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(09) 隠し事

オレは、ベランダに出て夜空を眺めていた。 一番星が輝き、気持ちのいい夜空。 今日は、先輩へのプレゼントを買ったり、ミユさんの友達と出会ったり、いろいろな事があった。 忙しくて気が紛れたけど、こうやって一人っきりになると、やっぱり考えてしまう。 先輩の事。 「先輩も、同じ星を見ているのかなぁ……」 オレは、洗濯物を取り込んで部屋に入った。 時計を見ると、先輩の方も仕事が終わった頃合い。 オレは、スマホを取り出してメッセージを打った。 『先輩、お仕事の方は上手くいきましたか?』 送信。 でも、返事は来ない。 「そういえば、お客様と会食って言っていたっけ……」 オレは、ソファになだれ込んだ。 すると、何故か涙が出てきた。 一生懸命我慢していたけど、寂しくて寂しくてしょうがないのだ。 同棲を初めて、一晩と空けて先輩と離れた事はなかった。 先輩の温もりはすぐそこにあった。 なのに、今は遠く離れている。 手を差し出しても届かない。 「先輩!」 オレは、取り込んだ洗濯物の先輩のシャツをギュッと抱きしめた。 先輩のぬくもりを感じたい。 先輩、好きです……。 自然と固くなるペニス。 それは当たり前の事。 愛する人と繋がりたい。一つになりたい。 それは純粋で素直な気持ちの表れ。 オレはパンツの中に手を入れた。 そして、固く隆々と勃起しているそれを握り締める。 はぁ、はぁ、先輩……。 オレ、もう独りは耐えられないです……。 オレは無我夢中でしごき始めた。 先輩の眼差し、低い声、微笑み。 思い浮かべられない物は何もない。 『和希……好きだよ』 オレもです、先輩……うっ……。 ペニスの先から、精子がとめどなく噴き出していく。 オレは、果てた後の脱力感でバタッと横になった。 先輩は、二晩ぐらい大丈夫だろう、なんて言ったけどオレには一晩で限界。 先輩がいないとオレはまったくのダメ人間だ。 一人だけのリビングは、胸が締め付けられるくらい寂しくて、とても耐えられない。 宙を見つめて、ふと閃いた。 「あっ、そうだ!」 オレは、すぐに出かける準備を始めていた。 「カオルちゃん! 聞いてよ!」 オレにとっての駆け込み寺。 ニューハーフバー『ムーランルージュ』へやってきた。 カオルさんを指名してグラスを傾ける。 今日のカオルさんの格好はピンクを基調としたロリータファッション。 天使のようで小悪魔のようなアザと可愛さ。 とても男性とは思えない女装子さんな訳で、年配のお客さんからは大人気。 ちなみにオレがカオルさんを指名するのは、いやらしい目的は皆無で友達感覚で話が出来るからだ。 それは、年齢が同じというのが理由の一つなのだが、下手をするとミユさんより若く見えるという、魔性の女。いや、魔性の男。 で、カオルさんの方も、オレの事はお客さんと言うより友達と思って接してくれる。 それが何より嬉しい。 「宮川さん、ちょっと飲み過ぎじゃない?」 「いいの、いいの! カオルちゃんもどんどん飲んでよ!」 「えっ? いいの? じゃあ、遠慮なく!」 カオルさんは見た目からは想像出来ないくらいお酒が強い。 カオルさんは彼氏持ちなのだが、その彼氏もお酒で酔わしてお持ち帰りをした。 なんて事を、以前に自慢げに語っていた。 オレはさっそく昨日今日で体験した事を話題にした。 「でさぁ、カオルちゃん。美映留BLフェスってイベントに行ってね」 カオルさんは目の色を変えた。 「えっ! 宮川さん、フェス行ったの? いいなぁ。って、宮川さんもBL読むんだ、意外。あたしは、結構BL読むよ」 「へぇ、オレはちゃんと読んだのって初めてだったんだけど、驚きの連続で……」 そんなBL話で盛り上がる。 ミユさんやカエデさんには及ぶはずもないが、オレも今日一日の体験で腐男子の端くれにはなれたのではないかと自負している。 知り得た知識を総動員してカオルさんと言葉を交わす。 ちなみにカオルさんの彼氏は幼馴染だそうで、カオルさんは幼馴染物のBLには目がないとか。 「あたしはBLに励まされたものよ。彼は子供の時から超絶鈍かったから、あたしの気持ちなんかちっとも気が付かないんだもの」 「へぇ、そうなんだ……」 オレは、BLってそんな風にも読まれたりするんだ、と思って感心した。 恋を後押ししたり、生きる為の心の拠り所になったりするなんて、なんてステキな事なのだろう。 