち調教』って作品、試し読みしていたわよね?」 カエデさんのいきなりの質問に、ミユさんはハテナ顔になった。 しかし、ああ、そっちの話か、とすぐに理解し答えた。 「ええ、読んだわ」 カエデさんは、ミユさんのその言葉を聞いて、急に体を縮こませた。 そして、すこし言い難くそうにドモリながら言った。 「あ、あれ、あたしの作品なの。ど、どう思った?」 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてモジモジするカエデさん。 ミユさんは驚いて聞き返した。 「えっ、『気になるアイツをメス堕ち調教』? あれは、メープル先生の作品でしょ?」 「メープルは、あたしのペンネームなの……で、どう?」 ミユさんは驚きのあまり口をポカンと開けた。 ミユさんは思いもよらない事だったのだろう。 まさか、イチ押しのメープル先生が同級生のカエデさんだったなんて……。 カエデさんは、そんなミユさんをチラ見しながら呟いた。 「み、ミユ。し、正直に言っていいわよ……いえ、むしろ率直な意見を欲しい。あなたの意見を!」 語尾の方は力強く、訴えかけるようだった。 無言のままでいるミユさんにカエデさんは語り始めた。 「あたし、あなたの絵に憧れていてね。あなたのようになりたいってずっと思っていた……」 カエデさんは昔を懐かしむように言った。 「覚えているでしょ? ミユ。あなたの絵が文化祭の冊子の表紙に採用されたの。あれが初めてあなたを意識する切っ掛けになった」 カエデさんの話は中学生の頃にさかのぼる。 美術部だったカエデさんは、とにかく絵を描くことが好きで、四六時中絵を描いていた。 そして、将来は絵に関係する仕事に就きたいと漠然と思っていた。 そんなある日、ミユさんの絵に出会う。 文化祭の冊子を手にしたカエデさんは、しばらく手の震えが止まらなかったという。 それはあまりにも衝撃的だった。 絡み合う二人の人物。 情熱的で躍動感があり、モデル達の息遣い、息吹、生命の熱量がそのまま伝わってくる。 絵にこんな力があるのか、と正直、目が覚める思いをしたと語った。 それ以来、カエデさんはミユさんに興味を抱くようになった。 どんな人物なのか? 他にどんな絵を描くのか? そして、ミユさんは密かにBLの同人活動をしている事を知る。 そこでも、カエデさんはミユさんの作品に心を奪われたのだ。 「あたしはいろんな意味で興奮した。もちろん、そんな男同士の世界がある事何て知らなかったし、初めてですごく興味深かった。でも何より、あなたの絵に魅せられてしまった」 同時に、カエデさんは自分の絵の欠点を知ることになる。 それは、絵を通じて、見る側に何を伝えたいのか、何を感じてほしいのか、そんなメッセージが何も込められていなかったのだ。 つまり、自分が描いた絵はただ『上手に見える絵』 単なる自己満足。 一方、ミユさんの絵は読み手に語り掛けてくる。 カエデさんは、自信喪失になった。 でも、自分は絵を描く事しか取り柄がない。 しかも、BLという沼にも、もう足を踏み入れてしまった。 そして、吹っ切るに至る。 一からやればいいのだ。 目指すものが見つかったのだから。 それから、カエデさんはBLを描き始めた。 白いキャンバスに向かう頭の片隅には常にミユさんがいた。 「正直、ミユの新作が出る度に心が躍ったものよ。そして、自分の作品もいつか読み手にそう思ってもらえるようになりたいって……」 ミユさんは、そこまで黙って聞いていたが、すぅーっと、深く息をした。 そして、真正面からカエデさんを見つめる。 ここまで自分の事をさらけ出してくれたのだ。 真剣に答えなくてはいけない。 ミユさんは、そう思ったのだろう。 ミユさんは、いいわ、と言うと言葉を続けた。 「カエデ、率直に感想を言うわ」 「ええ、お願い……」 カエデさんは、両手を胸の前で組み祈るように目を閉じた。 ミユさんは言った。 「凄く上手だわ。以前、あなたの作品を見たことがあるの。美術部の個展だったかしら。その時とは比べ物にならないくらい」 「ほ、本当?」 カエデさんは目を見開く。 ミユさんは、微笑む。 それは、勝者を讃える素直な気持ちそのもの。 「ええ。すごく良いなって思った。物語の中にスッと引き込まれちゃった。最高の作品よ」 カエデさんは、そこまで褒めてくれるとは思っていなかったのだろう。 猜疑の目をミユさんに向けた。 「……本当に? でも、そんなに絶賛してくれるなんて……ちょっと大袈裟すぎるわ。同情はいらない。正直に言ってくれていいのよ……」 カエデさんは、しゅんとした面持ちで、大丈夫覚悟はしている、と言った。 