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第8話 彼のマンション
俊の住んでいる場所はすぐに分かった。
桐谷は矢も楯もたまらず、彼のマンションへ来てしまった。
腕時計に視線を落とすと、夜の九時を少し回ったところである。
マンションは、質素な佇まいで、アパートと呼んだほうがしっくりきそうだ。
俊の部屋は301号室で、几帳面な字で書かれた安西というプレートがかかっていた。その筆跡が懐かしい。
プレートの下にインターホンがあり、桐谷は細く長い指でそれを押した。
軽やかな音が部屋の中で響いているのがかすかに聞こえているが、しばらく待っても応答はなかった。
……留守か。
桐谷は小さく溜息をつくと、いったんマンションの外に出た。
もう一度、腕時計に視線を投じる。
……日付が変わるまで待って帰って来なかったら、出直すことにしよう。
マンションの前で待つことは躊躇われたので、桐谷は来たばかりの道を戻り始める。
最寄りの駅から俊のマンションまでは、賑やかな大通りを渡り、一つ目の道を右に曲がると、あとは一本道である。
一本道は緩やかな上りの坂道で、途中から階段へと変わり、その階段を上りきったところに彼のマンションはあった。
桐谷は階段と坂道の境の場所で俊の帰りを待つことにした。
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