そして、カオルさんのおすすめタイトルを聞いたところでBLトークに一区切りがついた。 「ふぅ、今日は楽しいなぁ」 オレがそう呟いた矢先、ふと、カオルさんが言った。 「ねぇ、宮川さん。もしかして、篠原さんとうまくいってない?」 「えっ? そんな事無いけど?」 さりげなく言った一言だけどカオルさんは凄く気を使って言ったように感じた。 だから、オレはすぐに質問した。 「どうして、そう思うの?」 カオルさんは、空いたグラスを見つめ話し始めた。 「この間、篠原さんが来た時ね……」 この間、とはオレの親戚に不幸があって急遽家を空けた時の事だ。 夜中に帰宅したのだが、先輩は一人でムーランルージュに来てたらしい。 オレは全く聞かされていなかった。 「それであたしが、宮川さんはお元気ですか? って聞いたのね。すると、ああ、とだけ答えるの」 ここまでは、まぁ普通と言えば普通だ。 問題は次。 「それで篠原さん、『宮川の事はいいんだ』って言って、新人の大森君って子の事ばかり話をするのよ。あんな失敗したとか、こんな失敗したとか。最近の子は教えるのが大変だとか。それはもう楽しそうに」 オレは、さーっと酔いが覚めた。 先輩がそんな風にオレの事を言っていたなんて。 まるで、オレの事を疎ましく思っているようではないか。 それに、なんで新人の大森の話なんかわざわざ……。 真っ青になったオレにカオルさんは、心配そうに声をかけてきた。 「大丈夫? 宮川さん」 「やだなぁ、大丈夫だよ、カオルちゃん。オレと先輩の仲だもん! 先輩は手こずる新人の愚痴を言いたかっただけだって!」 オレはそうは言ったけど、動揺を隠せずにいた。 オレはふらつきながら帰路についた。 ムーランルージュで聞いた話が頭にこびりついて離れない。 胸を圧迫し息苦しい。 汗だくで額の汗をハンカチで拭こうとポケットに手を入れた。 「落ち着けオレ……先輩がオレを疎んじる。そんな事はあるはずはない……何か理由があるはずだ……」 オレと先輩は相思相愛なのだ。 『宮川の事はいいんだ』 そんな言い方をするはずがない。 カオルさんが聞き間違えただけ。 きっとそうだ。 とは言っても、先輩がオレの事を差し置いて大森の事を口にしたというのはどう了見だろう。 まさか、大森の事を無意識に……。 大森はさすがに突飛だとしても、もし若い男を求めているのだとしたら? いや、先輩に限ってそんな事は無いはず。 ただ、話題に困ってたまたま出しただけ。 うん、それが一番可能性が高い。 なにせ、オレは先輩が大森の事を会社以外で話している所なんて見た事がないのだ。 そこまで考えて別の考えが頭をよぎる。 いや待てよ……。 先輩はオレに大森の事を話しづらかった。 つまり、オレには内緒にしたかった。 まさか、やっぱりあいつの事を!? オレの思考はぐるぐると回る。 まるで、暗闇を彷徨っているかのように……。 家に帰っても同じだった。 分からない事だらけ。 ベッドに寝そべり、気持ちを整理しようとした。 もし、本当に、カオルさんが言っていた通りなら、先輩はオレから心が離れてしまっていることになる。 最近の先輩はそんなそぶりがあっただろうか? っと、思い起こして、昨日、ミユさんに言われたことを思い出した。 オレががっついている。 つまり、オレばかり先輩を求め、先輩はオレを求めていない。 そういう風に考えれば、そう取れないこともない。 会社ではどうだろうか? 付き合った頃は、事あるごとに先輩はオレを求めてきた。 それが今ではどうか。 全くと言っていいほど、オレに迫ってくることはない。 クールで落ち着いた大人の付き合い方と言えば聞こえはいいが、まるで倦怠期のカップルではないか。 オレは、だんだん最悪のシナリオが現実味を帯びてきていることを理解した。 もし、先輩がオレを見限って若い男、例えば大森のような奴に取られたりでもしたら。 オレは体をブルっと震わす。 絶対に、オレは生きていけない……。 「くそ!」 オレは頭を抱えた。 オレは、昨晩、ミユさんから先輩の過去の話を聞いて、先輩のことがわかった気になっていた。 しかし、全然先輩の事が分かっていなかったのだ。 先輩と話がしたい。 そして、真実を確かめたい。 オレは、意を決してスマホにメッセージを送ろうとした。 しかし、前に送ったメッセージ『先輩、お仕事の方は上手くいきましたか?』は、今だに既読も付いて無かった。 オレは、絶望の中、布団にうずくまった。

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