ミユさんは、ふふふ、と笑うと、カバンから『気になるアイツをメス堕ち調教』を取り出してテーブルに置いた。 「本当よ! ほら見て、実は今日、わざわざこれを買いに行ったのよ」 カエデさんは驚きのあまり立ち上がった。 そして、瞬間的にミユさんの手を握った。 「嬉しい! うっ、うう。ミユ、あなたに認めて貰えるなんて……」 カエデさんの目からは大粒の涙がぽろぽろと溢れ出していた。 ミユさんは、カエデさんが落ち着きを取り戻したところで尋ねた。 「カエデ、一つ聞いて良い?」 「何?」 カエデさんは、目を真っ赤にはらしてミユさんを見上げた。 ミユさんは、そんなカエデさんを真っすぐに見つめる。 「カエデは、どうして、あたしの事を不思議がらないの? あたしは既に死んでいるし、今は幽霊。人の体を借りている存在」 オレも同じ事を思っていた。 カエデさんの振舞は、まるでミユさんが生きている人かの如く、それは自然に話をしている。 カエデさんは、なんだそんな事? とドヤ顔をして言い放った。 「ふん! あたしをみくびらないで! 腐女子は、生きていたって死んでいたって、腐女子よ。この世に魂がある限り、いや、あの世に行っても変わらない。あたしは信じていたわ。あなたは絶対に帰ってくるって。だから、あなたが幽霊だろうが何だろうが関係ないわ」 オレもミユさんも呆気にとられた。 しかし、ミユさんは、吹き出したかと思うと、お腹を抱えて笑う。 「ぷっ、あははは」 「何よ!」 不服そうに頬を膨らませるカエデさん。 ミユさんは、手を横にふりながら言った。 「ごめんなさい。なるほど、死んでも腐女子か。確かにあなたの言う通り」 「でしょ?」 ほらね、とウインクするカエデさん。 その得意気な態度に、二人一斉に大笑い。 その笑いの中で、いつの間にかミユさんも涙を流していた。 それは、笑いすぎで出た涙。 いいや違う、嬉し涙だ。 自分の事を認めれてもらえたのは、ミユさんとて同じ。 オレも嬉しさで泣き出しそうな気分になっていた。 ミユさんは、涙をハンカチの角で拭いながら言った。 「カエデ。あなたの事を誤解していたわ。あたしの事を嫌っていると思っていたから」 「ううん。嫌っていた、という側面はあったと思う。確かにあたしはあなたを尊敬していた。でも、同時に、あなたの事を妬ましいと思っていた。どうしてあなたには才能があって、自分にはないのかって。だから……」 「……それで距離を取っていたのね」 カエデさんは、ミユさんの言葉に頷いた。 そして、カエデさんは話を続けた。 「でもね、ミユ。あなたが死んでから分かったの。敵はあなたじゃない。自分だって。限界を勝手に決めていた自分だって。それをあなたは気づかせてくれたわ。今のあたしがあるのはあなたのお陰。ありがとう、ミユ」 カエデさんは頭を下げた。 ミユさんは、急に感謝なんかされて、戸惑いを覚えたようだ。 「そ、そんな……」 「いいえ。あなたには感謝しても仕切れない」 カエデさんの熱烈な賛美に、ミユさんは、頬をほんのりと赤らめた。 そして、堪りかねて言った。 「いいよ。もう! 照れるから! そうだ、カエデ。今までの事は水に流してあたし達、友達にならない?」 「う、うん! ぜひ!」 ミユさんが差し出した手をカエデさんはギュッと握った。 オレとミユさんは、夕陽を背に家路についていた。 カエデさんとは、結局あれから長いこと、互いの空白の時間を埋めるかのようにずっとBLの話をしていた。 お互いの好みのカップリングやシチュエーション、注目の作家さんやお勧め作品など、話は尽きる事がなかった。 これぞBLトークというもので、話に付いて行けないオレは途中からうつらうつら居眠りをしていた。 で、先ほど、ようやく話を切り上げ、また会いましょうと別れたのだ。 オレはミユさんに話かけた。 (良かったですね、ミユさん) 「う、うん」 (長年の誤解は解けたし、やっぱり友達っていいよね) 「ん? そうだね……」 ぼうっとしているミユさん。 先ほどの興奮がリバウンドしたかのように気持ちが沈んでいる。 でも、それだけじゃない事をオレは知っている。 カエデさんが帰り際に言ったセリフ。 『あなたも同人誌書いているんでしょ? あたし今度の出版社のコンテストに出すつもり。ミユ、あなたも新作出してみたら』 そう、あの時からだ。 ミユさんの動揺が確かにオレにも伝わってきた。 それからのミユさんは、心ここに在らずになった。 やはり、未練があるのだ。 絵を描くことに。同人誌を書くことに……。

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