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第9話 現在の彼
桐谷はスーツのポケットから煙草を出した。喫煙の習慣はないが、ごく稀に気持ちを落ち着かせたいときに吸うことがある。
闇に消えていく紫煙をぼんやりと眺めていると、不意に足音が聞こえた。
桐谷は煙草を携帯灰皿に捨てると、耳を澄ます。
足音は徐々に大きくなり、やがて桐谷のほうへ歩いてくる人影が見えた。
胸が高鳴る。
まだ距離があるので、顔立ちまでははっきりわからないが、細身のシルエットと少し長めの髪がサラサラと風に流れる様子に、鼓動が速まる。
少しずつ人影が近づき、街灯にその姿が浮かび上がった。
俊……!
間違いなかった。
中学生の頃より背が高くなり、体つきもしっかりしたものになっているが、まぎれもなく俊だった。
美貌の顔立ちは、写真で見るよりもずっと鮮やかで……。
黒目の大きな澄んだ瞳は中学生の頃のままだ。少年から青年へと成長しても、俊の容姿は、愛くるしいと表現するのがぴったりだった。
だが、容姿とは裏腹に、その身に纏う雰囲気はかなり変わってしまっていた。
視線をやや下に落としてうつむき加減に歩く様子からは、昔の屈託のなさは微塵も感じられない。少し右足を引きずっているのは怪我の後遺症だろうか。
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